第三話
小鳥達の囀りが聞こえる静かな公園。
そのベンチでジェイクはとある少女に捕まって腰を下ろしていた。
「で。どういうことか説明してくれるか?」
なんとなく察しているが、一応本人の口から聞いておいたほうが自然だと思い問いかける。少女はハッとなり涙を拭って口を開いた。
「えっと、まずは自己紹介から! 私、冒険者初心者でユーカ=エルクラークって言うの! 歳は十五歳で職業は【魔機使い】なんだけど。やっぱり、前衛の人が居ないと不安で……だから! 前衛で私みたいな初心者を探していたところに君が通りかかったの!!」
「別に初心者じゃなくてもよかったんじゃないか?」
ジェイク自身は初心者ではないが、パーティーを組むのならなるべく経験を積んでいる者を探すのが一番安全と言えるだろう。
「初心者同士のほうが、何かとやりやすいでしょ? 中級者以上だとなんだか自分がヘマをした時に変な空気になっちゃうから」
元気な性格をしていて、そこは随分気にするタイプのようだ。
「なるほど。それで、ひとつ気になることがあるんだが」
「なに?」
「魔機使いっていうのはなんなんだ?」
彼女が言った魔機使い。
おそらく、この百年後の世界における新たな職業のことを差すのだろうが。どういうものなのかがわからないジェイクはその知識を得るために問いかけた。
「ええ!? 魔機使いを知らないの?」
「お、おう。なにぶん田舎出身だから」
嘘はついていない。
ジェイクは、辺境にある田舎村出身で冒険者を始めてから見るものは全て新鮮で驚くことばかりだったのを覚えている。
ユーカは、なるほどっとジェイクの言葉を信じて説明を始める。
「魔機使いっていうのはね。この携帯型魔機・マジフォンを使って魔法を使う者達のことを言うの」
「その箱で魔法を?」
ユーカが取り出したのは、ジェイクがずっと気になっていた人々が持っていた小さな箱。
要するに、この箱は魔法を使うための杖ということか。
「昔は、魔力と呪文詠唱によって魔法を使っていたけど。今の魔法は、このマジフォンに魔法をお金で買って使うことができるんだよ!」
「魔法を……金で? つまり、金があれば誰でも魔法が使えるってことでいいのか?」
「ううん。誰でもってわけじゃないの。ちゃんと魔法を使うには結局魔力が必要になる。マジフォンは所有者の残り魔力を数値化して表すことができる。それで、買った魔法には定められた魔力消費量があるから、保持魔力がゼロになったら魔法は使えないってこと!」
随分と便利になったものだ。
百年前だったら、ひとつの魔法を覚えるために必ず修行をしなくてはならないと知り合いの魔法使いが言っていた。
才能がある者であるなら、修行をせずとも最初からある程度の魔法を覚えていたようだが。
ちなみに魔法もスキルの一部として扱われている。
今では、金を払って魔力があれば魔法を使える世の中になっているのか……。
「でね! でね!! 買える魔法にも色々とあって。攻撃の魔法から私生活を楽にしてくれる便利な魔法まで! お遊び心満載の魔法もあるんだよ! 私のお気に入りはこの『猫耳になーれ!』って魔法なんだけど。これを使うと誰でも猫耳が生えちゃうの!」
マジフォンという箱に、色々と文字が表示される。
その中のひとつをユーカがタッチすると、青白い光がユーカの頭に降りかかり……猫耳が生えた。
「にゃん、にゃん! えへへ、どうどう? すごいっしょ!」
確かにすごい。
だが、少し心配にもなる。攻撃やサポートなどの魔法が主だった百年前とは違いお洒落などを考えた魔法も多くある。
ユーカの様子を見る限り、そういった魔法を多く購入していると見たジェイク。
「ユーカ。攻撃系の魔法はどれくらいあるんだ? 後、お前の今の魔力値は?」
「―――え、えーっと……わ、私の攻撃魔法の数と、魔力値?」
先ほどまで元気な姿で飛び跳ねていたユーカが突然硬直した。
「……まあ、初心者というからまだそこまで魔力値は高くないと俺は思っている。攻撃魔法も最低でも三つはないと戦闘していくのはきついぞ。火、水、風の属性はバラバラであることも重要だ」
「…………」
静かにマジフォンをジェイクに背を向けたまま見詰めるユーカ。
ユーカの反応を見て、またなんとなくだが察してしまった。今は、十八歳ぐらいの見た目とはいえ本当は八十も生きた老人。
人の小さな仕草や反応だけで、なんとなくだが察しがついてしまう。
ユーカは……攻撃魔法をおそらくだが二つ……いや、考えたくないがひとつしか持っていない可能性が高い。
それに加えて魔力値も、そこまで高くは無いだろう。
「……ユーカ?」
「は、はひ!?」
ジェイクが声をかけると、上ずった声を上げマジフォンをポケットの中に仕舞ってしまう。
「っと、そうだ! 名前! まだ君の名前聞いていなかったよね?」
無理やり話題を変えてきた。
まあ、深く追求しようとは思っていない。それに、まだ自分の名を言っていなかったのは事実なわけだ。
「俺は、ジェイク=オルフィス。歳は……十八歳だ」
「と、年上!? す、すみません! そうとは知らずタメ口を!」
意外とこういうところはしっかりしている。
もっとさばさばしている感じだと最初は思っていたが。頭を下げているユーカの姿を見て、ジェイクぷっと笑う。
「いいっていいって。年上って言っても三つしか変わらないんだから」
実際はもっと年上なのだが。
「でもー」
「ほら、頭を上げろ。今から、魔物を倒しに行くぞ」
と、背を向け歩いていくジェイク。
それに驚いたユーカは、顔を勢い良く上げる。
「そ、それって一緒にパーティーを組んでくれるってことですか!?」
「ああ。まあ、条件として田舎者な俺が知らないことを色々と教えて貰うけど」
百年が経っているこの世の中。
まだまだ知らないことが多くあるはずだ。当時レベルを上げ続けていたジェイクにとって情報というものはもっとも重要だった。
どこにどれだけのどのレベルの魔物が居るのか。魔物との戦いは、戦闘力もそうだが情報も重要となってくる。
とはいえ、今のジェイクにとってはレベル上げというよりも今この世界にどんなものがあり、どう文明が進んでいるのか。
それを優先的に知りたいと思っている。
「は、はい! もう私が知っていることならなんでも話します! ま、まあ……そこまで情報通ってわけでもないんですが。でも! 私が知っていることなら!!」
目の輝きが戻り、ジェイクの隣まで駆け抜けてくる。
「基本的なことだけで十分だ。後は、自分でも調べてみるから」
「なるほど! ジェイクさんは、中々博識な人なんですね!」
「博識っていうか。ただ、長年情報を集めるのが趣味みたいなものだったからな」
懐かしむように呟くジェイクに対し、ユーカは思わず首を傾げる。
「なんだか、今のジェイクさん十代らしからぬ顔でしたよ! まるでもっと歳をとっているみたいに」
「まあその通りなんだけどな」
「え? 今、なんて?」
「いや、なんでもない。ほら、早く行くぞ。日が暮れちまう!」
「ま、待ってくださーい!!」
もう何十年ぶりだろうか。
誰かとパーティーを組むというのは。ひたすらレベルだけを上げるために、たった一人で魔物と戦ってきたジェイクにとっては、かなり嬉しいことだ。
―――二度目の人生……さっそく楽しんでいますよ。アルス様。