第二十八話
「ふう……なかなかね、このコーヒー牛乳」
「私はフルーツ牛乳ですよー。とても甘くておいしいですねぇ」
「って! なんでそんなにゆったりしていられるの!? 二人とも!!」
少し長風呂をしてしまったが、しっかり体の疲れも取れ風呂上りに冷たい飲み物で喉を潤している。メアリスは、ずっと歩きっぱなしだったため足をマッサージしている。
ボタンを押すことで、魔石から魔力が流れ込み動き出す魔機。
足の裏を複雑な動きでマッサージしてくれる優れものだとライラが説明してくれた。大き目の椅子に座り、コーヒー牛乳を飲みながらゆったりと。
ライラも同様にもう一台のマッサージ魔機でフルーツ牛乳を飲みながらゆったりとしている。だが、ユーカだけは違った。
温泉の中での話が気になり過ぎて落ち着いてはいられない。
「あら? ここは旅の疲れを癒す場でしょ? だったらゆったりするのは当たり前じゃない」
「そーですよー。ユーカさんもどうですか? マッサージ」
ライラは笑顔で自分が使っていたマッサージ魔機を譲る。
いや、強制的に椅子に座らせボタンを押した。
「……」
「どうですか? 気持ちいいですよね」
「……あ~、これはなかなか―――ハッ!?」
素直に気持ちいいと思い、マッサージ魔機の虜になりそうだったがすぐに我に返り立ち上がる。
「いやいや! そうじゃなくて! このままだとジェイクさんが危ないかもしれないんだよ!」
「大丈夫よ、彼だったら。一人で何とかするでしょ」
「ちなみに、マリエッタさんはすでに温泉からは出ているようですよ。おそらく、ジェイクさんも」
一人だけマリエッタの気配を感じ取れないユーカは、マリエッタがどうなっているのかわからない。気配を感じ取れるライラの言葉を素直に受け入れ、脱衣所を飛び出していった。
「いやぁ、ユーカさんはジェイクさんのことが大事なんですねー」
「色々あるのよ。色々と……あ、ライラ。コーヒー牛乳のおかわりを取ってくれるかしら?」
「はいなー」
ユーカが飛び出した後を追うことはなく、二人はしばらく脱衣所でゆったりとしていたそうだ。
★・・・・・
ジェイクの前に現れたマリエッタという女性。
すでに幽霊となっている彼女の正体は、この温泉宿の主だった。幽霊と会話するというのは、初めての経験だったジェイクだったが、実際色々と話してみると生きている者との会話とあまり変わりはしない。
彼女は、相当な実力であり長年旅をしてきて色んな経験も積んできたらしい。
そんな彼女とジェイクは現在。
「そうなの。そうなのよ……私もね、ひとつの目標に熱中し過ぎて自分の歳なんて全然気にしていなかったのよ。だから、気づいた時には……うぅ」
「俺もだ。レベルを上げることに熱中し過ぎて、もう歳なんてどうでもよくなっていた。まあ、七十を越えた辺りからはさすがに体が辛くなってきて気にしていたけどな……」
「あれー……なんだか、すごく仲良くなってるんだけど……というか、私普通にマリエッタさんが見えているんだけど……気配は感じ取れなかったのになー、あれれー?」
受付近くの休憩場で、ジェイクはマリエッタとしみじみとした雰囲気で会話をしていた。その現場に、遭遇したユーカは、自分が予想していたのと全然違ったことのか、唖然としている。
「ん? あぁ、ユーカか。結構長く入っていたな。体はちゃんと休められたか?」
ユーカの存在に気づいたジェイクは、いつものように優しく声をかける。
「は、はい。えっと、それで……その」
何かを言いたそうにしているユーカだったが、うまく言葉が出ない様子。そこへ、後からやってきたメアリスがユーカの隣で喋りだした。
「そういえば、あの二人と意外と似ているところがあるのよね。ジェイクは、レベル上げに熱中し過ぎてずっと一人身で歳を取り死亡。マリエッタは、光属性のよさを広めるために一人身で旅をして死亡。……どっちも、何かに熱中し過ぎて一人身のまま死亡っていう共通点があるわね」
「あー、だからあんな風に仲良く会話をしていたんですねー。……って、ジェイクさんって死んでいたんですか?」
今そこで聞く? とメアリスはライラと顔を見合わせた。
そう、ジェイクとマリエッタは似ている。
メアリスの説明通り、お互い何かに熱中し過ぎて誰かと結婚し、子孫を作ることなく命を落としてしまった。
現在の状況で違うところと言えば、ジェイクは若返り転生をしているがマリエッタは死亡したままの歳で幽霊となっているところ。
「でも、まさかジェイクさんに会えるなんて思ってもいなかったわ。実は、あたしが光属性のよさを広めるための旅をしたのもジェイクさんの武勇伝を知ったからなんです」
「その結果、彼と同じような結末になってしまったと」
なんだかなぁっという複雑な表情でジェイクとマリエッタを見詰めるメアリス。ジェイクは、苦笑いをするがマリエッタが違った。
ものすごい落ち込みようで、淡々と語りだす。
「気づいたら、二十九歳。あたしも結婚しなくちゃって思ったのは、同期の友達が「子供できたんだよ! 可愛いでしょ?」って、写真を添付して送ってきたメールを見てからなの……ふっ。その前にも「結婚しました!」的なメールがきていたんだけど、当時のあたしはそこまで気にしていなかった。だって、光属性のよさを広めるために忙しかったから……でも、でも……!」
気づくのが遅かった。
女の幸せを忘れて、大好きなものに熱中し過ぎた自分。やっと気づき、なんとかしようとしたが幸せを掴む前に命を落としてしまった。
「そもそも、どうして……その幽霊になってしまったんですか? マリエッタさんは、かなり強い魔法使いだって聞いていたんですけど」
「あぁ、それなんだがな」
ユーカの疑問にジェイクが答えようとした刹那。
マリエッタが、何かを思い出し声を上げる。
「あっ! そういえば、ライラ! 明日の効能用の薬草。ちゃんと採ってきてくれた?」
「えへへ。採ったんですけど、川で流れている時に全部流されてしまったみたいなんです」
「なんで川で流れていたの? あなた」
「戻る途中川辺で何かがぶつかって気絶しちゃったんです。そこをジェイクさん達が助けてくれたんですよ」
マリエッタとライラは、どうやら知り合いのようだ。
ジェイクも色々と話したが、どういう関係なのかは聞いていない。だが、会話から察するにライラはこの温泉宿の経営を手伝っているのだろう。
「そうだったの。ライラを助けてくれてありがとう。私が死んでから、経営も難しくなってきちゃって。実体化しようとすると魔力を大幅に使っちゃうから大変なのよ。それに、私が見える人って結構特別みたいだから……ライラが手伝ってくれるようになって本当に助かってるわ」
「どういたしまして~」
やはり、幽霊だからこその苦労もあるということ。
しかし、簡単に実体化と言っているが、死んでも尚魔法使いとしての才能というものは生き続けているということか。
「とはいえ、明日の準備のために薬草をまた採りに行かないと」
「だったら、俺が行って来る。長年旅をしてきたおかげで薬草に関して詳しくなったからな」
「いいの?」
「もちろんだ。同じ苦労を知っている者同士助け合おう」
「……ありがとう。じゃあ、お願いね」
「なら私も行くわ。冒険を再開する前の準備運動をしたいからね」
ジェイクの隣に歩んでいくメアリス。
「じゃあ、私も!」
この流れなら、自分も行くしかない。そう思ったユーカは、挙手をして前に出ようとしたが……
「あなたには、また違う手伝いをして欲しいの。だから、ライラと一緒に残ってくれない?」
「え?」
「頑張りましょう、ユーカさん」
薬草採りは二人で十分。後は、明日のための準備をすることになった。