第二話
「改めて自己紹介をしよう。俺の名は、ウォルツ。今はこんな見た目だが、元は超絶なイケメン二十四歳だ。世間からは賢者とか言われている。あつっ!?」
温めたばかりのシチューを器用にその小さなで持ち口の中に入れている。とはいえ、少し具が大きいかと思い細かく磨り潰しておいた。
それにしても、やはり早い。
二十四歳にしてもうレベル100……ジェイクの時代では考えられない。これも時代が進んだことによる進歩なのか、それともパラレルワールドだからなのか。
「……いまだに、あのウォルツ様だって信じられないです」
「私も信じたくはないけど。それじゃ、話が進まなさそうだからあえて信じるわ」
「僕も、元は男だから同じ姿は違うけど。同じ境遇仲間として信じようかな」
「なにっ!? お前は、元は男なのか!?」
衝撃のあまり、スプーンを皿の中に落としてしまう。
その反動で、シチューが飛び散りウォルツの体を襲う。
「あっつぅい!? あつッ!? あつっ!!」
「あははは。なんだか久しぶりだな、そういう反応」
これまではずっと、元が男だということを言っていなかった。そもそも、今のネロを誰が元男だと疑問に思うだろうか。
「も、元男か……ふむ」
自分で体にかかったシチューを拭き取り、ウォルツはネロを観察する。そして、キリッと表情を引き締めこう呟いた。
「ありだな」
「え?」
これにはネロも思わず首を傾げてしまう。
が、すぐにメアリスの闇がウォルツを襲った。
「やっぱり変態なのは変わっていないようね」
「俺は、変態ではない。ただ一心に女の子が好きなだけなんだッ!!!」
叫んだ。心の底から。隠すことなく、元人間、レベル100の賢者であるウォルツは闇に縛られながらも屈することなく。
「あ、そっ」
それを聞いてもなんとも思っていない様子のメアリスは、容赦なくウォルツを縛る力を強める。
「あアッ!? そ、そんなに力を入れて……!」
「気持ち悪い声を出さないでくれる?」
「人間、の時も、そうだったが……メアリス! お前はやはり、縛る才能がある!!」
人間であった頃も、今のように闇に縛られたことがあるようだ。若干、嬉しそうな顔をしている。
……世の中には、色んな趣味思考の持ち主が居る。
ウォルツもその中の一人、ということなのだろう。
「……」
明らかに、気持ち悪いっという表情を見せてから闇を消す。
解放されたウォルツは「ふっ。もう終わりか?」と挑発するような言葉と表情でメアリスを見詰めるが、完全に無視されていた。
ジェイクの隣に逃げ、静かに自分の分のシチューを口にしていく。
「えーっと。まあ、俺達も自己紹介をさせてもらう。俺は、ジェイク。ジェイク=オルフィスだ」
「わ、私はユーカ=エルクラーク、です」
「僕はネロ。さっきも言ったけど、元男って覚えておいて」
「ほう? ジェイク=オルフィスか。その名、お前まさか噂の転生したジェイク=オルフィスか?」
噂になっているのか。
嬉しいような、恥ずかしいような。この世界では、本にもなるほどジェイクは有名だ。それが今、転生者として再びこの世界にいるということが噂になっているのだろう。
「そして、エルクラークか」
「なんでしょう?」
ジェイクに興味を示した後、ユーカを見詰める。
「君。あのユーリ=エルクラークの妹か?」
「お姉ちゃんを知っているんですか!?」
やっぱりそうか、と不適に笑い話を続ける。
「ユーリは、本当に優秀な子だ。俺があの子の未来を想像しただけで身震いするほどにな」
実際に出会ったことはないが、ユーカの姉であるユーリはそこまでの実力者なのか。賢者と称えられる彼が言うのだ間違いはないだろう。
「やっぱり、お姉ちゃんはすごいんだ。なんだか嬉しいなぁ……!」
「よかったな、ユーカ。自慢の姉だな」
「はい! ますます帝都に言って直接会いたくなりました!」
ジェイクも同じだ。
いったいどんな人物で、どれほどの実力があるのか。一人の剣士として、実力が知りたくなってしまった。
「そして、ネロだったな?」
「うん」
「……」
ネロは、元殺し屋だ。
現在は、妹であるフランを助けるべく殺し屋の仕事を辞め冒険者として活動をしている。ネロの噂を賢者ウォルツは知っているのだろうか?
「ひとつ聞きたい」
「何かな?」
とても真剣な表情と声だった。
いったい何を? 緊迫する空気の中、ウォルツが口にした言葉は。
「おっぱいのかん―――うおっ!?」
とても素早い対処だった。
一瞬の内に、ウォルツの目の前にフォークを投げ捨てたメアリス。またもや、セクハラと思われることをネロに言おうとしたのを阻止したのだろう。
「えっと」
「答えなくてもいいわ。こんな色欲魔に教えたらまた調子付いて、セクハラ発言をしてくるに違いないから」
「セクハラではない。純粋に聞きたいだけなんだ。男の体から女の! それも、巨乳美少女になった感想を!! ちなみに俺は、人間からこの奇妙な動物になってからは色々と苦労した……」
「例えば?」
ジェイクは、純粋に気になり問いかけた。メアリスを一旦落ち着かせるために話題を変えたのだ。
「ああ。例えば……見ての通り、毛皮に覆われている。なので、これが普通。服を着る必要がなくなった。いや、毛皮に覆われていようとも服は着れる。だが……人間だった時の服が着れなくなってしまった! 小動物に服を着させるのもそれそれで人気は出るだろうが、俺は! あくまで、人間としての俺で女の子にモテたかったんだ……!」
熱弁する賢者を見て一同どう反応すればいいかわからず、沈黙状態。確かに、犬などにおしゃれとして服を着させている飼い主も居るようだが。
毛皮で覆われている動物は、服を着なくとも大丈夫な種類もいる。
今のウォルツは見た感じだとそこそこ毛量はあるようだ。
「……さっ。こんな獣はここに放置して私達は旅を続けましょう」
珍しく後片付けを自ら行うメアリス。
相当、ウォルツから離れたいようだ。
「だが、ウォルツもグリードゥアに住んでいるんだろ? どうせなら一緒に行ったほうが良いんじゃないか? あの体だと何かと不便だろうし」
「あなたって、本当にお人よしね。今は、獣の姿をしているけど。仮にも賢者と呼ばれた男よ。放っておいても大丈夫よ」
食器をユーカと共に洗いながら言うメアリス。
彼女の意見は一理あると思うが、それでも拾ったときのあの様子を思い出すとどうしても放っておけない気持ちになってしまう。
「―――ま、私はあなたについてきているだけだから、あなたの勝手にしなさい」
「メアリス……」
ふんっとそっぽを向き食器を異次元リングの中に収納していく。
最初に出会った時から、なんだかんだで優しい一面があったが、メアの屋敷での一件からまた雰囲気は少しずつだが変わってきている気がする。
「というわけで、一緒に来る?」
「もちろんだ。この姿だと人間とは歩幅が違い過ぎて、色々と遠く感じてしまうからな。四本足で走るのもまだ慣れていないし、二本足ではどれほどかかるか……」
随分と時間が経ち、ほとんど湯気がなくなったシチューをウォルツを一気に平らげ立ち上がる。
「では、行くとしよう! 誰か俺を運んでくれ! いや、ネロちゃん俺を運んでくれ!!」
「僕?」
「あんたは、ジェイクに運んで貰うわ。ユーカも、もちろん私も禁止」
思わず、ジェイクすら身震いしてしまう威圧でネロの前に立ちだらしない顔をしているウォルツへと言葉の剣を投げる。
ガタガタと震えながら、残念そうに首を縦に振った。
「は、はい……」
「すまんな。俺で」
苦笑いしつつ、落ち込んでいるウォルツを持ち上げ肩に乗せる。
重さはあるが、大したことはない。
これなら、支障が出ることはないだろう。ウォルツの食器を片付け、ジェイク達は小屋を後にする。なぜか、獣の姿になってしまった賢者ウォルツと共に向かうは魔法都市グリードゥア。