第六十話
薄暗く、雨漏りがひどい道を進むこと数分。
木の扉が見えた。
男が数回ノックをし声をかけた。
「リーダー! 連れてきやしたぜ!」
「おう、そうか。入れ」
今から聞こえてきた声がリーダーか……ジェイクは、目を鋭くする。
中にいたのは、七人ほどの男女。
その中でも、左目が潰れており爪痕が目立つ男。おそらく、リーダーだろう。
「ん? なんだい、またおまけがいるの?」
と、ショートヘアーの女が言う。
「いいじゃねぇか。なあ、リーダー?」
「ああ。さて……」
のっそりと椅子から重い腰を上げて近づいてくるリーダー格の男。
エミリアの前で止まり、にやっと笑みを浮かべる。
「お嬢さん。これからお前は、俺達のためにいい餌となってもらう。大物を釣るためのな」
「どういうこと? あんた達、あたしの命が狙いじゃなかったの?」
「命? は! 何を言ってるんだ。俺達の狙いは、金だ! てめぇと引き換えにアレクセイからガッポリと貰うのさ!」
エミリアの疑問に、アジトに連れて来た男の一人がげらげらと笑いながら答えた。
どうにもおかしい。
話が噛みあっていない。
この組織は、エミリアの命ではなくアレクセイから大金を奪うために彼女を? だが、アレクセイはエミリアの命が狙われていると言っていた。
「おい! こいつらをあそこに閉じ込めておけ! ちゃんと脅迫用の写真を撮るのも忘れるなよ!」
「わかってますって!」
「おら! さっさと歩け!」
「ちょっと! 痛いじゃない!?」
鉄の扉の部屋に乱暴に押し込まれたエミリアは、そのまま写真を撮られる。
「へっへっへ。おら、もっとこっちに顔を向けろ! てめぇだとわからねぇと脅迫にならねぇだろ?」
「……」
「おーおー、反抗的な目だなぁ」
「可愛くないガキねぇ」
「うるさいわよ、おばさん」
「誰がおばさんよ! ちょっと若いからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「ちょっとどころか、十歳以上離れて―――いだっ!?」
写真を撮り終わった男達は扉に鍵を閉める。
取り残されたのは、ジェイクとエミリア。
薄暗い部屋の中で、エミリアはむっとした表情でジェイクに近づき話しかける。
「ねえ、どうしてあの時あたしに関わったの? あのまま関わらずにいればこんなことには」
「なに言っているんだ。俺は、お前の護衛だぞ? お前を見捨てれるわけがないだろ?」
「……そ、そう、だったわね。ふん! わかってるじゃない」
照れくさそうにそっぽを向く。
そして、別の話題を出す。
「ところで、これからどうするつもりなの? 武器も取り上げられちゃったし」
「ああ、それは」
「え、エミリアちゃん!!」
「アリサ?」
背後から聞こえた声。
それは、捕まっていたアリサのものだった。そして、アリサの後ろには気を失っているエリオもいた。
かなり不安だったのだろう。
親友を見つけて、涙をぼろぼろと零している。
「無事だったのね」
「う、うん。でも……エリオくんが」
ただ気を失っているだけではないようだ。
目の下に隈。更に、熱がひどい。
この症状にジェイクは見覚えがある。
「これは、毒が体内にある。しかも、ただの毒じゃないな」
「ど、どういうこと?」
「これは『クジビ草』による毒だ。クジビ草は、神経を麻痺させるだけじゃなく高熱が出ることもあるんだ」
「だ、大丈夫なんですか?」
不安そうなエミリアとアリサ。本当ならば、このまま何も治療をしなければいずれは……だが、ジェイクは首を縦に振った。
二人を安心させるように。
「大丈夫だ。死ぬようなことはない。だが、早く医者に診せたほうがいい。アリサ? 協力してくれるか」
「わ、私がですか?」
「ああ。俺達は、武器も何もかも取り上げられた。この縄もかなりきつく縛られている。だが、奴らでも取り上げられないものがある」
「……魔力、ですか?」
アリサの答えに、力強く頷く。
彼女の魔力コントロールの凄さは知っている。それをうまく使い、ここから脱出しようとジェイクは考えているのだ。
「アリサの魔力で刃を形成し、縄を切るんだ」
「で、できるでしょうか……私に」
自信なさげに俯くアリサ。
そんなアリサに、エミリアは傍らに寄り元気付けた。
「やれるわ。アリサの魔力コントロールは誰にも負けない。ここから脱出して、エリオを病院に連れて行くわよ」
苦しそうに、唸るエリオを見てアリサは表情を変えた。
「やってみるよ。私も今まで伊達に修行してきたわけじゃないもん。えっと……刃、刃……」
後ろで手を合わせ、目を瞑る。
意識を集中させ、体内の魔力を集束させていく。
「よし、そのまま。そのままよ。頑張って、アリサ」
魔力が、青白い光が徐々に形を成して行く。
薄暗い部屋を照らす優しき光。
それが、小さいが刃と成した。
「で、できました!」
「よし! それで、まずは俺の縄を切ってくれ」
「は、はい!」
アリサと背中を合わせた。
そのまま形成された魔力の刃に近づけ、動かして行く。
「そのまま、そのまま……よし、切れた」
「や、やった!」
「ありがとうアリサ。そのまま魔力の刃を俺に渡してくれるか。今から、お前たちの縄も切る」
静かに頷き、ジェイクに魔力の刃を渡すアリサ。
魔力によりに形成された物は、作った者の実力により耐久度が変わる。今回の場合は、アリサのいい具合の魔力コントロールによりかなりの耐久度があるものとなっているようだ。
そのために、ジェイクが受け取り、全員分の縄を切ってもまだ消えない。
「ふう……やっと自由になった」
手首を弄りながら背伸びをするエミリア。
「うっ……」
「エリオくん!?」
「アリサ、さん……大丈夫、で、すか?」
気がついたようだ。
しかし、まだ意識ははっきりしておらず足取りが危うい。ジェイクはエリオを支える。
「エリオ。大丈夫?」
「ね、姉さん? ど、うして……」
「捕まっちゃったのよ。まあでも、すぐに脱出してみせるわ。ねえ、どうするの?」
「……」
エリオを支えたまま、部屋中を見渡す。
脱出できそうなところは、どこにもない。
壁が脆そうなところも……徹底して閉じ込めることに徹した部屋ということか。
「仕方ない。正面突破をするしかないみたいだな」
「で、ですが相手は大人で。こっちには武器もないんですよ?」
「おいこら! さっきからうっせぇぞ!」
扉が開く。
詳しく話している暇はなさそうだ。
「俺が先陣を切る。お前達は、無理をしない程度に援護をしてくれ!」
「わ、わかったわ!」
鉄の扉が開いた瞬間、ジェイクは突っ込んだ。
バンダナの男が声を上げる暇もなく、腹部へと強烈な飛び膝蹴りを繰り出す。
「わあっ!?」
「な、なんだ!?」
吹き飛ばされた男は、そのまま二人ほど仲間を巻き込み壁にぶつかる。
「ハッ!」
今の体を最大限に生かし、素早い動きで相手に目視されず攻撃を繰り出す。向かうは、武器の場所。そして、脱出のためのルート確保。
(この部屋には扉が三つ。ひとつは、俺達が閉じ込められていた部屋。もうひとつは俺達が通ってきた道へ繋がっている)
三つ目はリーダー格の後ろにある。
あそこが怪しいが、今は脱出が先だ。
「ガキが!」
「させないわよ!」
ジェイクへとナイフを投げつけようとしたショートヘアーの女に足を払う。軌道がずれたナイフをジェイクはそのまま掴み取り剣を振り下ろしてきた男へと投げつける。
「なにっ!?」
見事に剣の柄に当たったことにより、男の手から剣は弾き飛んだ。
「撃ち貫け、水の瞬弾! 《アクア・バレット》!!」
「こ、こいつ魔法使いだったのか……!? きゃあっ!?」
「よくやったわ! アリサ!!」
「う、うん!!」
二人の協力もあって後はリーダーだけになった。
「お、お前……ただのガキじゃねぇな」
「大人しくするんだ。お前達を、警備兵に突き出す」
「抵抗しても無駄よ。こいつは、普通の子供だと思ったら怪我程度じゃすまないんだから」
武器を取り戻したエミリアは、鞘から剣を抜き放ち突きつける。
「へ! そう言われて、俺が諦めるわけがねぇだろ!」
壁に触れた刹那。
背後にあった扉が開き男を吸い込んで行く。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!!」
「待て。今は脱出するほうが先だ。このままだとエリオが危ない」
「……すみま、せん。僕のせいで……」
「喋っちゃ駄目だよ、エリオくん」
苦しそうにしているエリオを見て、エミリアはわかったわ……と剣を鞘に収めた。