第三十八話
カイオル目前となったジェイク達。
まだ距離ははあるが、闘技場があり、都市に近い広さを誇る街だ。目視できるほどまで近づいているが、それを魔物が阻む。
数は、五。
【キリキツネ】が二。空中にふよふよと浮いている雑草のような魔物。名を【フライサ】と言う。物理的な攻撃力は大したことはないが、地属性と風属性の魔法攻撃を得意とする。
うまい具合に、キリキツネが前衛。フライサが後衛と分かれている。
「まったく。もうカイオルは目前だっていうのに、魔物はどこにでも現れるわね」
ゆっくりと街の宿で休めると張り切っていたメアリスはご機嫌斜め。いつもなら、傘を差したまま軽く流すように戦うが、今は傘を閉じ怒りのまま魔力を溜めている。
「お嬢様がご機嫌斜めだ。早いところ終わらせてカイオルに行くとしよう!」
「メアリスの気持ちはわかるなぁ。街目前! てところでよく魔物が邪魔をするんだよねぇ」
わかるわかると頷きつつジェイクと共に前へと飛び出す。
お互いに頷き、ジェイクが左。ネロが右へ分かれる。キリキツネは、それに釣られ一体ずつ誘き寄せられた。
「チャンス! いくよ、メアリス!」
「言われなくても!」
がら空きとなったフライサへと魔法を放つ。相手も、同時に風属性と地属性の魔法を放つも……威力が違った。
同じ初級魔法だったが、ユーカの場合は固有スキルにより威力は二倍。メアリスは、中級魔法を放っているため当然のように押し負け直撃。
「よし!」
「さあ、行きましょう」
「あ、メアリス!」
溶けるように消えたフライサ。経験値が体に吸い込まれながら、開いた道を早足で進んでいく。
「こらこら。僕たちを置いていかないでよ!」
「しょうがないなぁ」
遅れて、キリキツネを各個撃破したジェイクとネロが慌ててメアリスを追う。道はできたのだから、早く街に行き休みたいという意思が強かったのだろう。
温泉宿を出て、もう五日半ほど経っている。
ファルネアから換算すると、一週間半ほどずっと旅をしていた。メアリスは、あまり文句を言わずにいたが内心ではふかふかのベッドで眠りたいと思っていたはず。
「あ! ジェイクさん! さっきので私、レベルが13になりました!」
ふと【ステータスカード】を確認したユーカが大喜びでジェイクにレベルが上がったことを知らせる。後輩冒険者の成長を聞く度、ジェイクは自然と嬉しくなる。
「よかったな、ユーカ。これで魔力も増えただろうし。そろそろ、中級魔法をひとつは覚えておいてもいいんじゃないか? それとも、15辺りまでまだ我慢するか?」
普通の魔法使いならば、15にもなれば中級魔法のひとつは覚える。だから、ユーカもその頃になったら中級魔法をひとつは覚えておいたほうが良いと話し合ったのだ。
ユーカの魔力は、平均よりも高く、レベルが上がる毎の増加量もすごい。固有スキルの【魔攻の王】の効果が加われば、中級魔法だとしても上級魔法に近い威力を発揮できるだろう。
「そうですねぇ……カイオルは戦いの聖地。もしかしたら、珍しい魔法のチップがあるかもしれませんからね」
「ユーカって、今は初級魔法を地水火風の四属性を覚えているんだよね?」
「後、光属性も!」
光属性の初級魔法である《フォトン》は、温泉宿で出会った光属性魔法の使い手マリエッタから貰ったもの。
最初の頃の《フレア》だけだったユーカから考えるとかなりの成長だ。
「すごいね、光属性まで。戦いのセンスも悪くないと思うし、僕は中級魔法を覚えるのに賛成かな。上のランクのスキルがひとつあるだけで、結構戦い方が変わってくるからね」
「それとも、全ての属性の初級魔法をコンプリートしてみる?」
「むむ。それも……なんだか悪くないかもしれませんね」
仲間達の意見を聞きながら、ユーカは真剣に悩む。
これからの戦いを考えると、やはり中級魔法のひとつはあったほうがいい。どの職業もひとつ上のランクのスキルを覚えれば、今まで以上に戦闘がスムーズになる。
「……うーん、悩むなぁ」
「はい、到着。カイオルに到着するまで決めるかと思ったけどまだお悩み中みたいね」
悩みに悩み、結局カイオルに到着しても決められなかった。
だが、カイオルにもしばらくは滞在することになっているため、まだまだ時間はある。むしろ、カイオルでチップと睨めっこをしながら考えるのが一番良いかもしれない。
「おお。賑わってるな」
「さすがは、戦いの聖地だね。闘技場は奥にあるはずだけど、熱気がここまで伝わってくるよ」
「はぁ……暑苦しいのはあまり好きじゃないのよね。早く、宿を決めてゆっくり休みましょう」
どでかい門を潜ると、人で溢れかえっていた。ファルネアもそれなりに活気があったが、ここは段違いだ。見渡す限り、一般人も多いがやはり戦いの聖地。
武器や防具に身を包んだ目をギラギラさせた戦士達が多く見受けられる。ある者は、武器を見定め。ある者は、腕相撲などをして力比べをしている。
昼間から酒を飲んでいる者達もいるが……こういう場なので、それが普通なのだろう。
出入り口から真っ直ぐ進めば闘技場へ。
右に進めば銭湯。左に進めば、住宅街。このまま真っ直ぐ進めば噴水があり十字の道に分かれている。そこから右や左に行っても、銭湯や住宅街へは行けるようだ。
案内図を見る限り、闘技場の周りに店が密集している。やはり、闘技場の近くならば観戦用の食べ物や戦いを見て興奮した客達が、勢いで商品を買っていくのかもしれない。
「どうしたますか? 宿や銭湯などがあるのは東側のようですが」
「そんなの決まってるじゃない。先に宿を決めるのが、冒険者としての常識よ。重い荷物を持ったままで、街探索なんてしてられないでしょ?」
多くの冒険者は、先に宿を決め体が軽くなったところで自由行動をすることが多い。しかし、宿を決めず新しい街にテンション上がり、そのまま街探索をしてしまう冒険者も少なくはない。
「じょ、常識だったんだ……」
「あなたが愛読している本に書いていなかったの?」
「本には、新しい街に着いたら自分が思うがままに自由に楽しめ! て書かれてたよ」
「……その本の著者は、疲れを知らない人なのね」
ジェイクから見る限りでは、メアリスも疲れた様子を見せたことはなかったはずだ。だが、表に出ないだけで口で言っているように疲れているのかもしれない。
ユーカも、宿で早く休みたいと急かさないが、まだ慣れない長旅で疲労が溜まっているはずだ。
「よし。それじゃ、まずは宿探しだ。宿が決まったら、自由行動ってことで」
「決まりね。さ、行きましょう。……あ、ユーカ。東はこっちよ」
「し、知ってるよ! 案内図もあるんだから間違わないもん!」
「あら、ごめんなさい。あなたも成長しているのね」
「もう……」
まだまだユーカを弄るほどの元気はあるようだ。先に歩いていく二人を見て、ネロはくすっと笑う。
「仲がいいよね、あの二人」
「色々と違う二人だけど、案外相性は良いみたいだからな」
「でも、その二人をまとめているのはジェイクだよね?」
「別にまとめているわけじゃないんだけどな……俺は、ただ仲間と楽しく冒険ができるようにって思っているだけだよ」
今までが、そうできなかったために。第二の人生は、楽しく冒険しよう。ずっとそう思い続けていた。その結果が、二人との仲を良くしたんだと思っている。
「……そっか。ジェイク、二人に伝えておいて。ここまで一緒に旅ができて楽しかったって。僕は、しばらく一人で行動するから。見かけたら、声をかけてよ」
「宿は決めなくていいのか?」
元々カイオルまでの同行だったが、到着したばかりだ。一緒に宿を決めるところまで、一緒にいるかと思っていた。
「また後で。まあしばらくはここにいるから、宿は決めるよ。心配しないで。お金はあるからね。もう、落とすなんて失態はしないからさ」
「……わかった。そっちも、俺達を見かけたら声をかけてくれよ。それと、困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。俺達が、力になるから」
「ありがとう……。それじゃーね!」
闘技場方面へと駆けて行くネロ。
去り際に見せた笑顔は、どこか儚げだったように見えたのは……気のせいだったのだろうか。
小さくなっていくネロの背中をジェイクは、しばらく見詰めていた。