第五十六話
「ネロー!! フラーン!! 居たら返事をしてくれー!!」
ネロとフランの捜索から早くも十五分を経過しようとしているが、全然見つかる気配がない。空も茜色に染まってきている。
ジェイク達が元の空間に戻ったのは、丁度夕方前だったようだ。
「これだけ呼びかけ探しても見つからないことを考えると……ここじゃないどこかに転移したのか。それとも」
「ジェイクさん! 諦めちゃダメですよ! 諦めなければ、必ずいいことが起こります! 私達とジェイクさんが出会えたように!」
と元気付けてくるユーカだったが、明らかに疲労が見られる。無理もない。三日間もジェイク達の捜索をしていたのだから。
今日だって、朝早くから捜索をしていたらしくほとんど休んでいないとメアリスから聞いている。これ以上、ユーカを負担させるわけにはいかない。
夜にもなれば、魔物に有利な状況になってしまう。さらに、森の中であるなら身を隠せる場所が多いためこちらも有利な状況に持ち込めるが、魔物も同様だ。
「あなたは少し休んでなさい。はい、これ」
そう言って、メアリスは指を三本にユーカに見せ付ける。
「え? なんでピースしてるの?」
「……やっぱりダメね。疲労で視界がかすんでるわねあなた。大人しく休んでなさい。倒れられたら、邪魔になるから」
「じゃ、邪魔ってひどくないッ!?」
確かに、言い方がきついがメアリスから聞いていた話だと何度も休めと言っているのにあまり休まなかったと聞いているジェイク。
おそらく、メアリスなりに多少言い方がきつくとも、休んで欲しいという気持ちを強く伝えたかったのだろう。
「ひどくないわ。考えてもみなさい。ジェイクやゼインも表には現さないけど、疲労しているわ。もし、あなたが倒れて、魔物の群集に襲われでもしたら……」
「……」
お見通し、ということか。
別空間での魔物達は、明らかにレベルが違った。試しにレベルサーチで確認をしてみたら……レベルが660を軽く越えていたのだ。
ジルハルトは本当に自分のところにジェイク達を来させるつもりだったのか? と疑念を抱いてしまう。
「……ユーカ。今日はもういい。休もう」
「ジェイクさん……でも、まだ」
ネロとフランが見つかっていない。
まだ付き合いが浅いが、ユーカはネロのことを仲間だと思っている。突然目の前から消えて、三日間も行方知らず。
ジェイクと再会できた時も、大粒の涙を流していた。もう、仲間と会えないという気持ちになるのはいやということだろう。
それは、ジェイクとて同じだ。あのまま二人と会えなくなるのは、寂しい。確実に、フランの心は開き始めていた。後、もう少しのはずだった……。
「その気持ちだけで十分だ。メアリスと先に帰っていてくれ。俺も、もう少し探索を続けて見つからなかったら、戻る。大丈夫だ。ネロの強さはお前も知ってるだろ?」
「……わかりました。皆さんに迷惑をかけられませんからね。お先に失礼して、休んでおきます!」
「じゃあ、先に戻ってるわよ。あなたはどうする? チャンピオンさん」
ユーカの横に並び、メアリスはゼインへと話しかける。視線を合わせることなく、しばらくジェイクを見詰めた後、そっと口を開いた。
「俺ももう少し、捜索を続ける」
「そ」
「宿屋で待ってますからー!!」
二人は、カイオルへと帰っていく。残されたジェイクとゼインは、二人の後姿が見えなくなったところで捜索を開始。
もっと、捜索範囲を広げ、奥へ奥へと進んでいく。
そして、三十分ほど時が過ぎたところでゼインが喋り始めた。
「ジェイクさん」
「ん? どうした」
そういえば、名前で呼ばれるのは初めてだな……と思いつつゼインの言葉に耳を傾ける。
「カイオルを出る前に、頼みたいことがあります」
「頼みたいこと?」
彼の表情は真剣そのものだ。
ジェイクも、ゼインから強い意志のようなものを感じ取り視線を合わせた。
「はい。それは―――」
★・・・・・
空は暗く、だけど星達が輝き美しく見える。
あれから捜索を続け、一時間以上。
空が暗くなっても、ギリギリまで捜索をした。ジェイク達が居る森中を。ネロとフランは結局見つからなかった。
けど、成果がなかったわけじゃない。
ベッドの上で、夕食を食べ風呂にも浸かったジェイクは先に戻っていたユーカとメアリスに森の中で拾ったあるものを見せた。
「これって……ネロのリボンですよね?」
「おそらくな。これが、森の中にあった花畑の中央に落ちていた」
ジェイクの手の中にあるのは、ネロの髪留めリボン。
ネロは、赤いリボンで髪を留めていた。
どうしてそれが落ちていたのかは、ジェイクにもわからない。けど、わかることはネロがちゃんと元の空間に戻っていること。
そして……ネロに何かがあったこと。赤いリボンでわかりにくいが、微量ながらも血痕が付着している。
「……あの子ほどの実力者が負傷するとなると相当な相手のようね」
「……」
メアリスの言うとおり、相当な実力者だろう。
なんとなくだが、その実力者に見当がついている。
「ぶ、無事ですよね? ネロは」
不安の色が見える表情でユーカは問いかける。
「無事、だと思いたい。いや、無事であって欲しい」
「……そうね」
今日の夜は眠れないかもしれない。
血痕が付着したリボンを傍らに置き、ジェイクはずっとネロとフランのことを考えていた。