第六十七話
「うわああぁ!? ジェイク様、だ、大丈夫なんですかこれ!? ま、マナ! マナが体から……!?」
「し、シーナ。落ち着いてくれ。確かに、体からマナは抜けているが夕方には元の姿に戻るから」
これから起こる事の次第を学園長シーナに伝えるべくやってきたジェイク。
最初は笑顔で迎えてくれたシーナだったが、ジェイクに起こっている異変に気づき動転。それを後ろで見ているユーカ達は苦笑い。
「で、ですが、体からマナが抜けて行く現象など……」
「これも俺の自己責任だ。多少マナが抜けても俺はこの通り。それよりも、シーナ聞いてくれ」
「は、はい」
少し落ち着いたところで、ジェイクはシーナに今日起こるであろう出来事を説明した。シーナも、エミリアの命が狙われていることは当然知っている。
だからこそ、全面的に協力をしているのだ。
「……なるほど。ついに動くんですね。実は、こちらでも色々と調べていたんですが」
「なにかわかったの?」
「ジェイク様が、捕らえた集団がいましたよね?」
あの時の連中だ。
エリオに毒で弱らせ、アリサと共にエミリアをおびき寄せる餌とした……。リーダー以外は、現在牢獄に閉じ込められているはず。
そして、以前逃げたリーダーの情報はなし。
「見つかったのか?」
「はい。ですが……死体で発見されました」
シーナの言葉に、場の空気が変わる。
「死体? 誰かに殺された、ということ? それとも、自殺?」
「おそらく、何者かに殺されたと思われます。複数の切り傷があり、何かに怯えた表情でした」
さすがに、警備兵が殺すわけがない。
殺すにしても、何かしらの理由があるはずだ。
「警備兵は?」
「彼らにも事情を聞きましたが、誰も。それに、見つかったのは街の外でした」
「街の外?」
「依頼を終わらせた冒険者達が偶然草むらで倒れていた彼を見つけたそうなんです。ちなみに、血の乾き具合から察するに、殺されたのは……二日前」
二日前? 二日前というと、当日じゃないか。
ということは、男は逃げた当日に街の外で何者かに殺されそのまま放置された? それとも街中で殺されて外に放り出されたか……。
「ねえ、もしかしてその男はローグに殺されたんじゃないかな?」
「……なるほど。仕事の邪魔をしたから、ということか?」
「ありえそうね。狙っていたものを横から奪って行かれるほど腹立たしいことはないわ。あたしも、そういう経験あるから」
エミリアが思っていることとは、何かが違うような気もするが大体はあっているだろう。
「ローグは仕事熱心だからね。邪魔をされるのが一番嫌いだったんだよ」
「なるほど……おっと、そろそろ時間ですね。エミリアさん、早く教室にいかないと授業に遅れますよ」
「もうそんな時間なのね。はあ……学生っていうのも忙しいわね。早く自由に冒険したいなぁ」
朝早くから学園長室に訪れていたが、そろそろ時間だ。
エミリアが行くとなれば護衛であるジェイク達も動かなければならない。もう、薬のために動かなくてもいいので今日からは四人全員で護衛に勤められる。
配置としては、まずジェイクとメアリスで半日エミリアの護衛としてついていく。その間に、ユーカとネロは学園内の警備だ。
ちなみに、警備にはシーナが信頼する冒険者達も手伝ってくれることになっている。
元々、学園の講師などを勤めている冒険者達なので実力は確かなものだ。
そして、午後からはその逆となる。
今度は、ジェイクとメアリスが学園内の警備をし、ユーカとネロがエミリアの護衛。
「さすがに、学園内で仕掛けてくることはないと思いますが……皆さん油断しないように。お気をつけて」
「ああ。シーナのほうも何かわかったらすぐに知らせてくれ」
「お任せくださいジェイク様! あ、そうです。お昼はご一緒に如何ですか? 実は、びや……いえ。特別な薬剤を使ったお料理を持ってきているのですが」
それはありがたい申し出だが、何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
「残念だけど。あなたからは危険な匂いがするから、今日はお断りしておくわ。ほら、いくわよジェイク」
「あ、ああ」
「あぁん! ジェイク様ああぁッ!!」
嘆きの声を背に、ジェイクはぐいぐいとメアリスに引っ張られて行く。効き察知能力ならば、メアリスもかなりのものだ。
そのメアリスが危険だと言うからには、本当に危険だったのだろう。
「気をつけたほうがいいよ、ジェイク。さっきのシーナの目は、獲物を狩る目だったから」
「殺し屋と戦う前に、シーナを退けなくちゃならないってことか……」
昔は、あんなに純情だったのに……ジェイクは、どこで道を間違ったのだろうと頭を抱える。
いや、これもパラレルワールドだからこそなのか……。
☆・・・・・
「さて、次の授業は、体力づくりです。まあ、いつも通り木の剣で打ち合ったり、走り込みをしたり。冒険者として旅に出るからには、しっかりと体力をつけないと駄目! さあ、十分に体を解したらさっそく走りこみだ!!」
『はい!!』
学園内の警備中、楽しそうに授業をしている生徒達を見かけたユーカはつい懐かしみを覚えて見詰めてしまっていた。
「どうしたの? ユーカ」
「あ、ごめんネロ。警備中なのに。……いやぁ、私にも学生の時代があったなぁってちょっとね」
冒険者育成学校ではないが、授業風景を見ていると自然に思い出してしまう。
そんなユーカを見て、ネロは問いかける。
「ねえ、ユーカが冒険者になりたいって思ったの?」
ユーカは、数ヶ月前までは普通の学生だった。
冒険者としての基礎的な知識も、経験も何も習うことなく学校を卒業してすぐ冒険者になったのだ。
「やっぱり、お姉ちゃんから色々と話を聞いているうちに、かな。きっかけは」
それまでは、まったく冒険者になろうなどとは思っていなかった。
そもそも外に出ることすら、嫌だったのだ。
外には、魔物を初めとした危険が多く存在している。そんな世界に、出て行くなんてありえない。そう思っていた。
「冒険者になる! てお姉ちゃんに言ったら大喜びしていたんだ。でも、お姉ちゃんとは違ってその頃の私は学校に行くのもめんどくさいって思っていて……だから、ゼロから冒険者を始めたはいいけど全然うまくいくわけもなく……ジェイクさんに出会わなかったら今の私はなかったと思うんだ」
「なるほどね……」
ネロが知っているのは、どこまでも真っ直ぐで努力を惜しまないユーカ。
旅に出る前が、ジェイクと出会う前がそんな風だったとはと驚いている。
「あはは。なんだか、思い出したら恥ずかしくなっちゃった! うぅ……あの時の私は、本当に駄目人間だったなぁ……」
「でも、今は努力を惜しまない立派な冒険者だ。昔は昔。今は今だよ、ユーカ」
「う、うん。そうだよね。……そう! 今の私は、昔とは違う! 立派な! とまではいかないけど。十分に冒険者してる!」
これからもがんばるぞー!! 青空を見上げ叫ぶ。
が、すぐに今は大事な警備中だということを思い出し気を引き締める。
「それじゃ、警備を再開だ」
「わかった。私はあっちを見てくるね」
「うん、それじゃ僕は―――ッ!」
視線を感じた。
即座に察したネロは、逃げられないほどの速度で動き近場の樹木目掛け飛び出す。
「わわっ!? ね、ネロその人は?」
木から落ちてきたのは口元を布で隠した男。
ゆっくりと近づき、ネロは気絶した男の体を調べて行く。
「……どうやら、今回はいつも以上に大胆みたいだね」
男の胸元に象られていたのは、髑髏に四本の剣が突き刺さったマーク。
ネロは、それを見て表情を変えた。
「どういうこと?」
「見て。このマーク。これは、ローグが束ねている殺し屋集団のマークだよ。つまり、この人はローグの部下。すでに、彼は……動いている」