第一話
「随分衰弱しているみたいだな」
「はい。それにこの雨の中長時間外にいたみたいですね。かなり毛が濡れています」
ジェイク達が拾った謎の生物。
ユーカは、暖房の前で温めつつもタオルで水気を拭き取っている。まだ息はあり、ただ気を失っているだけだが……。
「私も動物の図鑑は見ているから知識にはあるけど。こんな動物見たことがないわ。中に入れておいて今更だけど。安全なのかしら?」
「うーん。肉食には見えないし……とりあえず今は、目が覚めるまでここに居させても僕は良いと思う」
ウサギのように長い耳は、ぴんっと立っているのではなく垂れており体は少し太め。全体的に白い毛皮に覆われており尻尾の先は黒い。
「まずはこれで大丈夫だと思いますが……」
毛の水気を拭き取り、新しいタオルで動物を包み込んだ。
「目が覚めた時のために、ミルクを温めておいたほうがいいかな?」
「いつ覚めるかわからないわ。目覚めた時に温めるのがいいわよ。冷めたものよりも、温かいままのほうがいいでしょう」
そうだね、と準備だけをしてジェイク達は用意したクリームシチューパスタを冷めないうちに口に運んでいく。
「それにしても、ネロが料理を手伝ってくれるようになってからは鍋だけじゃなくなったな」
「僕は、ずっと鍋でも良いんだけど。だって、鍋って色々と食材を自由に入れられるし調理も他のよりは簡単だからさ」
ホットミルクを口にしながらネロはくすっと笑う。
今回は、クリームシチューパスタだったが。準備には時間がかかったのは事実。最初は、クリームシチューとサンドウィッチなどにしようかとは思ったのだが、パスタを買ったはいいが一度も食べていなかったことを思い出し急遽合わせることになった。
思いのほか味は良くスルスルと胃袋の中に入っていく。
元々シチューだったために、ニンジンやジャガイモ、タマネギなど野菜なども含まれている。
パスタは前に立ち寄った町で見つけたパスタ職人が丹精込めて作ったものを使用している。
「俺も鍋は万能で、楽なものだと思っている。冒険をしながらだとあんまり凝ったものは作りにくいからな」
「……」
「あら? ユーカ。マッシュルームなんか見詰めてどうしたのかしら」
「あ、いや。なんでもないよー」
なんでもなくはない反応だ。
そして、ユーカの反応とマッシュルームを避けながら食べている様子からどうしたのか容易に想像がついた。メアリスやネロも理解している顔だ。
「もしかして、マッシュルーム嫌いだったか?」
「うっ……」
どうやら想像道理だったようだ。
「そういうことは先に言ってくれれば避けてやったのに」
「だ、だって。せっかくジェイクさんが作ってくれたものを無下にできませんし……」
そう言ってくれるのは素直に嬉しい。
料理を作り、おいしいと平らげてくれた時はもっと嬉しい。
「誰にだって好き嫌いはあるものだ。俺だって嫌いな食べ物のひとつや二つあるんだ」
「え? そうだったんですか?」
意外、という表情で見詰めてくるユーカ。
ジェイクとて色々と人間離れなことをしているが、人間には変わりない。好きな食べ物があれば、嫌いな食べ物もある。
「何が嫌いなの?」
「そうだなぁ……イブリアかなぁ」
「あー、あのでろでろした食感の芋のこと。あれは私も嫌いね。ちなみに私は、全体的に気持ち悪い食感のものが嫌いなの」
「僕は……えへへ。今のところ嫌いな食べ物はないかな。ちょっと苦手ってものはあるけど」
ネロは、良く食べるため中々嫌いな食べ物がないのだろう。
一同、嫌いなものがあると発言したうえでユーカを見詰める。
「まあ、誰にだって嫌いなもの苦手なものはある。よく好き嫌いはないようにって、子供は親に言われるだろうけど。無理に食べる必要はない。そういう時は慣れるのも良いが」
ひょいっとユーカの皿からマッシュルームを取り口の中に入れる。
「食べられる人に任せておけ」
「もし無理に食べて吐かれたりしたら、そっちのほうが大変だものね」
「仲間は助け合いってことだね。というわけで、僕も貰うね」
フォークでマッシュルームを拾い口の中に入れる。
しかし、勢い余ってパスタまでもが色々と巻き込まれユーカの分が少なくなってしまう。
「あー! 私のパスター!?」
「あははは。ごめんごめん、つい」
「まったく相変わらずの食いしん坊ね」
「大丈夫だ、ユーカ。まだ残っているから」
騒がしくも楽しい食事の時間は過ぎて行く。
結局、就寝する時間になっても動物は目が覚めることはなかった。ジェイクは、気になりつつも明日に備え未だに雨が降る中、眠りにつく。
★・・・・・
「……雨は止んだみたいだな」
一番に目が覚めたジェイクは、窓から外の様子を伺う。
昨日のように雨雲に覆われることなく、青空と白い雲が見えた。これならば、旅に支障がでることはないだろう。
そして。
「お前、目が覚めたんだな」
ジェイクが目を覚ましたと同時ぐらいだろうか。
いや、それとも前? 何はともあれ、あの謎の動物は目を覚ましていた。タオルの中で、顔をあげ紅い瞳でジェイクを見詰めている。
「腹減っていないか? 昨日はずっと眠ったままだったからな。待ってろ。今ミルクを温めて」
「いや。ミルクよりも、そこの鍋のものを頼む」
「ああ。シチューがいいのか? 朝食のために残しておいたから丁度……え?」
喋った。図鑑にも載っていないような動物で、尚且つ喋る。更に、かなり凛々しい。いや好青年な声だった。
謎だとはいえ、見た目は可愛い。
それなのに、青少年というかおそらく人間であるならイケメンであろうと想像できる声。
「喋れる、のか?」
「驚いているようだな。だが、安心してくれ。俺は」
「俺は?」
タオルから身を起し、きりっとした表情でそいつは宣言した。
「俺は……人間だ!!」
「……それは元ってことか?」
元男の女が居るぐらいだ。
ジェイクへの衝撃はそこまでではなかった。おそらく、彼も何かしらの呪いなどで動物に変えられてしまったのだと予想できる。
「あれ? なんか、反応が違うな……俺の脳内では。な、なに!? 人間、だと? って驚かれる予定だったんだけど……おっかしいなぁ」
自分の想像と違った反応をされたことにより、考え込んでしまう。
「はれ? ジェイクさん、誰と話してるんですかぁ?」
喋る謎の動物と会話をしていると、ユーカ達が目を覚ましてしまう。
「……なんだか、聞き覚えのある声が聞こえたのだけど」
「む? そういう俺も聞き覚えのある声が……って、お、お前! メアリスか!?」
喋る動物は寝起きのメアリスを見て明らかに動揺している。
どうやら、二人? は知り合いのようだ。
「わー、喋る動物なんて珍しいね」
髪の毛を下ろした状態で、ネロは喋る動物に四つん這いになりながら近づいていく。
「おお、おお……! なんて魅力的な……おっぱい!!」
「え?」
……ジェイクは悟った。
この動物は、変態だと。
見た目が可愛い小動物なのに、ネロの胸を見て興奮している。
「ふんっ」
「あぶっ!?」
そんな動物をメアリスの闇が縛り上げた。
今のメアリスは、まるでゴミでも見るかのような目をしている。メアリスがこんな表情をするなんて、いったいどういう関係なんだ? とジェイクは静かに様子を伺っている。
「まさか、女の子に可愛がられたいがために小動物になったとかじゃないわよね? ―――ウォルツ」
「ち、違う!? そういう願望はあるが。この姿に関してはちが、アアアアッ!?」
「やっぱりあったんじゃない。この変態賢者」
「え? え? あの動物が……ウォルツ様、なの?」
これから訪れようとしている魔法都市グリードゥアに居ると言われるレベル100の魔法使いウォルツ。
メアリスが言うにはかなりの女好きだということだが……ジェイクは、先ほどの反応や発言を聞いてなるほどっと納得した。
ユーカは、目の前でメアリスに縛られている動物が憧れるウォルツだということを受け入れられないという反応だ。
「は、話を……話を、聞いて、ください」
「メアリス。とりあえず、話を聞いてやろう。な?」
「……仕方ないわね」
いったい賢者と言われる彼の身に何があったのだろうか?