第五十一話
「パパ! もしかして、こいつがあたしの護衛とかじゃないよね!?」
「こら、エミリア。こいつは失礼だぞ。すまない、娘は少々興奮気味のようで」
「元気のいい子ね。あなたが、ジェイクに突っかかってきた女の子かしら?」
と、メアリスに話しかけられたエミリアはむっと固まる。
こうして見比べると、メアリスもエミリアとあまり年齢が変わらないように見える。しかし、今のエミリアの反応を見る限り、メアリスから異様なものを感じ取っているのだろう。
「そ、そうよ。あんたは、そいつの仲間?」
「ええ。メアリス=A=ラファトリアよ。こう見えて、あなたよりも年上だからよろしく」
「年上……ふーん。じゃあ、そっちのあんたは?」
そう言って、視線をユーカに向ける。
「私は、ユーカ=エルクラークだよ。私は、十五歳だから。そこまで歳は取ってないよ」
「あたしより、三つ年上か……ふむ」
「なに?」
自分とユーカを何度も見比べて、ちょっと哀れむような目になった。
「あたしにはまだ未来がありそうね」
「ど、どういうこと!?」
「そういうことよ。あの子は、まだ大きくなるわ」
確かに、ユーカの身長は低めだ。
エミリアと比べても、数センチほどしか違わないだろうか? 出会った時に、エミリア本人も自分は大きいほうだと言っていた。
身長を見比べ、自分はまだ伸びると思っているのを見ると年相応だと微笑が出る。
「エミリア。皆さんとの会話は私の用件の後にしてくれ」
「それってどれくらいで終わるの?」
「すぐだ。だから、エミリアはおやつでも食べて待っていなさい」
傍らにいるメイドに視線を向けると、メイドはそれを察し頭を下げる。
「エミリアお嬢様。今、食堂にお嬢様の大好きなスイーツのご用意が出来ております。旦那様のご用件が終わるまで、紅茶でも嗜みながら」
「……わかったわ。なんだか、今は非常に栄養を取りたい気分だからね」
「では、ご一緒に移動をしましょう」
笑顔で、客室のドアを開けエミリアを待っているメイド。
静かに、去ろうとするが……すぐに立ち止まって振り向く。
「逃げるんじゃないわよ!!」
「お、おう」
逃げるも何も、護衛につくのだから逃げられない。
それにしても、偶然出会った少女がまさか依頼人の娘で。その護衛対象だったとは……予想がつかなかったとはいえ、第一印象は少し悪いだろう。
「すまない。娘は、ああいうところがあるが優しくて素直な子なんだ」
「別に構わないわ。あれぐらいの元気があったほうが私は楽しいわよ」
「……はっ!? もしかして、見比べられていたのって……」
ユーカは何かに気づいたようだ。
なんだろう?
「だが、驚いた。まさか、ジェイク殿が娘と知り合いだったとは」
「ははは……いきなり勝負を仕掛けられたんだ。でも、彼女は中々の腕だ。将来は、いい冒険者として名が広まるかもしれない」
「ジェイク=オルフィスにそう言ってもらえるならなんて、光栄だ。娘は、私と違って本気で冒険者になろうとしている。小さき頃から、色んな冒険者達からの指導の下、成長を続けている。学園でも、優秀な成績をいつも出しては、私に自慢してきてね」
今のアレクセイは、娘の自慢をするただの父親だ。
娘を褒められて、よほど嬉しかったのだろう。
「おっと、すまない。話が逸れてしまった」
こほんっと一度咳払いをしてから、表情を引き締める。
「話の続きだが。護衛をしてもらおうと思ったのは、一週間ほど前のことだ。娘を狙う者達は様々だ。単純に娘の可愛さに惚れ話しかける機会を窺っていたり。娘の強さに聞きつけ、挑戦してきたり。まあ、この辺りの者達は、そこまで危険ではない」
「娘さんの恋愛に関してはあまり口出しはしないほうなのね」
「もちろん相手は選んで欲しいとは思っている。私も、一人の親として子供の幸せはいつでも想っているからね」
それはいいことだ。
世界には、子供の恋愛を邪魔しようとする親がいるとかいないと。そんな噂を聞いたことがある。
「話を続けるが、これから話すのは……娘の命を狙う危険な者達。ほとんどならば、こちらが用意した護衛達で十分、というか娘が自ら倒してしまうのだがね。しかし、今度の相手は」
「かなり危険だと?」
「ああ。こちらで掴んだ情報だと……殺し屋が関わっているようなのだ」
殺し屋? どうして、そんな存在がエミリアを。
「彼女は何か恨みを買うようなことを?」
「いや、していないと思うのだが……。いくらおてんばだとはいえ、殺し屋に依頼されるほどのことはしない。それは絶対だ」
それは、ジェイクはもちろんのこと。
今さっき出会ったばかりのユーカやメアリスも思っている。
「理由がわからないってことね」
「そうだ。可能性としては、私に恨みがある人物かもしれないってことだ。私は、冒険者だったが……すぐにその道を諦め家業を継ぐことになった。昔から、何不自由ない私は他の冒険者達からはよく睨まれ、恨まれていてね……」
「さすがに、それで娘さんを狙うってことは……ないんじゃないでしょうか?」
ユーカの言うとおりだ。
ジェイクがまだ新人だった頃も、金には困らない冒険者は何人かいたが……可能性はそこまで高くはないとはず。
「何か悪いことをしたってことはないのよね?」
「ああ。それは誓ってない。私の仕事は、冒険者達への支援。冒険に必要な道具の開発。食料などの配布などなど。恨まれるようなことはしていない」
今は、冒険者はジェイクの生きていた時代の比じゃない。
こうして、冒険者を全面的に支援してくれるところもある。
とはいえ、支援しきれない場所もあるため、昔のように地道に魔物を倒し金を稼いだり、少ない資金でやりくりをしたりというのは、まだよくあることのようだ。
「……わかった。殺し屋に関しても、こっちで調べてみる」
「ありがたい。こちらでも引き続き、殺し屋に関しては調べておく。娘を、エミリアをよろしく頼む」
殺し屋に関しては、ネロに聞くのが一番いいだろう。
今は、休んでいるとはいえ何か優良な情報を持っているかもしれない。
「そういえば、メアリス。ネロからは返事が来たんだよな?」
「ええ。まだ商人は見つかっていないみたいね。もう少し、調べてからこっちに合流するそうよ」
マジフォンを見詰め、そう告げる。
やはり、そう簡単には見つからないか。
覚悟をしていたとはいえ、なかなか容易に事が進まないものだ。
「商人、とは?」
「実は、こんな姿になってしまったのはとある旅の商人から買ったドリンクのせいなんだ。それで、元に戻るためその商人を今仲間の一人が探している最中なんだ」
ジェイクの話を聞き、なるほどと頷いたアレクセイはその場から立ち上がる。
「では、こちらでも捜索しておこう。その商人の特徴を教えてもらえるかな?」
「いいのか?」
「いいとも。それに、旅の商人ともなればすぐにでも見つけ出さないとこの街から去って行くかもしれない。探す範囲を広げ、早めに見つけ出そう」
これは、素直に嬉しい。
ジェイクは、アレクセイの好意に甘え、商人の特徴を告げる。すると、アレクセイは集めた黒服の男達に情報を伝え捜索に出させた。
これで、商人に関してはなんとかなるだろう。
しかし、今はこれから護衛するエミリアに関しては、まだまだ不安ばかりだ。
いったいどうなることか……。