第三十三話
「ノア! ちょっと待ちなさい!」
「ノアちゃん!」
まるで、誰かに操られているかのようにユーカ達の声など聞く耳持たず。
ただ前へ前へと進んでいく。
まったく……とメアリスは、闇を使い無理やりにでも止めに入った。足元から、細長い闇がノアの足を取り転ばしてでも止めた。
「あうっ!」
「だ、大丈夫? ノアちゃん。もう、メアリス。ちょっと乱暴だよ、止め方」
「仕方ないでしょ。ああでもしない止まらなさそうだったのよ」
顔から倒れたノアを、ユーカは助け起す。
鼻がちょっと赤いようだが、それ以外に目立った傷はない。メアリスなりに、配慮はしていたようだ。
「あ、あれ? わたしは……」
「覚えてない? ノアちゃん、裸足のままどこかに行こうとしていたんだよ」
「……覚えてない」
意識を取り戻したノアは、自分がどうして外にいるのか覚えていないようだ。
やはり、誰かに操られていた。そう考えるのが妥当だろう。
「ともかく、何事もなければいいのよ。さ、早く……ユーカ」
「う、うん。私も感じた。誰か見てる。それも一人じゃない、よね?」
ノアが無事だと確認した。
早くジェイク達のところへ戻ろう。そう思った矢先、誰かが茂みの中から見ているのに気づく。
「ふふ。あなたも成長したわね。それじゃ、こちらを見ているのが善か悪かわかる?」
「え、えっと……悪じゃない、と思う」
「正解よ。あなた達! 出てきなさい! 私達は敵じゃないわ!」
こちらを見ている者達からは、邪悪な気配を感じない。
むしろ聖なる力を感じるように思える。
メアリスは闇を極めし者ゆえに、聖なる力には特に敏感なのだ。がさがさと、音をたて姿を現したのは……発光した毛玉のような存在。
邪悪な存在ではないと思ってはいたが、実際に現れた存在を見てメアリスは唖然とする。
「ノア、ノア」
「ノアだ。ノアだ」
「ノアのことを知っている……あなた達、何者なの?」
ノアの周りにわらわらと集まる毛玉達。
どうやら、彼女のことを知っているようだが……。
「ノア、覚えてない? ノア」
「……精魂?」
「精魂? それって、微精霊の集合体よね? これが?」
メアリスも書物などでは読んだことがある。精霊は、マナの集合体。自然そのものと言ってもいい存在だ。
その中でも、最下位にあたる微精霊。
その微精霊が集合し、形と成した存在を精魂という。大昔に存在を確認されてから、誰もが見ることがなくなったと書物には記されていたが……。
「そうです。我々は、微精霊の集合体。そして、ノアは我々の仲間なのです」
精魂の中から、現れた滑らかに喋る精魂。
他の精魂と違い、髭のようなものが生えていた。おそらく、この精魂がリーダー格に違いない。
「あなたは?」
「わしは、精魂の中でも長く生きてきた精魂。そして……守人の長老を勤めていたものです」
★・・・・・
ユーカ達が突然いなくなった。
それを探しに行こうとしたところ。ユーカ達側から戻ってきてくれた。しかも、見慣れない客人を連れて。
ジェイク達は、事情を聞きなるほどと頷く。
「つまり、守人という存在は精魂が姿を変えていた仮初の姿。今は、その姿になれず森の中に隠れていた」
「どうして守人の姿になれなくなったの?」
「それは……【魂喰い】のせいです」
テーブルの上で長老精魂は、語る。
どうしてこんなことになったのか。
魂喰いの存在について。
「奴は、精霊や幽霊、漂う魂などマナの集合体を好んで食す存在です。噂程度だったのですが、四十年前のある日……奴は突然現れ、我々守人を襲いました」
「そんなやつがいるのか」
「世界はまだ私達の知らないことばかりってことね。私も結構長生きだけど、そんなのがいたなんて初耳よ」
ジェイクも、八十年も生きて初めて魂喰いという存在を知った。
いや、もしかすればここがパラレルワールドだからこその存在なのかもしれない。
「我々をどこで精魂だと知ったのかは語っていませんでしたが、奴はひどく腹を空かせていたようで有無を言わず我々の仲間を……」
「それが四十年前シルティーヌが滅んだ謎。それで、その魂喰いが再び現れたって本当なの?」
「はい。やつの目を盗みなんとか我々だけが逃げ切ったのですが……」
もう奴が現れることはないと油断し、森で遊んでいた仲間が偶然にも魂喰いと遭遇してしまった。ノアは仲間を護るために記憶が失うほど体を張った。
今では、中間達と出会い少しではあるが記憶が蘇っている。
この調子ならば、全て思い出すにも時間の問題だろう。
「ところで、ノアって何者なんだい? 守人は四十年前に……君達を残して」
「ノア、倒れてた」
「ノア、傷だらけだった」
「ふむ……ノアは、半年前にこの森に傷だらけで倒れていたのです。最初は、ただの人間かと思ったのですが」
守人の力をなぜか使えた。
守人の力とは、つまり精霊の力ということだ。微精霊とはいえ、集合体。ほとんど精霊と言ってもいいだろう。
その守人の力を使えるということは……ノアは。
「うーん、謎が解けていくんだけど、増えていく謎も多いですね」
「ああ。だが、ノアを狙っている敵は魂喰い。そして、俺達のやるべきことはわかった。そうだろ? 皆」
ジェイクの問いかけに、ユーカ達は力強く頷く。
自分達はここに調査のためやってきた。
しかし、調査はもうほとんど終わったといっていいだろう。四十年前に滅んだ守人の謎。そして、最近になって現れた謎の力の波動。
そのほとんどをハージェは知ることが出来た。
さっそくハージェはマジフォンにその全てを打ち込んでいる。調査が終わり、後は帰るだけ……ではない。
このまま魂喰いを放っておけば、生き残った守人もノアも。そして他の精霊達なども無事ではすまないだろう。
「今回も中々面白そうな展開になってきたわ」
「さ、ユーカ。グリードゥアで成長したその力で、今回も頑張ろうね」
「もちろんだよ。成長した私の力は、誰かを護るために使う。そう決めていたからね」
三人ともやる気は十分だ。
自分も、グリードゥアの時はほとんど見ているだけだったような気がするため、今回はノアを精魂たちを護るために力を振るおう。
「ふわあぁ……」
「おっと。そういえばもう夜も遅いな。皆、明日に備えて早めに休んでおこう。見張りは俺がしておく」
ノアの欠伸に、そろそろ就寝の時間だと気がつく。
寝不足になってしまっては、勝てるものも勝てない。
とはいえ、魂喰いという存在がいるのであれば油断はできない。見張りはしっかりしておかなければならない。
「我々も微力ながら共に見張りをいたしましょう。我々には、眠るというものはあまり意味がないので」
「助かる。だったら、見張りをしながら色々と聞かせてくれ。守人のことを」
「わかった! わかった!」
「話す! 話す!!」
その場でぴょんぴょん跳ねるその姿を見て、微笑ましく思ってしまう。
これは、今回の見張りは楽しいものになりそうだ。