第七十六話
アリスは、呆気に取られている。
侵入者であるシェリルの相手をするのは、流れ的にメアだとばかり思っていた。しかし、強気な声音でメア自身はメアリスの背中を押し、メアリスが戦うと宣言したのだ。
これには、相手側も放出させた魔力が乱れてしまっている。
雰囲気をぶち壊しだ。
あっちは、メアとの勝負を望んでいたと言うのに。だが、これがメア。自分を造ったメア=ナイトゲイルのだと経験上で、納得してしまう。
「ふ、ふざけないでくれるかしら? 私と戦うのはあなたよ! メア!!」
やっと搾り出した声で、メアに叫ぶ。
さあ戦いなさい! と再び魔力を放出する。
「だから言っているだろう。お前の相手はあたしじゃない。このメアリスだ」
しかし、メアは戦いに応じない。
頑なにメアリスを戦わせようとしている。いったいどんな意図があるというのだ。クローンの中でも、トップクラスの実力を持つメアリス。
彼女であるなら、戦うのは申し分ない。
それでも……。
「そんなクローン如きで私の相手のなると思っているの? 冗談でも、笑えないわ」
「なーに。こいつは、あたし以上の力を備えている。それに、メアリスに勝てないようでは、あたしにも到底勝てないぞ?」
メアの言葉に、キッとメアリスを睨む。
彼女は明らかに、メアリスを邪魔者だと思っている。ここまで、来たのはメアと戦うため。そして、メアが持っているという【闇焔の宝玉】を手に入れるため。
それを、己の意思ではないとしても邪魔をする。
一度呼吸を整え、シェリルは再びメアを見詰めた。
「そのクローンを倒せば、次はあなたよ?」
「ああ。だが、こいつの勝てれば、の話だがな」
あくまで、メアはメアリスが勝利するのだと思っているようだ。シェリルの実力がどれほどのものかはまだわからないが。
メアと同じ魔族。自分達のようなクローンと違い、本物のちからを持っている。
心配になり、メアリスを見詰めるアリス。
彼女は……。
「……まったく。私をそっちのけで話を進めないでくれないかしら?」
「まあそう言うな。ほれ、魔界で培った本物の闇属性魔法と戦えるぞ? 闇属性好きなお前としては、願ってもいないことだろ」
それだけのためにメアリスを? 本当に……それだけなのだろうか。
しょうがないわね、とため息を漏らしながらも前に出るメアリス。
「あなたに、時間を割くわけにはいかないわ。早々に終わらせてあげる」
「私を、ただのクローンだと思っていると怪我じゃ済まないわよ」
「言うわね、クローン!」
先に仕掛けてきたのは、シェリルだ。
集束させた魔力が両手に。
それを重ねるように、手を合わせる。
すると、突如としてメアリスの両脇から魔法陣が展開。色からすぐに闇属性の魔法だと理解した。詠唱なしでの魔法。
さすがは、魔族。異世界の魔法。
「散りなさい!!」
「単純な闇属性の魔砲、ね」
焦ることなく、涼しげな顔で、そして優雅に跳躍し避けてみせる。
「あなたこそ、避け方が単純、ね!!」
もう次の攻撃に移っていた。
跳躍したことで、足場がない空中。これでは避けることができない。そんなメアリスに狙いを定めるメア。
「メアリス!!」
「安心しなさい、アリス。私が考えもなしに上に逃げるわけないじゃない」
くすっと笑うと、メアリスの背後より魔法陣が展開する。
「なにっ!?」
展開した魔法陣を踏み台にし、メアリスは前に突き進む。
また見事にシェリルの攻撃を避ける。且つ、一気に距離を詰めた。
「闇に喰われなさい!!」
頭上を取ったメアリスは、シェリルへと魔法を放つ。砲撃などではない。相手に絡みつき、身動きを封じつつダメージを与える闇。
静かに、着地したメアリスは残念という表情を見せる。
「あれが、あなたの闇だというのなら残念だわ。あれじゃ、ただの魔砲。あんなもの、人間の魔法使いにだってできてしまうわ」
「……そうね」
一度絡み付けば、簡単には解くことができないメアリスの闇をシェリルは容易く消し去って見せた。
「あら?」
「クローン。お前にも私から言ってあげるわ。あなたが、放った闇。これは確かに強力よ。でも……やはり、所詮はメアの偽物に過ぎないわね!!」
生み出された。シェリルの足元から現れた闇は、メアリスのものじゃない。あれは、シェリル自身の魔界の闇。
見るだけで、体がざわつく。身が凍りつけになったように動かなくなってしまう。まるで、生きているかのように蠢いている。
「どう? これが、本当の闇よ」
「……醜いわね」
「なんですって?」
メアリスは、不機嫌そうに言い放つ。
醜い? アリスは首を傾げた。
確かに、見ていると怖くはあるが……。
「それが魔界の闇だというのなら、幻滅よ。メアが見せてくれた闇は……もっと輝いていたわ」
「闇が、輝いていた? 馬鹿なことを言わないでくれる。闇は光じゃないの。これが、本来の闇! 見るものを恐怖させ、抗うものを黒へと染める! それが闇属性の本質なのよ!!」
一瞬だった。
シェリルの闇は、一瞬の内にメアリスを捉えた。絡みつき、体を縛り上げていく。逃れることができない。あの闇は……逃れようとする度に力が強くなっていく。
「うっ……!」
「どうかしら? あなたの安っぽい闇とは違って、相手を確実に捉え、縛り上げる。さあ、そのまま細い首をポキッと折ってあげようかしらね。メア! 見ていなさい、あなたのクローンが朽ち果てる様を!!」
魔力を込め、更に縛る力を強める。
縛り上げる音がここまで聞こえてくる。相当な力だ。このままでは、メアリスの体が……アリスは、メアに助けを請うように視線を送る。
が、メアは……真っ直ぐ、メアリスを信じきっているように見詰めていた。あの状況で、逆転ができると思っている? 勝てるとまだ思っている?
「や、るわね……確かに、これは……効く、わね」
「ようやく理解したようね。あなたのような偽物の闇とは格が違うのよ。あぁ、降参してもやめないわよ。あなたが生きているとまた邪魔になりそうだから」
「そう、ね……」
メアリスが弱気になっている? ……違う。あの表情は。
「それじゃ……逆転、して、みようかしら!!」
体内の魔力が放出。
内側から闇で闇を払い除け、脱出を成功させた。バランスを崩しながらも、着地したメアリスはどう? と笑う。
「何かしたかしら?」
闇が。シェリルの闇が再び、メアリスを襲うとする。払い除けても、操っているシェリルが無事である限り闇は止まりはしないということか。
助けなきゃ! と前に出ようとしたアリス。
「メアリス!」
メアの叫びに足が止まった。
シェリルも思わず、視線だけをこちらに向けている。
「己の内にあるものを……あたしからのプレゼントを、解放するんだ!!」
「プレゼント……?」
そんなものをいつの間に。
「……なんだかわからないけど。しょうがない、わね」
ふらっと立ち上がるメアリスだったが、シェリルの闇は止まらない。
「己の内……こうかしら?」
ほぼ感覚だけだっただろう。
己の内にあるものを解放しろ、と言われても曖昧な指示ではどうすればいいかわからない。しかし、メアリスはやってみせた。
闇が体に到達する前にそれは……解き放たれた。
「わ、私の闇が……焼き払われた!?」
メアリスの体を取り巻くのは、闇に炎。
敵の闇を焼き払い、主であるメアいるを守るように寄り添っている。
「……中々、いいプレゼントをくれたじゃない。あなたにしては」
「闇を焼き払う闇の炎……複合属性……まさか、メア。あなたッ!!」
闇の炎について気づいたシェリルは、歯を食いしばりながら嬉しそうに笑っているメアを睨みつけた。
そんな中、アリスはつい見惚れていた。
闇の炎の中で、佇みメアリスの姿に……。