第三十七話
「ふむ。その話が本当なら、それは私が遊び心で作ったものだろう」
「遊び心でって……下手をしたら頭から落ちて死んでしまいますよ、あれ」
名も無きダンジョンの精霊と出会ったユーカ達は、争うことなく腰を落ち着かせて話し合っていた。守人であるノアや精魂の長がいることから、彼? もそこまで敵意を向けていない。
そして、話し合っている中。
ユーカ達が落ちてきたあの穴は、名も無きダンジョンの精霊が作ったものらしい。
「そこは大丈夫だ。落ちた地面はそれほど硬くは無かっただろう? 頭から落ちても衝撃を吸収して、首も折れることは……無いだろう」
「さっきの間はなによ、さっきの間は」
兎に角、この精霊は相手が敵でなければフランクに話してくれるようだ。ここはダンジョンというが、かなり大昔に出来てからその存在はほとんど知られることなかった。
そのため、精霊もやることがなくなり、ダンジョンの精霊なためにダンジョンから出ることも出来ず、ずっとダンジョン内で日々を過ごしていたようだ。
「間は、気にするな。それで、お前達はこのダンジョン内から出たいと。だが、出入り口がわからない。そうだな?」
「はい。それで、あなたはこのダンジョンの精霊ですよね?」
「うむ」
「当然、出入り口も知っているわよね?」
「うむ」
「教えて! お願い!」
「うむ! いいだろう! しかし、ただ案内するだけではつまらない!!」
いや、普通に案内して欲しいんだけど……とユーカ達は、突然テンションを上げたダンジョンの精霊を見詰め眉を顰める。
「いや、精霊殿。普通に案内をしてくだされないでしょうか?」
精魂の長が、先陣を切って言い出すが。
「遠慮をするな。それに、今は私のダンジョンの中にいるのだ。少しのわがままを聞いてくれ……」
ずっと一人で寂しくダンジョンで過ごしている話を聞いていたために、悲しい顔をされると強い言葉を言えなくなってしまう。
「……ねえ、ユーカ、メアリス」
くいくいとノアが二人の服を引っ張る。
「そうだね……メアリス」
「まったく。無事に出られるんでしょうね?」
「それはお前達次第だ。今から私は、とある場所へと行く。そこにお前達が辿り着くことが出来れば出口に案内しよう」
つまり、自分のダンジョンを楽しんで欲しいということなんだろう。
とはいえ、そこまで行く途中で出口を見つけてしまえばどうなるんだろうか。そのまま、出て行ってしまう可能性もある。
こちらとしては、早く脱出してジェイク達と合流しなければならない。
「では! お前達のこの地図を渡そう! 私は、地図にある赤い点の場所に居る」
そう言って、ノアが受け取った地図をユーカとメアリスは共に見詰める。
地図と言っていたが、記されているのはおそらく自分達がいる現在地のみ。
「これって、どういうことですか?」
「それは、お前達が進めば地図に記されるようになっている。私は今から移動をする。そうすれば、赤い点が記される部屋がその地図に現れるだろう」
「つまり、私達はそこを目指して進めばいいってことね」
「その通りだ。だが、地図を埋めれば良い物をプレゼントしよう。頑張って埋めるといい。さらば!!」
おそらく転移魔法の一種だろう。
ダンジョンの精霊は、一瞬にして目の前から姿を消した。その後、地図を見るとほとんど端っこのところに新たな部屋が記され赤い点が出現。
どういう原理なのだろうか。
「最初の登場の印象が台無しになるほどのテンションの高さね、あの精霊」
「嬉しかったんだね。一緒に遊べる人がきて」
「たぶんそうだろうけど……どうする? 地図埋める?」
地図を埋めなてもいいようだが。
個人的には良い物という言葉が気になってしまう。しかしながら、地図を埋めるとなれば時間がかかってしまう。
時間がかかれば、それだけダンジョンから出るのが遅くなるということだ。
ジェイク達は、もう捜索に入っている頃だろう。
自分達がダンジョンから出るのに時間がかかれば、彼らもダンジョン内に来るに違いない。
「埋めなくてもここに辿り着けば、出口を教えてくれるんでしょ? 良い物っていうのは気になるけど。埋めない方向でいったほうがいいわ」
「精霊殿には悪いと思いますが、このまま赤い点を目指したほうがいいと思います」
「……うん、そうだね。それに、普通に進んでいれば意外と地図が埋まるかもしれないしね」
よしっと頷き合い、ノアが地図を持ったままユーカ達は進んでいく。
「――――また行き止まり」
「何なのよ、このダンジョンは。行き止まりばっかりじゃない」
ダンジョンの精霊がいる部屋目指し進み数十分。
これで何度目なんだろうか。
もう数え切れないほど行き止まりに差し掛かっている。
「しかも、地図全然埋まってないね」
ノアの言うとおりだ。
もう随分と進んだはずなのに、地図がまったく埋まっていない。これは、本格的に地図を埋めようとすればどれだけの時間がかかるのだろうか。
気が遠くなるのは間違いないだろう。
「これは、地図を埋めない方向でいったのは正解だったわね。これだけ進んで半分も埋まっていないなんて」
「このダンジョン、思っていた以上に広いんだね……。次は、さっき行かなかった道に行こうか」
広いうえに、魔物もかなりの頻度で遭遇してしまう。
このままでは、疲労で精霊のところへ辿り着く前に倒れてしまう可能性がある。
「ノア。あなたなら、感覚で正解の道とかわからない?」
「うーん……やってみる」
このまま行き止まりばかりだと時間がかかってしまう。
もっと早く辿り着くために、ノアの感覚でどうにかならないかと。
「……こっちから、濃いマナを感じる」
「濃いマナ……つまりあの精霊がいるのかな?」
「たぶん。わたしも、よくわからない」
まだノアは全ての記憶を思い出していない。
そのため、自分の力を最大限にいかせていないようだ。しかし、それでも最初にあの大広間に辿り着いたのはノアのおかげだ。
今一度、ノアの力を信じて進むのもいいだろう。
「長さんはどう?」
「私も、ノアと同じです。こちらから濃いマナを感じます。精魂である私でも、感じられるほどの濃いマナが」
微精霊の集合体である精魂でも感じている。
メアリスも、魔法使いの一人。
マナを感じられないわけではないが……。
「悩んでいても時間が経つだけね。進みましょう、今は」
「そうだね。早く脱出して、ジェイクさん達を安心させないと!」
よし! と気合いを入れて一歩足を踏み出したユーカ。
すると、カチッと言う音が響き、足元のブロックがひとつ沈んだ。
「……メアリス。なんだか、私嫌な予感がするんだけど」
「予感じゃないわ……これはくるわね。いや、きたわ」
背後から、ごろごろと何かが転がってくる音が聞こえる。
もうこれは確定だ。
罠を……作動した。
「ごめんなさいー!?」
これから数分、大岩から逃げることになってしまった。