第四十九話
白のシャツ、黒いズボンに身を包み抜刀した剣を手にジェイクは構える。
目の前には、いきなり勝負を仕掛けてきた少女エミリア。
冒険者育成学園に通う生徒らしいが……その実力は、どれほどのものか。興味があるが、もう集合時間が迫ってきている。
「いくわよ」
「どこからでもこい」
その場で軽く跳ねると、ジグザグに動きながら近づいてくる。ジェイクは、へえっと感心しながらも動きを目で追い、攻撃を防ぐ。
「良い動きをするじゃないか」
「おしゃべりしている場合かしら!!」
細めるの長剣を片手で振るいこちらに攻撃をする隙を与えないようにしている。
ジェイクが余裕を見せ、話しかけた刹那。
身を屈ませ、くるっと回し蹴りによりバランスを崩そうと試みてきた。
「っと」
「いつまでも避けてないで、攻めてきなさいよ!!」
エミリアの猛攻は止まらない。
早く終わらせるつもりが、少し悪い癖が出てしまった。若い冒険者を見ると、その実力がどんなものなのか確かめたくなってしまう。
体が若くとも、精神はやはり年寄り。
未来を作る若者に興味を示してしまっていた。
「悪い。じゃあ、お言葉に甘えて、こちらから攻めさせてもらう!」
一度距離を取り、ジェイクは再度剣を構える。
「きなさい! あんたのその余裕な顔を崩してあげるわ!!」
「それは楽しみ、だ!!」
「ッ!?」
その一蹴りで、鼻と鼻がくっ付きそうな距離まで詰め寄る。
驚いたエミリアは一瞬ではあるが体が硬直してしまった。
気のせいか、頬が赤い。
しかし、ジェイクは容赦なく隙だらけになったエミリアの足を払いバランスを崩す。
「わわっ!? この……!」
尻餅をつきそうな瞬間、エミリアは魔力が微量にだが地面に放ち自分の体を浮かせ体勢を整えた。
「よし!」
「すごい芸当だな。だが、油断しないことだ」
「え?」
体勢を整えたうえで、距離を取った。
それで安心してしまったところへ、ジェイクは背後からエミリアの体に触れほんの少しだが血と魔力を吸う。
「ふにゃ……は、はれ……なんだか急に力が」
微量とはいえ、あまり耐性がなければすぐに体から力が抜ける。足腰が立たず、そのまま尻餅をついてしまったエミリア。
いったい自分は何をされたのか、わからずという表情だ。
「すまんな。これから人と会う約束があるから、あんまり時間をかけられなかったんだ」
「あ、あんた……あたしに、なにをした、のよ」
「大丈夫。少し時間が経てば動けるはずだ。よいしょっと」
ジェイクは、エミリアを抱き上げそのままベンチに座らせる。
剣もしっかりと鞘に収め隣に置いた。
「じゃあな。あんまりおてんばが過ぎると、怪我じゃすまないぞ」
「ま、待ちなさい……! こらー……!!」
荷物を抱え、エミリアの声を背にジェイクは公園から去って行く。
あれぐらいなら二分もすればすぐに回復するはずだ。
「さて、間に合うかな……」
☆・・・・・
「……遅いね、ジェイクさん」
大きな依頼の前に、別々に行動をしていたジェイク達はとある喫茶店で集合することにしていた。
すでに、ユーカ、メアリス、ネロの三人は喫茶店に到着しているのだが……未だにジェイクだけが姿を現さない。
「いつも、彼が一番乗りなのに珍しいこともあるのね」
いつもならば、ジェイクが一番に到着し、次にメアリスかネロ。ユーカは必ず最後という順番になっていた。
紅茶を嗜みながら、喫茶店の中から外を眺めるメアリス。
遅刻などしたことがないので、何かあったんじゃないかと心配している。
「なにか厄介ごとに巻き込まれているとかかな?」
「うーん。どうだろうね……ジェイクさんなら大丈夫だとは思うんだけど」
やっぱり心配だ。
集合時間からすでに十分は過ぎている。
十分程度ならば、そこまで心配する必要はないのだが……。
「やっぱり探しにいく?」
「そうだね。もう五分経ってこなかったら探しに行こう。念のため、誰か一人はここに残って―――」
「待った。その必要はない。すまん、遅れた」
これ以上遅れるようなら、こちらから探しに行こう。
いやむしろマジフォンで連絡を取ったほうが早い。
そう思った刹那。
少年の声が耳に届いた。振り向くと……そこには、ジェイクの面影を感じる十代の少年が立っていた。
「あの、えっと……」
そんなことがあるのか? いや、だが彼は明らかに。
言葉に迷っていたユーカに対して、カップを置きメアリスが先陣を切った。
「あなた、もしかしてジェイク?」
「……ああ。今はこんな姿になってしまったがジェイクだ。その証拠にほら」
ステータスカードを体から取り出し、証拠を見せる。
レベル100、名前はジェイク=オルフィス。
間違いない。
現在、レベル100で。しかもジェイク=オルフィスという名など一人しかない。
「ジェイク。どうしちゃったの? そんなに小さくなっちゃって」
「ああ……なんていうか、俺にもよくわからないんだ」
ネロの隣に座り、ジェイクは真剣な表情でどうしてこうなったのかの経緯を話し出す。
「―――なるほどね。つまり、その栄養ドリンクを飲んだ瞬間に体がいつの間にか小さくなっていた、と」
「それで、遅くなったのは今の体に合った服を買うのとエミリアっていう少女に勝負を仕掛けられたからってことですね?」
「その通りだ」
コーヒーを頼み、口にするジェイク。
苦い……やはり少し味覚も子供に近づいてしまっているようだ。
「その栄養ドリンクはどこで買ったの? なんて名前?」
「旅の商人から買ったんだ。俺もその時は若干疲れていたからな……ちょっと不注意だったかもしれない。ちなみに、栄養ドリンクのビンがまだ持っている。これだ」
テーブルに置かれた空のビン。
張られてあるラベルには『即回復! 栄養ドリンコ!』と書かれていた。
「これ、ドリンクじゃなくてドリンコって書いてあるわよ」
「……ああ。俺も、飲んでから気づいたんだ」
はあっと、深いため息が漏れるばかり。
「お、落ち込まないでくださいジェイクさん! 今から、その商人を見つけ出しましょう!」
「そうしたいが、まずは依頼人のところに行ってからにしよう。これ以上遅刻はしたくないからな」
これから、依頼人から詳しい依頼内容の説明を受けることになっている。
その説明を受けてからでも遅くは無いと言いたいようだ。
「そういうことなら、僕が一人で探してくるよ。そういう商人だったら、どこに行くとか仕事柄予想がつくから」
「じゃあ、私とジェイク、ユーカで依頼人のところに行って。その間に、ネロが悪徳商人を探すってことでいいかしら?」
「……ああ。ネロ、すまんが頼んだぞ。商人の特徴だが」
「―――うん。わかったよ。それじゃ僕は先に行くね」
笑顔で頷き、ネロは一人先に喫茶店を出て行った。