第七十話
空間に亀裂が入る。
突き出るは、美しき白銀の刃。空間を切り裂く、というよりも叩き割るかのようだ。人二人ほどの入り口ができ、現れたのは男女三人組。
先陣を切っているのは、魔剣の持ち主である茶髪の青年エイジ。
その後に続き、弟のセイジ。最後に、唯一の女性であるシェリル。
空間の裂け目の奥に見えるのは、バロダ山。
彼等は、メア=ナイトゲイルの結界を破り侵入に成功したのだ。
「ここが、メア=ナイトゲイルがいるっつーところか。置くの屋敷以外なんもねぇところだな」
長剣鞘に収め、エイジは落胆する。
空間を弄るほどの結界を張る魔法使いが住み着いている場所だ。もっと、面白いものがあると期待をしていたのだろう。
「……おかしいですね」
「どうしたの? セイジ」
侵入してすぐに、何かを調べていたセイジが小さく呟く。
「屋敷までの道。罠があると思っていたのですが、ひとつの反応もない」
「……屋敷にドでかい罠があるのか?」
「そこまでは。屋敷を取り囲む結界で、そこまで調べることができないんだ」
ふむ、とシェリルは思考する。
こちらを屋敷に誘い込んでいる、そう思うのが普通。外を結界を守っていないが、中に何もないわけがない。セイジが嘘を言っているわけもない。
「考えてもなんも始まらねぇよ。罠があろうとも俺は前に進むぜ。その前に、シェリル。確認するぜ。マジで、お前に協力すれば」
「ええ。約束は守るわ。だから、あなた達は、しっかりと役目を果たしなさい。そうすれば」
「兄さん……頑張ろう」
「ああ。やってやるさ。俺達は……村を救わなくちゃならねぇ」
拳を力強く握り締めるエイジ。
自分にはやらなくてはならないことがある。どんなことをしようとも……。そのために、シェリルに協力をしているのだから。
「さあ、行くわよ。メア=ナイトゲイルを……倒しに」
怪しく微笑む。
罠がないというのなら、ただ突き進むのみ。
目的を果たすため。
メア=ナイトゲイルを倒すために。
★・・・・・
「ふむ。どうやら、侵入されてしまったようだな」
「な、なに冷静に言っているんですか! 空間を破るなんて、簡単にできることじゃないですよ!? 相手は、かなりの強者に違いありません!」
冷静に、呟くメアに対しあわあわと落ち着きのないアリス。
彼女が言うように、空間を破るというのは簡単じゃない。
正確には、空間を歪めるほどの結界だが。
来訪者は、こちらに向かってきている。
真っ直ぐ……真っ直ぐ?
「メア。罠はどうしたんだ?」
屋敷の外からはこちらの様子は見れない。
が、屋敷内からは見える仕組みの窓。
ジェイクは、真っ直ぐこちらに向かってくる来訪者三人を見て不思議に思った。屋敷に向かうまでは、罠がいくつもあるはずだ。
自分たちは安全ルートを使ったため罠にはかか……ったが、ほとんど被害……はあったが屋敷に辿り着いた。屋敷までの直進の道にはどんな罠があるかはわからないが、彼女たちは罠にかかることなく真っ直ぐ進んできている。
「全部、解除したぞ」
「「ええええ!?」」
あまりの衝撃な発言に、ユーカとアリスは重なるように叫ぶ。
「第一、空間を破るような連中だぞ? 屋敷内に設置した罠で防ぎきれると思うか?」
「た、確かにそうですけど……」
「そんなことはどうでもいいわ、メア。屋敷内に誘い込むと言っていたけれど、どうするつもり?」
そうだ。まだ屋敷内に誘い込む理由を聞いていない。
皆の視線が集まる中メアは静かに語る。
「簡単なことだ。あたしの屋敷に無理やり入ってくるということは、このメア=ナイトゲイルを狙っているんだろう。だからこそ、温かく屋敷に迎え入れてやろうと言うのだ」
「いやいや! 相手は敵ですよ! そんなお客様を、迎えるような心構えは通用しませんよ!?」
「心配することはない。客人は、一人ずつ十分なおもてなしをしてやるつもりだ。そう……一人ずつな」
にやっと笑ったところで、頼まれごとを済ませたネロが戻ってくる。
「メア。終わったよ。言われたとおり、案内の看板を設置してきたけど……」
案内の看板? どこへの? いや……なんとなくだが予想ができた。今までのメアの言葉から推測すると、おもてなしとはつまり。
「さあ、お前達! お客様が屋敷に辿り着く前に、配置につけぇ! 最高のおもてなしをしてやるんだ!!」
「さ、さっぱりわからないんですけど……」
楽しそうに笑うメア。
理解していないユーカ。
呆れているメアリス。
今、自分に危機が迫っているというのに、メア自身は、楽しんでいる。あれは、強者たる余裕の表れなのか。それとも、空元気なのか……。
これから屋敷内で行われるのは、楽しいものではないのは明白。
場合によっては、屋敷が壊れてしまうかもしれない。
激しい激しい……戦いが、始まろうとしている。
☆・・・・・
「おらあ!!」
屋敷の玄関に辿り着くとエイジは長剣を扉へと振り下ろす。
結界などは、張られておらず意図も容易く切り裂かれる。
「に、兄さん。玄関ぐらい普通に入ろうよ」
「ここは敵地だ。行儀よく、扉を開けるなんてことしてられっか。あん?」
扉を切り裂いた先に、見えたのはひとつの看板。
遠見でそこに書かれている文字をセイジは読み上げる。
「ようこそ、メア=ナイトゲイルの屋敷へ。お客様へは、スムーズにことが運ぶようにご案内を致します。メア=ナイトゲイルに御用の方は左へ。それ以外の方は、右へ。……歓迎、されているようですね」
「余裕ってことかしら」
少し不機嫌そうな表情をしつつ、シェリルは左へと視線を向ける。
その逆側をエイジはじっと見詰めている。何かを感じているかのように……じっと。獲物を狙う獣のように。
「どうしたの? 兄さん」
「……シェリル。この屋敷には、メア以外に強い奴はいるのか?」
「コブルーの人たちの情報では、私達が行く前に、五人組の冒険者達が向かったと言っていたわ」
「ですが、その五人組には出会わなかった。つまり」
にやっとエイジは笑う。
その足は、自然と右の道へと動いていた。
「シェリル。俺達は、邪魔者を倒すのが役目、だったよな」
「ええ、そうよ。私が、メア=ナイトゲイルと一対一になれるようにね」
「セイジ! そっちはお前に任せたぞ。俺は……こっちにいる奴を倒す」
感じる。この奥に、強者が待ち受けている。
体が疼く。
心が揺れる。
闘志が燃える。
戦ってみたい。この奥で待ち受けている者と。
「……わかったよ、兄さん。こっちの敵は僕に任せて。思う存分、戦ってきて」
「ありがとうよ」
「だけど、そっちが終わったらこっちに必ず来るのよ?」
「わーてるよ。んじゃま、行ってくるぜ」
強者を求め、エイジは奥へと進んでいく。残されたシェリルとセイジは、エイジの背中を見送った後自分達も左通路の奥へと足を進めた。
「相変わらず、戦いが好きなようね彼は」
長い廊下をゆっくりと移動しながら、シェリルは呟く。
あれで、しっかりと役目を果たしてくれるのだろうかと少し心配になっているのだろうか。そんなシェリルにセイジは、にこっと笑い答えていく。
「はい。兄さんは、根っからの戦士ですから。村でも、一番の戦士で。村を襲う魔物や族を一人で撃退していましたから。兄さんは、未だに負けたことがありません。兄さんの戦闘の才と魔剣の力があれば、どんな相手でも」
「そう……なら、兄に負けないようあなたも頑張りなさい」
「……はい」
自慢の兄に負けないぐらい、自分も頑張ろう。
そして、目的を果たし……村を。