第三十話
「あの大樹の下にシルティーヌがあるのか?」
「そうだとも。ちなみに、あの大樹は樹齢千年以上と言われているんだよねぇ」
記憶喪失の少女ノアを加え旅をし、日が沈む頃だ。
守人の里シルティーヌ近くにきていた。
視界では、相当な大樹が見えるがおそらくまだしばらく歩かないと辿り着かないだろう。随分前に、一角獣の親子を助けた森の大樹も大きかったが、今見える大樹はあの森よりも巨大だ。
「千年以上かぁ。途方もない年月だね、私達にとっては」
「私も、千年はさすがに生きれる気がしないわね」
魔族のクローンであるメアリスですら、千年を生きれるかどうかと眉を顰める。
「とりあえず、完全に日が沈む前にシルティーヌに到着しよう。滅んだといっても、建物が残っているかもしれない。雨風を凌げるような屋根や壁があったほうがいいだろう?」
「そうだね。普通に野宿するよりは、マシなほうだね」
四十年前に滅んだといっても、まだ建物がいくつか残っているかもしれない。
最近は、夜風が冷たいのでそれを凌げる壁などがあったほうが眠る時はいいだろう。
「だったら、早く行きましょう。ここで立ち話をしていれば魔物が襲ってくるかもしれないから」
「では、さっそく行こうではないか! 滅んだはずの里跡地へ!」
今までにないテンションでハージェが先頭に立ち、移動を再開する。
魔法使いでありながら、研究者である彼女にとってずっと観察していた場所を実際に調査するということはなによりの楽しみなのだろう。
まるで、楽しみにしていた場所に行く子供のような目の輝かせ方だ。
「ノア。疲れていないか?」
「うん、大丈夫だよ」
ここまで、数時間ずっと休みなしに歩いていたので心配になったジェイク。だが、ノアは満面の笑みで大丈夫と言う。
それを聞いて、安堵の笑みを浮かべる。
最初はパパと言われ戸惑っていたが、接する毎に慣れてきているジェイク。
「そういえばノアちゃん。この先に、あなたの故郷があるんだけど。どう? ここを歩いて何か感じない?」
ユーカの問いに、ノアは木々のアーチを見渡しながら考える。
記憶喪失だとしても、故郷近くの森を歩いていれば何か思い出すかもしれない。
「……」
「どうだ? ノア。なにか思い出せそうか?」
しばらく沈黙が続き、ノアは眉を顰め口を開ける。
「ううん。なにも」
「そっか。まあ、そんなに急ぐことはない。ゆっくり思い出していけばいい」
無理に思い出させようとしても、脳に何かしらの影響が及ぶかもしれない。それに、これからシルティーヌに向かうのだ。
自然と何かを思い出すだろう。
「お! あれは……!」
先頭を歩いていたハージェが何かを発見したようで、急に飛び出していく。
なんだ? とジェイク達も後を追うと。
「石像?」
ハージェが手で触れ、観察していたのはよくわからない石像だった。丸い頭をした生き物が槍を持っているそんな石像だ。
だが、額を見ればノアの手の甲にある紋章に似たものが刻まれていた。
「これは、守人が作ったものだろうね。ちなみに、こいつは昔守人と共存していた動物だろうね!」
これは貴重だ! とマジフォンで写真を撮って、更にノートに色々と書きとめている。
「ふーん、動物なんだ。この丸い顔の石像って」
「こんな動物本当にいるのかしら?」
興奮が収まらぬまま、ハージェは更に何かを見つけ飛び出していく。
今度は、植物だ。
見た目は、ただの紫色の花にしか見えないのだが……。
「これも守人に関連しているの?」
「そうだとも! これは、守人が食していたもののひとつ!」
「花を食べるの?」
確かに、食べれる植物は存在するが……。
首を傾げるジェイク達に、どんなものなのかとハージェが花びらを一枚摘む。
「ここがすごく黄色いでしょ? 実は、ここに濃厚な蜜が詰まっているのだ。森の警備のために、ちょっと口が寂しいなぁって時によく口にしていたと言われているんだよねぇ」
そう言って、ハージェはそれを口にする。
ん~! っと体を震わせ「甘い!」と叫ぶ。本当に甘いのかな? とユーカも花びらを摘み口にする。
「ほ、本当に甘い! こんな花もあるんだね」
「シルティーヌ付近の森には、その森にしかないっていう果物や植物が多いんだ。しかも、その果物の中に一欠けらで料理の旨味を変えてしまうって言うものまで! まあだからこそ、それを狙う者達が多かったから守人達も大忙しだったようだねぇ」
それから、ハージェによる守人の話を聞きながら先へ先へと進んでいく。
守人とは、エルフ族の親戚とも言われていた。
エルフ族は、森の精霊や動物、環境などを護っている種族。守人も、エルフとやっていることは変わらない。
しかし、彼等はエルフではないのだ。
耳も尖っていなければ、長寿でもない。
しかし、特殊な力はエルフ以上と言われている。
「お! あれが入り口だろうね」
移動すること数十分。
木製の柵のようなものが目に入る。が、それは壊れている。獣に荒らされたかのように、バキバキに折れている。
「やっぱり……荒れているな」
「そうですね。これだと里の中も……」
張り詰めた空気の中、ついにシルティーヌの中へと入っていく。
「……まずは、人影はないようだな」
「隠れている気配もないね。建物も、相当破損しているもの多いけど。まだ住むのには大丈夫なところもあるね」
今まで訪れた街や村などとは大きく違い、自然が豊かで建物と建物の空間が広く、木の上に建てられている家もある。
壁や屋根の破損が目立ち、動物や人の気配などまったく感じない。
「よーし。調査の前に、まずは宿の確保だ! 一番破損の少ない場所を選んで、夕食の準備! 一段落したら調査開始だよ!!」
「はいはい。調査リーダーのご命令よ。さっそく宿になる家を探しましょう」
「ああ。ここから見渡した限りでは……あの奥にある家が一番破損が少ないな」
ジェイクが指差した家は、相当日陰にある家だった。
泉が近くにある水には困らなさそうだ。
そこまで大きな家ではないが、大丈夫だろう。
「……」
「どうした? ノア」
その家を見た瞬間、ノアの反応が変わった。
ジェイクの手を握る力も相当強くなり、体が震えている。
「なんだか……あの家を見てるとね。頭がずきずきするの」
「この子に、縁のある家なのかしら?」
「反応を見る限り、そう可能性が高いかな。ノアちゃん、あの家に行くのはいや?」
いやなら、別の家を探すことになる。
ノアは、しばらく考え首を横に振る。
「嫌じゃないよ。大丈夫。頭がずきずきするけど……いやな気分じゃないから」
もしかすると、あそこがノアが住んでいた家なのかもしれない。
ノアのことを心配しつつ、ジェイク達は泉がある家へと向かっていく。