リーネの絵本読み聞かせ会 その3
学校から帰宅途中のラリィを少年らが取り囲んだ。仲間のウェザーやエリュンストとも別れ、ひとりでいるところを狙うあたり計画的だ。
襲撃者たちの顔ぶれを見た時点で、ラリィは彼らの目的を察した。隙なく周りを見渡し、応戦の手順を確認する。
「上等じゃねーか! かかってこいやぁ教会図書館のガキども!! 大会の優勝候補を潰しに来たんだろ!?」
「自惚れるな。おれたちが手を出さなくとも、おまえが優勝することはない」
「そうだそうだ!! クィンさんが勝つに決まっている! おまえの連覇は終わるんだよ!」
ああ? とラリィは凄み、怒りのまま周囲を威嚇した。
毎年開催される恒例行事、ちびっこ剣術大会は子どもたちにとって最も重要な催しだ。ここ数年はラリィとウェザーの激しい優勝争いが注目され、かつてない盛り上がりを見せている。
正々堂々と行う強さの格付けはラリィの得意分野だ。集落合併後の今年からはカーレル側の子どもらが参入し、悪童三人組はまだ見ぬ強敵に向け、対策を練っていた。
期待をかけていたからこそ、この襲撃は彼にとって許し難い。
「今回はただ優勝するだけじゃ足りないんだよ。大会にはエドラ軍隊のお偉いさんが視察に来るという話だ。だからこそ、クィンさんが町一番の力を見せつけ、入隊への推薦をもらうんだ」
「クィンさんは俺たちの希望だ! おまえに活躍の場なんか渡すかよ!」
「ごちゃごちゃうっせーんだよ!! 来いよ、全員ぶちのめしてやる! 何人いようと俺に敵うわけねーだろうが!」
「ふん。たしかに、おまえを打倒するのは手間がかかりそうだ。だが、お仲間の方はどうかな?」
「!! ……てめーら、どこまで腐ってやがる」
「ウェザーとエリュンストに手を出されたくはないだろ? おまえがここで抵抗したら、二人ともただじゃ済まさねえからな」
固めた拳が一瞬緩んだ。ラリィは苦々しい顔で襲撃者たちを睨む。
悪童三人組のなかで、このような危機を切り抜けられるのはラリィだけだ。もし自分がいないときに、彼らが襲われでもしたらと、心に迷いが生まれる。
少年たちがにじり寄るのを感じ、ラリィは戦闘の構えを取るも、動揺を抱えたままでは攻めきれない。多勢に押し切られ、袋叩きにされてしまうのがおちだ。
「待てよ」
緊迫を打ち破ったのは少年の声。年不相応に涼やかな響きは、飛び掛かろうとする襲撃者たちを押し留めた。
木漏れ日を浴びる琥珀色の髪は、少年らにとって見間違えもしない、シズネ側の筆頭者のものである。
「ウェザー! 帰ったんじゃなかったのか。加勢ならいらねーぜ。こんなやつら、俺ひとりでやれる」
「それくらいわかっている。だが、今はその必要もない」
仲間が来たとはいえ、たったのひとりだけ。襲撃者らは余裕を崩さない。ウェザーもまた大会の優勝候補だ、彼もここで"警告"しておかない手はない。
しかし、やけに落ち着き払った様子を不思議がり、彼らは目線の先を追う。
「何をしている」
そこにいたのは大人と見紛う長身の少年、クィン。約束の時間を忘れたのかと、仲間たちをたしなめる。
「違うんですクィンさん! これは……」
「まったく、おまえたちはいつも余計なことをする。こいつらのとの決着は、大会でつけると言ったはずだ」
「でも!」
「……黙って教会図書館に戻れ。もうじき、リーネちゃんの絵本読み聞かせ会が始まるんだぞ」
堂々と宣告すれば、少年らは静かに退いていった。行動を促すように威圧したクィンの視線は、仲間全員を見送った後、ラリィとウェザーを一瞥し、黙って皆の後ろを歩く。
もはや言葉は不要。子どもたちの遊び場支配権は、闘争をもって解決するしかない。そして、まもなく開催されるちびっこ剣術大会は、雌雄を決する格好の舞台と言えた。
今年の大会は、シズネ側とカーレル側の子どもたちにとって代理戦争の側面を持つ。そのような重圧を抱えての試合など、ラリィは経験したことはなかった。たった今揺さぶられただけでも、心に負荷が残っている。
「迷うな」
力強い声が隣から発され、ラリィは顔を上げた。親しい友人の視線を正面から浴びる。
「おまえと決勝で戦うのは、この俺だ」
すべてを見通したように、ウェザーは告げた。澄み切ったウェザーの瞳は、ただまっすぐで……いずれ倒すべき相手をしっかりと見据えていた。
そっけない物言いであるが、彼の言葉はラリィを揺るぎなく奮い立たせる。
◇ ◇ ◇
「ねがい星」
むかしむかし、星がこぼれてきそうな夜のことです。なかよしのねずみとむささびが、木の上で楽しくおしゃべりをしておりました。
ねずみはもこもこした白い毛でおおわれており、みんなからは"わたねずみさん"と、むささびは"モーフさん"という名前で呼ばれていました。
「あのねあのねあのね! また北の森で"ねがい星"が流れたんだって!」
「わたねずみさん、"ねがい星"ってなあに?」
「あれあれ? モーフさん知らないの!? 森のみんながうわさしてるのよ」
しょうがないわね。教えてあげると、わたねずみさんはくすくす笑って言いました。その名前のとおり、わたの花にそっくりな体をふるわせます。
わたねずみさんが言うには、この森は夜になると木の間に星が流れることがあるそうです。
その星を見た動物は、たくさんの食べ物を見つけたり、遠くにいる仲間や家族と出会えたりと、かならずいいことが起こると言われています。
「いいわねいいわね、ねがい星。私のところにも流れてこないかしら……まあ、もうこんな時間! 寝床へ行かないと。またねモーフさん」
「ええ。さようなら、わたねずみさん。明日もおしゃべりしましょうね」
わたねずみさんが帰ったあと、むささびのモーフさんは大きなため息を吐きました。
「"ねがい星"だなんておおげさよ……私、そんなにすごいことできないのに……」
モーフさんは木から降りるため、手と足のあいだにある"まく"を広げました。
まくとは、むささびが木から木へ飛び移るために必要なものです。しかし、モーフさんのは、ふつうのとちょっとちがっておりました。
ふくらませたモーフさんのまくから、きらきらと銀色の光がこぼれてきます。くらい森の中で飛び回れば、下にいる動物たちからは"星が流れた"ように見えることでしょう。
そう、ねがい星とは、むささびのモーフさんのことだったのです。
光るまくには、ふしぎなちからもありました。やさしいモーフさんは、そのちからを森のみんなのために使いたいと思っていました。
ある夜、モーフさんはこまってる子りすを見つけました。
「どこにあるの僕のどんぐり!! あのときどこに埋めたんだっけ?」
子りすはそう叫びながら、じめんのあちこちを掘り返しています。どうやら、たくわえていたどんぐりのかくし場所がわからなくなったようです。
「あの子、なんだかつかれているみたい。いちどねむっておちついたら、きっと見つけられるはずよ」
かわいそうに思ったモーフさんは、ふしぎなちからをつかうことに決めました。木の上にのぼって、かがやくまくをひろげます。
そして、子りすのあたまのうえをとおりぬけるようにして飛びさりました。
「星が流れた! きれいだなあ……あれ? なんだかねむくなってきたぞ……」
子りすはうつらうつらとあくびをし、まるくなってねむりはじめました。
これがモーフさんのもつふしぎなちからです。かがやくまくを見上げた動物は、かならずねむってしまうのです。
みんなのねがいごとは、夢のなかでかないます。
「あったあった! よかった〜夢で見たとおりだ!」
めざめた子りすはうれしそうにはねました。どんぐりのかくし場所を思い出したのです。
モーフさんもうれしくなってほほえみました。そしてまた、こまっている動物がいないか、夜の森を見回ります。
次の夜も、モーフさんはこまっている動物を見つけました。木から木へ飛び移って、少しずつ近づきます。
いつものようにふしぎなちからを使おうとしたモーフさんですが、あることに気づいて、途中であきらめてしまいました。
「ああ……これが、ねがい星。見つけるといいことがおこるというのは、本当だろうか……」
見つけた動物はくまさんでした。高い段差から落ちてしまい、大けがをしていたのです。ねがい星のうわさをしっているようで、やってきたひかりに声をかけます。
あわててかけよったモーフさんですが、どうすることもできません。
「くまさん、ごめんなさい。私、ねがい星って呼ばれているけれど、みんなのねがいをかなえることなんてできないの。ただ夢を見せているだけよ。あなたのきずもなおせないわ……」
くまさんは、ねがい星の正体をしって、目をまるくしました。
そして、ごめんなさい、ごめんなさいとあやまりつづけるモーフさんに、おだやかな声でいいました。
「泣かないでおくれ。もう助からないことは、わたしが一番よくわかっている。それに、ねがいごとなら、ちゃんとかなったよ……わたしを見つけてくれてありがとう。おかげでさみしくなくなった」
「くまさん……」
「まさしくきみはねがい星だ。高いところから、みんなを見守ってくれたんだね……」
すこしずつ声は小さくなり、くまさんはうとうとしはじめました。
えいえんのねむりがやってくるまえに、モーフさんにおねがいをします。
「ねがい星さん……さいごに、すてきな夢を見せて」
モーフさんは大きくうなずいて、近くの木にのぼります。まくのなかにきらきらと光をたくわえ、やさしいいのりをこめて、モーフさんは飛び立ちます。
夜の森にかがやく星が流れました。
おやすみなさい、よい夢を。
◇ ◇ ◇
「すばらしき銀たぬきの冒険 ~第十一話 谷底の白い雲~」
ある雨の日のことです。銀たぬきは狩人のエフ氏から逃げ続けておりました。狭い獣道を通っても、エフ氏は執念深く、どこまでも追いかけてきます。
「もうダメだあ銀たぬきの旦那ァ!! 迎撃用のどんぐりが底をついちまった! 捕まるのも時間の問題だ!」
「まだあきらめるでない、"赤縞"よ。気をしっかり持ちたまえ。あと少しで、隊長からすどのが迎えに来てくれる」
体に赤いしまのあるリス"赤縞"は、どんぐりを打ち出す術が使えなくなり、銀たぬきの背中に張り付くことしかできません。
たのもしい仲間である隊長からすと合流できれば、空中へと逃げ切れます。二匹は約束の場所まで走り続けました。
雨はひどくなるばかりで、遠くのほうで雷鳴も聞こえはじめました。険しい山道にさしかかっても、エフ氏と部下のマタギたちは諦めてくれません。
「ついに追い詰めたぞ、銀たぬき。うしろは崖、戻り道は私の部下たちがみっちり固めておる。いくらおまえでもすり抜けて逃げられまい!」
「ちっくしょう、いねえじゃねえか"白の字"! 配達予定時刻をすっぽかしやがったんだ!」
「隊長からすどのほど仁義に厚い鳥類はいない! 信じて待ちたまえよ」
じり、じりと、エフ氏たちは獣取り網を手に近づいてきます。銀たぬきは、この場をしのぐ方法を考えますが、いい手が浮かびません。
そんなとき、どしゃぶりのなかで風を切る音が聞こえました。
「銀たぬきどのー!! たいへんお待たせした。あなたを輸送するご依頼、今果たす!!」
激しい雨を振りきって、一羽のからすが飛んできました。胸に白羽で十字を刻んだもようは、豪速で飛ぶ鳥、隊長からすに間違いありません。
銀たぬきは助走をつけ、隊長からすの旋回する崖へと飛び降りました。
その時です。ビシャン!! と、すさまじい音をたてて、すぐ近くに雷が落ちました。驚いて身を縮めた銀たぬきは、隊長からすに掴まることができませんでした。
最後の力を振りしぼって、赤縞を隊長からすの背へと放り投げます。
「銀たぬきどの!!」
「ならん! 我が網に掴まれ、銀たぬき!!」
隊長からすはもちろん、エフ氏もまた銀たぬきを助けようとしますが、どちらもあと少しのところで届きません。
銀たぬきはなす術なく、崖の下に落ちていきます。
「そんな……銀たぬきの旦那! 旦那ァー!!」
赤縞のかなしい叫び声が、暗い谷へと吸い込まれていきました。
「ぬわああああああ!!」
銀たぬきは叫びながら落ち続けておりました。得意とする、あらゆる隙間をすり抜ける術も、今は役に立ちません。地面にぶつかってしまえば、さすがの銀たぬきも一巻の終わりです。
覚悟を決めて目を閉じますが、予想していた衝撃はやってきませんでした。
かたい地面に叩きつけられると思いきや、なにやらやわらかくて、ふわふわな物体に受け止められたのです。
「このふわふわのおかげで助かったぞ! しかし、なんだろうかこれは? どうして谷底に?」
調べているうちに、ふわふわが勝手に動き出しました。銀たぬきを絡め取るように襲いかかってきます。あわてて逃げ出した銀たぬきですが、谷底は狭く、思うように走れません。
ずもももも、とふわふわが盛りあがり、その正体が顔を出します。一対の立派な巻き角があらわれ、横長の瞳が銀たぬきを睨みました。
「なんだおまえは? この俺様の寝床を荒らすとは、いい度胸だな」
「な、なんと! 貴公、ひつじか!!」
銀たぬきを受け止めたふわふわは、一匹の大きな大きなひつじの体毛でした。
このひつじも、銀たぬきたちと同じく、ふしぎな術を使うことができるようです。
「ワガハイは銀たぬき! 冒険を愛する大怪盗だ。貴公の名は何という?」
「俺様は……白雲ひつじだ。名乗ったからといっておまえと慣れ合う気はない。一晩だけ宿を貸してやるが、日が昇ったらとっとと出て行けよ」
「うむ、そのつもりだ。仲間たちがワガハイを待っているのでな」
一夜明けて、あらためて上を見た銀たぬきは、愕然としました。崖は思っていたよりずっと高く、ろくに掴まるところもありません。
あたりを歩いても、小さな泉があるだけの行き止まりです。ここから脱出するには、壁を登っていくしかないようです。
「ぬわー! またしても失敗か、だがワガハイはあきらめぬぞ!」
「おいおまえ! わざと俺様のところに落ちやがって、ふざけるなよ!!」
「あいすまない。だが、これほど極上なふわふわなのだ。吸い寄せられるのもしかたない」
「ふん……当然だ。この俺様が手入れしているんだぜ。おまえごときが何度落ちようと、余裕で受け止めてやる」
なんだかんだと協力してくれる白雲ひつじの助けを借りて、銀たぬきは何度も崖登りに挑戦します。
しかし、どんなにがんばっても、全体の半分も登れません。
寝床を借りるお礼にと、銀たぬきはひまさえあれば冒険の話を聞かせました。これまで狙った珍しい食べ物の話。個性的な術を使う仲間たちの話。世界猟友会のエフ氏をはじめ、他の要注意団体との戦いも語りました。
はじめは興味を示さなかった白雲ひつじも、やがては夢中で聞き入るようになりました。
「ところで貴公はどうしてこんな谷底で暮らしているのだ? そろそろ、自分のことも話してくれたまえ」
「誰がおまえに身の上話なんかするかよ。俺様は好きでここにいるんだ。これからも、どこにも行くつもりはない」
白雲ひつじは、自分のふわふわの毛を、守るように抱き寄せました。
「人間に見つかれば、よってたかって俺様の毛を刈りに来るに違いない。俺様の毛皮は俺様のものなんだ!! 人間どもの服を作るために、大事に手入れしているんじゃない! 誰にも奪わせてなるものかよ」
「そうか、貴公はそのふわふわを守るために……」
銀たぬきは白雲ひつじの気持ちがよくわかりました。銀たぬきが自由と冒険を愛するのと同じくらい、白雲ひつじも自分のふわふわが大切なのです。
けれど、いつまでも狭い谷底にいるのはどうしたものか……銀たぬきは不憫に思いました。
崖を登りきれないまま、時間ばかりが経過していきます。銀たぬきは、どんな建物からも抜け出す自信はありますが、このような場所からの脱出は苦手でした。
銀たぬきは意を決して、白雲ひつじにお願いをすることにしました。
「たのむ! どうかこのとおりだ!!」
「おまえ……これは何のつもりだ」
「貴公のふわふわを使わせてもらいたい! どうか毛糸のかたちにして、ワガハイに貸してくれないだろうか!」
ひっくりかえって無防備なお腹を見せながら、銀たぬきは頼みました。これは動物がする、最上級のおねだりのポーズです。
「俺様の話を聞いていなかったのか!? このふわふわを、他の奴にいいように使われるのが一番いやなんだ!」
「そこをおしてたのむ! ここから出たあかつきには、何でも貴公の願いを叶えよう! ワガハイのことを好きなだけ使ってくれてかまわない。だから、どうか! どうか助力を……!」
白雲ひつじはすぐに断ろうとしましたが、なぜか言葉が出てきません。
銀たぬきはいつも楽しい話をしてくれて、自慢のふわふわもたくさんほめてくれました。そのたびに、白雲ひつじはむずがゆいような気持になるのです。
このお願いも、何だか聞いてやりたい気分になりました。
さんざん迷ったすえ、白雲ひつじは協力することにしました。
白雲ひつじの使う術は、自分のふわふわの毛を自在に操るというものです。もちろん、細くつむいで毛糸にすることもわけありません。
そうやって作った毛糸を体に結びつけ、銀たぬきは再び崖登りをはじめます。
ぬわー! と落ちてしまう前に、白雲ひつじの毛糸を岩肌にくくりつけます。次からはその毛糸をたどって登り、また行ける高さまで毛糸を結びます。
こうやって、少しずつ上を目指し、登っていくのです。
「銀たぬきめ。もう、あんな高さまで登りやがって……あいつが来るまで、こんなに空を見上げたことはなかった。この暮らしにだって、満足していたのに」
白雲ひつじは谷底からまぶしそうに見守ります。いつしか白雲ひつじは、銀たぬきを応援するようになっていました。そして、別れの時をさみしく感じておりました。
銀たぬきが出て行ったあとの谷底は、今までよりずっと暗く、つまらない場所になりそうです。
ついに銀たぬきは崖の上に前足をかけました。谷を登りきったのです。
「やったぞ! ワガハイはやり遂げたのだ!! 最後まで登っ……」
「確保――――!!」
直後、崖の上で待ち構えていたエフ氏が飛びかかり、銀たぬきは獣取り網をかけられてしまいました。
網にはとりもちが付いており、銀たぬきはすり抜けの術を使うことができません。さらにエフ氏は、銀たぬきを自分の狩装束で包み、絶対に離れないようにしました。
「必ず這い上がってくると信じていたぞ!! ここで三日三晩張り込んでいたかいがあった! 今度こそ私の勝ちだ、銀たぬき!!」
「ワガハイはまだ負けてなどいない! 貴公が待ち構えていることも、予想していたのだ!」
「エフ氏! 銀たぬきの体に毛糸が結びつけられています!!」
「脱出手段かもしれん。皆、この毛糸を引っ張るのだ!」
エフ氏の部下たちは指示通りに毛糸を引きます。細い毛糸かと思ったそれは、実は綱の太さほどあり、岩肌に張り付いていたことがわかりました。綱は長く、谷底まで続いています。
「なっ、なんだ!? これは、銀たぬきのしわざか!」
毛糸でできた綱は、白雲ひつじとつながっています。銀たぬきはふわふわを借りたときから、崖を登るのと同時に、白雲ひつじを引き上げる綱を編んでいたのです。
「おい銀たぬき! 俺様がいつここから出たいと言った、余計なことをするんじゃない!!」
「それは貴公の本心ではない! ワガハイがする話を、あんなに目を輝かせて聞いていたではないか。冒険への憧れを見過ごしたりはしない。貴公は谷底にいるべきひつじではない! 白雲とは、空にあるものではないのか!?」
「!!」
「安心したまえ、白雲ひつじよ。これからはワガハイが貴公と、貴公のふわふわを守ろう。ここから逃げる算段もついている」
困惑する白雲ひつじは、たくさんの鳥たちがやってくるのに気づきました。
「お迎えにあがりました、銀たぬきどの。われら一団の誇りにかけて、あなたを責任持って輸送する!!」
「「ゆそーする!」」
隊長からすが部下たちを率い、群れ総員で銀たぬきを助けに来たのです。赤縞も泣きながら手を振り、銀たぬきの無事を喜びます。
豪速で飛ぶ隊長からすは、風をまとった翼でエフ氏の狩装束を切り裂き、銀たぬきを奪い去りました。
「おのれおのれ、銀たぬきめ!! だが、まだ毛糸は切れていない。今すぐそこから引きずりおろしてやる」
「エフ氏ー! たいへんです!!」
「おまえたち、今度は何だ!」
「ひつじです! 谷底からひつじが上がってきました!!」
マタギたちの手により、白雲ひつじは崖の上にそっと降ろされました。あまりの巨大さと、見事なふわふわに、皆の視線は釘付けです。
「あの動物は新たな冒険仲間なのだ! ワガハイといっしょに輸送してくれたまえ!」
「承知した!」
「こいつも銀たぬきの仲間の動物だな!」
「捕まえろ! 絶対に逃すな!」
「待てい!!」
エフ氏の怒号により、動物も狩人も、動きを止めました。みんなは何事かと様子をうかがいます。
懐から分厚い狩猟手帳を出したエフ氏は、白雲ひつじの前に立って、指名手配書の項目を開きました。
「この顔、角のかたち……間違いない。貴様は白雲ひつじ! 毛刈りを嫌がって、牧場から逃走したひつじだな! 見たところ栄養状態が悪い。足腰も弱っているようだ。急いで獣医を手配せねば」
「白雲ひつじ! 貴公、逃亡した家畜だったのか!」
「……そういうわけだ。悪いが、おまえといっしょには行けない。実のところ、今の俺様は自力で歩くこともできないんだ」
銀たぬきと白雲ひつじを結んでいた毛糸が、するりと解かれ、もとのふわふわに戻っていきます。
弱ったままの体では、冒険の旅にたえられないと、白雲ひつじは考えました。まずは体を治すことを選んだのです。
「行け、銀たぬき!! 勤めを終えてシャバに戻ったら、おまえの冒険とやらに付き合ってやるよ!」
「ああ! 待っている。ワガハイはいつまでも待っているぞ、誇り高き白い雲よ!!」
銀たぬきは白雲ひつじと再会を誓い、隊長からすたちとともに、大空へと旅立ちました。
たとえ離れていても、冒険を愛する心は、いつか二匹を引き合わせることでしょう。銀たぬきの心踊る冒険は、まだまだ続いていきます。




