まさかのラスボスメイン回! フォールさんの不愉快な日常
山間の集落カーレル・シズネ町は、生まれ変わってこのかた波乱に満ちた日々が続いていた。季節が一周しないうちに、町を揺るがす事件がいくつも起こっている。今もまた激動の一夏を終えた。
長期休暇が終了し、季節は秋に差し掛かる。学校の授業が再開した初日、教師のオータムは生徒たちの宿題を集め、評価をつけていた。
「お、おつかれさまです、オータム先生。そっ、そちらの、宿題の提出率って……どうでした?」
「サマンサ先生! いやあ、生徒からは"宿題多すぎ!"、"先生の鬼畜!"等々言われましたけど、ちゃんとやってきてくれましたよ! 俺としては出し足りない気もしたんですが、今年はこのくらいでよしとしましょう」
「よ、良かったですね……下級生の方なんて、私の言うことなんか無視して、生徒全員で魔法の共同研究したというんですよ! し、しかも、それが首都の専門機関にも称賛されてて……なんか、叱るに叱れなくて……!」
「うーん。さすがに、ひとりひとりの成果が見れないと、学校としては褒めてあげられませんね。あとで俺からも話しておきます。みんなで手分けして取り組んだのなら、それぞれの実績で評価できるかもしれません!」
い、いつもすみません……と、涙目のサマンサはおさげにした髪を振って、頭を下げた。教師として数か月を過ごした彼女だが、問題児だらけの教室に対処しきれていない。
「ウェザーくんたちは、問題があるというより……歳のわりにしっかりしすぎてて、いつも言い包められちゃうんです。もう、私、どう対応していいのかわからなくて」
「俺も昔、問題児と呼ばれる生徒と衝突したことはありますが、彼らとは問題の方向性が違いますね。でも、大丈夫ですよサマンサ先生! いつでも俺がついていますから。明日も上級生の授業が終わったら、そちらに顔を出しますし」
「そ、それじゃダメなんです!!」
ぶんぶんと手を振ってまで、オータムの申し出を断るサマンサ。
ここでまた頼ってしまったら、いつまで経っても成長できないと、彼女にもわかっていた。
「お気遣いは、ありがたいのですが。わっ、私だって、このままじゃいけないと思ってるんです! わたしがみんなの子と理解して、あの子たちに私自身を認めてもらわないと意味がないんです! わ、わたっ、私……大好きなオータム先生みたいに、すてきな先生になりたいから!!」
言い切った直後に、サマンサはぶわわっと赤面した。決意表明のつもりが、彼への本音がただ漏れになってしまっている。
彼女がオータムに抱いていた、先輩教師への尊敬の気持ちは、日々を過ごすうちにもっと個人的で、甘酸っぱい思いへと変わっていた。
「……サマンサ先生」
思いがけず告白してしまった。ただでさえあがり症のサマンサは、もとのそばかす顔もわからぬくらいに紅潮し、もうまともに返事もできない。
オータムはいつになく真剣な表情で彼女と向かい合い、その華奢な肩に手を置いた。
「わかりました! そこまで言うのでしたら、俺も全力で応えます!! サマンサ先生が立派に成長できるよう、みんなで力を出し合うのがいい。ねえ、フロスト校長もそう思いますよね!?」
「なにいいい!? なぜ私がここにいるとわかったああ!?」
ここで声がかかるとは思わず、老爺はすっころびかけた。姿を現したのはこの学校の校長、フロスト。気配を殺して立ち聞きしていたのだ。
オータムは自分へ向けられた思いにも気づかず、サマンサの誤爆も言葉通りに受け取った。より経験豊富な先達を呼び、いっしょに相談に乗ろうと持ち掛ける。
「きゃああああっ!! や、やだ校長先生っ! いつから見てたんですか!!」
「これは誤解じゃ、サマンサ先生! 本当に今来たばかりじゃから! そんな、先生同士の恋愛模様など、これっぽっちも見ておらんよ!」
「さ、最初からいたんじゃないですかうわああああん! ひどいです! あんまりです!!」
「そうですよ! どうしてサマンサ先生が困っているのに、声をかけてあげなかったんですか!」
「違う! 彼女はオータム君のことを……」
「ええ、先生の在り方について悩んでるんですよね? だったら、校長先生も相談に加わってくれた方が解決に近づくじゃないですか! そもそも俺が教師としてやっていけるのも、校長のおかげで……」
「なぜわからんのじゃー! オータム君のわからず屋! 私は君をそんな男に育てた覚えはない!」
「どうして怒ってるんですか校長? ……やはり俺の実力が足りないということですね。失礼しました、サマンサ先生。出直して学び返してきます!!」
最後まで真面目な教師の顔を崩さぬまま、オータムは思い込みを重ねた挙句、帰宅していった。
フロストは術士の杖にすがって、サマンサに謝罪する。老爺は、前からお似合いの二人組だと思っていたこと、彼女の恋を応援していたことを正直に打ち明けた。
「……私の元教え子がすまない」
「い、いえ。私こそ、取り乱したりしてすいません」
「悪気はまったくないのじゃ。昔はあんな朴念仁ではなかった。もっと多感なところもあったのじゃが……」
「わかっています。フロスト校長は、子どものころのオータム先生を教えられていて……あ、あの人のこと、よくご存じなんですよね。先生を志したのも、校長を尊敬していたからと聞きました」
まだ顔は赤いものの、サマンサは落ち着きを取り戻した。もう隠し事のない間柄だからこそ、安心して談笑できる。
「そ、そういえば……オータム先生って、以前どちらでお仕事をされていたんでしたっけ?」
「おや、サマンサ先生は知らなかったかのう?」
「はい。"黒き獣たち"に襲われてから……き、傷の療養も兼ねて、こちらに移ってきたと伺いました」
「軍隊じゃよ。オータム君はエドラ中央民軍にて、教官をしておった」
そ、それはちょっと、意外です……と呟くサマンサに、フロストは嘆息して頷く。
今の穏やかな彼と話すたび、昔との変化に戸惑ってしまう。
老爺の記憶にある、子ども時代のオータムはもっと苛烈な性分をしていた。気に入らぬ者すべてに喧嘩を売る、荒武者のような問題児であった。
◇ ◇ ◇
夜も更け、闇が最も濃くなる時分、"彼"は目覚める。それは、仮初の器が意識を失った時にのみ可能な状態変化。
はじめに黒靄が沸き立って部屋に満ち、やがて人の形に留まった。意思と関りなく発現する魔法を、最小限に抑えて、男は身を起こす。
立ち上がりかけるも、よろめいて床に片膝をつく。
「畜生が……最悪の気分だ」
彼の個体名は"堕天者"。人が変異した獣である。
数年前、とある教官率いる新兵の一隊が"獣"と遭遇し、苦戦を強いられた。
その時相手取った獣の特性や、極限状態のなか暴走する生存本能。その他様々な条件が成立し、新兵たちの身勝手な願いと激闘の果てに……オータムは変異を遂げた。
混沌より生まれた獣の性は、元の自我を侵食し、体を激情で満たした。現在の"オータム先生"の姿は、獣の食い残しのようなもの。
強力な獣であるがゆえに、"堕天者"は"獣除けの陣"の影響を強く受ける。活動できるのも夜間のみ。本来、町に立ち入れぬはずだったが、オータムの存在を隠れ蓑にすることで、"陣"から自身を守っている。
教師の一面など、目的を果たすために利用する"皮"に過ぎない。
この町での用が済めば、すぐに消し去るつもりなのだが……
"堕天者"は、部屋の惨状に憤り、床に拳を叩きつける。
目覚めた場所は本と書類が撒き散らされ、足の踏み場もない。仕事用具やら衣類やらの上に、気絶するように倒れていたらしい。
「……昨日、掃除したばかりだってのに……」
良い先生と慕われ、同僚からも思いを寄せられているオータムだが、私生活は壊滅。教師の仕事以外の面では自堕落かつ不摂生であることは、肉体を共有する"堕天者"のみぞ知る。
そして、彼の習慣のせいで、数多くの被害を受けていた。
また食事を抜いたのか、空腹でろくに動けない。常時発現する魔法、"侵掠の黒靄"を従え、部屋中を探らせるも、食料となるものはない。
自身に無頓着な家主の代わりに、"堕天者"は獣ながらも必死にやりくりし、肉体を維持してきた。しかし、今回はかなりの窮地だ。備蓄も底をついている。水で飢えを凌ぐのもそろそろ限界だ。
最後の頼みの綱は、深夜に依頼した宅配のみ。しかし、これまでの経験上、あまり期待はできなかった。
「あいつ、また受け取り拒否してねえだろうな……?」
オータムに獣となっているときの記憶はない。なので、せっかく注文した荷物も、頼んでませんの一言で追い返してしまう。
今回目覚めたのは、配達予定時刻の前であったが安心できない。ちゃんと届くことを祈りつつ、それまでの間、部屋の片づけに着手する。
なんで俺がこんなことを、と悪態をつきながら机上を中心に掃除していく。
手は動かさず、黒靄を風魔法さながら吹き巡らせ、床に散乱する物資を、いるもの、いらないもの、今は判断がつかないものに分けていく。
仕事に必要なものはきちんと整理して、決められた場所にしまい、ゴミは魔法で消去した。
毎度このような行為を続けたおかげで、魔法の練度は上がり、力は増しているのだが、本人としては嬉しくない。
「本当に腹が立つ。忌々しい……ああ、頭痛え」
気を抜くと頭に響く、少女の声。
誰のものかはわかる。黒き獣たちの創造主、不死者"魔女"の呼び声だ。
"探して。探して。あの人を見つけて"
"あたしのところまで連れてきて"
"ああ、王様"
"あたしを見てよ"
「……うるせえよ」
意味も分からない、知らない誰かを求める声。呪われたかのように、変異したときから鳴り続ける。
要求を叶えれば止むのだろう。ただ"堕天者"は、命じられること自体に怒りを覚えた。力を蓄え、いつか創造主の首に牙を立てる。彼はそう決めていた。
かなりの行動が制限されつつも、この町にこだわる理由はただ一つ。"博士"の存在があるからである。
不死者の魔力を取り込み、己のものとする。無機物に宿るうちは吸収できないが、今は四つの生体として受肉している。すなわち、"魔法少女(略)"を喰らうのが目的。
無論、強敵であるという認識はある。全力でねじ伏せることを熱望するも、いかんせん体調が整わない。
自身を顧みないオータムの代わりに、栄養摂取、睡眠、その他生活の維持を肩代わりさせられているため、出撃する余裕がないのだ。空腹で弱り、家事に疲れた体で立ち向かっても、簡単に捕縛されてしまうだろう。
片づけが済んだところで、獣の感性が風の乱れを知らせた。戸口の前に人の立つ気配。
やっと宅配が来た。これで一週間は生きながらえる。"堕天者"は力の入らぬ身体をなんとか動かし、扉を開ける。
「……っ!!」
「ふおおおっ!?」
一瞬で戸を閉め、部屋の奥に退避し、息をひそめる。
「ジュディさん……どうしましたか?」
「わわ、はわわわ。今、中になんかいたっすよ!」
「あの……オータム先生は今夜、自警団の集まりでいないはず、でしたよね?」
「違うんすよ、メイちゃんさん! なんかこっち見てたんすよなんか――!!」
来訪者はよりにもよって、自身を狩ろうとする者たちだった。
勝手に留守と決め込み、戸口で騒ぎ立てるメイとジュディ。しかも、それぞれ"魔法少女(略)"に状態変化までしている。
「じゃあ、もう帰りませんか……? やっぱり、よくないことだと思うんです……先生の家から、宿題の答えを盗むのって……」
「嫌っす!! こうでもしないと、わたしはいつまでたっても進級できないんすよ!!」
「は?」
この上なく酷い理由に、思わず声が漏れた。
オータムの隠れ身が見破られたわけではなかった。二人はただ勉強に行き詰り、答案の強奪という最終手段に出ただけらしい。
「で、でも……さっきなにか見えたんですよね? もしかして、おばけだったりして……」
「うーん、なんか前に見たような気がするっすけど、なんかの見間違えっすね。ほら、メイちゃんさん、ちょうど鍵もかかってないすから、手早くやってずらかりましょう!」
帰れ!! と声を大にして怒鳴りたいところだったが、"堕天者"は耐えた。
ただ二人が、早々に諦めて去ることを心から願った。
「さっすがオータム先生! お部屋、ちゃんと片付いているっす!! 書類も整理されているから、探しやすいっすね」
「うう………ジュディさん、私の分はいいですから、早く帰りましょうよ……」
「あっ! さてはメイちゃんさん、おばけが怖いんすね? これくらい我慢してくださいっすよ。泣く子も黙る戦闘民族でしょ?」
「だって! だって……死んでたら、もう殺せないじゃないですか……!! それに……もう私を戦闘民族だなんて言わないででくださいっ!」
なけなしの体力をはたいて隠密を維持しているのに、会話のくだらなさが気力を削る。
現在彼は、洗濯予定の衣類に埋もれ、身を隠していた。明かりをつけられないのが不幸中の幸いだった。光ある場所で黒靄は目立ち、すぐに見つかってしまう。
貴様らのために片付けしたんじゃねえ、と"堕天者"は怒りを募らせるが、当然言うわけにいかない。
侵入者たちは捜索に難航していた。思い返せば、片付けた書類の中に試験や宿題の答案はなかった。
彼が察するに、オータムは問題こそ作るものの、解答の文章化まで手が回っていないのではないか。答えが頭に入っていれば、採点の時間が短縮される。
「ジュディさん、もうあきらめましょう……たぶん、オータム先生は、答えを作ってないんじゃないですか? 先生だし、全部暗記してるんですよ」
「いいえ、まだっす! ここにないってことは、きっと服のポケットに入れっぱなしなんすよ! わたしも、よくいっしょに洗濯してダメにしてます!!」
「!!」
探索の意志がこちらに向いたのを感じ、"堕天者"は肌を慄かせた。
衣類の山に身を隠しているのだ。上着ひとつめくられれば容易く見つかってしまう。奇襲することも考えたが、よくて一人しか取り込めないだろう。残った方に討ち取られるのは目に見えている。
もはや一巻の終わりを覚悟するしかない。それも、あまりに情けない最期。
たかが隠れ蓑の維持に理不尽と思えるほどの労力を使わされ、まともに戦うこともできなかった。
このまま討ち取られる屈辱、悔悟に身が震える……というか宿題くらい自分たちでやれ! 貴様ら絶対に許さねえからな、特に緑色の小娘!! と内心で罵倒する。
「ジュディさんじゃあるまいし……オータム先生が、そんなだらしないこと、するわけ……あっ!」
「しっ!! まずいっす、メイちゃんさん!!」
「ご、ごめんくださーい、サマンサです。あ、あのっ、オータム先生、いらっしゃいますか? ちょ、ちょっと夕飯作り過ぎちゃって……」
戸を叩く音と、疾風が吹き付けるのを耳にする。目を閉じ、身を硬くしていた"堕天者"には、状況が把握しきれない。
侵入者たちは去っていったようだ。魔法で強風を巻き起こし、来訪者が怯んだ隙を駆け抜けた。
「な、なんで、家の中から風が? ええと、急に来てごめんなさいっ! オータム先生……そこに、いるんですか?」
緩んだ緊張と限界が近い体。さらに、来訪者が持ってきた、いい匂いのする鍋に理性が溶けかかる。
"堕天者"は洗濯物の山から這い出、獲物に飛びついた。
「きゃああああ!! だ、誰なんですか!? いやあああ、たすけてオータム先生えええええ!!」
「黙れ!! 静かにしろ、いいから大人しく飯を寄越せ!」
サマンサを扉に押し付け脅すも、ずるずると力が抜けていく。強襲された彼女すら気の毒に思うほど、今の彼は憔悴していた。
俺に、飯を……とだけ言い残し、彼はへたり込んだ。
◇ ◇ ◇
弱った男を椅子に座らせ、持ってきた夜食を振る舞えば、夢中で貪られた。サマンサは彼が落ち着いたのを見計らって、いくつか質問を投げかける。
男は"フォール"と名乗った。オータムのいとこで、遠くの集落からやって来たと。
顔を合わせたくないため留守中に訪れたが、長旅の疲れと空腹で困っていたところを発見された……獣は適当にそう騙った。
「た、たしかに、お二人って似ていますね。あっ、いけない! わ、私、オータムさんといっしょに、学校で先生の仕事をしてる、サマンサって言います!! あの、オータムさんにはいつもお世話になってて……」
「興味ねえ。それより、奴に俺の存在を漏らしたら、ただじゃ済まさねえからな。いいな?」
「ええ、え? は、はい……複雑な事情を、お持ちなんですね……」
サマンサは不思議な関係に首をひねるも、二人が親戚だということは信じた。
オータムと似ているのは当たり前だ。彼らは同じ肉体を共有する状態。だが、一目で同一人物と見破るのは難しい。
今のフォールは、黒靄の魔法を自身の髪と衣服に偽装している。上下黒づくめ、闇色の長髪は一つにまとめられ、腰にまで届く。長い前髪に半面は隠され、食事の合間に覗く眼光は鋭い。それがまたオータムとは違う、精悍な男の雰囲気を出していた。
「貴様……サマンサと言ったな。知っているぞ、いつも奴に仕事を押し付けてるだろ」
「へっ? い、いや、その……私、先生になったばかりだし。まだ、生徒たちとうまくいかなくて……オータム先生がそう言ってたんですか? いつも進んで助けてくれるのに……」
「奴に聞かずとも、この部屋見りゃわかるぜ。上級生担当のくせに、下級生用の課題ばかり書き散らかしている。今夜なんかは新任教師向けの文献を引っ張り出していた。誰のためかなんて、言うまでもないよな?」
「だって、だって! 下級生たちはみんな特殊で……と、とくにウェザーくんたちなんて、とても九歳なんて思えないくらいなんですよ!? 町で一番の悪童を受け持つだなんて、私の手に余ります!」
「手に余るだと!? 貴様、それでも教師か!? 上官が見捨てれば、新兵など一瞬で路頭に迷うのだぞ!!」
前々から、オータムが同僚の仕事を肩代わりしている形跡があった。彼女がその元凶と察し、怒りの一部が露わになる。
「貴様は、自分が楽したいためなら、生徒の未来がどうなろうと構わないと言うんだな? 貴様が教え渋ったために、奴らは将来的に必ず失敗し、手痛い目に遭うぞ。それが戦場なら死んでいた。貴様が殺すようなものだ!!」
「なっ、なんで見ず知らずのあなたに、そんなこと言われなくちゃいけないんですか!! し、知りませんよ。まだ、私、先生を始めたばかりだし……そもそも、私の一族がみんな教師だから、この仕事に就いただけで、そこまで思い入れなんて……」
「ならばとっとと辞めて去れ! 今の生徒を練習台と見なす貴様に、教鞭をとる資格はない! 貴様は生徒にとって害悪、関わるほど不利益を与えている。わかったら明日には……」
「う、うわあああああん!!」
家からつまみだろうとした手を潜り、サマンサはフォールに飛びついて胸板をはたく。
彼から言われたことは正しい。自覚できなかった甘さを容赦なく突かれ、サマンサは号泣して縋る。
実力不足を詰られたが、それでも退けない思いがある。
「い、いやですううう! わたし、やっぱり"先生"をあきらめたくない!! だ、だって、私、本当に尊敬できる先生を見つけたんです! オータム先生みたいになりたい! 大好きなあの人といっしょに働きたいの……!!」
「勝手に泣いてろ。怒りでも悔しさでもいい、這い上がろうとする気概があるだけ、まだ見所がある」
胸元の鳴き声が啜り泣きに変わり、やがて落ち着くまで、フォールは動かずにいた。最後の涙を払ったサマンサは、憑き物が取れたように、すっきりした表情となっていた。
今の言葉は、彼女の甘えを捨てさせる効果があったらしい。
脅しつけてオータムに関わらせないようにするつもりが、思わず熱が入ってしまった。フォール自身も、なぜ発破をかけるようなことを口走ったかはわからない。
「……悪かったな。飯、本当に助かった。うまかったぜ」
「あははは……いえ、ごめんなさい。変なことばっかり喚いたりして。じゃ、じゃあ、フォールさんが来たことは、オータム先生に言いませんから、今夜の私のことも内緒にしてくださいね。や、約束ですよ?」
泣き止んでからは冷静に話ができた。主に町の施設についての説明を。来たばかりで、町をよく知らないというフォールのために、サマンサはいろいろと世話を焼いた。
とくに、配達できなかった荷物を集める集荷所の存在は、彼の興味を強く引いた。
空になった鍋を手に、サマンサは戸口で別れのあいさつをする。彼女が歩き出す前に、フォールは再び口を開いた。
「随分とオータムのことを買っているようだが、奴は案外ろくでなしだぜ。仕事ばかりで、家のことはからきしだ」
「ええ? そうは、見えませんけど。こ、このお部屋だってとっても綺麗ですし」
「いいや、奴は"外面だけの男"だ。放っておくと何日も飯を抜く……だから、なんだ。こうして……夜食を持ってきてやると、喜ぶんじゃねえのか」
目を逸らしがちにフォールは告げ、サマンサは耳まで赤くなった。本人のわかりやすい言動のせいで、彼女の思いはどんどん知られていく。
お、おじゃましましたー! と言い捨てて、新米教師は夜の町を走り出した。




