第四十九話
「ジェイクさんの選んだ道が正解だったみたいですね。さすがです!」
東西南北。真実を知るために、ダンジョンの最深部へと向かおうとしていたジェイク達は、また木に埋まった石版を見つけた。
その石版は、前の石版とは違い最後までしっかりと文字が刻まれている。
「本当は、俺のおかげじゃないんだけどな……」
「え?」
「いや、なんでもない。それで、メアリス。この石版にはなんて書かれているんだ?」
本当は、自分にだけ聞こえる謎の声に従っただけ。
未だに、謎多き声だが、今は目の前の現実に集中する時。石版の文字を読めるのがメアリスだけ。おそらく、前の石版同様どの道に進めばいいか書かれているはずだ。
今回辿り着いた部屋は、二つの道に分かれている。
「これを読んでいると言うことは、真実を知る覚悟があるということか。ならば、右の道を進むがいいって書かれているわ」
「右か」
ジェイクは迷うことなく右の道を進んでいく。
その途中、ユーカがこう切り出した。
「あの、真実って……どんな内容なんでしょうか?」
真実と言っても、どんな真実なのかは具体的には書いていなかった。ずっと気になっていたのだろう。ジェイクとしては、この世界……パラレルワールドがどうして作られ、どうして自分はここに転生したのか。それが知りたく進んでいる。
……しかし、この世界に住み着いている住人はパラレルワールドだとは思ってはいないだろう。自分が生まれ、育った世界が他の世界のもしもの世界だと知れば……どうなるか。
「ダンジョンがなぜできたか、とかかな?」
「それもありだと思うけど。私はちょっと違うわね」
「メアリスは何だと思ってるの?」
ネロの意見が一番思いつく答えだと思うが……メアリスはいったい……? 前に進みつつ、メアリスの言葉に耳を傾ける。
そして、発せられた言葉は。
「この世界の真実」
「……どうして、そう思ったんだ?」
ジェイクは横を歩いているメアリスに視線を向け、静かに問いかける。まさか、メアリスも自分と同じ転生者? もしくは、この世界の住人じゃないのか?
「だって、そっちのほうが壮大で面白いじゃない」
「ですよねー。そうだろうって思ってたよ!」
「真剣な声音だったから、無駄に緊張して聞いちゃったったよ。演出がうまいなぁ、メアリスは」
「あら、嬉しい褒め言葉ね」
周りの空気がメアリスの一言一言でがらりと変わってしまう。今は、メアリスの面白がりだということで収まったが……本当にそうなのか? とジェイクはユーカ、ネロと笑いあっているメアリスを見詰める。
「どうしたのかしら? そんな熱烈な視線を送って」
「……なんでもない」
「そう。あ、そろそろ次の部屋のようね」
会話をしながら移動しているとあっという間に次の部屋に辿り着いてしまった。そこは、今までの部屋とは違い。
中央には祭壇のようなものがある。
そして周りには壁画のようなものが刻まれているが、苔や蔦で色々隠れている。見える範囲でわかるのは、天使のような存在が球体を手で包み込んでいる?
「もしかしてここが終着点なのかな……?」
「見た感じ、他に道はなさそうだね」
他の部屋よりも謎の雰囲気を漂わせている部屋。中央にある祭壇が、かなり気になっている。ここが終着だというのなら、真実はあの祭壇か? ジェイクはゆっくりと祭壇に近づいていく。
ユーカ達も、釣られジェイクの後ろをついて行く。
「……」
「どうしたんですか? 上らないんですか?」
階段に踏み込もうとしたところでジェイクは、ふいに足を止める。
その理由は。
「待って。人の気配がする」
「え? で、でもここには私達が通ってきた道以外通ってこれる道なんて」
いや、人の気配は左方向から。
よく見ると、ある箇所だけが妙に凹んでいる。おそらく、あそこは。
「来るわ。それも……三人。一人は、かなりの殺気を出してるわね」
「この殺気は……」
ネロが近づいてくる殺気を知っている反応を示す。同様にジェイクも近づいてくる殺気をつい最近感じたことがある。
まさか……! と思った瞬間、凹んでいた壁が音を響かせ上がっていく。
「うっ!?」
壁がなくなったことでより感じやすくなった殺気。さすがのユーカでも、感じ取れたようだ。体中に絡みつき、逃がさないという強き意思を感じ取れる。
ユーカはまだ殺気に慣れていないせいもあり、顔色が悪い。ジェイクは、気休めでもユーカの前に立ち盾となった。
「おに~ちゃ~ん……! みぃつぅけぇたぁッ!」
「やっぱり……フラン!」
「えへへ。久しぶりだねぇ。本当に、女の子になってるなんてびっくりだよ。なんだか、私よりも可愛いような気がする……」
ジェイクが予想していた通りの人物。先日、カイオルで出会った元気いっぱいの少女フラン。しかし、ネロのことをお兄ちゃんと呼んでいた。
ネロが元男であること、そしてお兄ちゃんという言葉からどういう関係なのかはすぐに察した。
長い青い前髪で片目が少し隠れ、不気味に笑っている。そんな彼女の背後から出てきたのは、二人の男。一人は、筋肉が隆々としていて。もう一人は、細身の少年。
「フランも、随分見ないうちに成長したんだね。それに、変わったお仲間もいるみたいだ」
「変わったとはご挨拶だな。こいつよりはマシだって思ってるんだが」
「それは言えてるっす。俺は、フランと比べたら一般人でも言いぐらいっすからね。いやぁ、それにしても……」
細身の少年が、こちらをじっと見詰める。
なんだ? 警戒心を高めるジェイクだったが、少年の次の反応で警戒心が簡単に和らいでしまう。
「レックスの兄貴! 可愛い子ばかりっすよ! 俺、特にドレスの子が好みっす!!」
「私は、全然好みじゃないけどね」
「うっ!?」
見事に両断されてしまう少年。
レックスという男は、少年の肩に手を置き励ましている。
「ちょっと、ヨウスケ。黙っててくれない? 今、私はお兄ちゃんと殺し合いする前の会話を楽しんでいるんだから」
「お、お前こそ殺気を引っ込めろ! 息苦しくてしょうがないんだよ!?」
「……あぁ、今の私。いつもみたいにできないから、お兄ちゃんと出会えたしそれに」
フランの視線がジェイクに突き刺さる。
ネロも、フランの視線がジェイクに向かっている事に気づき目を見開いた。
「ジェイクくん、やっほー。また会えるなんて。それにお兄ちゃんと知り合いだったんだね。……ふふ、運命を感じちゃうなぁ」
「フランこそ。まさか、ネロと兄妹だったなんて思わなかった」
「ジェイク。フランと知り合っていたんだね……」
「ああ。お前と別れた後だ。偶然だったんだけどな」
だが、ジェイクは納得した。
あの殺気の出し方。
ネロと兄妹であるのなら、フランも同じ殺し屋ということ。冒険者で普通に生活をしていても、あんな殺気の出し方は簡単にはできないだろう。
「ふふ……ふふふ。ジェイクくん。私ね、実は君のこと結構お気に入りになっちゃたんだよ? だから、もう一度会いたいなぁって思ってたんだぁ」
「な、何なんですかあの子。なんだか、すごく危ない気がするんですが……」
さすがの仲間であるヨウスケと言う少年も見たことのないフランらしくどう反応していいかわからない表情で固まっている。
逆にレックスは、慣れているかのように平常を保ち腕組みをしていた。
「ジェイク……フランに気に入られるなんて運が悪いね」
「どういうことだ?」
「フランは……ちょっと執着心が強い子なんだ。昔、同じくお気に入りだった男の子がいたんだけど。その子には、許嫁がいてね。その子が居ると、お気に入りの男の子と一緒に居られないってことで……殺したんだ」
ネロの話を聞き、ユーカはごくりと喉を鳴らしフランを見る。
「昔から、愛情は時として凶器と化すって聞いたことがあるけど。いい例ね」
「でも、男の子は許嫁を殺されたことでフランに牙をむいたんだ」
当たり前だろう。将来結婚しようという約束を交わした仲だ。その存在を殺されたら、さすがに……。
「そして……フランは簡単に男の子を殺した。お気に入りだからこそ、自分の出て殺したいって言っていたかな」
「なにお兄ちゃん、こそこそと話してるの? 私、そろそろ限界だから、いいよね? 殺し合おうよ、お兄ちゃん!!」
狂気に満ちた瞳をぎらつかせ、フランは武器を手に取る。ネロが使っている片刃の剣が短くなったようなものを二本。
どうやら、戦いは避けられないようだ。
ジェイクは、剣に手を添えるとフランはくすっと笑う。
「ジェイクくん。邪魔しないでね。邪魔しちゃうと、君も殺さなくちゃならないから」
あの目、そして殺気。脅しで言っているわけではない。先ほどのネロの話が真実であるなら、このままジェイクが手を出せば彼女はジェイクにも牙をむくだろう。
だからと言って黙っていることはできない。
「さあ、いくよ!!」
フランが飛び出そうとした。
刹那。
「――――そこまでだ」
「誰だ!」
フランを止めるように魔力刃が振り下ろされる。
レックスが叫び、視線を向けた先にいたのは……カイオル闘技場のチャンピオンゼイン=レイヴァードだった。
メガネをくいっと直し、魔力刃を消す。
「ちゃ、チャンピオンのゼインッすよ! 兄貴!」
「なんでチャンピオン様がこんなところにいるんだ?」
「まあ、大したことじゃない。……貴様達を拘束するために来たんだ。殺人集団グレゴア」
そう言って、手配書を突き出す。
「ほう。チャンピオン直々に捕まえに来るとはな」
「貴様らがカイオルにいることは友の情報で知った。ダンジョンの外には兵士達を待機させている。逃げ場はないぞ」
一歩一歩と近づきつつ、完全に包囲したことを告げるゼイン。
「関係ない。邪魔をする者は、誰であろうと……殺す!」
「ならば、俺は何があろうと貴様ら悪を拘束するまでだ!!」
ぶつかり合うゼインとフラン。
レックスが加勢しようと駆け出すのを見て、ジェイクとネロも駆け出す。
『遅かったじゃないか』
「なんだ!?」
「まぶしっ……!」
しかし、どこからともなく声が響き祭壇から眩い光が部屋中を包み込む。
「ジェイクさん!!」
最後にユーカの声を聞き、目の前が真っ白になった。