第五十二話
アレクセイより、娘であるエミリアの護衛を頼まれたジェイク達はさっそくエミリアが待つ自室へと訪れていた。
しかし、ひとつ問題ができた。
「あんたは入るな!」
出会いが悪かったせいなのか、部屋にすら入れない。
いや、もしかしたら年頃の女の子ゆえに男子が入るのは許さないというなのか……。理由は、最中ではないがユーカとメアリスは入ることが許された。
ジェイクは、現在メイドに屋敷を案内されている。
護衛をするにも、屋敷の構造などを頭に入れておかなければならない。
そろそろネロもこちらにやってくると連絡がきた。
屋敷の構造を知りつつ、ネロを出迎える準備をしようと思った。その間、エミリアの護衛はユーカとメアリスに任せることに。
「それにしても、随分と嫌われてしまったな……」
「そうではないと思いますよ? エミリア様は、ジェイク様のことを待っている間もよく話してくれました。あいつには絶対勝ってみせる! と」
「ははは……」
それは、ある意味嫌われているんじゃないのか……と乾いた笑いしか出ない。
案内してくれているのは、短めのツインテールのメイド。
歳はユーカよりも少し上だろうか。
どうやらエミリアの世話係のようだ。
名前はミア。
メイドの中では、歳が近いことから昔から仲良くしているようだ。世話係というよりも、姉妹のように見られることが多いとの事。
「それで、ミア。次はどこを案内してくれるんだ?」
「次は、エミリア様がよく利用している特訓場です。エミリア様は、幼少期の頃よりそこで強くなるため特訓を続けておられました。今でも、毎日欠かさず学園に通う前に自分で決めたメニューをそこでこなしておられるんですよ」
「へぇ……」
やっぱり、努力家だったようだ。
ジェイクも、冒険者として強くなりたいと小さき頃から特訓をしていたが……あの頃は、自作の木の剣で素振りをしたり、森の中で動物や一番弱い魔物と戦っていたり。
時々、体を壊しそうになったこともあった。
しかし今の時代ならば、整った設備の下で体を壊さないような特訓ができるのだろう。
「ところで、失礼なことをお聞きしてしまうのですが」
「なんだ?」
「ジェイク様の実年齢は、おいくつなのでしょうか? 歴史書には相当お年を召していると記されているだけで実年齢は書かれていないのです」
自分の実年齢か。
別に、隠すようなことでもないし失礼なことではない。
「俺が死んだ時は、確か……八十五歳ぐらいだったな」
「八十五歳……それほどの年齢まで冒険者を続けていらっしゃる方は現代でも聞いたことがありません。やはり、ジェイク様は素晴らしい冒険者だったのですね!」
「いや、ただの老い耄れだよ。あの時は、自分でもよくあそこまでできたなぁって不思議に思ってるぐらいだ」
実際、七十歳になる頃から腰や足などに痛みが急に出始め、朝起きるのも大変だったこともあった。
転生した後も、あの頃の習慣というのはおかしいが簡単には抜けずよく腰に手をやっていたものだ……。それをメアリスに見られぷっと笑われていた。
「あ、到着致しました。ここが特訓場です」
到着したのは、真っ白な四角い建物。
何も装飾はなく、色も白のみ。
まさに白い箱。
ここが特訓場?
「随分とシンプルなデザインだな」
「はい。別に特訓する場所なんだから、要らない装飾なんていらないわ! とエミリア様が後から改装そしたしまったのです。元々はもう少し派手めな建物だったのですよ?」
エミリアの一言でここまで変わるのか……。
中はどんな感じなのだろうか?
特訓場というだけあって、中は外とかなり違うと想像するが。
「おや? 鍵が開いておられますね」
「誰か先に来ているのか?」
「あっ、なるほど。そういえば特訓場に行くと仰られていましたね」
ミアには誰が来ているのかわかっているようだ。
「問題ありません。さ、中にお入り下さい」
「わかった」
笑顔でドアを開け、特訓場へと入れてくれるミア。
誰がいるのだろうか? と思いながら入るとすぐにその者が目に入る。半袖の少年が、汗を流しながら木の剣で素振りをしている。
その少年を見ると、ミアはやっぱりと呟きジェイクに少し待つように伝え近づいて行く。
「エリオ様」
「あ、ミアさん。どうしたんですか?」
ミアに声をかけられ、素振りをするのを止めた少年の名はエリオと言うらしい。
「実は、現在エミリア様の護衛の任につくジェイク=オルフィス様に屋敷の案内をしている最中なのですが」
と、ジェイクのほうを見るミア。
エリオも釣られてジェイクのことを見ると、一瞬首を傾げたがすぐに頭を下げる。
「ジェイク様! こちらへ!!」
呼ばれそのまま近づく。
「初めまして! 僕は、エリオ=ウィル=アンブライと言います。少し驚きましたが、あのジェイク=オルフィスさんに会えて光栄です!」
「そこまで畏まることはない。エリオ。お前は、もしかしなくともエミリアの」
「はい。弟です。姉は何かご迷惑をかけませんでしたか?」
栗色の髪の毛は肩ぐらいまであり。
それを、一本に束ねている。
若干、女のような顔つきだが体つきはかなりのものだ。身長は、エミリアよりも上だろうか?
「まあ……うん。大丈夫だ」
「かけてしまったんですね……」
「別にそこまでの迷惑じゃない。それよりも、エリオ。お前も、冒険者なのか?」
「はい。ですが、僕はいつかは家業を継ごうと思っています」
ミアから真っ白なタオルを受け取り、汗を拭き取りながらエリオは語りだす。
「それじゃ、冒険者は」
「すぐには辞めませんが、本格的に家業を継ぐことになれば必然的に辞めてしまうでしょう。姉さんは、冒険者一直線ですからね。僕が、やらないと」
それは、親孝行なためにいいことだと思うが。
「自分で決めたこと、なんだな?」
「もちろんです。確かに、僕は冒険者を続けて色んな場所を旅してみたいとは思っています。ですが、元々僕は体が弱く長時間、戦うこともできないんです。鍛えに鍛えて、ここまで体を作り上げましたが……姉さんや他の皆さんのようにできない。そう思ったら自然と。元々、家業を継ごうとは思っていたんですけどね」
はははっと、笑顔を作るエリオ。
エリオぐらいの年齢ならば、まだまだ未来がある。体が弱いと言っていたが、よくぞここまで体を作り上げたと素直に感心してしまう。
そんなエリオを見て、ジェイクはよしっと上着を脱いだ。
「エリオ。木の剣はまだあるか?」
「え? はい、ありますよ」
「よし。じゃあ、今から俺と打ち合いをしてみないか?」
ミアから木の剣を受け取り、ジェイクは構える。
そんな提案にエリオは呆然としていた。
「い、いいんですか?」
「もちろんだ。あ、だがお前は今素振りを終わったばかりだったな。やっぱり、休憩してからにするか?」
「い、いえ! お相手させて頂きます! あなたの剣。この目で見て、学ばせえて頂きます!!」
それが目的だ。
家業を継ぐ前に、少しでも冒険者を続けられるように自分にできることをしたい。剣術を教える。そんなことしかできないが。
「ほら、横ががら空きだぞ」
「は、はい!」
ジェイクと打ち合っている今のエリオの姿はとても楽しく、嬉しそうだ。
これで、小さい姿じゃなければもう少し格好がついたのだろうが……それは仕方が無いこと。