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リーネの絵本読み聞かせ会 その2

 階下から澄んだ声が流れてくる。子どもたちのはしゃぐ会話も。お話好きの少女リーネが、絵本の読み聞かせ会を開いているのだ。


 教会図書館はカーレル・シズネ町の新区画に構えられている。その内部は吹き抜けとなっており、二階部分に案内されたウェザーは、声の方向に視線を走らせた。が、一瞬で逸らす。

 ちょうど、会合の主役が現れた。子分たちを引き連れ、交渉の席に着く。


「待たせて悪かったな。"シズネ"の若頭」


 大人と見紛う背丈、体格よい茶髪の少年は"カーレル"側のガキ大将、クィン。よく鍛えられた体だが、悠然とした立ち振る舞いは、教会育ちゆえの教養を感じさせる。

 なお彼は、ウェザーたちより一つ上の十歳である。



 エリュンストの強い主張により、没交渉状態だった各地区の子どもたちは、闘争による格付けの前に、話し合いを行うこととなった。

 "シズネ"側の悪童三人組が対するは、学校にも顔を出さず好き放題遊び、幼年者の社会を荒らす子どもたち。クィンを親分と慕う彼らは、教会に住む孤児であった。


「……きょ、今日は会ってくれてありがとう。話し合いの前にいくつか渡すものがあるんだ。これまでの授業の進行状況をまとめた書類。あと、オータム先生から預かっていた手紙と、みんなの教本があるんだけど……」

「前置きはいい、エリュンスト。こいつは全部見通している」


 嘲笑でにやけた代表者の様子に、遠慮は無用だと判断し、ウェザーは語調を強める。


「単刀直入に言う……学校に来い、クィン。教会の仲間も連れてだ」


「先に不要だと伝えてやったはずだ。俺たちはここで、修道女さんから教育を受けている。何より、おまえらごときと慣れ合うつもりはない」

「いつまで教会に閉じこもる気だ。町の者と交流せず、身内だけでつるむ様子は、率直に言って気色悪い」


「んだとこの野郎!」

「上等だ! 相手になってやらあ、腰抜けどもがあああ!」

「やめとけ、仮にもここは教会だ。女神様が見ておられるぞ」


 侮辱され激するカーレルの子に、ラリィが応戦しようとするが、 クィンは彼らを冷静にたしなめる。

 素直に従う子分からして、教会の子どもたちの結束は固い。


「どう思われようと俺たちは変わらない。そちらのやり方に迎合する気もない。とくに、おまえら三人組は、シズネの連中を率いて獣探しをしていると聞く。俺の大事な仲間たちを危険に巻き込むわけにいかない」

「それは誤解です、クィンさん! 僕たちはあくまで情報提供を求めているだけです。目線が近いからか、子どもは獣をよく見つける。そういった証言を集めているだけで……」

「やり方はどうだっていい。これは思想の問題なのだよ。仲間たちにとって、大人の正論よりおまえらの言葉の方が、耳に残りやすいのは事実」

「俺たちが、そっちの連中に悪影響を与えるとでも?」

「そんな! この時勢にお互い協力し合わなくてどうするんです! 黒き獣たちが活発となった今、立ち向かう勇気が何よりの武器になります。あなたも仲間を大事に思うなら、わかるはずでしょう!?」


「そのような蛮勇は害悪だ。なあ、ウェザー……おまえ、"黒い蝶"を知っているか?」


「……なんのことだ?」

「深く気にするな。だが、おまえは聞き覚えのない事柄に対し、真っ先に危険なモノかどうか考えたのではないか? ……優れた勇気は、強い恐怖を持つことの裏返しだ。そして、獣はそれすらも糧とする」


 反論したげなウェザーに、クィンはリーネちゃんの読み聞かせが始まると言って、一方的に話を断ち切る。


「理解しろとは言わない。俺たちに構うな。外部との交流や、学校による教化もいらない。俺の仲間は、女神様の教えと、リーネちゃんの絵本だけ心にしまっておけばいい……カーレルでの災害を、繰り返さないためにも」


「そんな答えで納得できるとでも? いずれにせよ、遊び場を荒らすあんたたちとは、決着をつけねばならない」

「その威勢、観衆の面前でぶっ潰してやろう。剣術大会の日まで、せいぜい腕を磨いておくがいい。だが、ひとつだけ覚えておけ……あと、リーネちゃんの朗読も聞け」


 慈愛、あるいは自戒を伴った視線で、クィンは子どもたちの集いを見守り、言う。



「いつだって、バケモノを生み出すのは人の心だ」



 ◇ ◇ ◇



「うさぎのきょうだい」


 むかしむかし、あるところに仲の良いうさぎのきょうだいがおりました。ぜんぶで五羽おり、末っ子だけ女の子で、いつの季節でも真っ白な色をしておりました。


 きょうだいたちはおたがいに助けあって、幸せに暮らしていました。

 とてもきびしい冬の日でも、みんなでぎゅっと身を寄せて、寒さをしのいでおりました。



「おにいちゃん、さむいよ。とってもさむいよう」

「みんなの輪にお入り。おにいちゃんたちがおまえをあたためてあげよう」


 一番上のきょうだいの呼びかけで、四羽のうさぎは妹うさぎを囲み、ぎゅっぎゅとあたためはじめました。


「わあ! ありがとう、おにいちゃんたち。あったかくなったよ!」

「そうかそうか」

「それはよかった」

「おにいちゃんも、おまえがいてくれてあったかいよ」

「この冬もみんなであたためあってのりこえよう」


 うれしくなってはしゃぐ妹うさぎを見て、きょうだいたちは寒さも忘れて笑いました。

 巣穴の外では、冷たい雪が降り積もりますが、みんながいっしょにいればこわくないと、信じておりました。


 次の日。食べ物を探していた一羽のうさぎは、一番目と二番目の兄うさぎが、ないしょ話をしているのを見つけました。


「それは本当なのですか、にいさん。これから、もっともっとさむくなるというのは」

「ざんねんながらそうらしい。今よりくらべものにならないくらいほど、きびしい冬になる」

「冬毛のわたしたちでも、たえられないというのですか?」

「ああ。今あるもふもふをもってしても、これからのさむさをふせぐことはできないんだ」


 話を聞いてしまったうさぎは、たいへんおどろきました。兄うさぎたちが言っていたように、この冬は日毎にきびしくなるばかりでした。なのに、もっともっと寒くなっては、きょうだいみんなで冬を越すことはできません。


 うさぎはさむさをふせぐ方法を、がんばって考えました。


 そして、これはもう儀式をするしかないと思いました。



 うさぎはあちこち走り回って、きつねのしっぽの白いわた毛や、水鳥のおなかのもこもこ羽毛を集めました。これらは儀式をするのにかかせないものです。


「よし。これだけそろえれば、きっと呼べるはずだ」


 準備ができたうさぎは、ぎゅっと目をつむって、おいのりをします。


 しばらくじっとしていると、あたたかな風が吹いて、うさぎの冬毛をふわふわとなでていきました。冬の気配はなくなり、まるでべつの場所にやってきたようです。

 目を開けると、そこは綿毛でおおわれたせかいでした。


「ふぉっふぉっふぉ。わしを呼び出したのはおまえさんかな?」

「もふ神さま! 来てくださったのですね!」


 うさぎの前にあらわれたのは、光り輝くおおきな綿のかたまりでした。もこもこと動きながら、やさしく話しかけます。


 これは"もふ神さま"と呼ばれる、もふもふをつかさどる神さまです。この方にお願いすれば、ゆたかな毛皮をあたえてくれると、動物たちのあいだで信じられておりました。


「もふ神さま。どうか僕を、今よりもっともふもふにしてください。きょうだいたちをあたためてあげたいのです」

「ほほう。おまえさんはやさしいうさぎじゃな。しかし、本当にいいのかの?」

「どういうことでしょう?」


「もふもふはよいことばかりではないのじゃ。毛皮がいろんなところにひっかかって、動けなくなることもある。そして、何匹たりともこまめな毛づくろいの運命からのがれることはできない。それでもおまえさんは、きょうだいたちのために、もふもふになりたいか?」


 もふもふのくらしは楽ではないと言われても、うさぎはまよいませんでした。元気よく、もふもふになりたいです! と大きな声で返事をしました。

 そして、もふ神さまは、その願いをききとどけたのでした。



 うさぎの冬毛がのびていき、空気をふくんでふわふわとふくらみます。見るだけでやわらかく、あたたかさが伝わってくるようでした。

 しかし、そのもふもふは、きょうだいたちを包んでしまえるほどの量はありませんでした。


「うむ、これでよし。我ながらじつによいもふもふ加減じゃ」

「えっ、これだけですか? たしかにもふもふになったけれど……きょうだいたちをあたためるには短すぎます! もふ神さまのけち!」

「なんじゃと!わしのあたえたもふもふに文句を言うでない! ものごとには均衡というものがある。そして、おまえさんは今のすがたが一番ちょうどよいのじゃ!」


 うさぎはさらにお願いをしようとしましたが、びゅんとつよい風がふき、飛ばされてしまいました。

 もふ神さまのひとりごとも、同じ風にのって、うさぎの耳元まで届きました。


「まったく、おまえたちときたら。そろいもそろって、家族思いのうさぎじゃな……」



 うさぎが気がつくと、巣穴のなかにおりました。いつのまにか眠っていたようです。

 けれど、もふ神さまとの出会いは夢ではありません。うさぎのからだは、前よりずっともふもふしておりました。


 願いは叶いましたが、うさぎはとてもがっかりした気持ちでした。きょうだいたちをあたためるには、これっぽっちの冬毛では足りません。

 もふ神さま、ひどい……そうつぶやいたとき、巣穴のおくから、きょうだいたちがやってきました。


 いつもいっしょにいるうさぎたちですが、みんな見た目が変わっておりました。


「おーい! そのすがたは、もしかして……」

「なるほど、均衡とはこういうことだったのか」

「みんなおそろいだ! もふ神さまは正しかったんだ!」

「おにいちゃん! おにいちゃんも、もふもふになったんだね!」


 妹うさぎが真っ先にやってきて、ふかふかになった体をすり寄せます。そのあとに兄うさぎ、弟うさぎがつづきました。

 うさぎは、きょうだいたちのすがたを見て、うれしくなって跳ねまわりました。



 冬のさむさを心配したみんなは、同じ願いを持っていました。もふ神さまは、全羽の願いをしっかり聞いて、すばらしいかたちで叶えてくれました。


 うさぎのきょうだいたちは、幸せな気持ちでくっつきあいました。

 みんなのもふもふは、あつすぎず、ひっかからず、ちょうどよい長さで、家族をあたためるのでした。



 ◇ ◇ ◇



「すばらしき銀たぬきの冒険 第八話 ~あやうし銀たぬき! 金襴きんらんきつねの罠~」


 真夜中の植物園は人でいっぱいでした。ここにある珍しい花、千年花をいただくという、銀たぬきからの犯行予告があったためです。

 園内では、多くの人たちが花を守ろうと警備にあたっていました。


「にしても数が多すぎんじゃねえか!? なあ、銀たぬきの旦那ァ!」

「ふふっ。まあそうぼやくものではないよ、赤縞あかしまの。この者たちにとって千年花は、"すてきな気分になるおくすり"を作るための材料らしい。ワガハイたちに盗まれると、今月の納期に間に合わなくなるそうだ」


 銀たぬきが"赤縞"と呼んでいるのは、黒い毛並みに赤線の走った姿のリスです。この動物は、銀たぬきの仲間の一匹でした。背に乗せて、警備網の中に飛び込みます。


「いたぞ! 銀たぬきだ!!」

「早く捕まえろ、絶対に千年花に近づかせるな!」

「急いで増援を呼……ぐあっ!! どんぐりをぶつけられた!」


 銀たぬきは得意の術を使い、警備の足の間を"すり抜けて"いきます。そして、背の上の赤縞は、すれ違う人々の額に、どんぐりを撃ち込んでいきました。

 小さなリスの赤縞ですが、どんぐりを弾として発射する術が使えました。銀たぬきが警備員からの攻撃をすり抜けている間、彼らを狙撃して足止めし、追っ手を減らしていきます。


 正確な狙いと、大きさの違うどんぐりを使い分けながら先を目指しますが、一人の警備員が二匹の目前まで迫ってきました。

 赤縞は速射で返り討ちにしようとしましたが、運良く落ちてきた植木鉢が盾となり、無傷のままです。


「なんだと!? 今のを避けるたぁ、運のいい野郎だぜ」


 千年花が咲いているのは、植物園三階の温室です。追ってくる者は一人となりましたが、非常に勘がよく、銀たぬきの逃げ道に立ちふさがります。


「なんで当たらないんだよ!? このままだと、オレの晩飯のどんぐりがなくなっちまう!」

「もう少し耐えたまえよ。ワガハイにいい考えがある」


 銀たぬきは赤縞に、指定の方向にどんぐりを打ち込むよう頼みました。そして、ある場所からじっと動かず、警備員を引きつけます。


 銀たぬきに向け警棒を振りかぶった瞬間、つる植物の網が、警備員に覆いかぶさりました。銀たぬきは自分を囮にし、赤縞に植物の添え木を撃ち抜かせたのです。

 支えを失ったつる植物は、警備員に絡まり、身動きを取れなくしました。


「ちっ……つまらん標的まとだぜ」


 銀たぬきたちは植物園の二階に進みます。



「動くな! 世界猟友会だ! この植物園が希少動植物の密輸に関わっていることはわかっている!!」

「銀たぬきも密輸組織も薬の売人も全員捕まえてやるー!!」


 植物園はさらに騒がしくなりました。世界猟友会から狩人が派遣されてきたのです。

 世界猟友会は、全世界の生き物の均衡を守る組織であり、今夜は植物園の裏の仕事を取り締まるためにやってきました。

 一階にいた警備員たちは、順番に縛り上げられていきます。


「そして銀たぬき、おまえも確保する!!」


 いち早く二階にやってきた猟友会の狩人は、すぐに銀たぬきを見つけ出しました。しかも彼は、銀たぬきが室内庭園のどこに隠れても、運良く居場所を当ててみせます。


「いったいどうなってんだよ旦那! また見つかっちまったぜ!!」

「ふむ。今回はどうもおかしい、こんな偶然が続くとは」


 とりもちのついた獣取り網を手に、猟友会の者は二匹に近づいていきます。銀たぬきは、彼の幸運を警戒しつつ、すり抜ける隙を待ちました。


「銀たぬきどのー! 遅くなってもうしわけない!」


 その時、窓から豪風とともに一羽のからすが入ってきました。狩人が驚いたのを見逃さず、銀たぬきと赤縞は彼の体に飛びかかり、引き倒しました。

 狩人は持っていた獣取り網を逆にかけられ、べたべたに拘束されてしまいました。


「おせーぞ、白の字! 配達予定時間をすっぽかしてんじゃねえ!!」

「だから、すまないと謝っているだろう! 他の輸送任務が長引いてしまったのだ」

「まあまあ、けんかはよしたまえよ。隊長からすどのも、謝る必要はない。今、貴公が来てくれたおかげで助かったのだから」


 空からやってきたからすも、銀たぬきの心強い仲間です。隊長からすと言い、普段は部下たちといっしょに輸送の仕事をしています。

 赤縞から"白の字"と呼ばれているとおり、胸の羽毛だけ白く、十字を形作っていました。


 隊長からすは銀たぬきたちを持ち上げ、黒い翼を羽ばたかせました。温室までひとっ飛びです。



 錠のかかった扉でもおかまいなしに、銀たぬきは得意の術ですり抜けます。

 温室の中央に咲く花、お目当ての千年花が三匹を出迎えました。


「これが千年花か。なんともかぐわしい香りだ」

「さっさとこいつを持ってずらかろうぜ。下から追っ手が来るかもしれねぇ」

「相変わらず気忙しいリスめ。よく見ろ、ちょうど天窓が開いている。あとはそこから去るだけでいいのだ。慌てる必要がないのに、銀たぬきどのを急かすんじゃない」

「なんだとぉ!」


「まちたまえ! ここは温室であるのに、どうして窓が開いているのだ? 閉め忘れたにしても、いったいどれほどの確率か……」


 今夜は不思議な偶然ばかり起こります。必ず、誰かひとりの思惑通りにことが運ぶのです。最初は警備員の一人、次に猟友会の狩人、そして今は隊長からす……

 銀たぬきはあることを考えついて、隊長からすの漆黒の翼に向け、前足を突き出しました。



「おっと、あたしの存在に気がつくとは。なかなかやるじゃないか、銀たぬき」


「なんだてめえは!」

「きつねだと? いつの間にくっついていたのだ!?」


 現れたのは、きらびやかな毛並みのきつねです。この動物も銀たぬきたちと同じく、特別な術が使えるようでした。

 三匹の前ですばやく千年花を抜き取り、口にくわえました。


「貴女こそ噂に聞く金襴きつね! 取り憑いた者を幸運に導くと言われている動物だな。今日出会った手強い相手は、すべて貴女を背に乗せていたのか!」

「なぜ銀たぬきどのの邪魔をする! おまえも千年花を狙っているのか?」


「べつに、花なんかに興味はないね。ただあたしは、あんたたちを出し抜いてみたかっただけさ」

「なまいきなきつねだぜ。おい、オレに撃たれたくなかったら、さっさと花を渡しな!」

「はははっ! ほしけりゃ奪い取ってみるんだね」


 周りを囲まれても、金襴きつねは逃げも隠れもしません。銀たぬきたちへ見せびらかすように、花をかざしてみせます。


「ワガハイたち三匹が相手では、さすがの貴女にも勝ち目はないよ。千年花をこちらにくれないかな?」

「もう勝ったつもりなのかい、銀たぬき? でも、あんたは誰かの登場を忘れているだろう?」

「! まさか、貴女はそこまで見越して……」



「銀たぬきはここか――!!」



 すさまじい音を立てて、温室の扉が蹴り破られました。砂煙を上げてやってきたのは、つばの長い帽子をかぶった一人の男。

 彼は、世界猟友会が誇る歴戦の古狩人にして、最強のマタギ……国際猟師のエフ氏です。


 衝撃の登場のどさくさにまぎれて、金襴きつねはエフ氏の背に取り憑きました。


「最悪だ! 最悪の組み合わせだ!!」

「こいつはやべぇぜ銀たぬきの旦那ァ! 幸運値強化されたエフのおっさんなんか相手できるか! 今回は諦めるほかねえ!」


「貴公らは天窓から逃げたまえ! だが、ワガハイは去るわけにいかないのだよ」


 旦那ァー! と、かなしい叫びをあげながら、赤縞は隊長からすに連れられ、空高く飛び立ちました。

 温室には銀たぬきと、金襴きつねに憑かれたエフ氏だけが残されます。



「おとなしく投降するがいい、銀たぬきよ! 今日こそは貴様を確保、収容、保護させてもらう!!」

「はははは! なんてざまだい。あたしが強化した狩人に、手も足も出ないようだねえ」


 伸縮可能な獣追い棒にとりもちを塗布し、エフ氏は銀たぬきを追い回します。金襴きつねから幸運を授かっているため、温室の床で足を滑らせることも、植物で視界を奪われることもありません。

 短槍を思わせる棒さばきは、いつにもまして冴えわたり、銀たぬきを襲います。


「すなおに負けを認めたらどうだい。お仲間にも見捨てられているじゃないか。世界に名高き大怪盗も、この程度のたぬきだったとは」


「……逃げ、たまえよ」

「なんだい?」


「貴女の考えは悪手なのだよ。ワガハイが認めて余りある好敵手、エフ氏は……簡単に憑依を受け、操作されるような人間ではない!!」


 長年の激闘を通じて、この一人と一匹は互いの実力を認め合っていました。とくに銀たぬきは、エフ氏の鋭い五感や身体能力を高く評価していました。人間にしておくのが惜しいと思っているくらいです。


 銀たぬきが一匹で温室に残ったのは、エフ氏に取り憑く金襴きつねを心配していたからでした。


「……なんだ? この、匂いは……千年花? なぜ、私の背後から……」


「えっ、そんな……きゃあああ!」

「金襴きつね!!」


 攻撃の手を止めたエフ氏は、花の香りだけで他の動物の存在を見破りました。金襴きつねに逃げる隙も与えず、一瞬でその首根っこを掴み取ってみせました。


「黄金の艶やかな毛並み、他者に憑依し存在を重ねる術……間違いない、貴様は金襴きつね! かつて大貴族に取り憑き、食糧庫を荒らした動物だな!!」

「バカな……人間ふぜいに、あたしの憑依が見破られるとは……」

「貴様も確保する! 私に取り憑き、出し抜こうなど百年早いわー!!」


 見つかってしまえば、金襴きつねはなす術もありません。そのような様子を見て、銀たぬきはエフ氏に近づき、声を張り上げました。


「金襴きつねよ! ワガハイに取り憑け!」


 銀たぬきが金色の毛皮に触れたとき、金襴きつねはエフ氏の手からすり抜けました。そのまま姿が見えなくなります。銀たぬきに取り憑いたのです。


 金襴きつねの術のおかげで、銀たぬきは運が向いてきたように感じました。そして、頭上で鳥の羽ばたきを聞いたのです。


「お待たせした銀たぬきどの!! 依頼通り、あなたを輸送する!」

「「ゆそーする!」」


 開いていた天窓から、赤縞を乗せた隊長からすと、その部下たちがやってきました。温室から離れていたのは、仲間を集めていたからです。

 からすたちが出す豪風に、エフ氏は飛ばされないよう、その場に踏みとどまりました。しかし、顔を上げたときにはすでに、銀たぬきたちは飛び去ったあとでした。


「おのれ、おのれおのれ! またしても逃したか、銀たぬきめ」



 安全な場所にたどり着いてすぐ、銀たぬきの背から金襴きつねが下りてきました。

 いきなり現れた動物を見て、仲間たちは驚きます。


「おいきつね! なんでおまえがいるんだよ!?」

「これはどういうことですか、銀たぬきどの」

「ふん。仲間の前であたしを始末したかったのかい。いいさ、煮るなり焼くなり好きにするがいいよ」


「何を言うか! ワガハイは新たな冒険仲間を、みなに紹介したかったのだ」


 からすたちや赤縞が見つめるなか、銀たぬきは金襴きつねを敵ではなく、自分たちと同じ、冒険を愛する仲間だと言いました。


「ただ生きていきたいだけなら、ぜいたくな暮らしをしている人間にずっと取り憑いていればいい。しかし、貴女はそれをやめた。もっと刺激ある毎日を過ごしたかったんだろう? 冒険を愛する動物は、みなワガハイの仲間だ」


 冒険を邪魔されましたが、銀たぬきは金襴きつねを笑って許します。むしろ、実力ある動物と出会えたことを、幸運に思っていました。

 金襴きつねも加わった冒険は、これまでよりもっともっと楽しくなりそうです。


「またワガハイに挑んでくるがいい、金襴きつね。貴女の挑戦をいつでも歓迎しよう」


「本当に変なたぬきだね、あんたは……でも、そういうのも悪くはないよ。また邪魔してやろうじゃないか」


 今度はうまく出し抜いてやるからね。金襴きつねはそう言って、夜の暗がりに姿を溶け込ませていきました。


 その黄金のしっぽが、嬉しそうに揺らめいていたのを、銀たぬきは見逃しませんでした。

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