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第十二話

「ふっ! はっ! せりゃッ!!」


 朝霧が漂う時刻。

 ジェイクは、ユーカとメアリスがまだ眠っている中、少し離れた場所で素振りをしていた。そして、千回を越えた辺りからまた体に違和感を覚える。


 全然汗が体から流れていない。

 少なくとも千回を越えれば、汗は嫌でも流れるはず。いくら鍛え上げられた体としても、汗を流さないわけがない。

 しかも、それが人間族であるのなら当然のこと。


「……やっぱり、このパラレルワールドに降り立ってから何かが変わったのか?」


 自分の突然な職業変化。

 まさかと思いステータスカードの種族欄を確認したが、今まで通り人間族のままだった。だが、油断はできない。職業がいつの間にか変化していたように、また何かが変化するかもしれない。


 太陽もいい具合に昇ってきた。

 そろそろ、朝食の準備をしに行こう。

 素振りを止め、ジェイクは二人の下へと戻っていく。



★・・・・・



 朝食を済ませ、早く森を抜けようと前に進むジェイク達。

 地図によればそれほど大きな森ではないので、早めに抜けられると思っていたのだが……おかしい。

 ジェイクは、その場に立ち止まり周りを見渡す。


「どうしたんですか? ジェイクさん」


 立ち止まったジェイクにユーカが問いかけると、メアリスが呟く。


「まさかとは思うけど。同じ場所を通っているのかしら? 私達」

「え? そうなの? ……そう言われるとそんな感じがしなくもないけど。森だから、大抵同じ景色に見えちゃうってこともあるよね」


 ユーカの言うことにも一理ある。

 だが、メアリスの言ったことがおそらく正しいだろう。ジェイクが、最初におかしいと思ったのは数分前。

 その違和感に気づいた時に、拾った木の棒を目印になるようにナイフで削りその場に捨てて置いた。


「……」

「それって、ジェイクさんが拾ってすぐに捨てた木の棒ですよね?」

「目印だった、ということね」

「ああ。どうやら、俺達は何者かの術によってこの森に閉じ込められているみたいだな」


 いったい誰の仕業なのかは見当がついていない。

 ただの野盗にしては、手が込んでいる。

 そもそも、野盗の中に幻術使い居るなんて聞いたことがない。とはいえ、ここはパラレルワールド。もしかしたら野盗の一味に幻術使いが居るかもしれない。


「全然気づきませんでした」

「高位の幻術使いなら、気づかれずに幻術にかけることが可能だ」

「脱出するにはやっぱり、その幻術使い本人をやっつけなくちゃだめですよね?」


 あまり高位な幻術でないのなら、ちょっとした亀裂があればそこを叩くだけで破れることがある。


「ざっと見た限りじゃ森全体に幻術がかかっている。かなり力のある幻術使いだと考えるのが妥当だ」

「それじゃ、幻術使いの魔力が尽きるのを待つ、とか?」


 それもひとつの手だ。

 幻術を使うにはやはり魔力が必要になる。使い手の魔力が尽きれば、当然幻術も切れてジェイク達も森から抜け出せることができる。


「へいへい。お嬢さん達。どうやらお困りのようだね」

「……鳥が、喋った?」


 声が聞こえ、視線を木の枝へと向けるとそこには二匹の鳥が止まっていた。頭の天辺に赤い毛と黄色い毛が生えている珍しい鳥だ。


「あの鳥は『クチワ鳥』ですよ! 人間の言葉を覚えて、出会った冒険者達によく話しかけてくる鳥だって、習ったことがあります!」

「そのクチワ鳥が俺達にどんな用事なんだ?」

「実は、俺達もこの森に取り籠められて困っているところなんだ」


 と、赤い髪の毛が生えている鳥が喋る。


「そこで、俺達が知っている情報をお前達にやって幻術使いを倒して欲しいってことなんだ」


 続いて黄色い髪の毛の鳥が説明をした。


「へえ。どんな情報なのかしら。ちゃんと役に立つような情報なのでしょうね?」


 くるくるっと傘を回しながらメアリスが問う。

 下手な情報を与えれば、食い殺すぞと言っているかのような威圧を飛ばして。


「も、もちろん役に立つ情報だぜ!」

「実は、この森中に幻術をかけているのはこの森に住み着いているエルフ族なんだよ!」


 メアリスの威圧に怯えながらもクチワ鳥達は情報を提供してくれる。どうやら、この森にはエルフ族が住み着いているようだ。

 地図を見る限りではそれほど広い森ではない。

 エルフ族は、よく自然豊かで空気が澄んだ森の中で暮らしていることが多い。交友的なエルフ族は、普通に人里で共に暮らしてはいるが。


「エルフが? またどうして」

「俺達にもわからないんだ」

「だが、幻術をかけたのはお前達を見つけてからだっていうのは知っている」

「私達を? ……別にそのエルフさんに嫌われるようなことはしていませんよね?」


 ジェイクもメアリスも身に覚えがない。

 しかし、そのエルフが自分達を見つけて幻術をかけたのだとしたら何か勘違いをしているのかもしれない。その誤解を解くために探し出さなければ。


「もちろんよ。闇の賢者である私が、そんなことをするわけないじゃない」

「いや、闇の賢者って言うと勘違いするんじゃ」

「あら? どう勘違いするの? 闇は優しき力。安息を与えてくれる素晴らしき力なのに」


 人によっては闇というものの価値観が違うということにメアリスは気づいていないようだ。闇という属性は元々なかった属性。

 だが、大昔に魔王軍が世界を侵略しようとした名残り。闇属性は、倒された魔王の恨みが生み出した力だと思われているんだ。


「エルフさーん!! 私達は悪い人じゃないんですー!! ですから、幻術を解いてくださーい!!」


 ユーカの叫び声が森中に響き渡るだけで、何も変わらない。


「……仕方ないわね。ちょっと手荒だけど」


 メアリスが傘を畳み、周りを観察した後とある場所に近づいていく。そこは、何もないただの空間。傘の先端でとんっとその空間を突くと。

 ぴしっとという亀裂が入った音が響き、どんどんそれは大きくなっていく。


「え? え? いったいなにが」

「幻術が……解ける」


 幻術により作られていた空間が砕け、違和感のようなものがなくなった。クチワ鳥達も「ありがとうよ!」と一言お礼を言って飛び去っていく。


「ちょ、ちょっと! 離しなさいよ!!」

「はいわかりましたって離すとでも? あなたには聞きたいことが山ほどあるのよ。逃がさないわ」


 闇でできた手のようなものが逃げようとするエルフの少女を拘束していた。

 ポニーテールに束ねられたブロンドの髪の毛に特徴的な尖った耳。

 アクアブルーの瞳でメアリスを睨んでおり、身に纏っている服は……最低限胸と下半身を隠せるぐらいの服とは言えないほどのものだった。

 腰には、短剣が装備してあり見た目はユーカと同じぐらいだろうか。


「メアリス。拘束を解いてくれ。ゆっくり話し合いがしたい」

「逃げられるかもしれないわよ?」

「その時は、その時だ」

「……わかったわ」


 ジェイクの真剣な眼差しに、ふうっとため息を吐いてから闇の手の拘束を解いた。地面に尻餅をついたエルフの少女は痛がりながらもすぐに逃げるかと思いきや、その場に止まっていた。

 ただし、こちらに敵意むき出しで睨みつけている。


「そんな怖い顔しないでくれ。俺達は敵じゃないから」

「うるさい! どうせ、あの子の角が目当て手でここまで追ってきたんでしょ! いい人面してもあたしは騙されないわ!!」


 あの子の角? この子は、どうやらジェイク達が角狙いの悪人だと勘違いをしているようだ。あの子というのが何者なのかは知らないが、ジェイク達には身に覚えがない。


「いくつか聞いてもいいか?」

「誰があんた達なんかの」

「その悪者の特徴とかあったりするのか? 例えば種族とかで」

「ふん。種族なら、あんた達に一人獣人……の……あれ?」


 エルフの少女は、自分が得ている情報とジェイク達の見た目があっていないことに気づき目を見開く。


「見ての通り、俺達は獣人じゃない。他には?」

「と、とんがり帽子を被った魔法使いが……いるって」


 少しずつ誤解が解けていき、エルフの少女もジェイクの問いかけに自然と答えている。


「魔法使いなら二人いるが、二人ともとんがり帽子は被っていない」

「正確には私は【魔機使い】なんですけどね」

「私は闇の賢者よ。そこのところ間違えないでほしいわ」

「……本当に、あんた達は違うの?」

「少なくとも、俺達は普通に旅をしている冒険者一行だ。この森を抜けて次の街に行こうとしている、な」


 手を差し出し、エルフの少女を立たせるジェイク。


「ご、ごめんなさい。すごい勘違いで迷惑かけちゃったみたいで……」


 盛大な勘違いをしていたことに気づいたエルフの少女は顔を赤らめながらも、素直に謝罪の言葉をジェイク達に言う。

 根っからの悪ではなく、何かを守りたくて必死だっただけ。ちょっと焦りがあったせいで、周りをよく見ていなかったようだ。


「別に気にしてないよ。あ、私はユーカ! よろしくね!」

「俺は、ジェイクだ。そして、こっちの黒いのがメアリスだ」

「はーい。黒いメアリスよ」

「……あたしは、エリーナ。よろしくね」

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