第二十六話
こ、今回もちょっと短いです。
川から流れてきたエルフの少女ライラの案内で、ジェイク達は山を登る前に疲れた体を癒すため温泉宿へと訪れていた。
宿があるのは、山の出入り口付近。山を登る前、山を下った後にゆっくりとできるようにと宿が建設された。天然ではないが、宿の主は薬剤師であり魔法使いでもあるようだ。
その知識と経験を生かし、色んな効能が出る温泉を作った。二日周期で効能は変化していくとのことで、ジェイク達が訪れた日は、疲労回復や擦り傷、切り傷などに効き、恋愛運がアップするという……温泉で恋愛運が上がるのかどうかは疑問である。
基本、疲労回復の温泉に宿主が気分で他の効能を足しているとかなんとか。
本当にそんな温泉に浸かって大丈夫なのか? という声も多いらしいが、今のところは好評。
「おっと、今日は私達が一番乗りみたいですねー」
温泉宿ウェーイという看板がある木造の宿に入ると、客人どころか受付にも誰もいなかった。受付のところには、十二歳までは三百ユリス。それ以上は五百ユリスで入浴できますと書かれた張り紙が木の棒に貼り付けられていた。
「無用心だな。金はそこの籠に入れるようだけど……」
張り紙の横に大きめの籠が置いてある。
ジェイク達以外にも客は訪れていたようで、小銭から札まで色々入っている。受付がいないことを理由に、金を奪い取っていく者達が出るかもしれないというのに。
「大丈夫ですよ。実は、この籠にはちゃんとした防衛術がかけられているんです。一度、この籠に入れたお金は術者じゃないと取れないという術が」
「なるほど。だったら、誰かに盗られる心配はないね」
「魔法使いならでは、と言ったところだけど……」
入浴料を籠に入れながらメアリスは考え込む。
おそらく、ジェイクも同じことを考えている。籠に防衛用の術をかけていると言うが、大抵の魔法使いは職業によるスキルで魔法を使う。
それ以外の魔法とは、その者が独自に開発した固有魔法と言われる。固有魔法とは、他の職業にも言える事だが、自分オリジナルのスキルのことを差す。
レベルが上がることにより覚えるスキルは、職業ごとに共通。
だが、固有のものは独自に開発したもの。
才能があるものや、長年の修行により習得できる。おそらく、ここの宿主も魔法使いとしての才能があり独自の魔法を作り上げたのだろう。
「この宿主さんは、どんな人なのか知らないの? ライラ」
「そーですねー。今のところは、誰も見たことがないようです」
「それじゃ、二日周期の効能入れ替えはいつ行っているんだ?」
「さあ? それもよくわかりません」
「正体不明の魔法使い宿主ってことね。……まあ、いいわ。温泉の効能が確かなら、この際宿主のことなんて」
メアリスは言うが、ジェイクは気になってしまう。
宿内を見渡しても、ご自由にどうぞという貸し出しのタオルが大量に置いてあり、饅頭までもが売られてある。
あの饅頭にも何か術がかけられているのかもしれない。
「ジェイクさーん! 私達は、先に入っていますよー!」
「あなたもゆっくり入っていきなさいね」
「それではまたー」
女子三人組は、先に温泉へと向かっていく。
右が女子風呂。左が男子風呂となっている。貸し出し自由なタオルを一人一枚手に取り、脱衣所へと姿を消した。
一人残されたジェイクは、一度無人の受付を見詰めた後、まあいいかと頭を掻きタオルを手に取り男子風呂へと向かった。
☆・・・・・
ジェイクと分かれたユーカ、メアリス、ライラの三人は体を洗いさっそく湯気が立つ真っ白な温泉へと足を踏み入れる。
「結構熱めなんだね」
「この方が、効能もよくなるんだって言ってました」
「誰が?」
「……誰でしたっけ?」
「いやあの、私のほうが知りたいんだけど……」
ライラとの会話を楽しんでいるユーカは、三人しかいない湯の中でふと周りを見渡す。
いや、周りというよりは自分を含めた三人の……胸だろう。
(……体を拭いている時に思ったけど、ライラはあんまり大きくない。メアリスも、膨らみはあるけど大きいとは言えない)
自分の胸を見詰め、再度二人の胸部を見詰める。
以前、ファルネアで見たエルフェリアという天使を思い出す。生まれて五年しか経っていないと自称していた少女の胸。
本当に五歳だったというのなら、自分は五歳にも負けるほど小さいのか……と正直落ち込んだ。
だが、こうして同年代ぐらいの二人と見比べてみると自分はまだ大きいほうだと自信がついてくる。
(あぁでも、二人とも実年齢を聞いていないから同年代っていうのはわからないよねぇ……)
特に、ライラはエルフ族。
自己紹介の時に、それほど長生きしていないと言っていたが、それはエルフ族の体感でということならば人間であるユーカにとってはかなり生きていることになるかもしれない。
しかし、それは考えようによっては長年生きていて、この胸の大きさ。まだ十五歳の自分には、成長の余地があると考えられる。
(それに、寄せれば谷間だってできるし言うほど小さくはないよね……うん)
「なにやってるの? あなた」
「え? いやっ……この温泉本当に白いなぁって。えへへ」
ずっと下を向いていたユーカが気になりメアリスが声をかける。誤魔化すように、温泉のことを話題にだしたが……。
「ふーん……まあ、そういうことにしてあげるわ。で、ライラ。この白さはどういう意味があるの?」
「えっとですねぇ、これは単純に宿主さんが白が好きだってことで薬剤で白くしたらしいです」
「それは、どこの情報なの?」
色々と詳しいライラだが、ここの宿主は誰も見たことがないという話だ。それでは、宿主の情報などどうやっても知ることができない。
それなのに、ライラはここの宿主のことを随分と詳しく知っている。
「それはですねー」
「それは?」
真実を語ろうとした刹那。
メアリスが、隣の男湯から何かを感じ取った。
「……」
「あ、もしかしてメアリスさんは感じ取れるんですか?」
「え? え? 感じ取るって……何を?」
男湯と女湯は木の板の仕切りで遮られている。木の板の高さは軽く五メートルはあるだろうか。メアリスは無言で木の板に近づき、触れる。
「この木の板にも術がかけられているみたいね。それに、相当魔力が高いのがこの奥にいるわ」
「この奥って……え!? 男湯にですか! でも、今男湯にいるのってジェイクさんだけなんじゃ?」
「おそらく、ここの宿主さんだと思います」
「ど、どういうこと?」
確かに、ここの宿主は魔法使いだということは聞いていた。それで、魔力が高いということは頷ける。ということは、ジェイクと一緒に湯に浸かっているということなのだろうか?
「さっきの続きなんですけど。実はこの宿主さん」
張り詰める空気の中、ユーカはごくりっと喉を鳴らしライラの言葉に耳を傾ける。
「―――もう死んじゃっているんですよ」
笑顔で、とんでもない真実をライラは告げた。