第五十話
第四章の二部的なものが始まります。
つまり、結局は四章。
「うっ……!」
「あ、目が覚めた? ジェイクくん」
「フラン……?」
体に謎の気だるさを感じながらも目を覚ましたジェイク。目が覚め、最初に視線が合ったのは先ほどまでの殺気溢れる少女ではなく、明るい少女としてのフランだった。
そして、後頭部に柔らかい感触が伝わってくる。
どうやら、ジェイクはフランに膝枕をされているようだ。
「そだよー。それにしても、ざーんねん。もうちょっとジェイクくんの寝顔を楽しみたかったのになぁ。私も、ついさっき目覚めたばかりなんだ」
身を起し、周りを見渡す。
ダンジョンの中なのか? 先ほどまで居た場所とはまったく違うところに二人はいた。青白い空間。光の粒子が数え切れないほど漂っている。
……二人? 再度周りを見渡す。だが、ユーカ、メアリス。ネロやゼインの姿がない。
「他の人はいないみたいだよ。ここに居るのは私達二人だけ。この先には進んでいないから、どうかはわからないけどね」
ジェイクの隣に並びフランは指差す。
進むべき道は一本しかない。
ここから見えるだけで、この先に進めば分かれ道があるようだ。自分達をここへ導いたのは、あの謎の声と謎の光。
転移魔法を使われたのだろうか。本で読んだことがある。転移魔法は体が慣れていないと転移した後に、少し体に気だるさが残ると。
もし、その影響ならば……。
「フラン」
「なーに?」
「今は、争わず協力してここから抜け出そう。おそらくこの奥に、俺達を転移させた者がいるはずだ」
手を差し出し、ジェイクは真剣な表情で提案する。
「うん、いいよ」
さっきまで殺し合いをしようとしていた少女とは思えないほど、眩しい笑顔でジェイクの手を握り締める。呆気なく提案を受け入れてくれたことに、驚くしかない。
「そんなに驚くことないじゃん。だって、今はお兄ちゃんがいないし。ジェイクくんを今は殺そうだなんて思っていないから」
「……それは、何かの弾みで殺すことがあるってことか?」
「さあ、どうでしょうねー。そんなことよりも、ほらほら! 先に進もうよ!!」
無邪気に、ジェイクの腕に絡みつきいえーい! とはしゃぐ。
今のフランが本当なのか……それともあっちの殺気溢れるフランが本当なのか……。が、今は彼女の言葉を信じて、共に先に進もう。
自分で争うことなく、と言ったばかりだ。
「そうだ。ジェイクくん。随分と可愛い女の子達と居たよね? あの中に本命とかいたりするの?」
「え? 本命って……」
いきなり何を言い出すんだ? と首を傾げる。
フランの顔はとても楽しそうなものだった。言うなれば、恋愛話に華を咲かせる少女のように。
「もー、とぼけちゃって! ジェイクくんもお年頃なんだから、好みの女の子ぐらいいるでしょ? え? それとも……いないの?」
「い、いない……かな」
一緒に居た女の子ということは、ユーカとメアリスのことだろう。ネロは……フランとしては兄という認識をしているため除外、されているかもしれない。
考えたことがなかった。
あの二人を恋愛対象としては。共に楽しく旅をする仲間として、一緒にいたくなるとは思っていた。それでも、恋愛感情はまったくなかった。
確かに、レベル上げに専念して人としての幸せを掴むことなく死んでしまったが……。
「へー意外だなー。ジェイクくんって結構モテそうなのにね」
「そうか?」
「そうだよ! もっと自信もっていいと思うね、私的に」
恋愛、か。
新しい人生を楽しむということでは、そっち方面も考えたほうがいいかもしれない。しばらくの間、敵に遭遇することなくフランとの会話を楽しんだジェイク。
表情がころころと変わり、本当に無邪気な少女だ。
それが、どうして兄を前にするとあんなに豹変してしまうのだろうか。それを今聞かない。今は……この笑顔を崩さないために。
☆・・・・・
「皆、いないね」
「あ、ああそうだな」
気がつけば、先ほどいたダンジョンとはまったく違う場所に飛ばされていたネロとゼインは、他の仲間を探して移動をしている。
近くにいたはずのジェイクや、後ろにいたユーカとメアリス。そして……妹のフランは無事だろうか。
心配が尽きないネロだったが、少し気になることがあり隣を歩いているゼインに話しかける。
「ねえ、ゼイン。なんでそんなに距離を取ってるの?」
共に行動をしているのはいいが、ゼインの距離が遠い気がしてならない。
ネロの問いかけに、ゼインはメガネのズレを直す。
「べ、別に気にしなくても良いんじゃないか? 俺は、普通だと思うが」
「……あ、もしかして。ゼインって、女の子が苦手、とか?」
「ち、違う!」
と否定するゼインにネロは優しく微笑みかけた。
「それだったら大丈夫だよ。僕、男だから」
「な、に?」
衝撃を与える言葉に、ゼインはネロの体をまじまじと見詰めてしまう。そして、目に止まったのはネロの大きな胸。
視線に気づいたネロは、えへへっと恥ずかしそうに笑い説明をする。
「今は、女の子だけど。元は男なんだよ。だから、あんまり女の子だって思わず接してくれても良いんだよ!」
「む、無茶を言うな。それに、さっきも言ったが俺は別に女子が苦手なわけじゃない!」
そうなの? と首をかしげ、もう一度考える。
「そこまで考えることじゃないだろ。……いいだろう教えてやる。俺は、あがり症なんだ」
「あがり症? それじゃ、闘技場で戦っている時って」
「察しがいいな。そうだ。無理をしていた。元々、闘技場のチャンピオンになったのもこのあがり症を克服するためだったんだが……何年も経つのに克服できる気配がない」
深いため息を漏らし、頭を抱える。
闘技場で戦う強きチャンピオンの正体は、あがり症の少年。克服するために、九歳でチャンピオンになるとは……正直にすごいと思ってしまった。
「チャンピオンになって、ファンが増えサインを迫られることがあるんだが……あの時は、冷や汗が止まらなかった。むしろ悪化しているんじゃないかって思ってしまっている」
「方法が凄過ぎると僕は思うな。なんで、チャンピオンになることで克服しようと思ったの?」
他にもっといい方法があったとネロは思っている。いや、誰もがそう思うはずだ。
「……闘技場のチャンピオンに憧れていたんだ。初代チャンピオンガレオ=レイヴァードにな」
「レイヴァードって……もしかして」
「ああ。俺のひいひい爺さんと言ったところか。闘技場は最初、ただ戦士達が戦うだけの場だった。けど、ガレオがチャンピオンの座につき、そこから闘技場のあり方が変わったんだ」
初代になってから闘技場のあり方が変わった。それからは、何代ものチャンピオンが生まれ、今初代の家系であるレイヴァードが王座に。
「でもさ、初代の家系ってことはゼイン以前の人たちはチャンピオンになろうとは思わなかったの?」
「……」
決して、初代チャンピオンの家系だからと言って皆が皆チャンピオンにならなければならないということはない。
だが、それでもネロは気になってしまった。
「どうしたの?」
ネロの問いかけに、ゼインは黙ったままだった。あがり症と言っていたが、今の今まではそんな様子を見せず話してくれていた。
視線をそらしているゼインを覗き込むと。
「は、話す前に離れてくれ。話を聞きながら近づいているのは、わっ……わかっている」
「あ、バレてた? 結構自然に近づいていたんだけどなぁ」
どうやら、あまり近づかれると緊張してうまく喋れなくなってしまうようだ。少しでも、心の距離を縮めようと思っていたのネロだったが、まだまだ長くなりそうだ。