第二十話
「そんなことがあったのか」
「はい。もうびっくりしちゃいましたよ。暴れている男性は、なんだか普通じゃなかったですし」
カイルが任務に戻った後、気ままにファルネアを探索しているとユーカが慌てた様子でジェイクに話しかけてきた。
理由を聞くと、偶然見つけたカイルと一緒に居た騎士を手助けしたという。普通じゃない様子の男を取り押さえ今はカイルが騎士達と共に対処をしているそうだ。
「駆けつけたカイルが何とかしているだろうが……気になるな」
ユーカの話を聞く限りでは、暴れていた男は正気じゃなかったという。
目が赤く、まるで猛獣のように狂喜乱舞していたと。
ファルネアの住民が不安がっていたのは、もしかするとその男の変貌に関連していることかもしれない。
「あの様子……まるで誰かに凶暴になるような術をかけられたように見えたわね」
「犯人がいるってこと?」
「病気とかそういう類のものじゃないと私は思うわね」
もし、犯人がいるのならばいったい何が目的でこんなことを……。
「兎に角今は、カイル達に任せよう。気になるところだが、彼らに任務だからな」
「あら? いつものように首を突っ込まないの?」
意外、という表情で言葉を投げるメアリス。
「今は、だ。もし何かあれば、手助けはしようとは思っている。まだそれほど大きな問題になっていないようだから、カイル達だけで対処できるはずだ」
「ピンチになったら助けるってことですね! まるで正義の味方みたいです!!」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」
目を輝かせているユーカに対し、メアリスはそう……と単調な反応をする。
正義の味方、か。
かっこいい響きだが、意識をすれば恥ずかしくも思える。とはいえ、他人の助けとなれるならそういうのも悪くはない。
「あ、そうです! ジェイクさん、これこの街に名物なんですけど」
「へぇ、まんじゅうか。おいしそうだな」
ユーカが土産として買ってきてくれたファルネアまんじゅうを食べ、一息入れる。
周りを見渡すと、とても平和な街並みに見えるが……。
もしかすると、今もどこかで暴れていた男と同じ状態になっている者がいるかもしれない。
「いやああっ!? や、やめて! いったいどうしたっていうの!?」
「ふぐっ!?」
突然の悲鳴。
まんじゅうを食べていたユーカは、喉に詰まらせ息ができない状態になる。
「ほ、ほら。水だ!」
「んぐ……んぐ……ぷはぁ!? た、助かりました」
予め買っていたジュースで何とか流し込み、助かりすぐにその場から立ち上がる。
「さっきの悲鳴ってもしかして」
「もしかするかもしれないな。カイル達は、今どこに?」
「えっと、ここからずっと東側の噴水広場で別れました」
さっきの悲鳴から察するに、情報にあった男と同じ状態になった者が暴れている可能性が高い。今から、カイル達が来るのを待っているのは……。
「いくぞ、二人とも!」
「はい!」
「やっぱりこうなるのね。予想はしていたけれど」
ジェイクも自分で言っておきながら、こうなるんじゃないかと予想していたがまさかこんなにも早く予想が当たってしまうとは。
悲鳴が聞こえたのは、ジェイク達が座っているベンチから見えるとある料理店。
店の前に到着する寸前、窓が割れ椅子が飛んできた。
「わわっ!?」
「見なさい。今度は二人も暴れているわ」
店の外から見せる限りでは、男女二人が暴れている。男のほうは獣のような唸りを上げ人を襲い、女のほうは椅子を持ち上げ投げ捨てている。
二人とも、目が赤く正気ではないことは明白だ。
「きゃああっ!?」
「危ない!!」
狂喜乱舞した男が少女へと襲いかかろうとするも、ジェイクがそれを止める。攻撃を受け流し、すぐに片腕の間接をきめた。
「がああっ!! アアあっ!!」
「くっ! なんて力だ……!」
しかも、間接を完璧にきめているのに、無理やり振り解こうと暴れるためこのままでは骨が折れる恐れがある。
ジェイクとて、ただの人間じゃない。全力ではないにしろそれなりの力を込めて拘束をしているはずなのに、振り解かれそうになる。
「皆さん! 今のうちに店の外に避難してください!!」
店の入り口付近で暴れていた男をジェイクが拘束しているうちに、ユーカが正常な人々の避難誘導をする。
「アアアアアッ!!」
「わっとと!? あ、危なかったぁ……」
背後から飛んでくる椅子を間一髪で回避するも、休む暇もなくもう一度椅子を投げ捨てようとする。
「させないわ。大人しくしなさい」
が、メアリスの闇の力で女は拘束された。
動きが封じられたことで、持ち上げた椅子が床に落ちる。ジェイクのほうは、少し手荒な方法だったが気絶させることで大人しくさせた。
「あ、ありがとうございます! おかげで助かりました!」
カウンターの影に隠れていた店員の一人が恐る恐る姿を現し、感謝の言葉をジェイク達に送った。
「アアアアアッ!! グアアアッ!!」
「まったく、捕まったんだから素直に大人しくしてなさいよ。これ以上力を込めると骨が折れるわよ? って言っても通じていないと思うけど」
女のほうは未だに暴れようとしていた。
メアリスも、骨が折れないように力加減をしているようだが困ったように眉を顰める。
「ユーカ。今のうちに、カイル達をここに呼んできてくれ。騒ぎに気づいてこっちに近づいてきているかもしれない」
「わかりました!」
ユーカが店から出て行った後、店員の男が安堵したように口を開く。
「本当に助かりました。突然、暴れだすものですからどうしようかと……」
「この二人は突然暴れだしたのか?」
「は、はい。同席をしていたお二人だったのですが。注文した料理を持っていこうと近づいたら苦しそうに俯いたんです。心配になり、声をおかけしたところ……」
「暴れだした、か」
苦しみだした、ということはやはり何かがある。
男の手を見れば、机などを素手で思いっきり壊したのか。血が流れている。それでも、暴れるのをやめなかった。
痛みを感じていないかのように。
暴れる前に苦しみだしたと言うことは、ちゃんと痛みを感じていたと言うこと。
「お待たせしました! 暴れているという者達はどちらに!」
「カイル。来てくれたか。すまん、少し手荒な方法を取ってしまった」
店にやってきたカイル達に、気絶させた男を差し出す。
「ジェイクさん? なるほど。ジェイクさんが対処してくれたんですね」
「ん? ああ、そうだが……ユーカは一緒じゃないのか?」
気絶した男を他の騎士達が担いでいくのを見ながら、ジェイクはユーカが一緒じゃないのに気づく。本来なら、迎えに行ったユーカがカイルに状況説明をしてやってくると思っていたのだが。
「ユーカさん、ですか? いえ、一緒ではありませんが」
「……あの子、また行く場所を間違ったようね」
呆れているメアリスの言葉に、昨日のことを思い出すジェイク。
そういえば、ユーカは西と東を間違っていた。
だが、昨日の今日でそんなことが……ユーカ自身、カイル達と別れた場所も覚えていたし、メアリスと共に街を全てではないが歩き回ったはず。
カイルが嘘を言っているようには見えない。
やはり、道を間違いカイルと出会うことなく今も……。
「と、兎に角! もう一人のほうはどうする?」
未だに、暴れようともがいているもう一人。
カイルは、任せてくださいと女性の前に立ちある術を唱えた。
「《ウィル・ヒーリング》」
すると、光の粒子が降り注ぎ女性は眠りにつくように静かに目を瞑った。
「さっきのは?」
「解除呪文です。……詳しい話はここを離れてからします。しばらくお待ちください。このお店で事情説明などをしますので」
「……ああ、わかった」
そして、ユーカが戻ってきたのは十分後の話。
すでにカイル達が居ることにユーカは驚きつつも、自分の不甲斐無さに深く落ち込んだ。