そして、これは布と綿で構成された僕
意思も、身体も縛られていた。声を出すこと、指一つ動かすことでさえ制限を受けていた。
それが異常と理解できる知識もなく、ただ道具のように使われては、暗い泥濘に捨て置かれる。それが、かつてジュディの生きた世界だった。
最高議長の屋敷へ送り込まれてからも、組織に受けた呪縛は解けず、他者に従属することでしか人格を保てなかった。オーガスタ指導の下、ジュディの自由意志は育まれたが、彼女の心は歪んだままであり、崩壊への綻びはいくらでもある。
「暇っす!! なんもやることないっす!!」
「ジュディくん、"獣たち"の餌やりは終わったのかい?」
「そんなもんとっくにやったっすよ! みんなお腹いっぱいになってお昼寝してるから、誰もわたしと遊んでくれないんす!」
「じゃあ、勉強をするというのは?」
「うぐぅ!!」
運命は流転し、環境も変化する。兼業含めてジュディは雇用契約を断ち切られ、自由な生活へと放り出された。
その結果、彼女は操り人形の糸が切れたように脱力して、机に顔面を押し付ける。研究所での暮らしに慣れてからは、基本このような姿勢である。
仕事を言いつけられることもなく、保護した獣たちの世話も終われば、彼女は時間を持て余すのみ。だが、勉強は苦手なので、博士の提案はうずくまってやり過ごした。
「そんな調子じゃ、いつまで経っても上級生の授業を受けられないよ。この前、オーガスタたちと同じ教室に行きたいって話していたじゃないか」
「それは……そうっすけど。でも、ひとりでやるなんて無理っす! 博士はなんやかんや忙しいし、毎回エリュンストくんに頼むのも悪いっすから……」
「なるほど。僕も力になってあげたいんだけど、"陣"の研究が進まなくてね。今やってる実験が一段落したら、君のために時間を取ろう」
わかったっすー、とジュディが気の抜けた返事をすれば、博士は頷いて部屋を出ていった。
ひとりになってからは、より退屈が辛くなってくる。家主である不死者"博士"は趣味もなく、研究しかしないため、ここには娯楽となるものがない。
ジュディは、何をしようかと小一時間考えた挙句、最終的に工作をすることにした。
「ああああああ! みなさああああん!!」
「あっ、ジュディちゃんだ! おーい、今から学校? まだ時間あるから、いっしょにお昼しない?」
「ちょっと何事なの? そんなに血相を変えたりして」
「……大丈夫ですか、ジュディさん? 顔色、悪いですよ……毒でも盛られましたか?」
「いいから来てほしいっす! お三方に見せたいものがあるんです!」
ジュディが学校に駆けつけたとき、ちょうど生徒入れ替えの時間帯であった。
本日は午後から下級生の授業となる。エイプルたち上級生はお昼までに解散、このあとは家業の手伝いや宿題など自由に過ごす。
そんな、校舎から出たばかりの少女たちを、ジュディは喚いて急かし、人気のない場所まで連れ出した。
「さっきからなんなの!? というか、研究所で大変なことがあったにしろ、ちゃんとわかるように説明できて?」
「ええ。前にも、このような展開……あった気がします……」
「大丈夫だよ! ジュディちゃんは、また楽しいことを見つけたんでしょ?」
「わたしにもよくわかりません!! 博士から解説されたんすけど意味不明でした! だから、ここでもう一回話を聞かせてもらうっすよ」
語彙力の不足を自覚してか、今回ジュディは問題の物体を持参してきた。現物はさほど大きくなく、彼女の両掌に乗る程度。
話すより見せた方が早いとばかり、焦って包みを開こうとし……いや、物体自らが進み出て、少女たちの前に姿を現した。
「やあ、みんなこんにちは! 僕だよ!」
それは、よく見知った人物。
いつも白衣を着ており、この国には珍しい純白の髪を持ちながらも、凡庸な顔立ちした若い男性。どこにでもいそうな雰囲気を漂わせるが、左目の片眼鏡だけ印象に残る。
そのような特徴をしっかりとらえ、簡略化した"ぬいぐるみ"が、喋って動く。
「博士が……ちっちゃくなっちゃった!!」
◇ ◇ ◇
エイプルは驚いて叫んだが、この発言には誤解がある。確かに、このぬいぐるみは博士の人格と記憶を持っているが、少女たちの知る彼とは別個体である。
その証拠に白衣姿の人影がもうひとつ現れた。今度は等身大だ。
「おーい、ジュディくん。いきなり走り出したら危ないじゃないか」
「そうだよ! 大きい僕の言う通りだ」
校舎裏にて唖然とする少女たちは、ジュディの手の上のぬいぐるみと、やって来た博士とを見比べる。
一方が他方を操作しているわけではない。どちらの博士も、意思を持って動き、いつもと同じ口調で話している。これではまるで……
「えっ!? これって、"博士が二人に増えた"ってこと?」
「はああああああ!? ふざけんじゃないわよ! どっちも本当に博士だっていうの!?」
「そうなんすよ!! 捨てるつもりの素材で工作してたんすけど、博士がなにやら術をかけた途端、動き出したんっす!」
「なんで……どうして、ですか……?」
「前に言ったろう? 僕は物質に魂を宿す不死者だって。そして、これは布と綿で構成された僕。ジュディくんの作った人形を器として使ってみたよ」
「そんな……でも、おかしいわ! いくらあなたが不死者でも、魂はひとつしかないはずよ? 器から器へ移動するのならわかるけど、同時に存在するなんて……」
「もちろん、元になった僕はひとりしかいないけれど、複製だったらいつでも作り出せる。まあ、分け与えた魔力量によって機能は制限されるけどね。この小さな僕だと、できることはせいぜい動いて話すことくらいだ」
機体を規格化し、量産できるのなら、魂も同様だと彼は言う。
「それともあれかい? 君たちは今まで、この世界に不死者"博士"が、僕ひとりしかいないと思っていたのかい?」
「……違うん、ですか?」
「だって、いくらでも機体を作れるのに、それぞれ起動させないなんて無駄じゃないか。だから、やりたい研究の数だけ、自身を増やして対応している……かくいう"この僕"も、そうしたものの一体さ」
すべてはこの世を解き明かすために。不死を獲得してからも飽き足らず、彼は研究に適した自分自身を作り上げた。
より探求に適した機体を。未来永劫心折れず、諦めずにいられるよう、魂にすら手を加えた。研究達成を至上の目的に掲げ、不用とされた感情、欲望は残らず削ぎ落とされた。
遥かなる時をかけて、博士は現在の容に至った。
絶えず真理を希求する彼の佇まいは、人としては異形だが、歯車に似た機能美がある。
ジュディの作った小さな博士は、不起動時には休眠状態となり、魔力を節約するようできている。
製作者たちが離れている間、彼はエイプルの自宅に持ち込まれ、机の上に横たえられた。少女たち……エイプル、メイ、オーガスタは互いに目配せしたのち、意を決して、ぬいぐるみ博士のお腹をつついた。
「……ん? さっそく僕に用事かい?」
起動した彼は異様な空気にたじろぐ。普段のかしましさの欠片もなく、彼女たちは無言のまま、手芸道具を手に小さい博士を囲む。
「確か今日は、裁縫の授業があったんだよね。でも、三人とも、どうして針と糸を持って近づいてくるんだい?」
じり、じり、と後ずさるも、歩幅の短い彼に逃げる術はない。あっという間に距離を詰められ、指で体を押さえつけられた。
机上に磔られた博士のもとへ、きれいなリボンやら布の端切れやらが迫りくる。
「き、君たち、僕をどうする気……?」
長らく平和な生活を続けていたからか、博士は失念していた。不死者である彼もまた、定命の者から見れば、興味と羨望を掻き立てられる存在。研究対象として挙げられることも少なくない。
エイプルたちを信頼して、ぬいぐるみの博士には何の自衛措置も搭載していなかった。
そんな彼は、少女の手にすら抗えず、ただただ無体を受け入れるのみ。
「ただいまっす博士ええええ! みんなも遊びに来たっすよ!」
「やぁ、ジュディくんおかえり。エイプルたちもいらっしゃい。いつもの部屋でくつろいでくれ。あとでお茶とお菓子を持っていこう……ん?」
「うわあああああ! 助けてえぇ、大きい僕!」
エイプルたちからのあいさつも待たずに、彼女の鞄から何かが飛び出す。小さいながらも一目散に駆けて、博士の白衣の中に隠れた。
さすがの博士も、その物体に見覚えがなく、一瞬だけ反応が遅れた。
彼が面食らうのも無理はない。それは、最後に会った時から造形があまりにも変わりすぎていた。
「え、ちょっ……"布と綿で構成された僕"! なんだい、その格好は!?」
抱え込んだぬいぐるみは別の身体に宿した自分。しかし、多彩な布で装飾され、貴婦人の礼装のような帽子とドレスを着せられている。動くたびに引き裾や袖の飾りが絡まって仕方ない。
さらに博士は、小さい自身の背に、まち針が刺さっているのも発見した。
「すいません……つい、やりすぎちゃいました……」
「なによ。こ、これは必要なことなのよ! 布と綿だけの体で喋るだなんて、あやしいものは徹底的に調べないといけないじゃない!」
「だって博士! 一度でいいから、動くお人形さんで着せ替えしたかったんだもん! かわいく着飾らせたくなるのは女の子の性なの!」
「だからって、ひどいじゃないか君たち! 仮にも言葉を話し、意思疎通のできる相手を、針でざくざくにするなんて。肉体で想像したら恐ろしい所業だよ?」
「お嬢様方は悪くないっす! ぬいぐるみの博士を、かわいらしく作ってしまったわたしが悪いんです!」
性格は大雑把だが、ジュディの手先は非常に器用だった。博士も出来栄えに感心して、ぬいぐるみを自らの残機とするほどだ。
作製には廃品を使用したが、それらはもともと一級品魔道具の端材。起動させれば、みんなの助けになると考えた。
さすがに、少女たちの心を射止めてしまうとは予想できなかったが。
「ほら、かわいそうに。この僕はすっかり怯えてしまっているよ」
「うう……こんな服、全然実用的じゃないよ……」
不死者となってから一千年近く経過し、何体もの己を造り変えて生きてきた。直面した困難、潜り抜けた修羅場も数多い。
しかし、いくら博士であっても、女の子たちから、かわいい、かわいいと連呼され、ちやほやされた経験はなかった。
「もてあそばれた……この機体じゃ研究ができない……!」
「大丈夫だってば僕。まだ仮縫いだから、糸をほどけば元に戻れるよ」
互いを……と言っても同一人物だが……気遣い合って、ぬいぐるみの博士は装飾の枷から解放された。
少女たちの暴走をたしなめる途中、二人の博士は揃えたように動きを止めた。
「どうしたの博士? 糸が絡まっちゃったの?」
「いや、違うんだエイプル……というか、小さい僕もわかるのかい」
「そりゃあ気づくさ。だって、このようにふかふかの機体でも、僕は君だからね」
博士は玄関先から外への扉を開き、山の様子を伺った。肩の上に立つぬいぐるみの彼も、エイプルたちを振り向き、小さな指をさして導く。
「獣が来たようだよ、君たち。あの山の麓まで、出動してくれないかな?」
◇ ◇ ◇
山合いを縫うように、それは来た。
現れたのは、カーレル・シズネ町の中心街から森ひとつ離れた場所だ。博士の敷いた"獣除けの陣"から距離はあるが、それでも感知できるほど、今回の敵は破格の力を持っていた。
状態変化し、戦闘の陣形を取った"魔法少女(略)"たちは、固唾を飲んで獣の出現を出迎えた。
大木の陰から見える、鋭い眼光。緩慢ながらも、林ひとつ捩じ伏せて歩みくる。日の下に暴かれた巨躯は、相対する者を威圧し、服従せよと言わんばかりに咆哮した。
「めえええぇええぇええぇぇ!!」
山岳慄わす衝撃が少女たちを怯ませると同時に、激闘への覚悟を固めさせた。
これら挙動は彼女らに、"あ、このひつじさん怒ってそう"、"すっごくもふもふなのに触らせてくれなさそう"、との印象を与えるのに十分だった。
「みんな、がっかりしてる余裕はないよ。こう見えても、"重綿山白羊"は非常に好戦的な性格をしている。なにせ、毛刈りを嫌がって逃亡した羊の最終形態だからね」
動く丘陵を思わせる巨体は、ほとんどが空気を含んだ体毛である。果てなく積み上がったために、小山ほどの規模を誇る。羊頭は、遥か上部から不遜な輩を睥睨していた。
「この子、まっすぐ町に向かってる。早くおとなしくさせて止めなくちゃ!」
「これまでも羊毛で森林を削りながらやってきたみたい。ますます危険ね、歩くだけで地形を変えてしまう獣なんて、町に近づかせるわけにいきませんわ!」
「やる気があって結構。では、エイプルとオーガスタは獣の頭部を攻撃してくれ。メイくん、ジュディくんは遠間から援護だ。"重綿山白羊"は体毛を操る魔法を使うと言うよ。接近する際はくれぐれも気をつけるように」
"流星三連弾"!
"白金閃光脚"!
気合の入った詠唱と、紅と白金の魔撃が交差する。膨らんだだけの体毛を攻撃しても、巨躯は止まらない。ゆえに、エイプルとオーガスタは羊頭を狙って飛躍する。
だが、二人の攻撃は毛糸の防壁に受け止められた。
「ちぃっ! "魁る千々の雷電"! これも受け止めるっていうの!?」
「オーガスタちゃん、危ない!! 左から反撃が!」
鈍重な獣から来るはずもないと考えていた、迅速な攻撃。防御時のように、毛糸を遣わすのではなく、捩じ折った丸太に体毛を巻きつけ、振るうというものだった。
危険を察知し、エイプルの"赤玉一号"が丸太を粉砕する。オーガスタの雷撃を帯びた蹴りも、獣の得物を半分に叩き折った。
「二人とも、退いてくださいっ……!!」
「メイくんの言う通り、戻ってきてくれ!今のままじゃ攻撃が通用しない。別の対策を取らなければ……」
ふわふわな見た目にも関わらず、"重綿山白羊"の毛糸は強靭。さらに体で巻き取った木々も武器として使用する。少女たちが発した閃光、轟音の魔法も、毛糸に感知器官を守られ、怯みの効果をなさない。
文字通り一筋縄ではいかない獣だが、戦闘方法はこれだけではない。
「めえっ!!」
背の羊毛の一部がもこもこと膨らむ。丸太の次に、内部から取り出されたのは"木の枝"だ。
攻めあぐねて集まった少女たちのもとへ、弓矢として射出される。
「させないっす! 誰ひとり、やらせはしないっすよ!!」
「ジュディさん……だめです! あなたの戦い方は……」
矢の連射を防ぐため、ジュディは皆の前に出る。風を司る彼女でしか、この場は対応しきれない。
飛んでくる攻撃を、味方に当てさせないよう吹き飛ばす。だが彼女は、自分の身を守ることをまったく考慮しなかった。
"肉壁"……それが、かつてのジュディの役割。使用目的を果たすように、この身を皆の盾とする。
カ、カッ、と……避けきれなかった、二本の矢が刺さる。
「君は、どうして自分を守らないんだい?」
「なんでっすか……博士? なんで、わたしなんかを庇って……」
みんなより硬いから大丈夫だよ、そう博士は言って笑った。背と腰に受けた矢は白衣を貫通したが、軽く払えば落ちる。
「ジュディちゃん! 博士! ケガはない? 大丈夫?」
「なんて考えなしなの、ジュディ! 軌道の予測が甘くってよ!」
「ジュディさん、あなたは……また自滅的な戦い方を……」
本当に無事なのか確認すべく、少女たちはジュディに駆け寄ようとし、
「動くな!!」
皆は急停止した。博士の警告を聞くまでもなく、動けなくなったのだ。
今の弓矢攻撃はもちろん、丸太を振りかざしたときにも……攻撃に使った材木には、すべて"細い糸"が結ばれていた。
動くうちに手繰り寄せ、無意識のうちに緊縛を受けた。ジュディを庇った博士も同様である。
「うごごご……体が、少しも、動かせないよ!」
「なんて、ずる賢い獣、なの……! こんなの卑怯よ! エイプル! 今すぐ炎を出して、糸を焼き切りなさい!!」
「わかった、やってみる!」
「魔法を使うのは駄目だ! 糸は全員に繋がっている。炎や雷を出せば、みんなを傷つけてしまうよ!」
毛糸を分析した博士は叫ぶ。至近で調べた結果、糸はエイプルとオーガスタの魔法にも耐えられると予測した。
脱出の糸口を見つけられないまま、"重綿山白羊"は進撃を開始する。少女たちもろとも羊毛に巻き取るつもりだ。
「申し訳ないっす! わ、わたしの風が、不用意に糸を流してしまったから」
「私の……水弾でも、狙いがつかなくて……切れないです」
「ちょっと! このままじゃまずいわよ! こっちが捕まってどうするの! 博士! 早く"万物改変機構"出しなさいよ!」
「ねえ、どうすればいいの、博士!?」
「まかせてくれ」
返事をしたのは"小さい博士"。ジュディの手によって作られたばかりの、ぬいぐるみの彼であった。
この場で唯一自由な仲間へ、博士も激励し、送り出す。
「"万物改変機構"を出すまでもないね。頼んだよ、僕。獣を気絶させれば、みんなの糸もほどけるだろう」
「わかってる! そういう時のための僕だよ!」
転がるように走る、白い影。獣の目にも、布と綿でできた体は生物と認識されず、よもや自身の体毛の一部かと不思議がり、"重綿山白羊"は頭部を近づける。
油断した隙に、衝撃を与えれば一件落着だ。
安堵しかけた少女たちだが、彼の詠唱を聞いた瞬間、エイプルは背筋を凍らせた。
「要請、"この身を媒介に、爆破の魔法を乞う"」
以前にも、暗い森の中でそれを聞いた。
人が変異した獣、"堕天者"の手から自身を庇い、博士はひとり犠牲となった。
助けられず、いなくなってしまった彼の姿が、あの小さな人形と重なる。
「博士止めて! こんなのダメだよ!!」
「どうしてだい?」
「獣を気絶させるために、小さい博士が自爆しようとしてる! かわいい、ぬいぐるみの……"ぬいはかせ"がいなくなっちゃう!!」
「エイプル、これは今できる最善の策だよ。小さい僕も、こうするしかないってわかっている。広義で言えば僕たちは道具なんだ。時に、こうやって使用することもある」
でも! と、声を張り上げ抗議し、エイプルは動こうとする。
彼女の理解できない行動は、博士の思考に問題提起を呼びかけた。皆の代わりに、別の自分を犠牲にする。この判断は正か誤か。
「あれは……まるで、昔のわたし、みたいっす……」
もし正解とするならば、それはジュディの"肉壁"としての役目を肯定することになる。使い捨ての道具と扱われた彼女に、同じ仕打ちを実演して見せるのかと。
「やめるんだ僕! 戻ってきてくれ!」
「? 何を言ってるんだ、僕らしくない」
時遅く、ぬいぐるみの博士は毛糸で持ち上げられ、獣に観察されていた。あと少しで、彼の存在を引き換えとした、爆破魔法が発現する。
けれどその前に、碧色の光と暴風が巻き起こった。
ジュディを包む輝きは魔力強化の反応。博士の切り札、"万物改変機構"は彼女に力を与え、風力を増大させる。
「うおおおおおお! 逆風編み、"解縛の豪風"!」
羊毛の"結び目"を狙い、ジュディの風が通り抜ける。獣が支配できるのはあくまで自前の体毛のみ。すべての連結を絶てば、獣の武装を解除し、仲間たちを自由にできる。
「糸を、ほどく……! そうすれば元通り動けるっす!!」
「今よ! 全員、一斉攻撃!!」
武装する隙を与えぬよう、少女たちは攻勢に転じ、次々と魔法を浴びせにかかる。
防壁を編もうとした毛糸は、強風にさらわれて、意図せず網を形作る。これはジュディによる"工作"だ。
「めえぇ!? め、めえ……」
彼女の器用さは風魔法にも反映された。獣自身にも操作できぬほど、複雑な編み込みをし、獣取り網として縛り上げる。
包囲網が完成するにつれ、"重綿山白羊"の抵抗は弱まった。
こまめに手入れし、自慢としていた体毛だからこそ、逃れられないとわかる。糸の強靭さを逆手にとった作戦には、獣も完敗を認めたのであった。
自爆しそこなったぬいぐるみの博士は、エイプルの腕の中で事態の収拾を眺めていた。
まだ彼には、皆の行動について理解が追いついていない。
「どうしてこんなことを……矮小な姿の僕を、守る意味があるのかい? そこにいる大きい僕をはじめ、代わりになる"博士"は、いくらでもいるんだよ?」
「それでも私は、あなたを守るって誓ったから」
紅花色の瞳には、優しく清廉な光が灯っている。
言葉通りに、この少女はすべての生命を慈しみ、守り抜く力を持つのだろうと、起動したばかりの博士でもわかった。
「博士が何人いて、どんな姿でも、目の前で壊されるのはいやなの! ひとりでも見殺しにするのは、約束を守らないのといっしょじゃない!」
「……なるほど。これは、君の信念による行動か。ありがとう、その優しさには敬意を表するよ。あと、君ってすごくあったかいんだね」
「あははっ! それ、あっちの博士も同じこと言ってた!」
「それはそうさ。僕たちはいっしょの魂からできているからね」
数を増し、代を重ねても、博士の思想は変わらない。
良い研究は、安定した文明の上でしか成り立たない。その大いなる基盤は、子どもたちの健全な成長によって形成されていくものだ。
勇気があり、強い精神を持っていること。優しさを失わず成長しているのは美徳であるも、勉強がよくできるかは別問題である。
「宿題が終わらないよおお! オータム先生ったら、課題出しすぎ!!」
自宅にて机に倒れ込むエイプル。さすがに問題集が相手では、力押しや花火魔法は通じない。
任務のせいにはしたくはないが、要領よく学校と"魔法少女(略)"を両立させるのは難しいと彼女は愚痴る。
「そんなときには僕だよ!」
「うわっ、ぬいはかせ!? 鞄に入ってたの?」
独り言の何かが起動条件に触れたのか、鞄から小さな博士が顔を出す。
正式な仲間として加わった彼は、既存の博士と区別して、ぬいぐるみの博士……略して"ぬいはかせ"と呼ばれていた。
「僕が作られた本当の目的はこれさ。君たち"魔法少女(略)"の連絡役兼、勉強の手助け。研究も大事だけど、みんなの将来も大切にしたいからね。この機体なら、いつでも助けられるだろう?」
さて、わからないところはどこかな? と、ぬいはかせは机の上をちょこちょこ歩き回り、よいしょと声を出しながら、文房具や教本を並べはじめる。
少女たちのことを考え、助けようとしてくれる博士たちの思いは嬉しく……また、小柄すぎる彼の一挙一動を見て、エイプルは頬を緩めっぱなしであった。
「ねえ、聞いてるかい、エイプル?」
「うん! がんばってペン持ってるぬいはかせ、かわいい!!」
「ええ……」




