エピソード・ネロ
久しぶりの登場人物のちょっとした過去話です。
今回はネロになります。
「ふう……大分慣れてきたけど、いつになったら戻るんだろう。この体」
黒髪ツインテールの少女ネロは己の体に触れ呟く。
胸部に今までにない重量感。
股間は、生まれてからずっと生えていたものがなくなりすっきりしている。体も元々細かったが、更に細くなっている。
身軽になったのは良い事だが、色々と大変だ。
「仕事をする時も、びっくりされちゃうし……」
ネロは、殺し屋家業では男で通っている。
そのため、依頼を受け仕事に赴き強固なガードマン達を切り殺していった時も、本当にあの殺し屋ネロなのか? と驚かれてしまった。
それはそれで隙ができスムーズに仕事を終えられたのだから、良かったと言えばよかったのだが。
「よう、お嬢ちゃん。可愛いねぇ、一人?」
「え? 僕のこと?」
今日は仕事もなく、立ち寄った町を観光していたのだが二人組みの男に声をかけられてしまった。
自分の体のことを気にしすぎて、接近していたことに気づかなかった。
これは失態だ……。
「お、僕ッ娘なのか。しかもツインテールときた!」
「更に、この辺りじゃ珍しい黒髪だぜ。なあ、お嬢ちゃん。もしかして君、冒険者?」
「そう、だけど」
ネロは、殺し屋だが副業として冒険者もしている。
殺し屋だけでは、裏の世界のことばかりしか知れない。だからこそ、表舞台のことを知るために冒険者をしているということだ。
「俺達も冒険者なんだよ。これから、冒険者仲間でパーティーをするんだけど、お嬢ちゃんもどうだい?」
「それはいいな。冒険者同士、仲良くしようぜ」
同じ冒険者として仲良く。
そう言ってもらえるのは嬉しいが、ネロは仕事柄すぐに人を観察してしまう。子供の頃からやってきたため初めて出会った者がどんな人物で、何を考えているのか百パーセントではないがわかってしまう。
(彼らの視線……僕の体を見ているんだね。しかも、心拍数もかなり高い。これは興奮している。つまり、この人達は)
この体になってからと言うもの、こういう者達に出会うことが多くなってしまった。元々、女顔だと言われて勘違いされることがあったが……今はもう完全なる女。
「ごめんね。僕は、これから用事があるんだ」
「なんだよぉ、つれないなぁ」
「そんなたいした用事でもないだろ? それよりも、俺達とパーッと騒いだほうがよほどいいぜ!」
これはしつこい相手だ。
仕方ない。
近くにあった裏路地に視線を送り、にこっと笑って跳ぶ。
「ナンパなら、ちゃんと相手を選んだほうがいいよ!」
「と、跳んだ!?」
「な、何者だ、あの子」
建物の屋根に上り、駆ける。
その最中、ネロは考えた。
(パーティー、か。そういえば、いつからそんなことをやっていなかっただろう……)
自分達は、殺し屋だ。
家族や同業者は不仲ではない。しかし、あまりパーティーというものをやったことがない。一番新しい記憶が正しければ、もう十年もパーティーをしていない。
家族とも、会話をしないわけではない。
が、最近は家にも何年も帰っていない。
自分を女の体にした魔法使いを探すため。
そして……行方不明となった妹を探すため。
冒険者となったのも、妹の情報を少しでも手に入れられればと考えたからだ。
「っと。この辺りでお昼にしようかな」
屋根を駆けること数分。
マジフォンを確認すると、十二時を過ぎていた。目の前にあるのは、町の人に聞いたおいしいパスタ店。どんな味なのか楽しみだ。
高鳴る気持ちで店に近づいた刹那。
「や、やめてください!」
「ん?」
店の中から、女性の嫌がる声が聞こえた。
そのまま店の中に入ると、長身の男が女性店員に短剣を突きつけ舌を伸ばしていた。
「あん? なんだてめぇは……お、よくみたら可愛いじゃねぇか。おい、お前。お前も、俺の女にしてやるよぉ」
「どういうこと?」
いや、意味はなんとなくわかっている。
おそらく、この男は気に入った女を力で支配し自分のものにしようとしているのだろう。捕まっている女性店員はそのうちの一人。
そして、自分もその一人に選ばれた。
(この人、酒臭いな……)
男からは、酒臭さが漂ってくる。
周りを見ると、一般客ばかり。冒険者らしき者は一人も居ない様子。男をどうにかしようとせずただただ萎縮してしまっているようだ。
「どうしたもこうしたも。俺はなぁ、裏の世界じゃあ名のある殺し屋なんだよぉ。そんな俺が、女にしてやろうって言うんだ。嬉しいだろう、なあ?」
「……残念だけど。君のことは知らないな」
「あんだとぉ! てめぇまで俺のことを知らねぇってんのかぁ?! ちくしょうぉ……どいつもこいつも俺のことを……!」
本当に知らない。
少なくとも、本人が言っているように名のある殺し屋ではないだろう。おそらく、彼は依頼を幾度も失敗し信用を失って、廃業寸前の殺し屋。
自棄酒をして、この店で騒ぎを起した……そんなところだろう。
「君の事情はどんなものかはわからないけど。これ以上皆の楽しい食事を邪魔するようなら、僕が許さない。その人のことを離して、大人しく酔い覚ましをしたほうがいいよ」
「俺が酔っているっていうのかぁ?」
「相当ね。君が捕まえている人の渋い顔が見えないの?」
彼が口を開く度、捕まっている女性店員は眉を顰め苦しそうにしている。まだ、酒の臭いには慣れていないようだ。
「ざっけんなぁよ!! 俺がくせぇってのか?!」
「だから……」
「おめぇは黙ってろやぁ!!」
振り下ろされる刃。
ネロは、一瞬にして間合いを詰め短剣を持った右腕を捻る。
「うぎゃっ!?」
折れるか折れないかという力加減で捻ったことで、男は痛み出し短剣を落としてしまった。女性を捕まえていた腕も離れ、その隙に女性店員は逃げた。
「殺し屋なら」
「うわあっ!?」
足払いをし、床にねじ伏せる。
そのまま落ちた短剣を拾い上げ、振り下ろした。
「ひい!?」
「得物は簡単に手放したりしちゃだめだと思うよ」
「あ、あ、あ……」
ただの脅し。
男は、魚のように口をぱくぱくと動かし固まっている。
「皆さん。もう大丈夫ですよ。男は撃退しましたから」
その事実を受け止め、萎縮していた客人達は歓声を上げる。助けた女性店員も、涙を流し本当に嬉しそうに感謝の言葉をネロに送っていた。
「本当にいいんですか?」
「はい。お店とうちの店員を助けてくれたお礼です。どうぞ、店一番の人気商品です」
「それじゃ、遠慮なく。いただきます」
思わぬ事件に遭遇してしまったが、その解決の礼として店一番の人気商品をタダで食べられることになった。
やはり、人助けをするといいことがあるんだとパスタをおいしそうに噛み締めた。
(さて。明日は、あの依頼。情報が正しければ今度の殺しの対象には……)
明日からは、また殺し屋としての仕事だ。
そして、明日の殺しの対象はネロにとっても重要なものとなる。
「フラン……」
窓から青空を見上げ、ネロは妹フランの名前を呟いた。