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青春剣風活劇~ちびっこ剣術大会~

 先に倒れたのはラリィの方だ。


 緊張の糸が切れたかのように、前のめりに崩れ、地に両膝をつく。呼吸の荒々しさが、直前までの集中の高さを物語っていた。指から力が抜け、模造刀が地面に転がる。


 蒼穹を仰ぎつつ、ラリィは己の剣尖を回顧する。

 実力を出し切った。あれは、現在の自分が為しうる、最高の一撃だった。主審からどのような判定が叫ばれようと、彼に悔いはない。


 初秋の気まぐれな空は、少年たちの勇姿を讃えるが如く、快晴を保っている。

 美しく澄み切った青。ラリィは観客席にて同じ色を探した。それは自らの剣の師、かけがえのない家族……この結果は、姉弟ふたりで掴み取ったものだ。


 義姉、メイは儚げに微笑んで、頷く。会場の誰よりも先に、結果を見切ったのだ。

 かつて闘争を愛した紫の瞳は、耀剣の軌跡を見逃したりしない。その証拠に、感極まって立ち上がり、愛しい弟に呼びかける。



 今大会の決着はついた。


 秋晴れの空に、勝者の名が高々と轟く――



 ◇ ◇ ◇



 会場はあっさりと組み上がった。名大工オリバーらの手にかかれば、前日から準備を始めて十分間に合う。

 天候に恵まれた今日、広場にて行われるのは"ちびっこ剣術大会"。町に住む男の子たちの力試しの場だ。出場するのは下級生までの男児。夏祭りほどの規模もなく、あくまで内輪の催し事である。


「エイプル以外のみんなは、この大会初めてだったね。闘技場みたいに堅苦しい決まり事もないから、気楽に見て行ってよ。はいこれ、僕からの差し入れだよ」


「みんなの席も準備してくれてありがとう、博士! よーし、ここからウェザーの応援しよっと!」

「……私、ラリィ君が優勝するところ、見てみたいです。今日のために、がんばって鍛錬してきましたから……」

「おっと、私のウェザーだって強くなってるんだからね! いっしょに稽古したし、何よりとっておきの"秘策"があるんだから!!」

「カーレルの子たちも負けてないよぅ! とくにクィンはねぇ、慈善交流会で軍の人たちから剣の手ほどきを受けてたの。大きくなったら、みんなのために軍隊に入るんだって、いつも言ってるんだよぅ」


「今日という日をずっと楽しみにしてたんすよ! やっぱ、力のぶつけ合いって単純でわかりやすい! わくわくしてきたっすね、オーガスタ?」

「どこがよ。盛り上がってるエイプルたちには悪いけど、わたくし世界基準の闘技場試合を何度も見てきたの。技量の低い試合を見たって、楽しいとは到底思えないわ」


 エイプル、メイ、リーネが贔屓の少年たちについて語るのを横目に、オーガスタは小声でぼやく。

 今日来たのは仲間に連れられてのことだ。確かに闘技場観戦は好きだが、それは敬愛する女剣士、ラムザロッテの勇姿を網膜に焼き付けたいからであって、すべての戦闘試合を見たがっているわけではない。


「あまり興味を引かれない様子だね、オーガスタ。一応、僕含め町のみんなで開催する大会なんだ。せめて最後まで見ていってよ」

「わかっているわよ。でもね、わたくしの目が肥えているのはどうしようもないことよ。それにしても、意外ね。あなたも大会の運営側にいるだなんて」

「ちょっとした技術提供をしているだけだよ。主に、この模造刀の整備だね」


 そう言って博士が取り出したのは、黒い刀身の剣。木刀に似ているが、木でできているわけではない。間近に見ると、刀身は海綿スポンジのような繊維の塊だとわかる。

 触れるとやわらかい、にもかかわらず振るとしなり、打ち合えるだけの強度を両立させている。


 最も特徴的なのは、この模造刀は接触した場所に黒粉を残すということ。


「なによこれ! さわったら黒い粉がついたじゃない!」

「大丈夫だよオーガスタちゃん! お湯で簡単に落ちるよ。博士が町に来てから、これ使って試合をすることになったの」

「おもしろい剣だねぇ。でも、どうしてこんな仕組みにしたの?」

「これは負傷度合ダメージを視覚的に表しているんだ。普通の剣だと斬られたら傷が残るだろう? この剣ならそれを安全に模して、優劣を明確にできるんだよ。この大会では、制限時間内に致命的な部位に当てる、または刻まれた傷の数によって、勝敗を決めているね」


 審判が読み取りやすいよう、子どもたちは白色の服を着て、斬撃の痕が目立つようにしている。安全かつ、もめないよう配慮した博士の案は、彼が移住した年から採用され、少年たちにも受け入れられた。


「おっと、みんな! もうすぐ第一試合がはじまるよ!!」

「最初は……ラリィ君のお友達と、カーレルの子との対戦みたいです」

「よく絵本の読み聞かせ会に来てくれる子だ! おぉーい、初戦がんばってねぇ~」

「うおおおおおおおお! みんながんばれええええ!! あの特訓の成果を見せるっすよおお!」


「あなたたち、こんなことでよく興奮していられるわね」


 期待の持てない試合だが、彼女はお茶請けくらいにはなるだろうと考え、差し入れの菓子に手を伸ばす。ひとりだけ優雅にお茶会を開始した。



 彼女はまだ知らない。


 博士の開発した模造刀なら、怪我の心配なく振り回せる。黒線により修練の成果が目に見えて分かるため、子ども同士で剣術の研究が進んでいることも。

 わだかまりの残るシズネとカーレルの子どもたちにとって、この場は代理戦争の役割を持つ。少年たちはこの上なく真剣に、大会へと臨んでいた。



 審判を務めるのはエイプルの父、オリバーである。自警団の長を務めることから、この役が回ってきた。

 シズネとカーレル、各派閥の仲間からの声援を受け、前に出た少年は構えの体勢をとる。号令の下、ちびっこ剣術大会の火蓋が切って落とされた。


 そこで、オーガスタが見たものは、


 はじめ、と言い終わるのも待たず、何のためらいもなく相手の顔面に剣を突き出すカーレルの少年。

 その攻撃を、瞬きひとつせず紙一重で避け、喉笛を薙ぎ斬ろうとするシズネの少年。


「……へっ?」


 顔が引き攣り、くわえていた菓子が落ちるのにも。オーガスタは気づかない。互いに放った出会い頭の技は、予想以上に合理的で容赦のない攻撃だった。

 彼らはまさしく、タマの獲り合いを想定したうえで、技を構成している。恐ろしいのは、そのような戦法を採ったのが、まだ十歳そこらの子どもだということ。


 そして、観客がこの試合運びを動揺もなく受け入れているのも、オーガスタには異様に感じた。


 思ったより反応が薄いのも無理はない。町の者にとってこれは、英雄同士の誇りをかけた闘争でも、王家に捧げる御前試合でもない。

 毎年開催されている、ちびっこ剣術大会なのだ



「おっ、みんなも応援に来ていたのか! 隣の席同士、よろしくな!」

「こんにちは! オータム先生も観覧に来たんだね!」

「……あれ? でも、自警団の方は、審判のお仕事があるんじゃないですか……?」

「本来はそうなんだが、俺は生徒たちに剣の指導をしててさ。公平な審査のために、主催側にいるわけにいかないんだ」


 遅れてやってきた教師のオータムは、エイプルたちの隣に腰を下ろし、教え子の晴れ舞台を眺める。


 彼は下級生の授業も肩代わりしているために、町の子供たちの情勢にも明るい。いかに彼らがこの大会に思い入れがあるかも理解していた。


「ちょっとちょっと、あの子たちの剣技ってあなたが教えてるの? あれじゃあまりに過激すぎるわ! 危険な指導を強いているなら、しかるべきところに知らせるわよ!」

「ははっ、信じられないかもしれないけどな、俺が赴任してくる前から、あの子たちは独自の流派を確立してたんだ! 俺は試合直前に最後の調整をした程度だ」


 あの剣は半年程度で身につくものではない。


 軍で採用されている剣術とも違う。基本動作を斬、突、防の三種に絞り、より敵を攻撃することに特化した型は、オーガスタの目から見ても既視感なく、未知の剣術と言うほかない。



 認識を改めてからオーガスタの順応は早かった。伊達にこの町で激動の日々を過ごしてきたわけではない。

 彼女はすぐ観戦にのめり込む。ただし、応援に熱中する仲間たちと違い、選手たちの戦い方に見入った


「おかしいわよ審判! なんで今の攻撃が無効なの!? 間違いなく心臓に当ててたわよ!!」

「それは違う。あの選手の右手に濃い黒線があるのが見えるか? 今の突きを放つ前に、手を深く切りつけられていたんだ。本来なら突く前に手首を落とされている。主審のオリバーさんも、順序をわかっているから、今のを採らなかったんだ」


「ふうん……理に適っているわね。というか、あなたとここまで語り合えるなんて思わなかったわ。意外とやるじゃないの」

「はははっ、少しは俺のことを認めてもらえたかな?」


 オータムは元軍属かつ教官の立場にあった。もちろん、戦いの心得は人並み以上にある。


「……ねえ。自警団の団員って、全員がこうなの? あなたみたいに、戦いを見極める目があるっていうの?」

「俺は前職のこともあるが……自警団のみなさんなら、オリバーさんを筆頭に手練れ揃いだぜ? なんたって町を守る責務があるんだ。腕が立たないと困るだろ」


 少年たちだけが異常なわけではなかった。この町自体に、力を高める土壌がある。

 小さな田舎町だとずっと思っていた。だが、小さいゆえに住人は力を出し合い、あらゆる挑戦を叶えてきたのだ。


 オーガスタの胸が羨望にちくりと痛む。以前、エイプルの豊かな才覚を妬み、憤りをぶつけてしまったことを思い出した。

 あの思いが、今やこの町の少年たちはじめ、住民を対象に広がっていくのを感じる。


「ここで生まれ育っていたら、わたくしも勇敢になれたかしら……もっと才能を伸ばすことが、できたかもしれないわね……」

「生まれがどこかなんて些細な問題だと思うぜ。才能を伸ばすのに、大事なのは本人の意志だと、俺は思っている」


 次の試合が始まる前に、オータムはオーガスタの独り言に返答する。

 語るのは彼の、教師としての信念だ。


「何事も"知る"ことが重要なんだ。見識を広げてはじめて、今の自分に足りないものに気づく、なりたい理想と出会えるんだ。俺はさ、生徒たちが世界を知っていく手伝いがしたくて、この仕事を続けている」


「大層なやる気ですこと。じゃ、あなたはわたくしをあの子たちと同じ、剣の才能に目覚めさせることができて?」

「言っただろ、オーガスタ。そういうのは本人の意志次第だ。今日戦っている彼らも、真剣にやり合う理由がある」


 シズネの子どもたちの剣術は、初めはラリィひとりのためにウェザーが考案し、エリュンストが編纂してできた鍛錬が広まったものだ。

 乱暴者としか認識されていなかったラリィが、剣の才に目覚め、やがて子どもたちの憧れになった。


 カーレルの教会図書館の子どもたちは、昔から軍の支援を受けて生活してきた。いつか軍に入って教会に恩を返すため、懸命に腕を磨いてきた。


 どちらも、相当な熱意を持って今日の大会に臨んでいると、オータムは説いた。


「今までがんばってきたという自負が心を強くする。意地と意地のぶつかり合いのなかで、伸びる技術もある。そうして成長し、強くなっていくものなんだ。俺は……生徒たちがたくましく、幸せな人生を歩んでほしいと願っている。そのためにできることなら何でもしてやりたい」


「あなたが本当に生徒思いっていうのは伝わってきたわ。でも、思い入れが強い分、そのうち気力が持たなくなるんじゃ……」


「とんでもない! ここに来てから毎日が楽しくて仕方ないんだ! オーガスタも、町の子どもたちもみんな将来有望で、輝いてるみたいに元気いっぱいだ。いっしょにいる俺さえ、夢の中にいるような心地さ!! まるで"英雄の子ども時代"を目の当たりにしているんじゃないかって!」


 オーガスタは小さく息を飲んで、オータムに向けた視線を足元に落とした。彼女の目指すものは英雄。心に秘めている決意だが、第三者から馬鹿正直に指摘されると気恥ずかしい。


 けれど、彼は間違いなく信頼できる教師だと、今のオーガスタは確信を持って言えた。


「もし、わたくしがどんな無茶な夢を語っても、あなたは助けてくれるのよね……オータム先生?」


「ああ。もちろんだ!」



 ◇ ◇ ◇



 ちびっこ剣術大会、準決勝。それまでの戦いとは違う、緊張感と圧を観客は感じていた。選手である子どもたちは皆、運命の一戦に身構える。


 シズネが誇る悪童三人組の頭ウェザーと、カーレル教会図書館の孤児筆頭、クィンの対決だ。

 両陣営指導者の戦い。結果次第で、この町の遊び場勢力圏は大きく塗り替えられる。


「手加減してやるつもりだったが、やっぱりやめだ。完膚なきまで打ちのめす。衆人環視のなか、這いつくばり力の無さを嘆くがいい!」


「クィン。御託はいい、来い」



 来いと返したものの、殺気高く斬りかかったのはウェザーの方だ。構えを変えると見せかけ、上段に振りかぶったところを突っ込む。

 様子見の動作として自然な流れからの攻撃。気を抜いて挑めば見過ごし、一撃を浴びていた。しかし、対するクィンに隙はない。


「やはり策を弄してきたか。はったり好きの奇策士め、貴様の手の内は見え透いている」


 一刀を跳ね除け、鍔迫り合いの距離で囁く。ウェザーは離れようとするも抑え込まれた。生まれつき体格に恵まれたクィンとは、どうしても力で押し負けるのだ。

 反発する動きを突かれ、一撃を左肩に喰らった。その後も激しい強襲を受ける。


「ちょっ……!! あっさり一本取られちゃってるっすね」

「あのクィンっていう子……ちゃんと、柔と剛の技を使い分けてます。かなり軍式剣術を仕込まれているとみました……」

「ふふふー! クィンは強いんだよぅ、どんな戦い方しても負けないんだから!」


 予想外の展開に観客席も沸き立つ。いよいよ面白くなってきたと、大人たちも熱中し始める。

 しかし、実況のオーガスタは終始落ち着いていた。


「制限時間内に黒線きずを多く与えられた方を敗者とするんだったら、今ので勝負あったようなものじゃないの? かすり傷でも負わせたあと、防御に専念して、時間切れに持ち込めば簡単に勝てるわ」


「そういう戦法もありと言えばありだ。だが、彼らの気質からして、どちらかが致命傷を負わない限り、真っ向勝負を止めることはないだろう。互いの実力で優劣を決めなければ、自身も仲間たちも納得できないからな」


 オータムが解説したとおり、試合はまだまだ始まったばかりである。

 ウェザーの肩に一筋の黒線が走るも、色も薄く短い。行動不能となる傷とは言えない。むしろ手負いの状態でこそ、頭も冴えるというものだ。



 戦意を高めた両雄の姿を、一際鋭く見つめる者がいる。

 隣にエリュンストを座らせ、試合待機席で戦いの行方を見守るラリィ。ウェザーとクィンの準決勝が始まる前に、彼は自身の試合を終え、決勝戦へと歩を進めていた。


 前回大会優勝者、連覇を目指すラリィの前に立つのは誰か。

 大切な仲間の真剣勝負であるが、彼は応援の言葉を一切口にしない。ただ、信じて待つのみだ。



 圧勝しなければならない。クィンにとってこの場は実力を誇示するためにある。会場に招かれた軍関係者の注目を集めることが狙いだ。


 カーレル町の教会図書館出身の孤児は、成長したのちに、必ず数名が軍に入ることになっていた。幼いころから剣を教えられるのもそのためだ。

 統合以降、町の規模が増大するなら不要と断じられ、援助は止められた。施設は急な変化に対応できるはずもなく、運営は窮していた。今のままでは教本を買うこともできない。


 軍入りを勧められるのは自分だけでいい。


 支援を得ることは、誰かの将来を制限するのに繋がる。そんなものは身売りと同義だ。

 クィンは大切な仲間たちをそんな目に遭わせたくなかった。彼らのためにできることなら、何でもしてやりたいと考えていた。



 鋼の意志で統率されたクィンの剣は、自由奔放なウェザーの戦術と対照的だ。これまでの試合内容を見、実際に剣を打ち合わせてみても、明らかに一筋縄ではいかない相手だとクィンは感じる。


 同時に、心に邪念が混じるのだ。どこか戦意とは異なる思いが、胸にちりつく。


 何をしでかすかわからない相手は脅威だ。次の一手の予測に、大きく気力を削られる

 ゆえに連撃を仕掛ける。このような敵には、思考する余裕を与えなければいい。


「はあああ!!」


 最初は首、次に四肢を狙った剣尖が炸裂する。生来の力と体格で圧すクィンの剣は、掠るだけでも手足が飛ぶであろう力強さだ。

 飛んでくる一刀一刀を器用に相殺するウェザーだが、押し返すまでには至らず、試合場の隅へ追いやられていく。


「あらら。ウェザーくん、追い詰められちゃったねぇ」

「ちがうよ」

「えぇ? エイプル、今なにか言った?」


「あれ、わざと」



 もう退けない。ウェザーの足は試合場と観客席を隔てる柵まで、あと半歩というところまで迫った。

 クィンは烈火の如き猛攻の果て、不可避の刺突を放つ。念入りに退路を断った上での攻撃だ。剣は相手の胸を貫通、決定打となり試合は終わる。


 だが、刺突の先に憎き好敵手はおらず、目に入るは地面の影法師のみ。


 見上げれば陽光に輝く赤銅あかがねの髪。

 柵を足場にして舞い上がったウェザーが、剣を突き立てんと狙っている。


「……舐め、るな!!」


 奇策にはまりたくない。その剣だけは喰らいたくないという意地が、クィンを動かした。意表を突かれた硬直から刹那で脱し、受け身も何もなく地に転がる。

 強打する肩と脇腹。痛みで呻き、土煙のなか揺らめき立つも、その体躯に黒線はない。クィンは未だ無傷である。


 さすがに失態を嘆いたか、ウェザーの顔がわずかに歪んだ。制限時間は残りわずか。先の受傷を上回れなければ負ける。

 同じ手が二度も通じる相手ではない。膂力では敵わないと打ち合いの中で学んでいた。再び連続技が来れば、今度こそ勝ち目はない。



 探り合い、睨み合いが続いていくも……もう待てないと焦れ、行動を開始する。


 もうこれ以上、見ていられないと、エイプルは観客席から立ち上がって叫んだ。



「ちょっとウェザー! 何のための秘策なの!? 出し惜しんで負けたって意味ないんだからね!!」



 一声後、会場全体がどよめきに包まれた。最も混乱したのは現在試合中の二人。

 まだ何かあるのかよと、クィンの緊張は限界近くまで達し、疑心暗鬼の念を深める。反対に、ウェザーの気は緩み、苦笑を抑えるので必死だった。


 そんな大声で喚いたら、秘策もクソもないだろうが、と。



 唇をほんの少し綻ばせ、ウェザーは先制攻撃に移る。クィンも難なく応じた。どんな攻撃が来ても、押し潰す心つもりである。

 しかし、懐にまで達してもウェザーは手を出さなかった。剣を下段にし、ただクィンの隣をすり抜けただけ。


 振り向きざまに死角を獲る気か。そうクィンは読んで飛びのく。だが、それは僅かな距離のみ。ウェザーからは遠く、クィンなら踏み込みひとつで届く絶妙の間合いだ。


 体格の違いが最後の決め手となった。さすがのウェザーもこれで詰みだ。クィンは振りかぶり、必殺の一太刀を浴びせにかかる。



「な……?」


 勝利を確信した彼の視界に映るのは、剣が突き立った己の胸。模擬刀ゆえに刺さらずに落ち、当たった箇所に濃い黒円を残す。真剣ならば心臓を貫き、大穴を空けていたことだろう。


 エイプルとの稽古でウェザーが編み出したのは、博打に等しい技だった。

 最初の先制攻撃は助走を稼ぐためのもの。振り返りの回転を加えて、"剣を投擲する"。必中かつ一撃で仕留める自信がなければ、決して採らない戦法だ。


「はっはっは! 剣を投げるやつなんて初めて見たぞ!! まあいい、胸への一刺しにより、ウェザーの勝利だ!!」


 審判であるオリバーの宣言のあと、会場は割れんばかりの拍手と喝采に満ちた。



 決意と信念を持って挑んだが、負けた。およそ正気とは思えない手段で敗れたが、クィンは逆に清々しい気分だった。

 ウェザーの戦いを見て生じた邪念は、自由への妬心と憧れ。彼の剣技には自身の力と可能性への自信に満ちていた。教会図書館だけの環境では習得できない技術だ。


 落胆や挫折の気持ちよりも、発想の理由が気になって、思わず疑問が口に出る。



「……おまえたちの学校では、剣を投げることも教わるのか?」


「そんなわけないだろ」


 ウェザーはにべもなく言った。


「気になるなら来ればいい。そして再戦をするぞ、次は一撃も喰らうつもりはない」


 誘いを受けたクィンはまだ知らない。


 将来の道は一つだけと思い詰める必要はない。自身も仲間たちも、もっと自由に道を選べることを。

 この町の学び舎には、生徒の未来を真剣に考えてくれる教師がいることを。 



 ちびっこ剣術大会も残すところあと一戦。ウェザーとラリィ、悪童同士の対決だ。

 激戦を潜り抜けたばかりのウェザーは、着替えを済ますやいなや、試合開始を求めた。休憩時間を勧める声も一蹴し、即時決戦を主張する。


 クィンとの戦いで必要以上に手の内を見せた。対策を立てられる前に、決戦へ持ち込みたかったのだ。


「待たせて悪かったな」


 相対したウェザーが軽口を叩く。平静を装ってはいるが、まだ体力が回復しきっていないと、ラリィは見抜いた。

 勝ち上がるのが遅え、意地張ってないで素直に休憩しろ……言いたいことは山ほどあったが、彼は黙ったままだった。


 ウェザーのおかげで現在のラリィがある。出会わなければ乱暴者という扱いのままだった。剣の才に気づけず、武に目覚めることもなかった。

 途方もない感謝の気持ちは言葉では表せられない。


 だからこの場で。全身全霊を賭して。

 己の集大成となる技を見舞うことで、返礼としたかった。



「俺の個人的な意見だが……この試合、一瞬で勝負が決まるな」

「オータム先生、根拠を教えてもらえないかしら?」


「ウェザーの秘策はさ、本当はラリィとの戦いで使いたかったんだろう。先に見せてしまった以上は、対策される前に攻めるか、別の技で決めるしかない。付き合いの長いラリィも、それくらい察しているだろう。いずれにしても、早期決着が予想されるな」



 相手を罠にはめるようなウェザーの戦法は、決まれば強力だが難度は高い。ラリィほどの使い手であれば、そこまでの流れに乗せることすら困難だ。

 しかし、まだ他にも手はある。ウェザーは自らが立つ初期位置に目をつけていた。試合が始まる形はいつも同じだ。対峙からの速攻で迫り、致命傷を刻み付ける。


 それが無傷でできるとは思っていない。

 はじめから、左腕を犠牲にする覚悟で挑む。



「瞬きしない方がいいぞ」



 先にオータムがそう言わなければ、エイプルたちも見逃していたかもしれない。

 連戦により、ウェザーの体力は最初から少なかった。それでも試合を望んだのは、一撃放つだけの力があれば充分と考えていたため。


 迎え撃つなら左腕を壁に。防ぐというなら掴んで捕らえる。

 ウェザーは開始の号令を踏み込みながら聞いた。示し合わせていたかのように、ラリィもまた決着を逸って剣を振るう。



 交差、一閃。



 立ち位置を変えて静止する二人。あまりの瞬剣につき、勝敗がすぐに判断できない。観客は声を出すのを忘れ、ただ審判の言葉を待った。



 勝者の名が発せられるまでのひととき、ウェザーは何事もなかったように立ち尽くしていた。快晴の光を浴びる体に、一見して翳りはない。

 捨てるつもりだった左腕にも、傷が刻まれた痕はなかった。


 先に動きを見せたのはラリィ。その胸には長い、袈裟斬りの黒線がある。


 色の濃さからして、相当の衝撃を浴びて受けたものだ。堪らず膝をつく。集中のため途切れていた呼吸も再開し、荒い息遣いがウェザーの耳にまで届いた。


 休まず動いた反動か、気力の尽きた身体は重く、伏した顔を上げるのも億劫だった。そうして探したのは観客席にいるエイプルの姿。

 彼に剣を教え、日が暮れるまで稽古に付き合ってくれた、世話やきな少女に今の出来栄えを問う。


 心なしか膨れた頬、悔し気に首を振る彼女を見て、今度こそウェザーは笑った。

 そんな顔しなくたっていいだろ、と呆れて思う。これでも死力を尽くしたのだから。


 思い出したかのように、片手を首に当てる。

 外したそれには、べっとりと黒粉がついていた。



 真剣ならば首を落とされ、一刀に葬られていただろう。



「ラリィ君!!」


 会場にいる誰よりも早く、メイは勝者の名を叫んだ。ややあって、オリバーが副審たちとの合議を終え、正式に宣言する。


「勝負あった! すごいぞ、さっきのは俺でもほとんど見えなかった!! 頚部を一刀両断、ラリィの勝利だ!!」


 連覇達成の喝采が湧き、秋空にどこまでも吸い込まれていく。敵対していたはずのカーレル出身の子どもたちも、目にも止まらぬ斬撃には称賛を禁じ得ない。


 なぜそんなことができる? どんな鍛錬を重ねてきた? 


 困惑を経て、知りたいという欲求から興味が生まれる。もともと大会の結果次第で、互いの関係にケリをつける予定だったが、想定とは別種の変化が起ころうとしていた。



「やっぱりいい大会だっただろ? 見に来てよかったな、オーガスタ。子どもたちにとっても、いい刺激になったみたいだ!」

「悔しいけど、先生の言うとおりだったわ」


 観戦を終えたオーガスタは満足気であったが、小さく嘆息する。



「本当にこれ、九歳児がする戦いとは思えないわよね」

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