第五十六話
ジェイクとユーカの二人と別行動をとっているメアリス、ネロは現在街からそう遠くない森の中にいた。
綺麗な泉がある傍で、とある薬草を探しているのだ。
「素材は三つ。まずひとつは、綺麗な泉近くに生えると言われている『ルドモ草』」
「二つ目は、高所にしか生息しないアルウェルって魔物から手に入れられる爪。こっちは、ドリンクを売った商人から入手済みだから大丈夫だけど」
「問題は、三つ目ってことね」
しゃがみ込み、螺旋のようにくるっとした珍しい白い葉を手にしながら呟くメアリス。
今手にいたのがルドモ草だ。
魔法実験や、特殊な体から起こる現象などを収めるためによく使われる薬草らしく。
これを煎じたものを口にすると、色々と嘘のように元に戻るようだ。
どういう原理なのかは未だに解明されてはいないが。研究者達の考えでは、ルドモ草に含まれる特殊な成分が体内に入ってしまったものを分解しているのでは?
そうでなくては、魔法実験の時に暴走しかけた魔力が沈静するなどありえないと言っている。
「三つ目の素材……商人もど忘れしているみたいで。さらに、素材がかかれたメモも」
文字が掠れて正式な名がわからない。
辛うじて読めるのは、水であるということだけ。
「ねえ、このルドモ草を煎じたものを飲ませただけじゃ元に戻らないの? この薬草って、どんなものでも戻しちゃうんでしょ?」
「確かに、可能性としては僕も考えたよ。でも、教えてくれた商人はさすがのルドモ草でも無理だろうって。ちゃんとお話して聞いたことだから、偽りはないよ」
厄介ね……と、ため息を漏らしつつメアリスはルドモ草を小袋に数個ほど摘んで入れる。
「それじゃ、戻りましょうか。もしかしたら、街の人達が知っているかもしれないわ」
「そうだね。僕は、戻ったら旅商人辺りから情報を収集してみせるよ」
ルドモ草が入った小袋を手に、メアリスとネロは街へと戻って行く。
その途中、二人はジェイク達のことを話題に出した。
「ジェイク達は、もう学園で有名になっている頃かしら?」
「うーん。どうだろうねぇ、意外とジェイクも一緒に授業を受けていたりして」
「それは、ありえそうね。今の彼はあんな見た目だし。一緒に授業を受けていても違和感はないわ」
「あっ、それとも教師側だったり?」
あんな見た目だが、中身は変わっていない。
冒険者の先輩として、何か授業をしている可能性もある。
「ユーカもまだ学生って年齢だし……あ、でもオルフィス学園は中等科までしかなかったわね」
ユーカは一応十五歳まで学校に通って卒業もしている。
中等科レベルの学力はすでに習っているということだ。
「僕は、学校へ通ったことなんてなかったなぁ。生まれてからすぐ殺し屋の技を仕込まれたからさ。だから、ちょっと初等科でもいいから授業受けてみたいかも」
「私もそうね。生まれてからあの屋敷で数年。屋敷を出てから数十年も学校に通わずずっと旅をしていたから……興味はあるわねぇ、授業ってものには」
こうして考えてみると、ジェイクとユーカのペアは学校に通っていて。メアリスとネロは、学校に通っていなく独学。
丁度街が見えてきた。
なんだか、学園に行きたくなってきてしまった。
しかし、自分達にはやらなくちゃならないことがある。
「なんだか、変な空気になっちゃったね。よし! 街に入ったらさっそく二手に分かれて情報収集をしよう!」
「了解。早いところジェイクには元の姿に戻ってもらわないとね」
気分を入れ替えて、第三の素材の情報集へと二人は赴く。
★・・・・・
学園中に、ジェイクの噂が広がった。
自分の名前がここまで影響を及ぼすことになるとは当時の自分から考えれば、まったく予想がつかなかったことだ。
いや、良く考えればわかることか。
人間で初のレベル99ですら周りからは尊敬の眼差しで見られていた。それが、レベル100。更に歴史でしか知られていなかった人物が復活している。
騒がないほうが無理と言うもの。
あの! ジェイク=オルフィスが学園にいる。
そんな噂を聞きつけ、中等科からも一目見ようと生徒達が集まってきていた。現在は、一時限目の授業五分前。
冒険者の学園の授業に興味があったジェイクは、邪魔にならないように隅っこで見学できないか? とシーナに頼んだところ。
「いいですとも!」
考える間もなく了承してくれた。
もちろん、ユーカもジェイクと共に授業を見学できることが許されている。
「広い教室だな……俺の通っていた学校の教室とは段違いだ」
「ジェイクさんは、どんな学校に通っていたんですか?」
「本当に小さな学校だよ。全校生徒がギリギリ十人のな」
ジェイクが、生まれた村は人口が少なかったが魔物が適度にいなかったおかげで安全に暮らすことが出来ていた。
もし魔物が出ていたとしても、剣一本あれば大丈夫なほどにレベルも低く警備をしていた流れの冒険者も欠伸をするほど。
「私の通っていたところは、それなりに大きいところだったんですけど……ここと比べると小さく思ってしまいます」
「とは言っても、ここよりも大きな学園はまだまだあるわ。例えば、あんたの姉が通っている帝都の学園とかね」
机に突っ伏したままエミリアが呟く。
そのままチラッと教室の外を見ると……ため息が出るほど色んな学年の生徒達がジェイクを見ている。
「俺、出て行ったほうがいいのかな?」
このままだと、エミリアどころか教室にいる生徒達にも迷惑をかけてしまうのでは? と考えてしまうジェイク。
しかし、エミリアはいいのよっと小さく言う。
「あんたは、あたしの護衛なんでしょ。あんまり離れてちゃもしもの時にどうするのよ。まあ、あたしなら自分でなんとかできるんだけど」
「素直じゃないなぁ、エミリアちゃんは~」
「うるさいわね……別にあんたは、外に出てもらってもいいのよ?」
「いやいや! 私も護衛の一人だからね。ちゃんと、エミリアちゃんの傍にいるよ!」
「ふっ。冗談よ。ともかく、二人とも。授業の邪魔にならないように隅っこで大人しくしてなさいよ?」
「はーい」
二人は、相当仲良くなっているようだ。
冗談を言い合える仲に。
それに比べて、自分は……。やはり、性別の違いがあるからなのだろうか。それとも、まだエミリアのことをよく知らないからか。
そうだとしたら、今日の彼女の生活から知らなければならない。
そのためにも、授業中は静かにしておかなければ。
「わかった」
ジェイクも頷いたところで、授業開始五分前のチャイムが鳴り響く。
「やばっ!? もうこんな時間!?」
「一時限目から移動教室だったー!!」
「急げ急げー!!」
さすがに授業へ遅れるわけにはいかないと集まっていた生徒達はチャイムと共に一気にいなくなっていく。
「こら! 廊下は走らない!!」
『すみません!!』
が、ここは学校。
廊下を走っていた大勢の生徒達は、教師の一人に注意され一斉に謝罪。走らないよう、早歩きで各々の教室へと向かって行った。
「……懐かしいな、ああいうドタバタ」
「私もですねぇ。よく、先生に怒られていた記憶があります」
教室から廊下の様子を窺っていたジェイク達はくすっと笑う。
「懐かしいってユーカ。あんたは、まだ十五歳でしょ?」
「あははは。そうでした~」
「こらー。チャイムはなったぞー。授業の準備が出来ていない生徒達ー早く準備をしなさーい」
教科書とその他の教材を持ってきた女教師に言われ、生徒達は軽い返事をしながら自分の席につき教科書などの準備をしていく。
エミリアはすでに準備は整っており、優雅に椅子へ腰を下ろした。
「君達が、噂の護衛二人だね」
教壇に立った教師は、ジェイク達を見詰め話しかける。
「学園長から話は通ってるよ。これから旅立つ後輩達のことを、しっかりと見ておいてくれ。あたしは、このクラスの担任でヨミカ=ケーンハイルだ。現役の冒険者だけど、ここのアルバイトをしているんだ。ちなみに学園長とはちょっと昔馴染みってところだね」
栗色のセミロングヘアーに、空色の瞳。
若干、男口調な感じだが大人な女性の魅力はしっかりと感じ取れる、髪を後ろで留めているが……あの髪留め。
剣の形をしているが……本物だろうか?
「愛称はヨミっちっていうんですよ!」
「ヨミっち?」
「こらこら、そんな愛称あたしは認めてないって何度言えばいいんだ? お前達」
一人の女子生徒の発言にヨミカははあっとため息。
ええ~! と不満な声の声が広がる。
「はあ……とりあえずだ。うちの生徒のこと色々と頼みますよ。ジェイク=オルフィス殿」
愛称をつけられるているとは、相当愛されている教師なのだとジェイクとユーカは察した。
そのため、彼女の言葉に考える間もなく首を縦に振った。