第六十二話
「相変わらず、薬でいっぱいね。クリスさん」
「あら、エミリアちゃん。私は、薬師よ? 薬がいっぱいあるのは当たり前じゃない。さてはて……」
魔力の光だ。
それをメガネのように右目に装着している。ジェイク達を見詰め、何度も頷く。
「ジェイクさん、これってなんでしょうか?」
「いや……俺も、これはわからないな」
「あ、これのこと? わからないのも無理はないかもしれないわね。これは『スキャナーアイ』って言ってね。マナの流れなどを見るためのものなのよ」
スキャナーアイ……やはり聞いたことはない。
マナの流れを見るものだと言っていたが、それが薬師とどんな関係があるのだろうか。
「いい? 全ての生命の源はマナ。魔力もマナにおり作られている力だっていうのはわかるわよね?」
「ええ。体内に流れるマナを魔力に変換して、それを使いスキルを使う。冒険者としては基本知識ね」
「そう。その他にも、このスキャナーアイみたいに魔力で何かを作り上げることもできるの。ちなみに、このスキャナーアイを使える人達は結構限られているのよ」
「直伝ってことですか?」
「そそ! 直伝! アリサも、スキャナーアイを使えるように今は練習中なのよ」
昔は、ただ魔力をスキルに使うだけだったが、今では魔力により何かを作ることが出来るようだ。
しかし、そんなことをできるのは魔力のコントロールに長けた者達だけだろう。
その多くが、魔法使い。
冒険者全てが魔力をコントロールすることができるが、それは体内でのみ。魔法使いが使う魔法は、魔力の塊だ。
だからこそ、魔法使いは他の職とは違い魔力のコントロールに長けている。
「ま、まだ形にもできていないんだけど……」
「まだ練習して二週間じゃない。いくら才能があるからって、すぐには無理よ。ゆっくりよ、ゆっくり」
「うん。そうだね、エミリアちゃん」
「それで、クリスさん。話していたことだけど」
と、エミリアが話を振る。
ここに来たのは、ジェイクの姿を元に戻すための薬の素材。
その最後の素材のことを薬師であるクリスに聞きに来たのだ。
「おっとと。そうだったわね。それじゃ、さっそく例のメモを見せてくれない?」
「うん。これだよ」
ポケットからネロは古びたメモを取り出し、クリスに渡す。
「ありがとう。ふむふむ……なるほどね、これは確かに相当古いものね」
「そ、それで最後の素材はわかったんですか?」
不安そうに問いかけるユーカにクリスは、そうねぇっと呟き動き出す。
向かった先には、何十冊もの本がある本棚。
どうやら、素材に関しての本を探してくれているようだ。
「えーっと、これだったかな? いや、これかな? いやいや……あ、これこれ」
一冊の本を見つけ出し、ぺらぺらとページを捲りながら戻ってくる。
「あなた達が探している薬ね。それは、今から五百年前ぐらい前に作られた薬なの。元々は、年老いたある魔法使いが若返たいって想いから作ったものだって言われているわ」
「若返たいね……まあ、人間なら一度は思うことかもね」
「ん? なに言っているのよ、あなたも人間でしょ?」
「そうだったわね」
くすくすとメアリスは笑う。
エミリアとアリサはどうして、笑っているのかまったくわからず首を傾げるばかり。
魔族の遺伝子から作られたメアリスにとっては、普通の人間より長寿。
そのことを知っているのは、ジェイク達三人だけ。
「話を続けるわね。その魔法使いは、迫る自分の死に怯えながらようやく薬を完成させ無事若返った。でもね、その薬には副作用があったの」
「副作用?」
真剣な表情で、クリスは頷きジェイクを見詰めながら言った。
「薬を飲んでから一週間後に、彼女の体から全てのマナがなくなり若返る前よりもひどい体になってしまったの」
「か、体中のマナが……!?」
その姿を想像してしまったのか。ユーカとアリサは、手を繋ぎあい恐怖で震える。エミリアも、平然としているようだが、良く見ると体が小刻みに震えていた。
ジェイクとて、想像しただけで背筋が凍るような思いだ。
一週間……自分が薬を飲んでから今日で三日が経っている。残る四日で、自分の体から全てのマナがなくなる。
「ええ。若返ることは、それだけ難しいことってことなの。だから、その薬の製法はすぐ抹消されたわ」
「でも、抹消されたはずの製法をまだ誰かが知っていて今もどこかで作っている」
「それを、ジェイクさんが偶然飲んでしまった……」
「ねえ、クリスさん。今の話が本当なら、元に戻る薬はないんじゃないの? だって、すぐに抹消されたんでしょ?」
エミリアの言う通りだ。
すぐに抹消された薬に対して、対抗する薬を作る必要はない。普通ならそう思うだろう。
「いいえ。それがあったのよ」
「え!? ど、どうしてですか?」
「その魔法使いが、死の最後にぎりぎりのところで作ったのよ。副作用は二日前から発生するの。最初は、体のマナが徐々になくなっていくらしいわ」
そこまで話したところで、メアリスが深く考えた表情で呟く。
「でも、結局のところその魔法使いは副作用で死んじゃったのよね? その薬ってちゃんと効果があるの?」
「それも大丈夫よ。考えてみて? どうして本に。記録が残っているのか。それが答えよ」
「なるほど。試した者がいたってことか」
その通りよ、と頷きとあるページを見せる。
そこには、試した者の名前が記載されていた。
「……アリッサ=バートリシア? これって」
「ええ。曾お婆ちゃんのアリッサ=バートリシア。そして、若返りの薬を作ったのは、私達のご先祖様。ナタリア=バートリシアなのよ」
衝撃の事実が明かされる。
まさか、若返りの薬を作ったのはアリサのご先祖だったとは。アリサはもちろんのこと、ジェイク達もその事実に目を見開く。
「ええええ!? そ、そうだったの!? 全然知らなかったよ……」
「ふふ。私もあなたが生まれた頃にようやく知ったのよ。曾お婆ちゃんはね、家の地下室から抹消されたはずの若返りの薬の製法が書かれたメモを発見したの」
「じゃ、じゃあ若返りの薬が今もあるのは曾お婆ちゃんが?」
アリサの問いに、クリスは首を横に振る。
その答えに安堵の息を漏らすアリサだったが、次の言葉に再度衝撃を受ける。
「曾お婆ちゃんは、むしろそれを抹消しようとしたの。だけど、曾お爺ちゃんがね……お金儲けのためにそのメモを世の中にばら撒いちゃったの。だから、バートリシア家のせいっていうのは、強ち間違いじゃないわ。ごめんなさい……」
深く、深く頭をジェイク達に下げるクリス。
アリサも、釣られてクリスと共に頭を下げた。
誠意のある謝罪にジェイクは首を縦に振る。
「頭を上げてくれ。その一言で俺は十分だから」
「……ありがとう。大丈夫! 安心して! 最後の素材はちゃんとここに書かれているし、効果も実証済みよ!」
「それで、最後の素材は?」
「『ディーネの水』っていう水精霊が体内で作り上げている特殊な水のことよ」
やはり、最後の素材だけあって採取し難いものだ。
まさか精霊が関わってくるとは。
「それって、精霊を倒してドロップさせろってことなの?」
「いいえ。ディーネの水はこの街の近くにあるダンジョン内。そこにあると言われる泉エリアにあるの」
「ダンジョンですか! だったら、私達冒険者の出番ですね!」
その通りだ。
ダンジョンの中には、ダンジョンによって特殊なエリアがある。そこで採取できる素材は、高値で売買することもでき、薬の素材としても最適と言われてる。
他にも、鉱石などは武器防具にもなる。
ジェイクが手に入れた剣のように、ダンジョンでしか入手できない変わった武器も。
「でも、注意してね。ディーネの水は水精霊の一部。つまり」
「入手するには、水精霊との交渉が必要ってことか」
「倒すのではなく、話し合いでってことだね」
「ジェイクさん! ここは私にお任せください! 今日中にディーネの水を手に入れてジェイクさんを元の姿に戻して見せます!!」
気合い十分に、ユーカは叫ぶ。
そういえば、水精霊は清き心を持ったものとの対話を好むと言われている。それも、乙女との会話。一角獣との繋がりも強く、性別がないと言われている精霊だが水精霊は乙女の姿が多い。
「そういうことなら、私も行くわ。ユーカだけじゃ大変だもの」
「じゃあ、エミリアの護衛は僕とジェイクでってことだね」
「ユーカ、メアリス。頼んだぞ」
「お任せください! クリスさん! 素材が集まったら」
「ええ。すぐに調合するわ。この街一番の薬師としてね!」
もうすぐで、元の姿に戻れる。
素材集めをユーカとメアリスに任せ、自分はしっかりとエミリアの護衛を勤めよう。まだ、終わってはいないのだから。