聖人
砂嵐。枯れた草花。死んだ土。人。生物。
世界から見放され大半は出ていき、残った者はみな死んだ。
そんな中をただ一人歩く者――老人だろう。
ここになんの用だ。今となってはただ一人の人間が聞いた。
老人が男を見る。男は痩せこけ砂嵐で飛びそうだった。
手には刃物――と呼ぶには陳腐な物。茶色く薄ぼけたガラスの破片。
意味、分かるよな?震える手で聞いてくる。
老人はその手を取る。
刃物を包み込んで握る。
お疲れでしょう。
滴る血は地面に花を咲かせた。
薄ぼけたガラスは一切れのパンに変わった。
男は困惑した。
老人が足下を掘る。切れた手の平は痛むだろう。
乾いた砂をどかすと澄んだ水が溢れてくる。
気付けば砂嵐はなかった。
代わりに雨。
老人は笑っていた。しわくちゃの笑顔。
男は見た。老人の背後に転々と木々があるのを。
歩けば木々が生い茂り、掘れば水が溢れ、汚れたガラスはパンになり、血は種になる。
男は言う。
貴方は、何者ですか。
老人は言う。
ただの老いぼれですよ。
しかし、こんな奇跡は。
いえ、これはあなたの努力ですよ。
あなたの願いが叶ったのですよ。
老人は歩き出した。
虹が出ていた。太陽が照っていた。雨が降っていた。
老人が去った後。
そこは既に枯れた土地ではなかった。