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悪童三人組集結、そして捕縛

 カーレル・シズネ町の学校は半日で生徒を入れ替える。下級生と上級生の二つに分けて、それぞれに合わせた授業をするのだ。

 お昼の鐘が鳴り、エイプルたち上級生は帰宅の準備をする。廊下を歩きながらリーネは、このあとやってくる下級生たちについて思いを馳せた。


「私、"シズネ"側のちっちゃい子たちとは、まだ会ったことないの。おはなしが好きだったら、絵本の読み聞かせをしてあげたいなぁ」

「元気いっぱいでやんちゃなのばっかりだよ。特にすごい"三人組"がいて……あっ、見て! ちょうどそこで捕縛されてる!」

「え? エイプルさん……ほ、捕縛って……?」



「放せええええ! てめーらあとでおぼえてろよ、全員ただじゃ済まさねえからなあああ!」

「落ち着いて聞いてください。皆さんは誤解しています。今回ばかりは僕たちがやったんじゃありません」

「……」


 通りかかった一室を覗くと、捕獲された少年たちが多数の大人から尋問を受けているところだった。危機的状況に際し、三者三様の反応を見せている。


 お説教の時間と呼ぶには過激な光景だ。しかしエイプルは気にせず、笑顔で虜囚たちの紹介をはじめた。


「そこに捕まってる子のうち、右側がラリィっていう"シズネ"一番の暴れん坊。武術大会で毎年優勝してて、小さいのに自警団の大人と同じくらい強いの。左の眼鏡っ子はエリュンスト、賢くて成績もいい三人の参謀役ね。それで、真ん中にいるのが……」


「ウェザー! お前も何か言ったらどうなんだ」


「……話すことなんてねえ」

「では、罪を認めるというのだな?」

「違う。無駄だとわかってるんだ。馬鹿どもに話したって、どうせ理解できないからな」


 伏していた琥珀色の目を上げる。ウェザーと呼ばれた少年は、激昂する大人たちの怒声、机や椅子が蹴られる音にも一切動じず、不敵な態度を貫く。

 場の空気はもはや剣呑を通り越し、殺気すら含まれている。怒れる者たちの一挙一動に肩を跳ねさせつつも、エイプルの友人たちは彼から目が離せないでいた。


「イズミ先生を呼べ。俺たちは、あの人にしか話さない」


 幼年にして、ここまで修羅場慣れしているとは珍しい。



◇ ◇ ◇



 悪態と罵声が小部屋を流れるも、全員が涼しい顔だ。このような詰問の場も、少年たちにとっては日常の一つに過ぎない。

 代表格であるウェザーの意見に従ったか、ラリィとエリュンストは抵抗と弁明をぱったり止め、黙秘を開始する。


「悪いが、イズミ先生を呼ぶことはできない。長期のお休み中なんだ。代わりに、俺じゃ納得いかないか?」


 温厚な口調で語ったのは、新任教師のオータム。彼らが面会を求めたイズミ先生の後任にあたる。年も若く、町に来て間もないが、教師として豊富な経験がある。

 大人の面々に、この場は任せてほしいと申し出、皆を引き下がらせた。入れ違いにエイプルたちが入室する。


「ああん、なんだてめー!? 野郎はお呼びじゃねえんだよ! さっさとイズミ先生を出せええええ」

「言っただろ? 今、イズミ先生はお休みなんだよ。お腹に赤ちゃんがいてね、だから俺が来たんだ。町の人には説明しておくから、本当のことを話してくれないか?」

「ふん……生徒に気に入られようと必死だな、新入り。なんだ? 庇ったら俺たちがあんたに感謝するとでも?」


「ウェザーったら、いい加減にしなさいよ! オータム先生を困らせないの!! あっ、大丈夫ですよ先生。私、みんなのことよく知ってますから。ちゃんと反省させます」


 生意気な態度を見過ごせなくなり、エイプルは会話に乱入する。"シズネ"で育っただけあって、彼女は三人組のやんちゃさに慣れているが、新任のオータムでは手に余る案件だ。


「その必要はないぞ、エイプル。まだ互いのことを知らないけど、俺は彼らの"先生"だ。引き受けたことはやり遂げる」

「無意味だ。話にならないな」


「そうか。頭ごなしに何でも決めつけ、意見をまったく聞かない……そういう大人が嫌いだと思ったが、かくいう君も同じだったとは」


 少年たちのオータムを見る目が変わった。ただの好青年という考えは揺らぎ、評価が改められる。

 ラリィとエリュンストは露骨にたじろぎ、ウェザーの表情を伺った。


「今すぐ信頼が欲しいわけじゃない。俺たちはまだ知り合ったばかり。だから、君たちが俺を試してほしい。俺が、話をするに足る大人だってことを判断してくれ」


「調子のいいことばかり言う。けど……いいぜ、そこまで自信があるなら試してやろう。エリュンスト、メモを出せ。俺たちが最後にした"調査"まで説明してやれ」

「えっ……うん。でも、本当にいいの?」

「構わない。まずは、こいつのお手並み拝見といこう」


 逃走意思がなくなったことを確信し、オータムは少年たちの縛を解いた。居合わせた少女たちと協力し、説明の場を整える。




「それじゃあ、情報を整理するよぅ」


 のほほんとリーネは言う。三人組を別室に移動させたのち、オータムは少女たちとともに、彼らの言い分を確認し合う。


 少年たちにかけられたのは食料の盗み食い容疑である。町の広範囲にかけて、できたての食べ物が連続して食い散らかされる被害があった。

 現場に三人の誰かが姿を見せたことから、彼らが犯人として疑われ、ついに厨房に侵入しているところを捕らえられたのだ。


 しかし、少年たちはいち早く被害に気づき、犯人を追い詰めるべく、独自で奔走していたと述べた。


 彼らはこれが、"黒き獣たち"の仕業だと主張する。


「小さくなる魔法を使う"獣"……侵入するのに都合のいい能力だな。捕まってからそんなことを言えば、大人たちは子どもの言い訳だと感じる」

「町は博士の陣で守られてて、"獣"は入って来れないことになってる。それで余計信じられないと思ったのかも」


 "黒き獣たち"が出現してから、多くの防衛策が講じられた。博士が提唱した"獣除けの陣"もその一つである。

 集落の基盤に術式を刻み、獣除けの魔法を常時展開する。発現元となるのは住民の魔力、大勢が住むほど、効果を増す仕組みだ。


「そこで、このエリュンストくんのメモ! 小さくなれる獣なら、陣の隙間を通ったんじゃないかって考えたみたいだねぇ」

「わっ、効果範囲の予想図が書いてある……すごく詳しい」

「そぅ! これを被害場所と重ねると……」


 絵の得意なリーネが、町の地図に曲線を書き込んでいく。効力は町のあちこちから網目状に展開する。各地の要点と交差して複雑に絡み合う。

 線が密集する地ほど強く影響を受けている。対し、盗み食いのあったのはどれも、"陣"の効果が薄い場所ばかりだった。


「ぴったり一致する! 偶然とは言い切れないよね。やっぱり町に獣が入り込んでるんだ!」

「可能性が見えてきたが、確証はない。本来、陣の術式は秘密のはずなんだ。知られれば悪さをされかねないからな。自警団か町長に、この図が正しいか確認しなければ……」


「悩みごとかい? 僕でよかったら力になろうか?」


 やぁ、こんにちはと朗らかに声をかけ、部屋に踏み込む博士。今日も白衣だ。

 周囲から驚きと喜びの視線が集まった。陣について彼ほど詳しい者はいない。



◇ ◇ ◇



「この予想図、エリュンストくんがまとめたものだね。町の秘密をよくここまで調べたものだ」

「博士は三人組の調査が正しかったと思われますか?」

「そうだね、オータム先生。彼らは一連の事件から、陣に死角があることを突き止めてみせた。これから術式を更新する必要があるね。先生は町の人たちを集めてくれ。僕からみんなに説明するよ」


「よかった……これで、あの子たちの疑いが晴れるんですね……?」


 少年たちの無実が証明され、ほっとした表情になるメイ。オータムは博士にお礼を言い、説明会の支度のために人々を集めに走った。リーネもそれに同行する。


「私たちは博士のお手伝いだね。研究所から資料を運んでくればいいの?」

「いいや。それよりもっと大切なことをしてもらおう。三人組のおかげで原因はわかったが、実行犯を捕まえないと被害は続くよ」

「あっ、それじゃ……もしかして、私たちは……」


「そうだよ二人とも。例の魔道具、"魔法少女(略)"を起動してくれないかな? 僕はね、悪さをする獣に心当たりがあるんだ」




 ウェザーら悪童三人組は、陣に隙間があることを証明したばかりでなく、侵入口についても予想を立てていた。真犯人を取り押さえるつもりだったのだ。


 彼らの代わりに、メイが予測地点へ立つ。

 手に持つ魔道具に魔力を込めれば、青い光が周囲を満たした。


 例えるとすれば水流。清らかな光が頭部を跳ね、肩から腰に降り注ぐ。全身に散った飛沫は玉飾りとなって、手足に悠久の雫を留める。

 明るく映える蒼天色の後ろ髪、四肢をしならせる挙動には激流を想起する。瑠璃を湛える二対の帯、珠玉を連ねた銀糸は、彼女の舞に応じて煌めき、世界に破魔の光を浸透させる。


 その存在は深淵より落とされた水珠。聖なる青の祈りに輝く。



 装備展開の様子を、エイプルはため息ついて眺めた。メイの美しい状態変化について褒め称えたのち、頼むから集中してくれよ、と博士から小言を受ける。

 彼は、自身が編んだ術式を操作し、町に潜む獣を誘導する最中だ。


「そっちに行った! ……今だ! メイくん、水壁を発現!!」


「っ……! "水晶の箱"!」


 町を出る唯一の抜け道。林に続く排水管から一匹の"獣"が転がり出た。

 少女たちの待つ場所に、もふーんと降り立った。



 その"獣"の身体特徴と、行使する魔法を表した通名は"激走透過狸ステルスポコ"。白い毛皮に銀の光を流す狸。周囲の空間を歪める魔法を得意とし、あらゆる箇所をすり抜けることができる。

 

「どこでもすり抜けられるから、餌には困らなかったんだろうね」


 全貌を見た博士から一言。


「丸すぎ」



 人の食料をかすめ取ることに特化した狸だ。通常の個体よりも遥かにふくよかでまるまるしい。

 水魔法でできた監獄は、少女二人と"獣"を円状に囲っているが、激走透過狸ステルスポコの毛皮なら、水壁も弾いて進むことができる。


 しかし、それを実行した獣は、水の塊に飛び込んですぐ、何かに驚いて逃げ戻った。


「逃げようとしても無駄ですっ! 水温……すごく冷たくしておきましたから!」


 周囲を覆う水壁は凍りつく寸前の低温を保っている。また非常に分厚く、脱出するまで息は続かない。

 思い知れば再挑戦がためらわれる。豊満な毛皮をぶるんぶるん振っても、冷気からはすり抜けられない。


「エイプルさんっ! わ、私に気にせず、やってください!!」


 呼びかけたのは、エイプルによる炎魔法の発現。今なら逃走の心配なく、獣を焼き滅ぼすことができる。仲間への配慮も不用だ。メイは水魔法での自衛が可能である。


 エイプルは力強く頷き……腕を広げ、叫んだ。



「おいで! あったかいよ!!」



 想定した作戦はまったく通じ合っていなかった。


 エイプルが放つ暖光は、凍えた動物を乾かすのに最適だが、そうして寄ってきたところを捕まえようという発想は彼女にしか持ち得ない。

 しかも、この見通しは甘すぎた。


「なにこの子、全然捕まらない!」


 泣き言を発するエイプルに、激走透過狸ステルスポコは、どやあぁぁと勝ち誇った態度をとる。悠然と目の前に立ってみせ、自信たっぷりに胸毛をふわふわさせた。


 この獣は魔法の効果を遺憾なく発揮し、捕えようとするエイプルの手をすり抜け、暖だけ取っていく。時折メイが繰り出す、掠るだけで肉を抉る手刀も難なく避けている。


「どうしよう……早く、このたぬきさんを捕まえないと……」

「これもう、すばしっこいって次元じゃないよ……あっ、そうだ!」

「どうしたんですか、エイプルさん? やっぱり焼き殺しますか?」

「あのね! この子がすり抜けられるのって、たぶん形のあるものだけなの。だから、大きな音を使えば……」


 はっとしたメイは、耳を水の塊で包んで守る。

 次に獣が近づいた瞬間、爆音が炸裂した。


「"大音声赤星"!!」


 魔法のもたらす音波だけで、水牢は跡形もなく飛散した。近くにいた博士は盛大に水をかぶる羽目に。

 文句を言おうと駆け寄った足元に……激走透過狸ステルスポコはこてん、と気絶して倒れた。




 悪童三人組は夕方になってから解放された。一人帰り道をゆく少年を見つけ、エイプルは親し気に声をかける。


「おーい、ウェザー! 帰るのー?」

「……なんだよ、エイプルねーちゃん」

「どうせ同じ方向なんだし、いっしょに歩こっか」


 大変な一日だったねー、と少年の琥珀色の髪をかき混ぜて話す。ウェザーは抵抗しない。

 子ども扱いするなと怒鳴ることが、どんなに子供っぽいかを理解している。


「明日、学校でちゃんとオータム先生にお礼言うのよ? あの人、あんたたちのために最後まで頭下げてたんだから」

「わかっている。査定もまだ途中だしな。授業の方はまだ見てやってねえから」


 ウェザーは軽く笑みをこぼして語る。実行犯の獣を捕らえ、調査の正しさを誰よりも喜んで讃えたのは、その新任教師だった。


「……でも、まあ悪くはなかった。オータム"先生"のとこでなら、好き勝手暴れられそうだぜ」


 次はもっとでかいことやってやるよ。まったく懲りない様子の彼に、エイプルはなまいきー! と笑って額を小突く。


 表し方はそれぞれ違うが二人の本質は似通っている。

 町での日常は楽しく、そして賑やかなほうがいい。

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