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略して"魔法少女"! ……じゃ、ダメ?

 "黒き獣たち"。それは唐突に発生し、好き勝手に世界を喰い散らかした生命体。動物が変化したものと考えられるが、その凶暴性、攻撃性は従来の比ではない。


 二年前に全盛を迎えてから数は減らすも、いまだ脅威は衰えず、全世界の冒険者、傭兵団を相手取り、熾烈な生存競争を繰り広げている。


 エイプルが爆走の果てに見つけたのは、まさにその"獣"。四足、狼型の個体が六匹。ただの少女にとって、充分致命的な数といえるが、エイプルが驚いたのは彼らの存在だけではない。


 人が、"獣たち"と戦っている。同い歳くらいの女の子だ。


 青のうしろ髪が背で踊る。狼の攻撃からしなやかに身を躱し、素手と素足だけで、黒い巨躯を軽々吹き飛ばす。普段着るものより、はるかに薄すぎる衣服だが、爪の一薙ぎも通さない。


 彼女が誰なのかエイプルには見当もつかなかった。ただでさえ恐るべき状況下なのだ。青の少女が自身の名を叫び、襲いくる獣の頭部を肘と膝で挟み潰す光景も、エイプルの理解を超越していた。


「エイプルさん!! お願いっ、逃げてください!」

「あなたは誰なの? どうして私を庇って……」


「だって……"お返し"、するって、決めてたから」


 それは新しい友達とした会話だ。

 蒼天色の少女は、当たり前のように続きを語り、エイプルに微笑みかけた。


「今度は私が、エイプルさんを守りますね」



◇ ◇ ◇



 縋りかけた手は、体ごと抱きかかえられ、後方へと移動させられた。ふわり、とエイプルを覆ったのは白衣と、薬品と歯車の香り。


「君は何を考えているんだ! 自警団でもないのに、こんなところに来るんじゃない!!」

「博士!! 私、友達を探しに来たの。メイちゃんを知らない? 青色の髪で、私くらいの歳の子、見なかった?」

「彼女ならすぐそこに……ああ、今の状態じゃ認識できないんだったか」


 助けが来た! とエイプルは安堵するも、彼は朝と同じ白衣姿で、武装もしていない。片眼鏡を透かして見た瞳には、同じような焦燥が映っている。


「きゃあっ!!」


 複数からの体当たりを受け、青の少女が地に転がる。丸く、身を守った姿勢の彼女に、獣たちが乗りかかった。ぎゅうぎゅう寄り集まって動きを止め、確実に仕留めるつもりなのだ。


 必死の抵抗の末に、少女は何事か唱えた。四肢に備えた玉飾りが応じて輝く、魔法の発現動作だ。解き放たれた青き光――猛々しい"水流"の魔法は、周囲の獣たちを押し流した。

 しかし唸り声は止まない。攻撃を受けると音もなく消滅するが、また湧いて出る。まるで消すことも叶わない"影"のよう。


「どうしよう! 早くしないとあの子が食べられちゃう。ねえ博士っ! 誰か呼ばないと」

「待ってくれ、こう見えてちゃんと助けようとしてるんだから……あれ? 魔力の受信状況が悪いなあ」


 エイプルが急かすも、博士は深刻な顔をして手元をいじり続けるのみ。

 手のひらにあるのは魔道具だろう。小さいが、きっと獣たちをどうにかする機能があるとエイプルは察した。けれど、今は調子が悪いようだ。


 その間も奮闘を続ける青い少女だが、のしかかる毛皮の重さは、容赦なく体力を削ぐ。


「すいません、ちょっときびしいです!」

「ごめん。あと十五分持ちこたえてくれ」

「無理無理、それじゃ絶対間に合わないよ! 貸して! 私がやってみる!!」

「いやそれうまくいく根拠ないよね? 駄目だよ、触らないで! あっ……」


「おわっ!? わっ、わわわ!」


 爆発しちゃう……!? エイプルは怯えた。それだけの光と波動を感じた。手にした魔道具はいつの間にかなくなっている。"吸収してしまったかのように"。


 次に赤い炎が発現され、体にまとわりつく。適応しているのか灼熱も感じない。火炎は下肢、頭部の順に燃え広がり、通過場所に真紅を置いていく。

 ふんわりとした炎の形を留め、赤みがかった茶髪は紅花の色に変わり、腰まわりを跳ねる。いくつもの黒の結び目は導火線、左右対称に彼女を飾る。


 そのたたずまいは真紅の灯火。優しく燃えて、命をあたためる。



 エイプルの身に起こったのは、見る者すべてが刮目すべき、美しい状態変化。だが、唯一の観客は冴えない声で反応した。


「だから触らないでって言ったじゃないか。はぁ……やはりそうなるのか」


「い、一瞬で服が変わっちゃった」

「戦闘で汚れたら大変だからね」

「髪も……急にすごく伸びて……」

「首を守るためだね」

「リボンに、レースがみっちり……こんなふわふわした服、見たことない!」

「目くらましの効果はあるよ」


「え、エイプルさん!? どうして……」

「わっ! いたんだメイちゃん、もしかしてさっきからずっと戦ってた?」


 はいぃ……と、メイは黒い山の下から返事をした。


 彼女は、エイプルと博士が揉み合っている横で戦い続けた。獣たちからなる黒団子は、積まれては崩すこと三回目を数える。


「こうなったからには仕方ない。君にもきっちり働いてもらおうかエイプル!」


 だが最初に言わせてほしい! 気を取り直した博士は、まず大声で主張する。獣たちを倒す作戦や、注意喚起より先に、くれぐれも誤解なきようにと叫ばれた。


「その装備の意匠デザインは外注したやつだからね! 僕の趣味じゃないよ!」



◇ ◇ ◇



 命が覚えた記憶、経験を具象化することを"魔法"という。生きた年月が魔力量として換算される世界において、人々はこの大いなる現象と寄り添い、特別な言葉で書き記し、力としてきた。


 しかし、この"魔法"は、もはや人間だけの特権ではない。


「いいかい? そいつらの名前は"影狼ラルフ"、ここにいるほとんどは実体のない影だ。本体を叩けば追い払える。エイプル! 君と融合した魔道具には、炎の魔法が搭載されている。本物を炙り出してやれ」

「そんなこと言ったってわかんないよ、博士!」

「エイプルさんは下がっててください! わっ、私だけで何とかしますっ……えいっ!」


 可愛らしい掛け声とともに射出された水弾が、影狼ラルフの頭蓋を貫く。指さした対象に水撃を放つ魔法である。

 一定量の攻撃を受けた個体は、具現を保てず、消滅する。


 だが、相手は影なのだ。本体に戦う意思がある以上、無限に湧いて出る。


 ゆえに博士はエイプルに呼びかけた。彼女の装備ならば影狼ラルフと相性がいい。煙や炎の範囲攻撃を発現すれば、本体を容易に見つけ出せる。


「落ち着いて。頭の中に炎の術式を感じるだろう? 思い浮かんだ現象から、ふさわしいものを選んでくれ」

「炎の、術式……?」

「できる魔法の種類が偏っててごめんよ。でも、こんな使い方は想定してなかったんだ!」


 集中すべく、エイプルは目を閉じた。博士の説明したとおり、気をやれば浮上してくる、様々な炎の記憶。

 大火、爆炎、噴煙……今ならどれでも好きに使える。影を操る本体もろとも、この場を焼却できる。


 使ってほしいと、我先に声を上げる破壊の魔法たち。どれも威力は申し分ないが……エイプルは別の記憶の手を取った。

 メイちゃん耳塞いで!! と発動直前に警告する。



「"赤玉一号!!"」



 選ばれたのは、ある種の"爆発"魔法。ただしそれは、敵を倒すのを目的としない炎だ。


 花弁を模した火炎が散る。強い紅色の発光、凄まじい爆音により、影たちはかき消された。明るい昼間であっても、エイプルの"花火魔法"は何の支障なく、町全体に響き渡った。



「え、そっち? なんで、その魔法を選ぶんだい?」

「だってきれいだから。ね、そうだったでしょ、メイちゃん!」

「あっはい」

「それにまだ町を案内する前だし、建物を焦がしたくなかったからね」


「……私、またエイプルさんにご迷惑を……"お返し"も、できませんでした」

「そういうの無し無し! 友達でいることに対価なんて必要ないよ。私ね、メイちゃんともっともっと仲良しになりたいの!」


 知らない感情に胸を詰まらせたか、エイプルさん……と、か細く呼ぶメイ。博士は笑い合う二人の肩を叩き、武装を解除させた。少女たちは町娘の姿に戻る。


「いろいろと心配なところもあるけど、まあ良しとしよう。じゃ、そこを見たまえ。"あれ"がこの群れの長だよ」


 教えられた方向にいるのは、先ほどまで二人を襲っていた影狼ラルフの本体。エイプルの魔法に驚いて戦意を失い、逃げ帰るところだった。


 実体があるのはたったの一匹だけ。短い足を使って、とてとて走る……黒い子犬。


「あんな小さな"獣"が……」


「体の大きさなんて関係ないよ。不死者"魔女"の使い魔は、生まれながらにして完成された戦士、あるいは魔法使いなんだ」




 それじゃあ状況を説明しよう、と博士は言い、エイプルたちを近くの切り株に座らせた。

 白い眉を吊り上げ、腕を組む様子は不機嫌そのもの。ただし、少女たちは知る由もない。怒りの対象には博士自身も含まれている。


「君たちは僕が発明した魔道具、"魔法仕掛けの集落防衛機構"と融合してしまった。ここ最近の研究が、台無しになったわけさ」

「ごめん博士。でも、ちょっとさわっただけなのに」

「私も……エイプルさんと同じく、うっかり触れてこうなりました」


 反省の意を表す二人に博士は、僕の管理体制も甘かったと述べる。どれだけ責任を追及しても無意味。結果は変わらないのだ。


 魔道具"魔法仕掛けの集落防衛機構"は、自動で町を周回し、"黒き獣たち"の発見、牽制を試みるという目的で開発された。

 同型機間で魔法を組み合わせ、適正な撃退を可能とする。博士はそんな予測を立てていたが……


「主導権も判断機能も全部君たちで登録されてしまった。悪いけど初期化できるまで使い魔……"獣たち"から町を守ってくれないかな? もちろん、協力してくれなかったら、新しくなったばかりのカーレル・シズネ町が更地に戻るんだけど」

「あうう……やります」

「やりまーす。よろこんでやらせてくださーい」

「それはよかった。まずは、君たちにも扱えるよう、魔道具を調整しなくちゃいけない。この町みたいに、名前から改めないとね」


 これからやることがいっぱいだ……ぼやく博士を見て、いたたまれなくなったか、エイプルはお手伝いの方法を考えた。


 とはいっても、今できることといえば新名称の考案くらいだが。


「魔法仕掛けの防衛……今は"機構"じゃなくて"少女"かあ。あっ、略して"魔法少女"! ……じゃダメ?」

「うーん。それじゃ、目的と用途が見えてこないね。もっと誰が、何をするためのものか盛り込まないと」

「わ、私はいいと思います」

「じゃあ多数決で決定!」


「はあ……もういいよそれで」


 いつも理性的な博士だが、積み上がる課題を前に、思考を放棄した。

 カーレル・シズネ町は発足初日の第一歩を盛大に踏み外した。これから激動の予感がする。

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