第十三話
ジェイク達を幻術で、森に閉じ込めたエルフの少女エリーナは、誤解も解けジェイ達に助けて欲しいことがあるととある場所に案内していた。
「本当にいいの? 頼んでおいて言うのもおかしいと思うけど。こっちは迷惑までかけたのに」
まだ先ほどのことを気にしているようで、案内の途中で心配そうに問いかけてくる。
「これも、性格上仕方ないことなんだ。それにただ事じゃない様子だしな」
「私もお手伝いするよ! 困った時はお互い様ってこと!」
「あんた達……」
ジェイクとユーカの言葉に思わず涙が出てきそうになるもぐっと堪え再び前に進む。が、そんな優しい二人に対しメアリスだけぼそっとこう呟いた。
「私は刺激が欲しいからついてきているだけなんだけどね」
「メアリス~。そう言わずに助けてあげようよー!」
「はいはい」
他愛のない会話をしながらも移動をすること数分。
一本の大樹が生えている広々とした空間に辿り着いた。そこには、小動物達も集まっており居心地が良さそうな場所だ。
「ここが私が住んでいるところよ」
「家が見当たらないね?」
「今の時代、家に住んでいるエルフが当たり前になってきているけど。こうして自然そのままを残して暮らしているのが昔は当たり前だったのよ」
エルフは、街中でもよく見かけるが基本は森の中に家を建設して里を作り暮らしている。中には、エリーナのように家を建設せずに暮らしているエルフも少なくはない。
尚、家に住んでいるエルフでもやはり自然が好きで家に帰らず自然の中で、ということが多々ある。
「ところで、お仲間さんは他にはいないのかしら?」
周りに気配はない。
あるとしたらこちらを観察している動物達の気配ぐらいだろうか。
「いないわ。ここに住んでいるエルフは私だけよ」
メアリスの問いかけに軽く答え、大樹の傍まで歩いていくエリーナ。エルフでも獣人でもよくあることだ。旅をしているうちに居心地のいい場所を見つけてその場で暮らす。
自然が好きな者の本能というものなのだろうか。自然の中で、暮らして生きたいという感情が込み上げてくるのだろう。
「寂しくないの?」
「寂しくなんかないわ。元々一人旅をするってことで里から出てきたわけだし。それに、今ではあの子達が一緒に居てくれるからね」
指差す方向には、動物達がこちらを見詰めていた。
なるほど、この森で仲良くなった友達が居るから寂しくはないということか。
「それに、今の私には守らなくちゃならない子が居るからね」
と、エリーナの雰囲気と表情が変わる。
丁度、大樹が目と鼻の先ぐらいまでの距離に近づいたところだ。
「……俺達と勘違いした三人組が狙っているっていう子のことか?」
「ええ、そうよ。あんた達に協力してほしいのは、その三人組の撃退よ」
「でも、その三人組がいつ来るかわからないんじゃ」
「ううん。すぐそこまで来ているの。精霊達が教えてくれたから確かよ」
エリーナの周りに現れる小さな光の粒子。
おそらく、あれは微精霊というものだろう。精霊とは、世界における自然の管理者のような存在だ。
精霊達は、属性事に微精霊が存在しており、自然を管理している。例えば、緑豊かな土地であるのなら地属性の微精霊が存在し農作物を成長させたり。
そして、世界のどこかには高位精霊という精霊の長のような存在がいるのだ。
基本的に、精霊はある程度レベルの高い者や霊的な能力が高い者でないと目視することができない。現にジェイクやメアリスには微精霊が見えているが、ユーカだけは目を凝らしても見えていない。
「え? え? 本当に精霊がそこにいるんですか? ジェイクさん」
「もうちょっとレベルが上がれば、お前にも見えるようになる。ただ、精霊がいるってことだけは信じておくんだ。そうすれば、自然と見えるようになる」
「は、はい! むー。でも、一人だけ見えていないのはなんだか悔しいというかもやもやしますね……」
なんとか目視しようと目を細めているユーカに苦笑しながら、ジェイクはエリーナにずっと気になっていたことを問いかけた。
「エリーナ。それで、その問題のあの子っていうのは?」
「そうね。協力を頼むのに紹介しないっていうのも変よね。ネム! 紹介したい人達が居るから出ておいでー!」
エリーナが名前を叫び、しばらくするとガザガザと大樹から音が響く。上を見上げると、小さな女の子がゆっくりと下りてくるではないか。
白いワンピースを着込み、額にはまだ成長途中という風な一角が生えていた。白銀の腰まである長い髪の毛を揺らし、琥珀色の瞳でジェイク達を見詰める。
「この子はネム。この森に逃げてきたところを私が保護したの。見ての通り、一角獣の獣人よ」
「なるほどな。その三人組がどうしてしつこく狙っているのか理解した」
「一角獣の角は、とても貴重なものでどんな病気をも治してしまう。ほんの先っぽだけでも、数万はするほどにね……」
不安そうに抱きついているネムの頭を撫でながら、エリーナを語りだす。そう、一角獣の角はとても貴重なもので角を砕いて粉状にすればどんな病気をも治すと言われている。
そのため、一角獣を狩り金儲けをするハンターが多い。
だが、それだけが理由ではないことをジェイクはもちろんのことメアリスも知っている。
「おまけに、見たところその子は穢れを知らない女の子よね? 角を取られた後はそれはもう大変な目に遭いそうね」
「た、大変な目って……どうなっちゃうの?」
「あら? それを私の口から言わせるの? ユーカってば、だいたーん」
「ええ!? そ、そんな口から言いたくないことなの!?」
どうやら、ここにも穢れを知らない少女が一人居るようだ。
「まだ幼子だから、ロリコンどもは歓喜でしょうね」
くすくすと笑うメアリスに対して、ユーカとネムは首を傾げる。ロリコンという意味をわかっていないようだ。
「お嬢さん、お嬢さん。ロリコンってのはいったいどういう意味なんだい?」
「俺達はまだその知識を得ていない。できれば教えてくれないかい?」
そこへ、先ほどの二匹の『クチワ鳥』が飛んでくる。自分の知らない知識を知らずには居られない性分のようだ。
ちなみに、ジェイクはロリコンという意味を知っている。長く生きていると嫌でも色んな知識が入ってくる。それも、レベル上げのために色んなところを旅をしていると余計に。
エリーナの反応を見る限り、彼女も意味は理解しているようだ。
「あら、いいわよ。私が特別講師として教えてあげるわ」
「おー! ありがとう! お嬢さん」
「感謝! 感謝!」
「いい? ロリコンっていうのはね。小さい―――」
メアリスがクチワ鳥達にロリコンの意味を教えている間、ジェイクはネムの傍によりしゃがみ込んで視線を合わせる。
「初めまして。俺はジェイク。エリーナに頼まれて、君を守ることになった冒険者だ。よろしくな」
「……」
やはり、まだ怖がっているようだ。
それほど今追っている三人組からひどい仕打ちを受けていたか。相当な恐怖を与えられたと考えていいだろう。
エリーナの影に隠れて、ずっとこちらの様子を伺っている。
「えーっと。私はユーカ。ジェイクさんと同じくネムを守るために来た冒険者だよ。ちょっとずつでもいいから、仲良くなれたら……嬉しいな!」
直向なユーカの言葉も受け、ネムはエリーナの陰に隠れながらも小さく頷いてくれた。しっかりと伝わっていたことがわかり二人はほっとする。
「それじゃ、さっそくだけど。奴らが来る前に作戦会議を始めるわよ。正直、微精霊達の情報通りだと私一人じゃきつい戦いになりそうだったから。あんた達が協力してくれるって言ってくれた時はすごく心強かったわ」
「なんの! 悪を野放しにするわけにはいかないからね!」
「密猟者を取り締まるのも冒険者の仕事のうちだ。さあ、話し合おうか」
小さな女の子を守るための作戦会議が始まった。