第十八話
ファルネアに到着して二日目。
一日目は、依頼やレベル上げなどで費やしたが今日は自由行動。ユーカとメアリスは、女子二人で買い物へと出かけてしまった。
そして、残されたジェイクは気ままに街を歩いている。
こうしてゆっくり街を一人で歩くというのは、いいものだ。生前は、新しく到着した街だとしてもただ宿をすぐに見つけて一夜を明かし食料などを購入してすぐレベル上げへと赴いていたために、今は新鮮な気分で色んなものを見て回っている。
「どうも。繁盛しているか?」
ジェイクが声をかけたのは、先日出会った商人だった。どうやら、果物を売っている店のようだ。
「ああ、昨日の。その節は助けてくれてありがとうな。おかげさまで、商品も補充できてバッチリ繁盛してるよ。そうだ! これ、昨日のお礼だ。食べていってくれ。帝都で有名な果物で『桃りんご』っていうんだ」
「桃りんご?」
商人から受け取ったのは、桃のような色をしたりんご。
食べて良いのか? と尋ねるとああっと笑顔で返してくる。ジェイクは、未知なる食材へと豪快に齧り付く。
普通のりんごであるなら甘酢っぽい味だが、口の中に広がるのは甘さだけ。すっぱさが全然ない。
「そいつは、少し変わった研究者が甘い桃のような食感のりんごを作るとか一年前に騒いでいたらしくてな。皆、どうせ無理だろって思っていたらしいが。この通り、見事に完成させちまったんだよ。まあ、俺は普通のりんごのほうが好きだけどな」
確かに、桃のような食感なのに形はりんご。しかし色は桃色というおかしな果物だ。だが、まずいわけではない。
甘いものが欲しい時に丁度いいかもしれない。
「帝都で有名な果物でさらに儲けるってことか」
「へへ。そのとおりだ。そいつを食べた感想はどうだ?」
「そうだな……こいつをすり潰してジュースにして飲んでみたいな」
これほど甘い果物だ。
すり潰せばどうなることか。とはいえ、ジェイクは甘いものはそこまで好きというわけではないので甘すぎれば……。
ちなみに、ジェイクは辛党である。
「もうそいつを使ったジュースは帝都の店で売ってるぜ。近々色んな国の店でも販売するって噂だから旅をしていれば、飲めるんじゃねぇか?」
「そっか。じゃあ、もし見かけた時は飲んでみるか」
「そうしな」
「ありがとう。おいしかった。商売頑張ってくれ」
「おう! あんたもファルネアを十分に楽しんでいってくれよ!」
桃りんごを平らげジェイクは、商人と別れを告げ再び歩き出す。数分後、ふとこんなことを思い始める。
(……なんだかしょっぱいものが食べたくなったな)
昼食の時間まではまだあるが、この辺りに食べ物を売っている店はあるだろうか。別れる前に、商人から聞いておけばよかったと思いつつしばらく探していると。
「そうですか……わかりました。ご協力感謝します」
「いえ。我々も近頃困っていましたから。どうか、我々の不安を取り除いてください騎士様」
「お任せください。人々の光へ導くのことこそが我々皇焔騎士団の勤めですから」
「よろしくお願いします」
帝都から派遣された騎士カイルがファルネアの住民に聞き込みをしているところを目撃。おそらく、別任務に関係することだろう。
「あっ」
立ち止まって様子を伺っていると、振り向いたカイルと視線が合ってしまう。
この場で離れるのは、失礼だろう。
挨拶だけでもしておこうと、同時に近づいていく。
「ご苦労様、カイル。任務のほうは順調か?」
「はい。ファルネアの住民一人一人に今聞き込みをしている最中ですが……」
一瞬考える素振りを見せたが、すぐに平常を保つ。
「そういえば、今は一人ですか?」
「今は自由行動中なんだ。ユーカ達は女子二人仲良く買い物に出かけているところだな。俺は、男一人で気ままに街探索だ」
ははは、と苦笑い。
一人というのは慣れているが、仲間と共に行動することに慣れ始めるともやもやした気持ちが出てきてしまう。
「では、少しお話を致しませんか? 聞き込みも一段落したので休憩に入ろうかと。そこで、ジェイクさんの武勇伝を本人の口からお聞きしたい思いまして」
「俺の武勇伝か……あんまりそういうのはないが、まあ話だったら付き合うぞ」
「ありがとうございます。では、この先に喫茶店がありますのでそちらでゆっくりと会話を楽しみましょう」
丁度、何かしゃっぱいものを食べたいと思っていたジェイク。
喫茶店にしょっぱい食べ物があればいいが……。
「他の騎士達は大丈夫なのか?」
移動を初め、ジェイクはすぐ他の騎士達は大丈夫なのかと問いかける。
「それならご心配なく。他の者達にも、聞き込みが一段落したら各自しばらく休憩に入ってもいいと伝えてあるので」
「そっか。それなら安心だな」
そして、移動すること数分。
周りの建物とは違い木造建築の店が見えてきた。外にもテーブルが置かれており、喫茶店を訪れていた客達は、落ち着いた雰囲気でお茶を嗜んでいる。
ジェイク達は外ではなく店内でお茶をすることにした。
メニューの中には、サンドウィッチがありジェイクは思い出す。そういえば、自分が最後に食べたサンドウィッチはどことなく塩の味があったような……と。古い記憶を頼りにジェイクはサンドウィッチとコーヒーを注文。カイルは紅茶とアップルパイを注文して品物がテーブルに並んだのを確認してから会話を始める。
「ふう……紅茶が体の芯まで染み渡りますね」
「まだ本調子じゃないだろ? あまり無理はしないほうがいい」
帝都からの長旅。そして、魔物との戦闘。治癒をしたとはいえ、怪我をした。疲れが溜まっているはずなのに、それでも街を歩き回り聞き込みをしている。
ジェイクは、紅茶を嗜んでいるカイルを見て心配する。
「ご心配ありがとうございます。ですが、人々の不安を早く取り除き安心した生活をしてもらいたいんです。とはいえ、休憩をしないわけではないのですが」
「それで体を壊したらことだからな。ところで、俺の話を聞きたいってことだったが」
「はい。できれば、百年前……そう、まだ魔機などが生まれていない時代がどうなっていたのか。歴史本などで知識はありますが。実際はどうなっていたのかと気になっていたんです」
百年前。
こうして、普通に食事をしたり会話をしたりしているがジェイクは百年前の人物。もう故人と言われてもいい存在。
それに加え、ここはパラレルワールド。
ジェイクが生きていた世界であって、そうじゃない世界。もしかすれば、過去も自分が過ごしてきたこととは違っているかもしれない。
とはいえ、期待の眼差しを向けている若者の願いを聞き受けないわけにもいかない。
「百年前……じゃあ、こういうのはどうだ? 俺がまだ五十代の頃の話だ。必死にレベル上げしていて、気づかず【大槍鳥】の巣に近づいてしまってな。丁度、子供が生まれる時期だったらしくて―――」
それからは、ジェイク自信も昔を懐かしみながら長年体験してきたことや。昔と今はどう違っているのかをカイルと話し合い、時間を過ごしていった。
気づけば、注文したコーヒーが温くなっているほどに話に夢中になっていた。
「す、すごいですね。一人でそれだけのハプニングに遭いながら生き延びているなんて」
「ただ運が良かったのかもしれないがな。まあ、ハプニングに遭っている時点で運が良いなんてことはないんだろうけどな……」
久しぶりに、自分のことを長い時間語ったような気がする。
いつもなら、レベル上げをしていれば時間があっという間に過ぎていったが。こうして、会話だけで時間が過ぎるのは新鮮だ。
「貴重なお話をしてくださりありがとうございます。僕も、ジェイクさんのことを記した『ジェイク=オルフィスの冒険譚』という書籍を読みましたが……本には書かれていないことが次々に出てきて驚きの連続でした」
その本ならば、ジェイクも実際に読んでみた。
本に書かれていたことは、偶然ジェイクの戦いを見ていた冒険者やジェイクの知人などから話を聞きそれを記したもの。
生まれた頃からレベル100になるための試練を受けるところまで。だが、ジェイクはほとんど一人で魔物を倒していた。本には記されていないことも多い。
「それはよかった。俺も、久しぶりに誰かと長い会話ができて楽しかった」
「そう言って貰えるとお誘いした甲斐がありましたね。……あぁ、名残惜しいですが休憩は終わりです。任務に戻らなければ」
最後の一切れを平らげ、カイルは立ち上がる。
「ああ。倒れない程度に頑張れよ」
「はい。では、会計はまとめて僕が」
「いや、俺がしておく。楽しい時間を過ごさせて貰ったお礼だ」
「それを言うなら、僕も同じです。それにお誘いしたのはこちらなのですから」
「まあまあ。そっちは任務があるんだろ? 早く行ったほうが」
お互い、どっちが会計をするかとしばらくもめ、結局自分の支払いは自分でするということで決着がついた。