第四十一話
「ふむふむ……この辺りがいいだろうな」
ジェイク達を逃がすため、ダンジョンに新たな出口を作ろうと名も無きダンジョンの精霊は【魂喰い】からより距離がある場所を選んでいた。
ダンジョンの精霊であるがゆえに、ダンジョン内で起こっていることはもちろんのことダンジョンから少し離れた距離に居る生命反応を感知することも出来る。
その力により魂喰いがまだ一つ目の出口付近でうろついていることを確認しつつ出口を作っている。
「それにしても、今まで一人きりでただお遊びとばかりに色々作ってきたが。まさか、他人のために何かをダンジョンに作ることになるとは……」
ふふっと、少し嬉しそうに壁にマナを送り込み出口を生成していく。
「しかし……出口を作ってしまえばあの者達は私の元から去ってしまうのか。少し寂しいな……まあだが、仕方ないことか。いや、だがあの者達の性格ならば今しばらく私と遊んでくれるだろう。うむ、ならば早く出口を作ろうか」
精霊は、ずっと一人だった。
このダンジョン内に、突然生まれ何の記憶のないままただただダンジョンという牢獄から抜け出せず一人で毎日を過ごしていた。
いったい自分は何者なのか。
精霊だということは理解している。しかし、その理解も本当なのか? そんなことを考えながら一人で何とか楽しもうとダンジョン内を改造しては、どうなるのかを想像していた。
そんな楽しいが、よく考えたら全然楽しくないことを繰り返し数十年以上。
ジェイク達がダンジョン内にやってきた。
ようやく楽しくなってきた。
テンションが上がった。
外の話を存分に聞ける。
そう思っていたが……やはり別れるのだろう。
寂しいが、仕方が無いことだ。
「さて、後はこの出口がどんなところに繋がっているかだが」
出口は無事に完成した。
完成したはいいが、完全に魂喰いから離れた場所を選んだだけ。その出口の先の外がどうなっているのかはわからない。
もしかすれば崖かもしれない。
安全確認のため、外の様子を見てから彼らに教えよう。
「おぉ、緑豊かな森か……む?」
気配。
それも、ジェイク達のものではない。
「ほう。貴様は、初顔だな。が、人とはまた違った波動……そう、精霊! 貴様は精霊であろう! それも、普通の精霊ではないな? なにやら、ダンジョンとの繋がりが感じられる」
「そういうお前は、魂喰い、だな?」
突然現れたのは、眼帯をした男。
どういうことだ? 生命反応感知は常に怠っていなかった。それなのに、一瞬にして。まさか、転移魔法を使える? いやそうだとしても、この新しい出口をすぐ見つけ出し転移してくるなど……。
「俺のことを知っているのか。ならば、わかっているだろう? 貴様達精霊は、俺にとって最高の食事であることを!」
「何が食事だ。精霊を食べ物ではない。精霊は、生命! 命を持ちこの世界で生きる者達だ!」
「はっはっは! おかしなことを言うな。人間とて牛や羊などの家畜……命を食べているではないか。俺にとって精霊は家畜と同じなのだよ!!」
命を食べる……それは生きていくため。
昔からそれはずっと変わらない事実。
が、人は感謝し続けていた。
生きるために、命をありがとうと。だが……魂喰いは違う。こいつだけは絶対感謝などしていない。ただただ暴食の限りを尽くしているだけ。
「同じではない! 少なくとも、貴様は命を弄び、踏みにじっている!」
なんだろう。自然と怒りが……込み上げてくる。
命を粗末に扱われるのは、普通に考えて怒りが込み上げてくる。だが、この込み上げようはなんだ? まるでいくつもの怒りが体の底から……。
「”私達”はお前を絶対に許さない!!」
私達? なぜ、私達と言ったんだ自分は。
「私達? ……ふむ、何がなんだかわからんが許さないのならどうするんだ? どうやら貴様はダンジョン内から出られないようじゃないか」
「そうだ。私はダンジョンから出られない。だから……今は、戦略的撤退をさせてもらおう」
ダンジョン内であるなら、どこでも一瞬にして転移できる。
今は、魂喰いを倒すことは出来ない。
それに、新たな出口が発見され、気づかぬうちに先回りされるということは作戦を練らなければならなくなった。
「―――転移、できない?」
「はっはっはっは!! 逃がすわけがなかろう! 俺がどうして魂喰いであるか教えてやる」
転移しようとした瞬間だった。
何かに縛られるかのような感覚に襲われる。まるで、ダンジョンから外に出ようとした時に似ている……違う。
それよりも、強い縛りだ。
「俺は縛る者。そして喰らう者。命を縛り……逃がすことなく、喰らう!! 命は俺からは逃げることはできない! さあ、久しぶりの栄養だ。じっくりと喰らいつくしてやろう……その魂を!!」
「くっ……!?」
★・・・・・
「……遅いですね、精霊さん」
出口を作ると言って転移してからもう一時間が経とうとしている。
やはり、新たに出口を作るというのは時間がかかるものなのだろう。
おかげで休憩が出来て体力が回復しつつあるが……。
「何か、嫌な予感がするな」
「まさかとは思うけど……魂喰いに襲われていたりとかしていないわよね」
「や、やめてよ! メアリス! メアリスの言うことって結構当たるから怖いよ!」
「でも、本当に嫌な予感がするね。あの魂喰いが、ずっと同じところをうろついているわけがないだろうし……」
やはり、気になってしまう。
もしもということがある。
すれ違いになってしまうだろうが、今からでも探しにいこう。
「―――ッ!?」
立ち上がった刹那。
殺意ある力が、近づいてくるのを察知したジェイクは、その矛先がノアであると剣を抜き放つ。
壁をぶち壊し、黒き光の腕がノアへと伸びる。
「ハアアッ!!」
なんとか弾き返し、ノアを抱きかかえ距離を取る。
「ぱ、パパ……」
「この攻撃を防ぐか。いやぁ、一発で捕らえられるかと思ったが……やはりこいつ程度では完全復活には程遠いようだな」
壊れた壁から姿を現したのは魂喰い。
そして、投げ捨てられたのは……ダンジョンの精霊だった。それも、ぐったりとしており今に消えてしまうそうだ。
「精霊殿! 貴様……! まさか、魂を!!」
「ああ、喰らったとも! しかも、驚きだったぞ……その精霊は、いくつもの精魂の集合体! かつて俺が喰らおうとして逃がした、な」
「な、なんですと……!」
精霊殿が? 精魂の長は、倒れている精霊を見詰め目を見開いている。
「どういうことだ?」
「奴の言ったとおりです……四十年前。シルティーヌを襲った魂喰いから逃げ延びた我々はちりちりになったのです。今この場に居る精魂達以外にもどこに逃げ延びた仲間がいたのです。我々は、その仲間を探していたのですが……まさか、精霊となっていただなんて」
倒れる精霊を心配するように囲んでいる精魂達。
姿が消えていないということはまだ助かるということ。だが、これ以上何もせず放置していればいずれは消えてしまう……。
「おい、魂喰い」
「うむ……その魂喰いというのやめてくれないか。俺には、ヨハネシア=D=アウロスタという名前があるのだ」
「ならばヨハネス。お前を倒せば、喰らった魂は……解放されるのか?」
「そうだな……解放されるかもしれないな。しかし、俺の胃は非常に消化が早くてな。もう十分もしないうちに全て消化してしまうかもしれない。それに、俺はそこの少女を諦めていない」
ぺろっと舌で唇を舐め、ノアを見詰める。
そうか……と呟いたジェイクはノアをユーカに預け一歩前に出る。
「ジェイクさん! どうするつもりですか?!」
「お前達は先に脱出しろ! こいつは……俺が倒す」
「勇ましいな、人間。今の俺はさっきの俺とは違うぞ?」
黒き稲光がヨハネスの周りで轟いている。
これは今まで戦ってきたどの敵よりも強いことは間違いない。これで完全ではないというのだから、驚きだ。
こんな奴と戦うとなれば、このダンジョン内もただではすまないだろう。
だからこそ、その戦いの余波に巻き込まれないように……。
「ノアを頼む。俺はこいつを倒してから、お前達を追う。大丈夫だ……俺は、絶対に勝ってみせる」
「パパ……」
「ノア。お前の仲間の仇は俺が倒してやる。任せろ」
満面の笑みを向け、心配するノアを元気付ける。
「―――行きましょう。男のかっこいい見せ場を私達が潰すわけにはいかないわ」
「ジェイク。絶対、勝ってね!」
「ノアちゃんのことは任せてください!」
「逃がすとでも!」
逃げようとするユーカ達にヨハネスは黒き雷を放つ。
それを防ごうとメアリスが構えるが、必要はなかった。
「逃がすとも! この俺が!!」
魔力刃を纏った剣にてそれを切り裂くジェイク。
「パパ! 頑張ってね!!」
「ああ!」
ユーカ達を逃がすことができたジェイクは、再度剣を構える。
ダンジョンの精霊は精魂達によって部屋の端っこへと運ばれていた。
「……また逃がしたか。これで、三度も逃げられてしまった。まったく、逃げるのがうまい子猫ちゃんだ」
「ヨハネス。ひとつ聞く」
「なんだ?」
「お前は……ノアの魂が目的なのか? それとも」
いや、よしておこう。
今は、戦いに集中するんだ。
「いや、なんでもない」
「……そうか。まあいい。俺の食事の邪魔をする人間よ。黒焦げになる覚悟はできているか!!」