第五話 「紹介」
雲の合間から日が差す。僕らは少し涼しさを感じて歩く。キズは足早に進む。僕は懸命に彼女についていく。
「あとどのくらいなんだ?」
「もうすこしよ」
僕らはそれから程なくして、大きな人影を捉えた。すると、その人影は大きな声で歌を歌っていた。
「万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生まれなば 散兵綫の花と散れ」
僕はその人影の歌う歌に古さを感じた、いかんせん曲調が古かった。僕は怪しんでキズに訊く。
「あれ……、か?」
「そうよ」
キズはそっけなく返した。
僕らがそんな様子で立ち止まっていると、遠くにいた大柄は気がついたらしくこちらに駆けてきた。
「おーい、キズじゃないか。どうした? ん、もう一人見ないのがいるな、誰だ?」
駆けながら、全部言った。
(こっちに着いてから話せばいいのに……)
僕はそう思った。
こちらに着くと彼は僕らを見下ろす。間近で見ると本当にデカい。
そして、キズは適当に僕のことを紹介する。
「こっちは、ウツロ。今日来たばかりの新入りよ。あなたに会いたいって言ったから、連れてきたのよ」
すると、大柄は照れて言う。
「俺に会いたいって、なんだか、俺、芸能人になった気分だな……」
僕はその一言で察した。
(あ、コイツ、めんどくせーヤツだな、絶対……)
ふと、彼は手をさし伸ばす。僕は握手を求められていると察知して同じように手を伸ばした。
「よろしく、ウツロ。こっち来てまだ短くて色々大変だろうけど、がんばれよ。慣れればそれなりに楽しいから」
「お、おう、ありがとう。……ところで、君の名前は」
「ああ、わりいわりい、言うの忘れてた。俺はみんなから「軍人」って呼ばれてる。改めてよろしくな」
「こちらこそ、よろしく、軍人」
固い握手がほどける。僕は何か熱いものを彼から受け取った気がした。軍人は背中を見せて、さっきの場所に戻る。そして去り際に言う。
「俺、一緒にいきたいけど、まだやることあるんだ。だから、キズ、ウツロの案内を続けてくれ。より多くを知ったほうが、より早くこの世界に馴染める」
キズは何も答えず歩き出す。僕は突っ立っている。するとキズが言う。
「ほら、いくわよ、ウツロ」
僕が歩き出すのを待っていたと知り、小走りで彼女に追いつく。
軍人は二、三回手を振って戻っていった。
僕らは再び歩く。僕は軍人のことが色々気になってキズに聞いた。
「なあ、なんであいつ、軍人って呼ばれてるんだ?」
「聞こえなかった? 彼、歌を歌っていたでしょ」
「ああ、まあ、古い感じの」
「軍歌よ」
「え?」
「彼の祖父、従軍経験があるそうなのよ。それで、彼、その祖父から戦争の話を聞いて、触発されて、自分も勇ましく立派になりたいって、軍歌を歌ったり、トレーニングしたりしてるのよ。それで、軍人って呼ばれてるの」
「おじいさんの武勇伝を聞いたのか」
「いえ、それはちょっと違うわ。私も彼からその話を聞かされたの、おそらくおじいさんの言った事をまるっきしそのまま……。すごく生々しくて、痛々しいと私は感じたわ。おそらくおじいさんも戒めのつもりで話したんじゃないかしら」
「それを軍人は、武勇伝と捉えて……」
「まあ、おそらくね」
僕はなんだか言い知れない恐怖のようなものを感じた。
「ここにいるやつって、あんなのばっかりなのか?」
「だから言ったでしょ。変わり者だって」
僕はうつむく。変わり者というにはあまりに軽すぎる。異常者と言ったほうがまだ適切な気がする。
ふと、僕らは歩いているということを思いだした。そして、頭に湧いた疑問が僕の口をつたって出た。
「おい、キズ、どこへ向かってるんだ?」
僕はどこか怖かった。
「次の人のところよ」
彼女はしれっとそう言った。
僕は会ってみたいような、会いたくないような気分になった。
しかし、僕の足は生き生きと道を踏みしめて歩いていた。
それは、どこか生きがいを感じてハツラツとしているように思われた。