第八話
翌日。
ユーカ=エルクラークは、魔法闘技場で行われる大会で戦い抜くために、特訓施設へと訪れていた。ウォルツの屋敷から転移魔法陣を使い、辿り着いたのは……真っ白な空間。
円形状の空間で、身を隠せる障害物がそこそこあり、天井も二十メートル以上があるだろう。
自分が通ってきた入り口と、向こう側にある入り口。
あそこからはおそらく魔物が出てくる。
より気を引き締めたところで、マジフォンから音が響く。メルが取り付けてくれた機能。遠くの者と会話ができる通信機能をさっそく使っている。
通話のボタンを押し、耳元に当てる。
『聞こえていますか? ユーカ様』
「はい。聞こえています」
聞こえてきた声はエレナのものだ。
今のところ通話機能は、ジェイク、ユーカ、メアリス、ネロのマジフォンにしか取り付けられていない。ちなみに、ジェイクのものは異次元リングと共にメアからプレゼントされたものだ。
エレナが使っているのは、ジェイクのマジフォンだろう。
本来ならば、一度特訓施設に入れば誰も手出し、指示することが出来ない。
腕に装着されている魔機により、時間を計りその時間になれば特訓は一時中止。休憩時間へと入る流れなのだが、ジェイク達が便利なものを持っているということでそれを活用している。
ただ、使ってみたいという気持ちが大きい。
機能をつけてもらったとはいえ、あまり使用したことがないのだ。
ほとんど一緒にいるような状態なために仕方ないといえば仕方ないこと。
『残り三十秒で、特訓は開始されます。休憩時間になった時は、こちらからお知らせ致します。そして、もし無理だと思ったときには必ずお知らせください。待機してある魔法使い達を突撃させますので』
「大丈夫です。私、簡単には根を上げたりしません」
『畏まりました。では、お時間です。特訓……頑張ってください』
エレナの応援の言葉を受け取り、ユーカは通話を切りマジフォンを構える。
ギィ……と、不気味な音を鳴り響かせ鉄の檻が開く。
そこからゆっくりと唸りを上げ現れる魔物。
(あれは、ベールドガ……渡されたデータと同じなら)
狼の顔を持っているが、体は筋肉質な二足歩行。
鋭い牙と爪、四足歩行とはまた違った素早い動き。何よりも、強靭な肉体から繰り出される攻撃がやばいとデータにはあった。
そして、必ずベールドガが最初にしてくる攻撃方法は。
「きた……!」
鋭い爪を突き立て真正面からの速攻。
その対処方法は。
「こっちも真正面からの攻撃!!」
魔力をマジフォンに込め、魔法を放つ。
「《フレア》!!」
気合いの入った声と共に、放たれる業火球。
相手のレベルは、データから考えられるに21から23。
レベルはそれほどない。
今までの経験上、この一撃で……。
「よし!!」
一発で撃退できた。
経験値となったベールドガ。中々の出だしだとユーカは、喜ぶ。が、まだまだ序盤。魔力にも体力にもまだ余裕があり、魔物の強さも軽い準備運動程度。
これから十時半の休憩時間まで、倒す度に次の魔物が出てくる。
(余力を残しておきたい……中級は使わないで、初級で倒すようにしないと)
次に出てきたのもベールドガ。
今度も一撃で……そう思った刹那。先ほどまでと違い障害物の位置が変わった。ユーカとベールドガの間を邪魔するような配置。
「なるほど……同じ敵でもこういう障害があるってことか」
しかし、これでこそ特訓の意味があるというもの。
ユーカは俄然やる気が湧いてきた。
★・・・・・
時を同じくして、ウォルツ邸の客室。
そこで、ユーカの特訓をジェイク、メアリス、ネロ、ウォルツ、エレナ、セレナの六人がモニターを通じて見ている。
ただ見ているだけというのはなんとももどかしい気持ちだろうか。
「出だしはいい感じね」
「うん。初めて相手にする魔物なのに、すごいよ」
ベールドガは、ジェイクも相手にしたことがある。
強靭な肉体と獣特有の猛々しさ。
それが合わさった魔物であるベールドガと最初退治した時は、苦戦を強いられた。あの頃は、まだユーカと動揺20代だったと記憶している。
それに比べて、ユーカは初級魔法で一撃にて撃退した。
やはり昔とは違うのだ。
「ユーカちゃんは、確か固有スキルを持っているんだったな?」
専用の椅子に座っているウォルツがユーカに関して問いかけてくる。先日、ユーカのことについては色々と話した。
ユーカの覚えているスキルの数や種類。そして、どんな相手と戦ってきたか。
「ああ。【魔攻の王】というスキルだ。魔法攻撃力が通常の二倍の威力になるが、消費魔力も二倍になるというものだ。だからこそ、高火力。……でも」
「それだけじゃ、説明がつかない。いくら二倍と言っても、レベル差がある魔物を一撃で。それも初級魔法で倒すことは容易ではない。おそらく、ユーカちゃんの魔法攻撃力が尋常ではないほど高いのだろう」
その通りだ。
ユーカにステータスを見せてもらった時は、ジェイクも驚きを隠せなかった。最初に確認した時は、平均よりも魔力量が高いというだけ。
それがいつの間にか、魔力量だけではなく魔法攻撃力も尋常ではないほどの上がり方をしていたのだ。
今のユーカは、少なくとも20後半……いやもっと? それぐらいの魔法攻撃力を誇っていた。
だからこそ、初級魔法でもベールドガを一撃で倒すことが出来たということだ。
「あの子。自分は、ごく普通の冒険者だって言っているけど……何かありそうよね」
「ユーリの妹だ。只者ではないことは察していたが」
皆、ユーカがこれからもっと成長すればどうなっていくのか気になりつつモニターへと目をやる。
早くも十体もの魔物を撃退している。
今の相手は、素早い動きと硬い頭で岩をも粉砕することができる魔物アケラトだ。
頭の天辺は、鋼鉄のように硬質化しており、細くもバネのある二本足で走り回っている。それを追うようにマジフォンを構えユーカも走っている。
『捉えた! 《フレア》!!』
障害物を利用し、相手の突撃を回避。
アケラトが障害物に突き刺さっているうちに、背後からのフレア。アケラトは、背中が特に柔らかく狙うとしたらそこが一番なのだ。
「アケラトも倒してしまうとは。やるじゃないか、ユーカちゃんは」
「もう昔のユーカじゃない。安心して見ていられる」
「ですが、そろそろあの魔物が相手になります」
あの魔物? ジェイクは、資料内容を思い出す。
今回の資料の中で、もっとも危険な魔物。
それは……。
『で、出たな……』
魔物を喰らう魔物。
魔獣種に属する大食らいの獣……自慢の鬣と、鞭のように蠢く二本の尻尾。一度食らいつけば、鉤爪のように食い込み得物を簡単には離す事がない。
「ライゴラスか……」
ジェイクの手に自然と力が入ってしまう。