第七話
「ま、またまたご冗談を~。私なんかが危険種と戦えるわけじゃないじゃないですか~」
森の中で待っているジェイクにえへへと笑いながら、頭を掻くユーカ。
いつまでも、森の中に入らないのはジェイクに失礼だと思い駆け寄っていく。隣に並んだユーカは、笑顔を絶やさず会話を続ける。
「それに、ジェイクさんが一発で倒しちゃうんですから。私の出番なんてありませんよ~」
「……いや、普通ならそうするところなんだが。お前の固有スキルを試してみたいと思ったんだ」
「私の?」
口元に手を当て、ジェイクは考える。
ユーカの固有スキルは、攻撃魔法が二倍に威力になる、というところだけを考えれば、相当強い固有スキルのひとつに入るはずだ。
いくら消費魔力が二倍になろうとも使いどころを間違わなければ戦闘を有利に運べる。
「まず、俺が危険種を瀕死まで追い込む」
「は、はい」
静かに語りだすジェイクにユーカは、ごくりと唾を飲み込み頷く。
「そこを、ユーカが威力二倍の魔法でトドメを刺す。これで倒すことができれば、ユーカに多くの経験値が入りレベルも一気に上がるはずだ」
「た、確かに今の私のレベルで危険種の経験値を得られれば一気に上がるとは思いますけど……で、できるんですか? 威力二倍と言っても、まだ初級魔法の《フレア》しか覚えていないんですよ?」
レベルが高い魔法使いがフレアを使ったとしたら危険種に怯むほどのダメージを与えられるだろう。だが、ユーカのようなまだ初心者。
具体的には、レベルが1から5ぐらいだった場合のフレアは、一番弱い危険種だったとしてもあまりダメージは望めない。
だが、ユーカの場合は威力が二倍になっている。そこが他の駆け出しとは違うところだ。
今のジェイクはすでにレベルが100になっているため経験値を得たとしてもスキルのレベルを上げることにしか使えない。
確かに、スキルのレベルを上げるのは重要なことだ。
しかし、今はまだ未来がある新人の育成に力を入れたほうが先人の冒険者としては正しいことなんじゃないかと。
「俺は、見てみたいんだ。今を生きる未来ある冒険者達がどう成長していくのか。それに、ユーカのレベルが上がればそれだけパーティーとしては強化されていくからな。お前だって、いつまでも弱いっていうのは嫌だろ? 大丈夫だ。昨日みたいに俺がしっかりサポートしてやる」
「……私の未来。わかりました! 私、ジェイクさんに認められるような冒険者になってみせます! 危険種なんて怖くありません! 私の魔法でどかーん! とやっつけちゃいますよ!!」
ユーカの元気溢れる宣言を聞いたジェイクはよしっと頷き歩き始める。
やっぱり、体が若返っても精神的には若返っていないのか……。
自分の祖父がそうだったように、未来ある若者を見ると年寄りとしても協力し導き、その姿を見てみたいと思ってしまうようだ。
「じぇ、ジェイクさん」
「どうした?」
先ほどまで元気だったユーカだったが、若干不安そうな表情をしている。
「ちゃ、ちゃんと瀕死状態にしてくださいね? お、お願いですよ!?」
やはり、危険種と戦うのに不安があるのだろう。
ジェイクは、肩にぽんっと手を置き満面な笑みを浮かべる。
「任せておけ! レベル100の経験をなめるなよ?」
「お、おお! やっぱりレベル100と聞くとそれだけで頼もしく思えちゃいますね!」
「だろ? ……って、改めて自分で言うと恥ずかしくなってくるけどな、ははは」
あの時は、ひたすら必死にレベル上げをしていたから気にはしなかったが。こうして、落ち着いた時に自分のレベルを自慢するというのはなかなかどうして……。
照れているジェイクを見て、ユーカは声を張り上げる。
「照れなくてもいいんですよ! レベル100になることは本当にすごいことなんですから! それも、人間としては初めてのレベル100到達者! ラヴィがいたら胸を張っても良いと言いますよ、きっと! いやぁ、そんな人が一緒のパーティーだなんて私ってばめちゃくちゃ運がいい!!」
ジェイクも運が良いと思っている。
ユーカほどの固有スキルは中々ないだろう。そんなものを持っている者と出会い、パーティーを組むことになるなんて。
「元気が戻ってきたじゃないか。その調子で、最後の一撃も頼んだぞ?」
「―――あ、はい」
「おい。また元気が落ちたぞ」
「いやー……ははは。やっぱり、危険種って名前通り普通の魔物よりも危険ですから。私みたいな、レベル2のひよっこが勝てるような相手ではないですから、本当は」
ユーカの言うことは、正しい。
だが、これに成功すれば少なくとも一気に3……いやもしかしたら5レベルも上がる可能性がある。レベルが上がれば上がるほど、魔力量は多くなり、魔法の使用回数だって増える。
現代の魔法は、金で買える。
だから、ある程度魔力量が増えればそれに見合った魔法を購入すればまた戦略の幅が広がるというもの。
「……なんて言っている間に、着いたぞ」
「え?」
声を小さくし、近場の草陰に身を隠すジェイク。ユーカも遅れて、身を隠し危険種の巣である洞穴を見詰めた。
「う、うわぁ……洞穴の前に、が、骸骨みたいなのが転がってますよ」
「みたい、じゃなくて骸骨そのものだな。あの形状から、この森に生息している動物達と……あれは、人間だな」
「ひ、ひえー……!」
洞穴の入り口前に転がっている数々の骨。
動物のものから、人間のものまで様々な骨が転がっている。依頼書には、人間を頭から齧りつく二メートルは越えている狼のような魔物、と書かれていたが。
頭蓋骨に穴が開いているのは、危険種が頭を齧った時に牙が貫通したのだろう。
「洞穴に続く足跡から考えると丁度帰ってきたところみたいだな」
「こ、こっちとしても丁度いいってことですか?」
「ああ、そうだ」
剣に手を添え、ジェイクは堂々と草陰から姿を現し一歩また一歩と近づいていく。
「ユーカ。俺が合図するまで身を隠していろ。タイミングを見計らって俺が身を引く。そうしたら」
「私が、魔法でトドメを、ですね」
「頼んだぞ。一気にレベルアップだ!」
「は、はいぃ!」
少し上ずった返事だったが、ジェイクはユーカを信じて前に進む。
近づく途中にあった石ころを拾い、大きく振りかぶって。
「そらっ!」
洞穴へと投げた。
石が転がる音がし、数秒後。
獰猛な獣を思わせる唸り声が奥から響いてくる。ジェイクは、剣を構え唸り声の主を待つ。
「きたか」
暗闇から姿を現したのは、情報にあった通りの狼のような魔物。だが、口からは二本の鋭利な牙が伸びており一度噛み付いた獲物は逃がさないと言わんばかりだ。
(《ウルフェン》が大きくなった……て感じだな)
ウルフェンとは、初心者が最初に当たると言われる壁のひとつ。少し戦闘にも慣れたところで、次のステップに進むのは大抵ウルフェン。
動きが素早く、集団で襲ってくることが多い魔物で、落とす素材も牙から毛皮と《ゼリーム》よりも金を稼ぐにはもってこいの魔物なのだ。
しかし、目の前にいるのは危険種。
そして、周りには他のウルフェンの気配はない。
「大型ウルフェンか……女王と退治した時を思い出すな、お前を見ていると」
ウルフェンは一匹の女王を中心に多くのオスが集団でいる。
女王は、多くのオスの中から一番強く、狩りのうまいオスを探しキングとして受け入れまた繁殖をする。
ジェイクが戦ったのは、そんな狩りをしていた一集団の女王とだった。
普通のウルフェンとは違い、女王は体長が一回りほど大きいが、目の前にいる魔物はその女王よりも……大きい。
「ガアアアッ!!」
相当機嫌が悪いようだ。
おそらく、巣穴で居眠りをしていたのだろう。それをジェイクが無理やり起したことで機嫌を損ねた。
咆哮し、地面が抉れるほど蹴り飛び掛ってくる。
「素早いな。……けど!」
スッと最小限の動きで横に避け、
「ハッ!!」
「グガッ!?」
隙だらけの腹部へと強烈な蹴りを叩き込む。
(あれ?)
そこでジェイクは異変に気づいた。
二メートルをも越える魔物。
いくらレベルが100を越えているとはいえ……吹き飛びすぎじゃないか? と。天高く吹き飛んだ大型のウルフェン。
ユーカはおお……と天を見上げている。
「らっ!!」
「ガッ!?」
ウルフェンを追いかけるように跳び、剣を振りかざす。
地面に叩きつけられたウルフェンは、息を荒げながらも立ち上がる。だが、もはや攻撃するのもきつそうに見える。
「ユーカ! いまだ!」
「了解です!」
魔法の射線から離れたジェイク。
ユーカは、待っていましたと魔力をマジフォンに込め魔法を発動させた。
「トドメです! 威力二倍のフレアをくらええ!!」
解き放たれた火球は、ウルフェンへと直撃。
弾けた炎は、ウルフェンの体を焼き……地面に崩れ落ちる。
「……や、やったんですか?」
と、不安そうに問うと静かに指を差すジェイク。
それは、大型のウルフェンが経験値に四散する瞬間だった。青白い光の粒子は、真っ直ぐトドメを刺したユーカの体に吸い込まれていく。
「お、おお……おお!」
全て経験値を得たユーカは慌てて自分のステータスカードを確認する。
「や、やりました! レベルが一気に……4も上がりましたよ!!」
「やったな、ユーカ。これで報酬も手に入るし、お前も強くなった。目標は達成ってことだな」
「はい! これからは、もっともっと強くなっていつか一人でも危険種と戦えるように頑張ります!」
パーティーを組むと誰かのレベル上げに協力できたり、強敵とも力をあわせることで渡り合える。
ジェイクが、今まで一人でやってきたことがパーティーを組むことでこうも安定したレベル上げができる。
トドメだけとはいえ、危険種を倒したことで自信もついたはずのユーカの今の姿はとても輝いている。
だが、ジェイクは眉を顰めた。
その理由は、体への違和感。
ウルフェンを蹴り上げた時のあの吹き飛びよう。あれではまるで……。
「どうしたんですか? ジェイクさん」
「あ、いや。なんでもない。さ、報告するまでがクエストだ。街に帰るぞ」
「そうですね。ちょっと、ラヴィに自慢しちゃおうかなぁ……くっくっく」
気になることはあるが、今は街に戻り報告をしなければならない。考えるのは、それからでも遅くはない。