第六十八話
「はい、ジェイク様。お昼です! ですので、私お手製のびや、いえ! 健康になるお薬を練りこんだサンドウィッチをどうぞ!!」
「え、遠慮しておく」
危険な匂いをする。
そんなメアリスの言葉はあっているかもしれない。何事もなく前半の授業を終え、昼食の時間となった。
オルフィス学園には、学食もあるが弁当でもいいことになっている。
ジェイク達は、メイド達が用意してくれた弁当を学食の席で食べているところだ。
そこへ、シーナがいつの間にか参加。
なにか危険な匂いがするサンドウィッチを食べるようにぐいぐい近づけている。
「学園長さん。あなたには仕事があるでしょ」
「学園長でも、お昼がなくては倒れてしまいます」
「でも、学園長のお弁当がありませんよ?」
その通りだ。
今ある弁当は、どうやらジェイクのために用意されたものらしい。しかし、それ以外の弁当が見当たらない。
ユーカの言葉に反応し、ものすごい勢いで学食のひとつである七色のサラダというものをテーブルに置いた。
「これでできました」
「は、早い……」
「というか、自分で作っていたよね……」
ジェイクにも見えていた。
厨房に入り、何事もなく野菜を選び素早い包丁捌きで切り刻んでいた。
「ささ、では共に昼食を」
「学園長! ここにいたんですね!!」
「げっ……!?」
現れたのは、数人の先生達。
シーナは、引き攣った表情を見せサンドウィッチをそのままにしジェイクに一言残す。
「ジェイク様。では、わ、私はこれで失礼致します!」
「あ、ああ」
「待ってください! 学園長!!」
「この書類に目を通してくださらないと!!」
「追うんだ! また見失えば探すのに苦労するぞ!!」
先生達は走り出す。
シーナを追って。生徒達がまたか……とそれを小さく笑い眺めていた。どうやら、これは日常的に起こっていることらしい。
「さて、昼食を食べたらユーカ達と交代だが……」
ジェイクは、少し静かになった食堂でマジフォンを取り出す。
送られてきたメールを確認。
そこには、殺し屋であるローグがすでに動いていると書いてあった。
「結構早かったわね。学園にいる間に仕掛けてくるなんて……」
「だ、大丈夫かな?」
不安そうにアリサは、エミリアを見詰める。
それを安心させるように笑顔で宥めるエミリア。
「大丈夫よ。彼らが護ってくれるから」
「ユーカ達は、今も学園内を警備しているわ。他の冒険者にもすでに動いていることを知らせているそうね。私達も動く?」
何百人といるこの学園内。
殺し屋集団が、すでに動いているということはもしかすれば他の生徒達にも被害が及ぶかもしれない。エミリアの命を護るとは言ったものの……どう動きべきか。
「今は、ネロの連絡を待とう。その間、俺達はエミリアの護衛を続ける。だが……」
「どうしたんですか?」
「ああ、少し気になることが」
☆・・・・・
「ふぃ……やっと逃げ切れたわね。もう、今日はジェイク様と一緒にお食事を楽しみたかったのにぃ」
他の教師達から逃げ切ったオルフィス学園の学園長シーナは、落ち込む。
それはジェイクとの食事を途中で抜け出したことにある。
誰もいない廊下で、シーナは学園の外を覗いた。
「せっかく、媚薬入りのサンドウィッチを用意したのに……」
サンドウィッチに練りこんだのはエルフ族に伝わる秘伝の媚薬。
一度体内に取り込めば、その者は最初に異性にずっと尽くすだろう言われている。
「でもでも、私は尽くされるより、尽くすほうがいいんだけど!」
もう一度作戦を練らなければ。
そう思い、学園長室へと戻ろうとした刹那。
窓に映る怪しき人影。
鋭い刃を背後から、シーナへと突き刺してくる。
「あら。私の命を狙うなんて、よほどの怖いもの知らずね」
「くっ!」
だが、シーナは容易に止めて見せた。
どこからともなく出現した風が刃を静止させている。
「ちっ。さすがは学園長なだけはあるな」
「まだいたのね。……三人、ね」
先に襲ってきた男は得物から手を離し距離を取る。
後から現れた男達は、先陣を切った者と共にシーナを囲んだ。
「私がここの学園長だと知って狙っているのね。どういうつもりなのかしら?」
「知れたこと。貴様を人質にしろとの命令だ」
「私を?」
人質、という言葉にシーナは笑う。
「何がおかしい」
「ふふふ。昔の私ならともかく……今の私を簡単に人質にできるとお思いで?」
「ほざけ!!」
「所詮は魔法使い! 接近戦に持ち込めば貴様など何も出来まい!!」
「魔法を詠唱する前に捕縛しろ!!」
そう、シーナは魔法使いだ。
エルフ族での魔法使いはどの魔法使いよりも強大だ。その理由は生まれ持っての保持魔力量。エルフ族は、どの種族よりも魔力量の多さが自慢だ。
そして、自然界の生命体である精霊とも会話ができる。
それゆえに、エルフ族には【精霊術師】と呼ばれる特殊な職業が存在している。これは、精霊と契約を交わすことにより生まれるもの。
その特徴は。
「シルフィル」
『はいはーい』
「ぐああ!?」
「な、なんだこの暴風は……!?」
契約精霊を操り、その能力を使うこと。
魔機使いのような無詠唱の魔法とは違い、精霊そのものが能力を使う。それが最大の特徴だ。
「どこの情報かは知らないけど。私が魔法使いだったのは結構前のことよ?」
「な、なんだこの風は……纏わりついて……!」
「捕縛されるのはそっちのようね。シルフィル。眠らせて」
『了解かーい』
ゆらりと姿を現した風精霊シルフィル。
シーナの顔ぐらいの大きさで、四枚の透明な羽を生やしている。風で捕縛した男達に近づきにっこりと笑顔を向け、呪文を唱えた。
『眠っちゃえ』
暖かな風が男たちを包み込む。
徐々に眠気が襲い、一分も満たないうちに男達は眠りについた。
「ご苦労様、シルフィル」
『お安い御用~』
「学園長!!」
「ご無事でしたか!?」
次に現れたのは、学園の警備をしてくれている冒険者達。
大慌てでやってきたらしく、軽く呼吸が荒い。
「ええ。無事ですよ。あぁ、それにしてもこんなにも強くなっちゃって……これではジェイク様に護っていただけない……いえ、でもこれもジェイク様への愛! シーナ、あの時誓ったじゃない! いつかジェイク様と肩を並べて戦いたいと! だから私は……」
「あ、あの学園長?」
「あら、ごめんなさい。とりあえずは、その三人を警備兵に。生徒達には見つからないようにお願い」
「はい! わかりました!!」
シーナの命により、眠らされた三人を縄で縛っていく冒険者達。
その作業を見詰めながらシーナは呟いた。
「それにしても、気になるわね」
「なにが、ですか?」
「おそらく彼等はエミリアさんの命を狙っている殺し屋集団。でも、彼等はなぜか私を人質に取ろうとした」
「それは、確実に命を奪うためでは?」
冒険者の一人が言うが、シーナは首を横に振る。
「それがおかしいのよ。あなたなら、人質を取る時にどうする?」
「え? お、俺ですか? うーん……ターゲットのもっとも親しい人を人質に取る、とかですか?」
「普通ならそうよね。じゃあ、彼等はなぜ私を狙ったのか。確かに、私はエミリアさんとは仲がいいわ。でも、普通は家族や親友などを狙うはず。そう……以前身代金目当てでエリオさんやアリサさんを人質に取った集団のように」
それに、シーナはネロからローグのことを知らされている。
ローグとは、人質など悪人のような手口は絶対につかわない真っ直ぐな男だと。
それとも、すでにネロが知っているローグではなくなっている? いや、もしかすれば……。
「まさか、殺し屋が他にもいる?」
「その可能性が高いわね。そして、その殺し屋の目的は私の命だった」
そう考えるのが可能性としては高い。
高いが……彼等はシーナが普通の魔法使いだと思っていた。命を狙うのであれば、その者の情報を知っておくのが普通。
ここに来て、謎が深まるばかり。
「……まあ、私のことは大丈夫よ。狙われても、自分の身は自分で護れるから。それよりも、優先すべきはエミリアさんの命。いえ、もしかすればこの学園の生徒達も危ないかもしれない。より厳重な警備をお願いします!!」
「了解!1」
「直ちに他の冒険者達にも連絡をしておきます!!」
冒険者達が去った後、シーナはもう一度窓から外の景色を眺める。
空は晴天。
生徒達は、笑顔で溢れている。
(学園長として、護ってあげないと)