第十一話
「ほえー……」
目の前でユーカが白目を向いている。そんな彼女を見てジェイクは動揺していた。
「だ、大丈夫か? ユーカ。なんか白目向いてるし……」
特訓初日は、終わった。
しかし、一日目でユーカがこんな状態になってしまった。その理由は、ウォルツが呼び出した魔法使いハージェににより、予定よりもハードなものになってしまい何とか乗り切ったものの帰ってきたユーカはまるで魂が抜けかかっているかのように白目を向いて放心状態だった。
「らいじょうぶれすよー。わたしは、らいじょうぶー」
「まったく大丈夫じゃなさそうね。エレナ、早くこの子を回復させるわよ」
「畏まりました。それでは、医療室へとお運びしましょう。セレナ、行きますよ」
「はい!」
エレナ、セレナの姉妹メイドに運ばれユーカは医療室へと運ばれていく。
「なんとかやりきったけど、明日は大丈夫かな? あの調子だと強くはなれると思うけど」
「ふむ。ハージェに任せたが、思っていた以上にユーカちゃんを気に入ったようだな。これなら、明日も期待できそうだ!!」
はっはっはっは!! と足元で高笑いをするウォルツをメアリスは無言のまま傘の先端で押さえつける。
「うるさいわよ。それにしても、まさかハージェを呼ぶなんてね」
「そういえば、メアリスは知っているんだよね」
「ええ。私と張り合える魔法使いの一人よ。実践よりは、研究って言い張る子だけど。実力は確かなものよ」
ウォルツを先端でぐりぐりしながら説明をする。
最初は痛がっていたが、何やら気持ち良さそうな声を漏らしている。
「子ってことは、彼女はまだ年齢的には」
「下ね。それでも、あの子今は二十歳にはなっているはずよ。この淫獣と二つか三つぐらい違うはずだから」
「あっ……! あっ……!! そ、そこ……きもち、いい!!」
もはやウォルツはマッサージをされている感覚になっているのだろうか。体をびくんびくんっと震わせている。この小動物が、賢者ウォルツと言っても誰も信じないほどだらしない姿だ。
「あれで二十歳なんだ……エルフとかじゃないよね?」
「ええ。彼女は、人間。話を聞いたけど、十二歳から身長が全然伸びず、胸も成長していないそうよ」
「それは……すごいな」
十代はまだまだ成長期。
十二歳から成長が止まるというのは中々ないだろう。いや、ないわけではない。エルフや獣人、龍人などはよく年齢がある一定のところまで行けば体もそこで止まり、年齢だけが増えていくというのがよくあるそうだ。
が、人間はあまり個性がない種族。
体も年齢に比例してどんどん成長する。体の成長が止まるというのはかなり特殊なのだ。
「ま、本人は全然気にしていない様子だし。私と初めて出会った時は、仲間ーとか言ってよく付きまとってきたわ」
「皆様ー!! お風呂の準備が出来ましたー!」
風呂の準備が出来た。それを聞き、メアリスはウォルツを弄るのをやめた。
「さ、いくわよ」
「あの、ウォルツ様は?」
「そこで失神しているわ」
「え!?」
「びくん、びくん……この体になって、なんだかより一層……感じやすく、なった」
「な、何を仰られているのですか、ウォルツ様!?」
メイドも驚きの今のウォルツの姿。
これが人間の姿であるのなら、もっとやばい姿になっていただろう。そんなウォルツを心配しつつも、ジェイクはメアリス達と別行動を取った、
「あ、ジェイクさん」
「もう大丈夫なのか?」
医療室だ。ノックを数回し、中へ入るとユーカがベッドから起き上がったところだった。エレナの姿はなく、居たのはセレナだけ。
「はい。治癒魔法で動ける程度には。ですが、まだ体力などは回復しきっていないのでふらつくことがあるかもしれません」
「そうか。ユーカ、風呂ができたようだ。メアリス達は先に行っている。立てるか?」
「も、もちろんです!」
おりゃー! と元気に振舞って見せるが、足が震えている。あれだけの戦闘の後、あれだけ走った後だ。無理はない。
それをわかっているセレナは、寄り添うようにユーカを支えた。
「では、参りましょうユーカ様」
「うぅ、ありがとう……」
「明日もあるんだ。極力体を休めておけ」
この言葉にセレナは「では!」と何かを思いついたようにユーカから離れ、ジェイクの背中を押す。
「ジェイク様がおんぶをすれば良いと思います!」
「えええ!? お、おんぶですか!?」
「おんぶか……それもそうだな。風呂場の前までは、俺が運んでいく」
動揺するユーカに対し、ジェイクは同じ仲間である彼女を心配して背中を向けたままその場にしゃがみ込む。だが、恥ずかしがっているユーカは中々動かない。
「どうした? 早く行かない料理が冷めるぞ?」
「ああああのでも……」
「じゃあ、私がジェイク様におんぶしてもらいますー!」
「ええ!?」
突然のセレナの言葉に、更に動揺。
ゆっくり、ゆっくりとジェイクの背中に近づいていくセレナの姿を見て、ユーカは。
「し、失礼します!」
ついに動いた。
自分のものを取られまいと護る子供のようにジェイクの背中にセレナよりも早く辿り着く。
「ではではー移動致しましょうー」
「おし。しっかり掴まっていろよ、ユーカ」
「は、はぃ……」
作戦成功! と笑顔でセレナはジェイク達の前を歩き案内を始めた。ジェイクには、ユーカの顔は見れないが真っ赤だろう。
「あ、あの! ジェイクさん!」
「どうした?」
「汗臭く、ないですか? 私、まだシャワーとかも浴びていないので……」
「うーん、正直に言えばちょっと臭うな」
「あう……すみません……」
気にするな、といいつつ落ち込んだユーカのフォローになる言葉を続けて言う。
「でも、ユーカが頑張って証だろ? 俺は、全然気にしていないぞ」
「頑張った……証ですか……えへへ」
★・・・・・
「やほー、準備のほうはどうだい?」
「せ、先輩~! どこに行っていたんですかー! 資料整理大変だったんですよ!? それに、お昼を奢るって約束は!?」
ハージェが戻ったのは夕日が沈みかけた頃。
後輩であるメガネの少女は、もー! と可愛らしく怒っている。そんな後輩を微笑ましく宥めながら、とある資料を手に取る。
「後輩ちゃーん。今回出場する魔機使いって何人だっけ?」
「え? 二十九人、ですけど」
ふむふむ、と頷きペンを取り出して資料に何かを書き始めた。
「これで三十人ってことでー」
「え? まさか、先輩が出場するんですか? でも、先輩は魔機使いでは……」
「違う違う。実はねー、面白い子がいたんだよ。そんでね、ウォルツにエントリーしておいてーって言われたからさ」
「ウォルツ様に? いったい、どういうお方なんですか?」
棒つき飴を口から取り出し、にっと笑う。
「秘密」
「えー……」
「まあ、大会当日になればわかるよ。それよりも、夕食まだでしょ? そっちをお昼の変わりに奢っちゃうよ」
「お、押さないでくださいよ! 先輩~!?」
後輩の背中を押しながら、ハージェは思い出す。
ウォルツに誘われて自分の目で見に行った魔機使いの少女のことを。
自分でもやり過ぎてしまったかな? と思うほどだったのに、挫けることなくやり遂げた。
「明日が、楽しみだな」
「も、もしかして明日も出かけるとかないですよね? もう大会は明後日ですよ?」
ハージェは、魔法研究員であるが魔法闘技場の運営でもある。後輩は、それをまじかであるのにおろそかにされるんじゃないかと不安な表情になった。
「大丈夫だよー。明日は、ちょこーっとだけしか行かないから」
「ちょこっとでも行くんですか!?」