第四十五話
ここまできて、まだ一日を終えていないって言う……長い一日ですね。
「ふう。いいお湯だったなぁ」
銭湯からご機嫌な笑顔で出てきた蒼髪の少女フラン。風呂上りの冷たい飲み物としてコーヒー牛乳を飲みながら歩いていると、深いため息を漏らしながら二人の男が前に立ちはだかる。
「フラン。お前なぁ。俺達がここになにをしに来たのかわかってのか?」
最初に切り出したのは、レックスだった。
「わかってるよー。お兄ちゃんを殺しにきたんでしょ? でも、走ってきたから汗掻いちゃったの。それに、ここの温泉は前から入ってみたいって思っていたからねぇ。あー、泡湯っていうの面白かったなぁ」
まるで子供のようにはしゃぐフラン。
それを見たヨウスケは羨ましそうに小さく呟いた。
「俺も入りたいのに」
「え? 一緒に入りたい? やだぁ、そういうこと平気で言う男ってどうかしてるよー」
「ち、違うって! 誰がお前の小さな胸になん―――いででっ!?」
一瞬のうちに距離を詰め、右手でコーヒー牛乳を飲みつつ空いている左手でヨウスケの腕を捻った。
「なにか、言った?」
「な、なんでもないっす!? なんでもなっす!? すんません!!」
素直に謝るも、まだ腕を捻ったままでいるフラン。そのまま、周りを見渡してから隣に居るレックスに問いかけた。
「バジルは?」
「……やられたよ。しかもご丁寧に、忠告みてぇなものを残してな」
「やっぱり死んじゃったかぁ。だから言ったのになー。お兄ちゃんには不用意に近づかないほうが良いって」
コーヒー牛乳を飲み干すと捻っていたヨウスケの腕から手を離す。やっと開放されたヨウスケは、素早くレックスの後ろに隠れた。
フランに無言であるものを渡すレックス。
受け取ったフランははいっと代わりに飲み干したコーヒー牛乳の空瓶を渡す。
「間違いない。この黒十字のマークは、私達殺し屋集団のもの。やっぱり、お兄ちゃんはここに居るんだね……あぁ、何年ぶりかなぁ」
にやっと笑うフランの表情は、嬉しい感情の中に、他の感情があるとレックスとヨウスケは感じ取った。渡された紙を丁寧に折りたたみポケットの中に仕舞い歩き出した。
「どこにいくつもりだ?」
「決まってるじゃん。お兄ちゃんを……殺しに行くんだよ」
振り向かないままフランは人ごみの中へと消えていく。フランが消えすぐにヨウスケは安堵したようにレックスの後ろから出てきた。
「レックスの兄貴。あいつ、また単独行動を」
「……むしろ、あいつとっては単独行動が一番良いのかもしれないな」
「ま、まあ俺でもわかるっすよ。今のあいつの傍に居たら俺達も巻き込まれるかもってことは」
フランが姿を消した方向をしばらく見詰めた後、レックスとヨウスケは逆方向へと歩き出す。それぞれ別行動をしようとも標的は同じ。
自然と合流するだろう。
信じているわけじゃない。これは、必然なものだとレックスは思っていた。
★・・・・・
「やっぱり女子は、買い物には時間をかけるものなのか……?」
ネロを加え四人で行動をしていたジェイクだったが、可愛い小物売り店を見つけユーカが夢中になっている。メアリスも興味があるらしくユーカと共に行動をしている。
ネロは、予約した宿屋が違うため太陽が沈みかけた時間帯に別れた。二人を待ち店の外で待機していたが、先に帰っていてもいいとメアリスに言われ今は宿に向かっているところだ。
宿もそれほど遠くない距離だ。
メアリスも居るので、ほどほどに済ませてくれるはず。夕食は、宿屋で食べることになっている。決まった時間帯に部屋に運ばれることになっているので、その前には帰っておきたい。
(夕方になっても、まだまだ活気があるな。闘技場からもまだ歓声が聞こえる)
昼間よりは減っているが、まだまだ人が大勢歩いている。
武器、防具を装備した戦士達から一般客まで。今日は、チャンピオン戦もあっただけに一目見ようと集まってきたんだろう。
その熱気冷め止まぬまま、観光をしている。
「へいへい。お嬢ちゃん可愛いねぇ」
「一人でうろうろしていてもつまらないだろ? 俺達と一緒に食事でもどうよ?」
「……こういうところでも、やっぱりナンパっていうのはあるんだな」
とある店の前で、蒼髪の少女を取り囲む二人の男。
一人は、眼帯で左目を隠している剣士風の髭男。もう一人は、装備を見る限り拳闘士だろう。拳や足の装備以外軽量なほとんど服に近い防具を装備している。
「なにナンパ? ……あー、無理無理。おっさんには興味ないの私」
ばっさりと両断されしまう男達。
なんとも清々しい笑顔で、言葉の剣を振り下ろす少女。かなりのダメージを負ったようだが、男達は諦めなかった。
「いやいや、俺達これでもまだ二十代だぜ?」
「そうそう。おっさんじゃねぇんだよ」
「え? その顔で? スキンヘッドのあんたはともかく、そっちの眼帯は髭を剃ったほうがいいよ。かっこいいって思って生やしているんだろうけど、余計老け顔に見えてるから」
親切心で言っているのか、罵倒しているのか。
ジェイクにはわからないが、厳つい男達に囲まれながらあの余裕の表情と次々に出てくる言葉の数々。ただものではない。
「い、言わせておけば……この!」
「けっ! 顔は良くても性格がこれじゃあなぁ。それに胸もちいせぇし。こりゃあだめだわ。ガキ過ぎるは改めてみると」
「―――」
少女を取り巻く空気が変わった。
これは……殺気。
刹那的に、やばいと感じ取ったジェイクは素早く駆け出し少女と男達の間に割って入る。当然、守ったのは男達のほうだが。
「な、なんだてめぇは!!」
「良い大人達が女の子一人をナンパした挙句、振られればその子を貶すのはあんまり良くないんじゃないか?」
男達は少女の殺気に気づいていなかった。
周りに気づかれないほど極薄の殺気。客観的に見たら、ジェイクは男達から少女を守ったようになっているだろう。
彼女はいったい……。
「……ちっ。行こうぜ」
「ああ……」
ジェイクの睨みに、怯んだ男達は逃げるように去って行く。過ぎ去ると、すぐに少女はジェイクの腕を引っ張る。
「かっこいいことするね、君!」
「偶然通りかかっただけだ。ここは戦いの聖地。ちょっと荒くれた者達も集まっている。気をつけたほうが良い」
「うんうん。気をつけるよ、当然。まあ、あれぐらいだったら私一人でもどうにでもなったんだけどねー」
くすくすっと余裕の笑みを浮かべる少女。それは本当のことだろう。あれほどの極薄な殺気を出せるんだ。ジェイクが止めなければ今頃は……。
「それじゃ、俺はこれで失礼する」
立ち去ろうとしたが、少女は腕を掴んだまま離さない。
なんだ? と首を傾げるジェイクに笑顔のまま後ろにある店を指差す。いや、正確には貼りだされている紙を差していた。
それから五分後。
「それでは、今から五分以内にこの極盛りスパゲティを二人で完食することができれば! 豪華賞品と二万ユリスをプレゼント!」
「……なんでこうなったんだ」
「さあ、一緒に完食しよー!」
蒼髪の少女とジェイクの目の前にはこれでもか! というぐらい皿に盛られている真っ赤なスパゲティ。少女が指差したのは、この店で行われている完食チャレンジというもの。
決められた食べ物を完食することで先ほど言っていた豪華賞品と賞金が手に入る。今回やるのはペアでの挑戦だ。
夕食前だというのに……これは。
「では! よーい……はじめ!!」
「ほらほら! 早くしないと時間がなくなっちゃうよ!」
すでにフォークを片手にスパゲティを口の中に入れる少女の口元はケチャップで赤くなっていた。やるしかないのか……ジェイクは、店員が見詰める中フォークをスパゲティに差し込む。
―――そして。
「……ぐっ! か、完食……!」
「おお! さすが男の子! あそこからすごい追い上げだったね!」
あれから、蒼髪の少女は二分も経たないうちに「えへへ。お腹一杯になっちゃった」とジェイクに全てを任せた。
半分以上残る極盛りスパゲティをジェイクは、宿屋の夕食などもう食べられないんじゃないかと思うほど胃袋に詰め込みギリギリ間に合った。
皿にフォークを置き、小さくガッツポーズを取ったジェイクを見て店員と他の客達は声を漏らす。
「ちゃ、チャレンジクリアー! 見事完食した二人には約束の豪華賞品と二万ユリスを贈呈します!!」
他の店員が手に平サイズの箱を少女に渡し、二万ユリスが入っている着飾った封筒をジェイクに渡した。周りからは拍手喝采。
ほとんどジェイク一人で完食したようなものだ。見ていた者達は良く頑張った! すごいぞ! と言葉を贈ってくれる。
「そ、それが、欲しかったのか?」
まだ息苦しい中、笑顔で箱を開ける少女に問いかけた。
「うん、そうそう。じゃじゃーん! かわいいっしょ?」
中に入っていたのは、手に平サイズの白猫の人形が二つ。見たことがある。あれは、今ユーカ達が居る小物店にあった人気商品。
確か、人形作りに長けている人形師の最新作だとコーナーの札には書かれていた。ジェイク達が行った時には品物はなく、サンプルのみ置かれていた。
「女子の間でもすごい人気がある人形なんだぁ。お店に行ったけど売り切れでさー」
「な、なるほど。それで、完食チャレンジの賞品になっていたから挑戦しようと」
「うん、そだよ。でもねー、私あんまり大食いじゃなくてさー。だから、一杯食べそうな男の人を探そうと思っていたの。そこに、活きの良い男の子が現れたじゃない!」
自分はまんまといいように利用された、ということか。ジェイクは、はあっと頭を抱える。もう胃袋はパンパンだ。
二万ユリスは手に入ったが……ペアチャレンジということだけあって一万ユリスずつ分けることになるのだろう。
「……じゃ、これとその二万ユリスは君のものね」
「え?」
席を立ち上がり、蒼髪の少女は二つあった白猫の人形をジェイクに渡し金を受け取ることなく出て行こうとする。
「い、いいのか?」
「良いも何も、私はこれが欲しかっただけし。それに、頑張ったのは君だからねー。最初からお金には興味なかったんだー私」
そうなるとかなり得をした気分になってしまう。結果的に満腹になったうえに二万ユリスを手に入れた。
「あ、そうだ。まだ名乗っていなかったね。私、フランって言うんだ。君は?」
「……ジェイクだ」
「うん、それじゃあジェイクくん! 付き合ってくれてありがとー! その猫大事にしてねー!!」
「ジェイクくんって……」
くんづけで呼ばれたことなど、故郷に居た時以来だった。
現在は十八歳の見た目とはいえ、本当は八十歳の老人であるがためになんとも反応に困ってしまう。
「……夕食は、無理だろうなぁ」
一人残されたジェイクは、腹部を擦りながらため息を漏らす。二人にも、どう説明したらいいか……。