第七十二話
「お前か。俺をここに呼び込んだのは」
「俺じゃないが……まあ、俺ということにしておこう」
メアの指示道理、部屋で待っているとドアを切り裂いて豪快に入ってくる上半身を露にした茶髪の青年が。得物の長剣から感じられるこの異様な魔力……。
「結界を切り裂いたのは、お前か?」
「おうよ! 少しばかり時間はかかったが結界を切り裂くなら、得意中の得意だからな」
長剣を一度振るえば、空間が歪む。
やはり、あの剣は普通の剣じゃない。
魔剣……だろう。
「お前達の目的は、メアか? いったい、どうしてメアを狙う」
「俺は知らねぇよ。用があるのは、俺達を雇った奴なんでな。俺達は、邪魔が入らないように……」
床を一蹴りし、接近してくる。
反応はできる。
鞘から剣を抜き放ち、魔力刃を展開。大きく横払いをしてくる相手の攻撃を剣を盾にし、防ぐ。
「鬱陶しい奴らをぶっ潰せって言われてるんだよ!!」
「なるほど。荒々しい奴だ。話の途中で、いきなり切りつけてくるとはな」
「ハッ! そういうお前は、簡単に止めてくれるじゃねぇか。結構、本気で攻撃したってのによ。だが……それでこそやり甲斐がある!!」
目の前で改めて見ればわかる。
自分を倒そうとしてくる青年は、燃えている。戦いに飢えている。目の前に、戦える相手がいる。いるのなら、倒さなければ。
最初の一撃を止められたことで、闘志は上がりに上がっているようだ。
「お前の雇い主は、いったい何を企んでいる!」
剣を弾き、問う。
「昔馴染みらしくてな。あの様子だと、あちらさんが何かやったんだろうな」
青年は、剣を構えなおし答える。
昔馴染み……ということは、その雇い主も同じ魔族?
「お話タイムは終わりだ。さあ、やり合おうぜ!」
「待て!!」
青年が飛び出そうとしたジェイクが声で制す。
止められた青年は、不機嫌そうにジェイクを睨む。
「んだよ。お話タイムは終わりだって言っただろうが」
と言いつつも、止まって話を聞いてくれる辺り、根は真面目と見た。
戦う前に、これだけは聞いておきたかった。
それを聞かなければ、こちらも気になって戦えない。
「俺は、ジェイク=オルフィス。お前の名前は?」
「……なんだと思ったが、そんなことかよ。にしても、ジェイク=オルフィスねぇ。滾る名前をしてんじゃねぇか。いいぜ、答えてやる。俺は、エイジ。エイジ=ローディアだ!!」
高らかに名乗りを上げ、今度こそ切りかかってくるエイジ。
初撃よりも、速く重い。
受けきったが、勢いを殺しきれなかった。魔剣を使っているだけあって、剣の腕も相当なもの。これは、本腰を入れなければ怪我をするのはこっちになりそうだ。
「おらぁ! 邪魔だぁ!! 家具が!!!」
部屋に配置されている家具が、容易く切り裂かれていく。
それを見て、ジェイクは頭を抱える。
だから、部屋で戦うのは止めたほうがいいと言ったのに。メアは、家具を退けようともしなかった。ここは、数ある客室のひとつ。
テーブルが、ソファーが切り裂かれていく。
ジェイク自身退かそうとは思っていたが、がっちりと固定されており退かそうとしても時間がなかったのだ。
「あんまり家具を壊すんじゃない!」
「無理言うんじゃねぇよ! 壊されたくなければ、家具を退かすかないところに俺を呼び込むべきだったな!!」
剣と剣がぶつかり合う度に火花が散る。
同時に、部屋中が揺れている。
相手は魔剣。
こちらも、普通の剣ではない。力ある武器同士がぶつかり合うとこれほどの周りに被害が及ぶのか。
「おいおい。最初に見てから思っていたが、お前のその剣! 魔剣じゃねぇか!!」
高揚したように叫ぶエイジ。連続してぶつかり合う剣撃の中で、語りかけてくる。
魔剣? こいつが?
「だったら、どうする?」
「さらに燃える。魔剣同士の戦いを一度してみたかったんだ……。きっと、最高の勝負になるぜ!!」
エイジの魔力が膨れ上がった。
とことん、戦いというものを心の底から楽しんでいる男のようだ。それにしても、魔剣か。薄々は感づいてはいた。
普通の剣ではないことぐらい。
魔剣同士の戦い……。
(メア。この部屋、ダメになるかもしれん。先に謝っておくぞ……!)
☆・・・・・
「セイジは、他の者達と接触したようね。あなたが雇った冒険者?」
「雇ってなどいない。あたしの助手達だ」
アリスは思った。
助手じゃなくて、客人じゃないのかと。だが、今は突っ込みを入れれるような雰囲気じゃない。逆側に居るメアリスさっきから沈黙が続いている。
「助手達、ねぇ。魔界に居た時は、誰かと一緒に居るなんて想像もできないほどあなたは、他人を寄せ付けなかったのに。どういう心境の変化?」
メアの前に現れた女性シェリルは、同じ魔界から来た者。昔からの馴染みで、メアのことも良く知っているようだ。
自分達が知らないことを、知っている。
クローンであるが、自分達はメアの全ての記憶を受け継いだわけではない。特に、魔界にいた頃の記憶が全然ない。
彼女ほどの魔法使いならば、一部の記憶を除外することは容易いだろう。
「そうだなぁ。単純に、最初は魔機というものに手をつけて一人じゃ手が足りなくなったところから変わった。それまでは、あたしは一人で何でもできる女だったからな」
「料理や掃除はできないでしょ」
容赦なく突っ込んだ!? アリスは、今まで黙っていたメアリスがついに喋ったと思いきや突っ込みから始まったことに声には出していないが、驚いてしまう。
雰囲気がいつもと違うと思っていたが、なんだかいつも道理のメアリスだと安心したような、そうじゃないような複雑な気分だ。
「そうね。彼女は、家事全般はできない。いや、しようともしないというのが正しい言い方かしらね。女にとって、必要不可欠なことなのに」
「あたしには必要ないことだ。いや、シェリルお前もそうだろ? 魔族であるあたし達は、人間達とは違い毎日食事をしなくてもいい。本気を出せば、数ヶ月は飲まず食わずで動けるだろ?」
実際、まだクローンとして誕生した時、メアは三週間も部屋に籠もりっきりで用意した食事すら手を付けずに居た時がある。
途中からは、食事は不要! あたしの研究が完成した時に作ってくれ! と言われそうした。ちなみに、お風呂にはちゃんと入っていた。おそらく、自分達が全員寝付いた頃に。
「それもそうね。まあだけど……」
ちらっとメアリス、アリスの二人を見る。
そして、意味ありげにくすっと笑う。
「そこの”出来損ない達”は、私達と違ってちゃんと食事を取らないと生きてはいけないわよね」
出来損ない。
その言葉が、胸に突き刺さる。自分達は、メアの遺伝子から作られたクローン。本物から言わせれば……出来損ないという認識は間違っては居ない。
同じ魔族ではあるが、メア、シェリルのように完全な魔族ではない。
胸部の服をぎゅっと握り締めるアリス。
「―――確かに、この子達はあたし達とは違いちゃんと食事を取らないと生きていけない」
そうだ。今までも、ずっと食事をこまめにとっていた。
そうしなければ、空腹で力が入らなくなってしまうから。
「だが、発言に注意しろ。この子達は、完璧な魔族ではないが。決して出来損ないではない」
「メア様……」
アリスは、心の底から感動していた。
クローンである自分達を、ここまで守り、心配してくれるなんて。
「それに、あたしの遺伝子から作られたクローンだ! 出来損ないなわけがないだろッ!」
「ですよねー」
でも、さっきの言葉は嘘じゃないことは感じられた。飄々としているが、メアは自分達のことをちゃんと考えてくれているのだと。
「そう。そこまで、あなたは変わってしまったのね。……残念だわ。ええ。すごく残念よ」
シェリルの雰囲気が変化した。
右手をかざし、魔力を練り上げ始める。凄まじく膨大な魔力だ。それを一点に集束していく。それは、指。練り上げた魔力を指先に集め……擦った。
部屋中に鳴り響く透き通った音。
そして、弾ける魔力。
青白い魔力の粒子は、部屋中に飛び散り空間を歪めていく。
「おー。お前、いつの間に空間魔法なんて使えるようになったんだ?」
「もう何十年経っていると思っているの? 人間なら、歴史に名を馳せる剣帝にだってなれるぐらい経ったのよ?」
「あたし達、魔族にとってはそれほど長くはないがな」
空間は歪み、そして広がった。
それほど広くなかったメアの自室が、今はどうだ? 大広間……いやそれよりも広いか。シェリルが操る空間魔法の影響で、部屋全体が変わってしまった。
「メア。戦いなさい。私から逃げられると思わないことね」
「お前もしつこい奴だ。別世界にまで、あたしを追ってくるとはな。……そんなに【魔焔の宝玉】が欲しいのか?」
聞いたことがない名前だ。
魔焔の宝玉。
それが、シェリルがメアを付けねらう理由。
「ええ。そうよ! あれは、魔族にとって美しく、そして偉大なる宝! あれさえあれば、煉獄の業火だろうと魔界の全ての炎を意のままに操れることができるのよ!!」
「言っておくが、あれに受け入れられなかった場合は一欠けらもなく燃やし尽くされるぞ?」
「知っているわ、そんなこと。だけど、それは弱い者が手にしたらの場合。私は、違うわ。空間魔法でさせ、習得できた私は……強いわ」
自信。
彼女には、自信しかないのだと感じられる。メアを見ると、そうか……と頷き、椅子から重い腰を上げる。
「戦う気になったかしら? それとも、私に魔焔の宝玉を渡してくれる?」
「違うな。誰が、お前に宝玉を渡すか。心配するな。戦ってやる。望み道理にな!」
メアが戦う。
一度も、メアが戦っているところを見たことがない。アリスは、少し期待に胸を膨らませていた。
「メアリスがな!!」
ぽんっと、メアリスの背中を叩き、前に出す。
「―――え?」
「なんで、私なのよ……」
アリスは開いた口が塞がらない。そして、これには、シェリルも驚きを隠せないでいた。