第五話
「結局、霧が濃くなる前には抜けられなかったわね」
ウォルツの案内で最短ルートを通っていたと思っていたが、予想以上に霧が濃くなり時間がかかってしまった。
「どうして、あんなに霧が濃くなったんだろうね」
「あの辺りには、ゼリーヌメの他にも湿地草原にしか生息しない魔物は居るんだ。そいつは、辺りを霧で覆いつくし、視界を奪う。不安定な足場で体力が失ったところを、襲ってくるんだ」
「そういうことはもっと早く言いなさいよ……」
襲われることはなかったからよかったものの、とウォルツにメアリスは頭をかかえた。
「すまんすまん。まあ、ともあれだ! 無事、到着できたんだ! よしとしようじゃないか! ようこそ! ここが魔法都市グリードゥアだ!!」
湿地草原を抜けてからは、何も苦がなく移動ができた。
魔物のレベルが多少上がっていたがメンバーがメンバーだけにそこも苦がなし。予定よりも早くグリードゥアへと到着できた。
魔法都市というだけあって、魔法使い風の冒険者達が多く見受けられる。その他にも、魔法道具や魔機のパーツ売り場など入り口から見ただけで他のところとは違うのがよくわかる。
「ここが憧れのグリードゥア! お姉ちゃんの一度は行っておいたほうがいいって言っていたからずっと楽しみにしていたんだよねぇ!!」
「そういえば、ユーカ様のお姉様はあのユーリ=エルクラーク様なのですよね?」
「はい! 今は、帝都の学園に通っています」
「ユーリ様は、このグリードゥアで素晴らしい功績を残しているんです。ご存知ですか?」
「素晴らしい功績?」
どうやら、自分の活躍は妹であるユーカには知らせてはいないようだ。
首を傾げるユーカに、エレナは手短に説明してくれた。
「ユーリ様は、一度魔法闘技場十代の部で優勝をしているんです。それも、六連覇をしていた強敵を容易に打ち負かして」
「そして、その期待の新星であったユーリに俺は目をつけた。優勝したユーリを食事に誘ったんだが……」
はあっとため息を漏らす。
反応から考える限り、失敗したようだ。
「お姉ちゃんは、男の人にちょっと厳しいところがあるからなぁ」
「ああ……こう言われて断られたよ。変態と食事するのは嫌ってな」
「中々いい性格をしているみたいね、あなたの姉は。それに初対面だというのに、一目で変態だと見抜くなんて、ふふ」
「なんで嬉しそうなんだ、そこのお嬢さん」
「さあ? どうしてでしょうね」
そんな会話をしていると、向こう側から数人にメイドが駆け寄ってくるのを目にする。メイド服のデザインからウォルツに仕えているメイド達で間違いないだろう。
「え、エレナお姉様! それにセレナ! お帰りなさいませ!」
「お帰りになられたという事は、ウォルツ様を発見なされたのですか!?」
「はい! ちゃんとウォルツ様を見つけて帰ってきました!」
セレナの言葉を聞いて、メイド達は心の底から安堵するように胸を撫で下ろす。そして、周りをキョロキョロと見渡しだした。
「それで、ウォルツ様はどちらに?」
「ここだ!!」
「え? あの、エレナお姉様。こちらの小動物が?」
エレナの肩で腕組をしドヤ顔を決めているウォルツに対し、事情を知らないメイド達は唖然している。
ええ、と短く頷きエレナは事情を説明しだす。
「な、なるほど」
「事情はなんとなく理解しました。どんな姿であれ、ご無事で何よりですウォルツ様」
「うん。さて、ここで立ち話もなんだ。俺の屋敷に行くぞ。俺を助けてくれた恩人達に礼をしたいからな」
「畏まりました。屋敷までご案内致します。お荷物は」
大丈夫だと、持ってもらう荷物がないことを教える。
今は、全て異次元リングの中に荷物を纏めてある。
「わかりました。では、こちらへ」
エレナが先頭に、ジェイク達はメイド達の後をついて行く。
どうも目立っている。
周りは、魔法使いが多めだが他にも一般人や冒険者達がいるも、やはりメイドが複数人も固まり歩くのは、一度は視線を送ってしまう。
「おーし! 今度こそ、俺が優勝してやるぜ!!」
「無理無理。僕が優勝するんだから!」
何やら、闘志を燃やしている魔法使い達が多い。
魔法闘技場で、大きなイベントがあると考えるのが一番ありえることだが。
「見た感じ、魔機使いが多いみたいね」
「ああ。ウォルツ。何か知っているか?」
「ん? そうだな……おそらくあれだろ」
指差した先には、魔法闘技場で行われる仕様や優勝賞品などが書かれたポスターがあった。すると、セレナがユーカにこちらですっと折りたたまれていたポスターを渡す。
「なになに……今回の大会は、魔機使いのみ参加可能。年齢制限はなし。出場人数は三十人までとなりますが多かった場合は、サバイバルマッチを実施し生き残った者達でトーナメントを組みます。そして、優勝したものが手にすることができる賞品は……世界に一枚しかないスキルチップ!?」
世界に一枚しかないという言葉の魔力に、魔機使いたちは闘志を燃やしているということなのだろう。
そして、ジェイクの隣にもその一人がいる。
ポスターをじっと見詰め、出ようかどうか迷っている顔のユーカ。
「出たくなったか?」
「は、はい。ですが……」
「ちなみに今大会の出場選手の最高レベルなのですが。えっと……レベル50となります」
蒼いツインテールのメイドがマジフォンを取り出し、データを確認。
今大会の最高レベルを読み上げた。
レベル50……ちなみにユーカの現在のレベル20だ。あれから、もっと強くなるために果敢に魔物と戦い経験値を得て、レベルを上げてきた。
今のユーカの実力は、もう初心者など言うものはいないくらいに強いとジェイクは思っている。
「レベル50か……」
「数値で言えば、あなたには勝ち目はないでしょうね」
「30も差があるもんね、レベル。それに、戦うのは全員魔機使い。覚えているスキルでも差が出るかもしれない」
ユーカのやる気を削いでいるわけではないのだろうが、徐々に効いている。
「ユーカちゃん。良いことを教えてやる」
「良いこと?」
悩んでいるユーカに、ウォルツがくるりとエレナの肩で方向転換する。
「レベルなんて飾り、と言ったすごい奴が居る。誰だと思う?」
「……お姉ちゃん?」
「正解だ! ユーリは、魔法闘技場で六連覇をしていた魔法使いに勝った時、レベルの差は今の君と同じ30もあったんだ。誰もが勝てるはずがない。そう思っていた。だが、勝ったのは数値では負けていたユーリだった」
レベルというシステムがあるこの世界では、レベルが高いほどステータスも上がりスキルも多く覚えていく。だからこそ、レベルこそが戦いの全てという者もいる。
ユーリはそれを覆して見せたということだ。
「あははは。お姉ちゃんってば、本当にすごいなぁ。昔から、男勝りで年上相手に喧嘩で負けっぱなしだったけど……まさかそこまで」
「随分と活発なお姉さんなのね」
「活発、でいいのか?」
ユーカからは、あまり姉であるユーリについて知らされていなかった。ただ、帝都の学園に入学しているというだけで、どんな性格をしているのかどんな容姿をしているのか。そのほとんどが謎だった。
だが、今はどうだ。
ジェイク達の今のユーリのイメージは、男勝りで賢者に認められるほどの魔法使いという強烈なものになっている。
「まあ、ユーリの真似をしろと言うのは少々無理だろうが……どうだ? もし大会に出るのなら俺の特訓を受けてみるっていうのは」
「ウォルツ様の特訓?」
ポスターから目を離し、にっと笑うウォルツに視線を向ける。賢者による特訓……魔法を使う者としては、かなり嬉しいことだろうが。
果たして、どうなってしまうのか。