第六十六話
「ふう。あの時は、ユーカ達の助けがなかったら危なかったな。まさか、あそこまで語るとは思っていたなかった……」
風呂から上がったジェイクは、用意された寝室へと向かっている。
一人も聞いている者がいなかったため、少し可哀想だと思いちょっとだけなら、と思ったのがいけなかった。これで終わりか? と思いきやまた別の話になる。
それの繰り返しにより、ユーカ達の助けがなければ永遠に話を聞いていることになっていただろう。
「ん?」
扉が開いている。
月明かりが漏れていることから、電気をつけていない。閉め忘れ? それとも誰か居るのだろうか? と部屋を覗くと……月明かりに照らされながらテーブルの上に載っている本を見詰めているメアリスがいた。
「メアリス。ここにいたのか」
正直、声をかけないほうがよかったのだろうが。自然と考えよりも、行動が先になってしまった。
「ええ……あの場に居たら、メアの長ったらしい話を聞くことになりそうだったからね」
さすが、ここの生まれ。
どうなるかを最初からわかっていて、早めに撤退したということか。それを知らなかったせいで、ジェイクは永遠に話を聞くことになりそうだった。
最初は、へぇっとためになるなと聞いていたが、徐々にヒートアップ。ジェイクでもついていけないほど専門用語が飛び交い、頭が混乱しそうだった。
「その様子だと、頭が混乱するぐらい話を聞かされていたようね」
「ま、まあ、うん。最初は、よかったんだけどな……」
そう、と小さく笑う今のメアリスは、いつもよりも可憐だが、どこか儚く見える。
「メアリスは、どうしてここに?」
今居るここは、ユーカ達がシャワーを浴びている時に覗いた図書室。大分古い本ばかり揃えているが、どれも保存がしっかりしている。
ここが、おそらくメアリスが闇属性に魅かれた本がある場所。
彼女の思い出のある場所だ。
「落ち着ける場所、だからかしらね」
「落ち着ける場所……」
図書室は、本を読む場所。
そのため、静かにするのが決まり。ジェイクも本を読むのは嫌いじゃない。冒険者成りたての頃は、わからない知識は、冒険者仲間に聞きそして、本でも得た。
その時、通っていた図書室……いや正確には図書館は、とても静かだった。時々、うるさい輩がいたが腕利きの管理人が一目散につまみ出したり、静かにさせていた。
「気がついていると思うけど、ここは私が闇属性に魅かれた場所。元々はメアのクローンだからってこともあったんだろうけど……ここに来ると、いつも自然と心が落ち着いていたの」
椅子を引き、腰を下ろす。
目を閉じ、思い出に浸っているのだろうか。
「ねえ、ジェイク」
「なんだ?」
「今のあなたの旅の目的は……イルディミアを救う、よね」
「……ああ」
創造神アダーからアルスをイルディミアを守る。だが、今どこに創造神が居るのかは、わからない。情報は帝都にいるという聖女が握っている可能性がある。
例え、聖女が知っていなくとも何かしら目に付く行動をしていればあちら側からまた接触してくるはずだ。
「じゃあ、その後は?」
「その後?」
それは、イルディミアを救った後ということか。
イルディミアを救った後……自分は世界を救ったことになる。世界を救う……かなり大規模なことだ。世界を救ったと言っても、それはアルスが存在するイルディミア。
こちらのイルディミアの住人からすれば、救ったことにはなっていない。むしろ、知らないとはいえ世界を創造した神に反抗したことになる。
「イルディミアを救えば、あなた英雄。だけど、それはあなたが生まれたあっち側のイルディミアの話。本来、あなたはこちら側の人間じゃない」
「そうだな。俺は、転生の時に偶然巻き込まれこっちのイルディミアに来ただけ」
こっちのイルディミアにもジェイク=オルフィスという存在はいる。
だが、今こうして生きているのは……こちら側から言えば、偽者のジェイク=オルフィス。
「……ふふ。ごめんなさい。変なこと言ったわ。先のことなんて、誰にだってわからないわよね。それに、あなたが創造神に勝てるかもわからないしね」
「ははは。確かにな」
いつもの棘のある言葉に、ジェイクは苦笑する。
自分でも、大それたことを言ったと思ってはいる。でも、誰かがやらなければならない。どんなに過酷な道だとしても……自分がどうなろうとも。
「ほら! 次はその本を図書室に運ぶんだ!」
「む、無理ですー! どうして、一まとめにしたんですかー!?」
「そのほうが一度で済むから楽だろ? ほれ! アリスも一緒に!」
「むむ、無理です!? 筋力不足的な意味で!!」
ここは、二階にある図書室。
メアの部屋も近いことから、よく声が聞こえる。ユーカとアリスは、メアにかなりこき使われているようだ。これは、世界よりも先に仲間を救わなくてはならないようだ。
「メアリス。俺は、ユーカとアリスを手伝いに行くが。どうする?」
「……しょうがないわね。私も行くわ」
「じゃあ、行くか。仲間を救いに」
図書室をメアリスと一緒に出て、真っ直ぐメアの部屋へと向かった。到着すると、すぐにユーカが涙目でジェイクに抱きついてくる。
メアの部屋にあったのは、何十冊もまとめられ紐で縛られた本の塊。
二人の身長以上あり、かなりの重量だ。確かに、二人の細腕では無理があるだろう。
そもそも、部屋を出ることすら難しい。
あまりにも大きな塊なために、ドアに引っかかり本が傷ついたりしてしまう。なんとか、数を減らし部屋から出られるようにした後は、メアの闇でスムーズに運んでいった。
その間、ジェイクとユーカ、アリスは散らかっているメアのヘ部屋を片っ端から片付けていき、途中で合流したネロの手伝いもあり……数十分後には最初に見た時とは比べ物にならないぐらい足の踏み場がある部屋となった。
☆・・・・・
ジェイク達がメア=ナイトゲイルの屋敷に向かったことにコルブーのギルドで、騒動を起した罰として働いている妖精族のアルミラが不貞腐れていた。
面白そうだから、自分もついていこうと思ったのに置いていかれた。幻術を使って抜け出そうと思っても、腕利きの魔法使いに封じられている。
「ぶー、つまんないなー。退屈だなー。悪戯したいなー」
休憩時間中、アルミラは働いた褒美ということでギルドで作られた料理を食べている。フォークで、キャベツの肉詰めを突きながら口を尖らせていた。
「あーあ、なんだか面白そうだと思ったのになー。メア=ナイトゲイルの屋敷……」
色んな魔機を作ったと言われているメア=ナイトゲイルの屋敷だ。面白いものがないわけがない。それに、場所も正確には教えて貰えなかった。
高い山にある、として教えて貰えなかった。高い山なんてどこにだってあるじゃないか。
「ねえ、妖精さん」
「え?」
不貞腐れていると、一人の女性が話しかけてきた。
メガネをかけた褐色で白銀の長い髪の毛が似合う女性。フードつきのマントを纏っており顔だけを出している状態だ。
「今、メア=ナイトゲイルの屋敷って言っていたわよね?」
「言ったけど……どこにあるかなんて知らないよ。高い山って言っていたけどさー」
「高い山……ふむ」
女性は、なるほどねと頷きアルミラに笑顔でお礼を言ってくる。
「ありがとうね、妖精さん」
「あーあ、退屈だなー」
が、アルミラには聞こえていなかった。
そのまま気にせず女性は去って行く。
不敵な笑みを浮かべて……。