第二十九話
そういえば総話数三十突破しましたね。
いやぁ、結構長くなってきましたね。文字数もそろそろ十万に届きそうですし。
とはいえ、いつも通り自分のペースで書いていこうと思います。これからも、ご愛読よろしくお願い致します!!
ジェイクとメアリスが森へと薬草を採りに行った後、ユーカはマリエッタ、ライラと共に宿内で働いていた。
主に明日のための準備。
温泉の効能は二日周期で行われ、明日が変える日となっている。だが、効能を効かせるためにはある薬草が必要だった。
ライラが採ってくるはずだったが、今はジェイクとメアリスが二人で採りに行っている。
「ライラ。ジェイクさん達が採りに行った『ジグル草』ってどんな薬草なの?」
女湯の脱衣所の清掃を行いながら、ユーカは問いかける。
温泉の効能に使う薬草だとは聞いているが、どんな薬草なのかは知らない。毒草ではないのは間違いないのだろうが。
「ジグル草は主に気分を高揚させるために使われる薬草なんですよ」
「……高揚するために?」
脱いだ服を入れる籠を切れに棚に並べていたライラがいつもと変わらない声音で説明する。
「そうです。ジグル草は体内に含むと暗い気持ちになった人をもハイテンションしてしまうというすごい効果があるんです」
「そ、それって毒草とかじゃないよね……?」
聞いているだけで、毒キノコなどを食べた時の症状によく似ていると思ったユーカは心の底から心配になってきてしまう。
だが、そんなユーカにゆらーっと男湯の脱衣所からやってきたマリエッタが答えた。
「大丈夫よ。毒草じゃないわ。ただ、ライラの説明がちょっと間違っているだけ。ジグル草は、体の体温を上げる薬草なの。主に、寒い地方などで活躍するもので、料理などにも入れると体の心から温まる。それがジグル草の効果」
「というわけなんですよ」
「そうなんだ……よかったぁ。ライラの説明通りだったら、そんな温泉に入って大丈夫なのかなって心配しちゃったよ」
心の底から安堵の息を漏らす。
「安心したようでよかったわ。ところで、ユーカは【魔機使い】だってジェイクさんから聞いているわ。よかったらなんだけど、ステータスカードを見せてくれない?」
「は、はい。いいですけど」
安心したところで、マリエッタがユーカにステータスカードを見せてくれないかと頼んでくる。ユーカも偉大な魔法使いであるマリエッタに見てもらえるのならと体からカードを取り出し、渡す。
「……なるほどね。ジェイクさんの言っていた通りだわ。これなら」
何か呟きながらステータスカードをじっと観察している。
実態を持たないはずの幽霊が普通に物体に触れるのは彼女自身の力で実体化をしているから。今は、右手だけを実体化させている状態。
真剣に考え込んでいるマリエッタを見て、ユーカは遠慮がちな様子で口を開く。
「あ、あのマリエッタさん」
「なに?」
「その……ずっと気になっていたんですけど。マリエッタさんは」
「―――どうやって死んだか、かしら?」
質問を先読みされていた。
ユーカは、無言で首を縦に振る。
「マリエッタさんは、とても強い魔法使いだって聞いています。知り合いの魔法使いの子もマリエッタさんに憧れています。そんなあなたがどうしてと思いまして」
「……まあ、簡単なことよ。あたしも、偉大なる魔法使いなんて言われていたけど、所詮は人間だったってこと」
ユーカにステータスカードを返しながら、マリエッタは遠い目をしながら語りだす。
「ライラから聞いていると思うけど。有名になるとね。その力を利用しようとする奴らが現れるのよ。あたしの場合は、属性の中でもレア中のレアな光属性だったから尚更ね……」
「それじゃ、マリエッタさんは」
「ええ。死んだ、というよりは殺された、というのが正しいわね。今から一年半も前のことよ。私の開発した光属性の上級魔法……それを狙って奴らは現れた」
ユーカなどの初心者は、レベルが上がることで覚えるスキルを使いとりあえずは強くなろうとする。だが、マリエッタのような才能がある者達は自分オリジナルのスキルを開発しようとする。
そして、それを狙う者も……当然いる。
「マリエッタさんの命を奪った奴らって……何者なんですか?」
「それは」
と、言いかけた刹那。
「マリエッタさん。設置した防犯魔法に誰かがかかりました」
ライラがいつにもなく真剣な表情で口を開く。
「……どうやら、あたしが生霊になっているってことに気づいたようね」
いったい何がどうなっているんだ? とユーカが首を傾げていると風呂場のほうから何かが落ちてきたかのような轟音が鳴り響く。
マリエッタとライラは迷いなく風呂場へと駆け出す。尋常じゃない雰囲気に、ユーカも釣られるように風呂場へと向かった。
引き戸を開け、視界に入ったのは……白銀の鎧を全身に纏った集団。
顔まで覆いつくされており、表情が見えない。
真ん中に大剣を携え堂々と立っている二メートルほどの鎧。おそらく、リーダー格だろう。数はざっと見えるだけで十はいる。
豪快に着地したせいで、鎧から大量の雫が垂れていた。
「久しいな、マリエッタ。まさか、霊体になってまで存在し続けているとはな」
「こっちはもう会いたくなかったわよ。あたしから奪った魔導書の解読は終わったのかしら? ライザム」
中心にいる鎧の名前はライザムというらしい。
マリエッタとはどうやら知り合いのようだが、会話の内容と場の雰囲気から目の前にいる集団がマリエッタを殺した犯人だということは間違いない。
「ふん。あれほど複雑な術式をそう簡単に解読できるか。解読を任せた研究者はまだ諦めていないようだが、俺はもう我慢の限界だ。だからこうして、貴様に直接聞きにきたのだ」
「あら? 一年半も待っているなんて案外優しいじゃない。一人の女に集団で襲い掛かってきた男とは思えないわ」
「貴様の力を侮っていない証拠だ。……さあ、思い出話はここまでだ。先ほども言ったが、術式の解読法を教えて貰うぞ。抵抗しようとしても無駄だ。いや、そもそも幽霊と化した貴様にはもはや昔のようなことはできまい」
嘲笑う。
死んだ者に、幽霊となった者に何ができると。実際、マリエッタは実体化はできるが実体化をするだけでも魔力をかなり消費してしまう。
だが、マリエッタは余裕の表情で堂々としていた。
「残念ね。確かに、幽霊になって物に触るには実体化しないとだめだけど……魔法を相手にぶつけるだけなら実体化しなくてもいいのよ」
「そうだったんだ! それじゃ、私達も協力すれば……!」
どうにかできる。
ユーカとて、レベルが低いが確実に強くなっている。それに、こっちには一人で目の前に集団と戦って見せた偉大なる魔法使いがついているんだ。
これなら。
「ふははははははッ!!」
「な、なにがおかしいの!」
天高らかに笑い出すライザム。いったい何がそんなにおかしいのか。
「確かに、霊体となっても魔法は使える。だが、俺は知っているぞ。生身の体を持たない今。貴様は魔力を失っていく度にその存在がなくなっていくことをな!」
「……」
ライザムの言葉に、マリエッタは無言のまま。
どういうことなの? とライラを見る。
「幽霊とは言わば、魔力の塊のような存在なんです。だから、霊体のままで魔法を使うということは……」
「命を削ること……そんな……」
冒険者にとっては常識のひとつ。
スキルを使う場合は、体内に保持されている魔力を消費することで発動できる。魔力とは、生命力を変換することで生まれる力のこと。
魔力を消費し続けると体に疲労が溜まるのは、生命力を消費しているから。生身の体があるからこそ、消費したとしても自然界から生み出される力でどうにかなっているが……今のマリエッタは、違う。
「わかっただろう? そして、魔力の塊と言っても生前よりは力は衰えている。今の貴様では俺達を倒すことはできん。それに、そこのひよっこ達を加えたとて、何も変わらん」
「……だから、諦めて降参しろっていうの? そんなの、嫌に決まってるじゃない」
「マリエッタさん……」
出会ってから一番意思のある声が響き渡る。
「どんな時でも希望を忘れない。強い意志があるからこそ、光は輝き続ける! 簡単に諦めるような者に光属性は扱えない。ましてや、光属性を悪用しようとしているあなた達の言うことなんて絶対聞かないわ」
そこにいるのは、偉大なる魔法使いマリエッタ=エレサーク。死しても尚、その勇ましくそして光属性へとの愛情は消えたりはしていない。
「そうです。マリエッタさんは、そんなに意思の弱い人じゃありませんし……私達もひよっこじゃない。ですよね? ユーカさん」
一歩前に出て、笑顔でユーカに同意を求めるライラ。そうだ。相手がどんなに強くても簡単に諦めちゃダメだ。
まして、ひとつのもののために集団で人を殺すような悪人に……負けたくない。
「うん。簡単には、屈しない! やるだけやって、どこまでも食らいついてみせる!」
マジフォンを構え、ユーカも前へと出る。
ここまで、何もしてこなかったわけじゃない。最初の何もわからなかった自分ではない。ジェイクやメアリス。そして、色んな人達と出会い、戦い確実に成長している。
「あなた達……」
「……ふう。予想はしていたが、簡単には折れてはくれないか。ならば、作戦通り縛り上げてでも貴様から解読法を吐き出させてやる! 者ども! 戦闘準備っ!! マリエッタ以外の小娘達は、遠慮なく殺せ!! 用があるのはマリエッタのみだ!!」
ライザムの命令に、部下の鎧達は剣を構える。
ジェイクもメアリスもいない。今までは、二人に助けられていてばかりだった。自分の未熟さに、どれだけ落ち込んだことか。
相手は確実に自分よりもレベルが上。……だが、今ここで逃げることなんてできない。ここで逃げ出したら前には進めない。
(絶対……負けない!)