第五十五話
ジェイク達が転移したのは、ダンジョンの入り口付近だった。かなり雑な転移だったらしく、ジェイクは木の上に葉をつけて倒れていたり、ゼインにいたっては、頭から茂みに突っ込んでおりかなり間抜けな格好だ。
「皆! 無事か!?」
ジェイクは木の上から地上へと着地。頭や体についた葉を払い、呼びかける。
「お、俺は大丈夫だ」
素早く茂みから出てきたゼインは、メガネの位置を直す。
「……ネロとフランは、いないのか?」
一緒にいたはずのネロとフランの姿がない。三人だけが転移したというのはありえない。ジェイクの傍にいたネロとフランもダンジョンの外に転移しているはずだ。
周りを見渡しても姿が見えないと言うことは、ジェイク達とは違った場所に転移したと考えるのが可能性とはしては高い。
「ジェイクさーん! 無事だったんですねー!!」
「ユーカ?」
きっと近くにいるはずだ。
そう思い、探しに行こうとしたところへユーカの声が聞こえた。振り向くと、涙目で走ってくるユーカと優雅に傘をくるくると回しながら歩いてくるメアリスの姿が視界に入る。
「感動の突撃ー!!」
「ぐおっ!?」
再会できた嬉しさのあまり、弾丸のようにジェイクへと抱きつくユーカ。なんとか抱きとめたジェイクだったが、その勢いは殺せず数メートルほど後方へと飛んだ。
「心配しました……心配しましたよぉ!! 三日もどこに行っていたんですかぁ!! うわーん!!」
「三日?」
泣き喚くユーカの頭を撫でながら、彼女の言葉に目を丸くする。ジェイク達が、謎の空間に飛ばされて数時間ほどしか経っていないと思っていた。
ゼインも、表情が険しくなっている。
ユーカが嘘を言っているとは思えない。遅れて、辿り着いたメアリスがいつもの涼しげな表情で話しかけてくる。
「この子、ずっとあなた達のことを探していたのよ? ダンジョンの仲から、ダンジョンの近辺。おかげで、13だったレベルも今では16まで上がったんだから。随分たくましくなったわよ」
「本当に……三日も俺達はいなかったのか?」
「数時間じゃ、ないのか?」
二人の言葉に、メアリスは何を言っているの? と首を傾げる。それからは、ユーカの頭を撫でながらジェイクは説明した。
あの光に包まれてから何があったのかを。
説明を聞いたメアリスは、なるほどね……と頷く。
「予想だけど。その御使いとやらが作った空間は時間の流れがこっちの空間とは速さが違ったのかもしれないわね。それで、数時間しか経っていないのに、こっちでは三日も経っていました。それか、転移した先が三日先の世界とか?」
メアリスの予想は間違っていないかもしれない。
世界を丸ごと創る神の御使いだ。
空間を作り上げることもできるため、そのような芸当も可能だろう。そう考えると、ふざけていた感じだったがジルハルトという男は、相当な実力者。
創造神アダーを倒す前に、やはり立ちはだかるのは御使いたちということか。
「まあ、三日ぐらいならまだマシなほうだろう。これが一ヶ月や一年だったらどうなっていたことか」
「そうなると、この子はもっと強くなっているかもしれないわね」
まだジェイクに抱きついたまま離れないユーカ。もう泣き止んではいるが、動こうとしない。そろそろ移動したいと思い、ジェイクはユーカに呼びかける。
「ユーカ。そろそろ、ここから移動しよう。まだネロとフランが見つかっていないんだ」
「ネロが?」
やっと顔を上げたユーカは、涙を流しすぎたのか若干目が充血している。抱きしめていたジェイクの服は、涙で濡れているがそこまで気にすることではない。
「ああ。一緒に転移したんだが、どこにもいないんだ。きっと違う場所に転移している。一緒に、探してくれるか?」
「は、はい! 当然ですよ! 三日ぶりにジェイクさんと再会できましたからね。もういつも以上に張り切っちゃいます!!」
「その前に、離れましょうね」
「あうー」
ユーカの首根っこを掴みメアリスは無理やりジェイクから引き剥がした。ようやく立ち上がれることができたジェイクは三人へと視線を送り、力強く頷く。
「捜索開始だ!」
☆・・・・・
「うっ……! ここは?」
気がつくと、そこは太陽の日差しが差し込む花畑の中。
草木に囲まれていることから、ここは森の中にある特別な空間のような場所なのだろう。まだ転移というものに慣れていないネロは、若干の眩暈がするも気合いを入れ直し立ち上がる。
「……」
「フラン……」
そして、すぐ視界に入ったのはぺたんっと花畑の中央に座り込んでいる妹フランの姿。周りを見渡しても、一緒に居たはずのジェイクとゼインの姿は見えない。
おそらく転移した時に、離れ離れになってしまったのだろう。
「フラン。大丈夫?」
まるで覇気がない。
無気力のままフランはその場に座り込んでいる。ネロが、真後ろに立っていてもまったく反応することがない。
まさか、転移の時に何か体に異変が? 兄として、妹のことを心配しフランへ触れようと手を伸ばす。
「おいおい。兄貴だからって気安く触れようとすんなよ。いや、今は姉貴だったかぁ?」
「誰!」
聞き覚えのない声が響く。
人を小ばかにしたような声だ。そして、言葉通りならば声の主はネロがフランに兄であり、元男だということを知っている。
「ひゃっはー! 目の前にいるじゃねぇか、ええ? ネロさんよぉ!」
「まさか……!」
フランの体から滲み出る黒きオーラ。
それは、徐々に大きく、形を成していく。ふらりと立ち上がるフランは、虚ろな目でネロを見詰めてくる。今のフランも気になるが、今は……背後に居る異質な存在。
「実際に会うのは、初めてだな。俺の名は、ギギル! 簡単に説明するとフランに取り付いているすっげぇ力だ」
「フランをどうするつもり!」
刀に手を添え、いつでも切りかかれる準備を整える。
が、ギギルと名乗った謎のオーラ。今は、黒いオーラが顔のような形になり簡単な目と口があるだけの存在。あれが本当の姿なのか……それとも、偽物か。
「どうするもこうするも、俺達は互いに利用しあっている仲だ。それもかなり昔からな。こいつが望んだことなんだぜ? この世の中をぶち壊したいってなぁ」
「……まさか、あの屋敷で会った時からもう」
ネロの脳裏に思い浮かぶのは、フランと初めて出会った屋敷。
まだ幼きフランが殺しの標的だった男を短剣一本で殺した。
今のフランの目は、あの時と同じ。
「大正解ッ! 俺と契約したフランは、力を使え。俺はフランの体を根城にしている。あの時も俺が力を貸そうとしたんだぜ? てめぇがフランと戦ったあの時!」
「……」
「けどよぉ。フランの奴が、どうしても自分の力だけで戦いてぇっていうからさぁ……ま、寛大な俺様は、承諾したわけだ。ま、結果はボロ負けだったけどな」
ぎゃはははっ! と腹の底から笑うギギル。
「でもよ。あの負けが俺の力が必要だということをフランに教えることができた! てめぇのおかげなんだぜ? ネロ!!」
「……そんなことはどうでもいいよ。早くフランから離れてもらおうか!!」
「そんなことはねぇだろ。てめぇだって、フランがどうして変になったのか知りたかがっていたんだろ? だから、俺様は話してやったのさ」
確かに、フランがどうしてああなってしまったのかは知りたかった。知ったうえで……今は、フランを改めて助けてやりたいと感じている。
こうなってしまったのは、自分のせいでもある。あの時、強く引き止めていれば。もっと、兄として正しく接していれば。
「ちっ。しゃあねぇな。フラン、今なら兄貴に勝てるぜ? 俺の力が発動している今ならな」
「お兄ちゃんに……勝てる……」
「させない!!」
何かをする前に、ネロは前に出た。
実体をもたないギギルをどうやってフランから引き剥がすか。明確な方法はわからない。けど、やれることはやる。
まずは、ギギルを切り裂く!
「おにぃ……ちゃんッ!!」
「フラン!?」
ギギルへと振り下ろされた一刀を、フランの二刀にて防がれた。そして、チャンスとばかりに笑いギギルが刃の形となりネロへと攻撃を仕掛ける。
咄嗟に、後方へと飛んだことでどうにか回避することはできたが……。
(これはある意味一対二をしているようなものだね。今のフランは、昔のフランよりも確実に強くなっている。それに、ギギル自身も攻撃が可能……)
刀を構えなおし、フラン達を睨む。
ここで引いたら、今度はいつ会えるかわからない。だから、今ここでフランからギギルを引き剥がさなければ。
だが、あの攻防一体の構えをどう突破する? おそらく、フランが守ればギギルが攻撃をする。ギギルが守ればフランが攻撃をする。
……本気で、殺しにいく姿勢じゃないと簡単には。
「お! ここに居たのか! 探したぞ! フラン!!」
「彼は……」
どちらも睨み合ったまま動かずに居ると、フランと一緒に居たヨウスケという少年が駆け寄ってきた。レックスという殺人集団のリーダーも一緒にいる。
「たくっ。三日間も探したんだぞ? まさか、こんなお花畑にいるなんて」
ヨウスケは、ギギルの存在に気づいていない。何事もないように笑顔で、フランに近づいていく。
「待って! 今のフランに近づいちゃ……!」
「え?」
忠告するももう遅い。
ギギルはにやっと笑い、ヨウスケへと刃を振り下ろした。間に合わない。今から、助けに入っても……。
「ぐっ!?」
「兄貴ッ!?」
「あれま。防がれちまったか」
間一髪。
レックスが異変に気づいていたのか。ヨウスケを庇い、ギギルの攻撃を防いだ。しかし、完全には防ぎきれなかった。肩に傷を負ったレックスは、武器を落とし膝から崩れる。
「な、なにをするんだ! フラン!! 危ない奴だとは思っていたけど、いきなり切りかかってくることはないだろ!?」
「……ヨウスケ」
「な、なんだよ」
「今の私に構わないで。これ以上構うと……死ぬよ?」
溢れ出る殺意は、ヨウスケ容易く震え上がらせた。
レックスは怪我を負い、戦える状態じゃない。
そんな二人を見てネロは、盾になるよう間に入った。
「逃げて! 今のフランは、普通じゃない! 僕にこの場は任せて、逃げるんだ!!」
「わ、わかった……! あ、兄貴。さ、俺の肩に捕まって」
「ああ……おい、てめぇ」
背後から聞こえるレックスの声。
今視線を逸らせば、切りかかれる。だから、振り返ることなく彼の言葉だけを聞いた。
「俺達には、もうそいつは手におえねぇ。……やっちまってくれや」
彼の言葉は聞いたが、頷きはしなかった。
ネロは、フランのことは殺さない。
ただ……助けるだけ。
「邪魔が入っちまったが、続きといこうぜ!」
「お兄ちゃん。今の私は、かなり強いよ?」
強い。確かに、強い。昔、ボロ負けしていた頃と比べると……確実に強くなっている。
「……そうだね。でも」
ネロは、刀の切っ先をフランへと向け小さく笑う。
「僕も、強くなっているんだよ」
もう一度。もう一度、フランを負かすことで、今度は……しっかりと話し合おう。その意を刀に込め、ネロは前に出た。
さあ、もうそろそろ長かった第四章も終わろうとしています。まさか、ここまで長くなるとは自分でも思っていませんでした……。
ブックマークも確実に増えていて、執筆する力になります! 最近は、時間があれば投稿した話をじっくり読んで誤字脱字などがないか、ここおかしいかな? などと確認してはいますが……。
やはり、言葉は難しい! これにつきますね。なので、日々勉強ですよ。
そんなわけで、また次回!