第二十五話
「なんとか脱出できたね」
地面に突き刺さっている剣を抜き、鞘に収めるルーシア。
幸い、魔法闘技場の周りには人がいなかった。
「ぐぬぅ、またこうやって逃げることになるとは……! 本当に覚えてろよー!」
「エルフェリア、あの人達は絶対追いかけてくる。安全に転移できるところまで逃げるよ。ここだと転移軸が不安定だから」
「はーい」
魔法闘技場の出入り口をちらっと見てから、誰も来ていないのを確認し、エルフェリアとルーシアは離れていく。真っ直ぐではない。
このまま真っ直ぐ進むと確実に逃げている最中に後姿を見られてしまう。
そのため、すぐに横道にへと進み裏路地へと入っていく。
「どの辺までいくの?」
「ここは妙な力の影響で転移できる軸がかなり限定されるから……後五分は移動しなくちゃ無理」
魔法都市というだけあって、特殊な転移術などを制限するために結界を張っているようだ。いったい誰が提案したことなのかは知らないが、こちらとしては大迷惑だとエルフェリアは不機嫌な表情をする。
「おっと、どこへ行くんだいお嬢さん方」
「誰?」
裏路地を進んでいると、当然男の声が聞こえた。
剣に手を添え立ち止まるルーシア。
姿を現したのは、メイド。
そして、肩に乗っているのはよくわからない小動物だった。
「よう、天使ちゃん。久しぶりだな」
「…………だれ?」
かっこよく決めたはずだった小動物は、ずこっとメイドの肩から落ちそうになる。それを見ることなく手を添え助け出したメイドは、再び肩に小動物を乗せた。
「待て! 待て!! 俺のことを忘れたって言うのか?! まだ数日しか経っていないぞ!!」
「えー、エルフェリアちゃん。君みたいな変な生物知らないもーん」
「ウォルツ様。どうやら、あの方は興味のないことは記憶から抹消するようです」
「興味がない……」
メイドの何気ない一言で、がっくりとショックを受ける。が、ルーシアはウォルツという名を知っている。
「ウォルツ? その名は、この都市に住んでいる賢者の名前だったはずだけど……」
「はい。訳があり、ウォルツ様は図鑑にも載っていない小動物に変えられてしまったのです。そして、小動物に変えた犯人があなたの後ろで首を傾げている方、と我が主は証言しました」
それを聞いて、ルーシアはあーっと思い当たる反応を示す。エルフェリアは、悪戯でよく色々なものを変換させてしまうことがある。
おそらく、賢者ウォルツもその悪戯の対象となってしまったということなのだろう。しかし、考えてみれば賢者と言われている男が、そう簡単に姿を変えられる術をかけられるわけがないとエルフェリアに視線を向けず問いかけた。
「エルフェリア。どうやって賢者に術をかけたの?」
「えー? 知らないよー」
「知らないわけがないだろ! 俺を騙して、術をかけただろ!?」
「えー? …………あっ」
必死に訴えるウォルツに、再度考えなんとか思い出したエルフェリア。
「私をナンパしてきた変態だ!!」
「……ルーシア。逃げよう」
彼は危険だ、色々な意味で。
そう思ったルーシアは、エルフェリアの手を引いて逃げていく。彼は、まだエルフェリアが五歳だということを知らないだろうが、危険だと感じた。
「ウォルツ様。とうとう天使様までナンパをされたのですか……」
「説教は後で聞く! 今は、奴らを追いかけるんだ! じゃないと俺が元に戻れない!!」
「……畏まりました」
やはり追いかけてくる。
彼らの足止めで、おそらくジェイク達とも距離が縮まったかもしれない。転移できる場所まではまだ距離がある。
このまま逃げ切れるのか? 最悪、またあの術を使えばどうにかなるが……あれは、剣を投げ突き刺さった場所に簡易的だが転移する術。
欠点を言えば、剣を投げなければならないということと。
投げた先が自分の腕次第ということ。
もし、剣が刺さったところが動き難いところだった場合は、再度剣を投げる必要がある。できれば、空間転移術が使えれば楽なのだが……そう思いつつ後ろから追いかけてくるメイドと小動物にを見る。
「あいつら追いかけてくるよ!」
「仕方ない。人ごみの中に紛れるよエルフェリア」
「わ、わかった!」
裏路地から出て、人ごみに紛れる。
体が小さい分、するすると隙間を抜けていける。対して、追いかけてくるメイドは女性にしては身長が高いほうであり、魔法闘技場の大会の噂を聞き集まってきた人々。
簡単には抜けてこられないだろう。
「ウォルツ様。この人ごみでは、簡単に進むことができません」
「くそっ! こうなったら、俺だけでもいく!」
予想通りメイドは簡単には進めていないようだ。
しかし、なんとしても逃がすわけにはいかないとウォルツだけが追いかけてくる。
(賢者ウォルツ……人間の姿だったら相手にするのは、大変だけど。今の姿なら)
やれるか? と思った刹那。
「待てぇ!! やっと見つけたよ!!」
「うげげ!?」
第三者の声が聞こえる。
やはり追いつかれてしまった。戦うのはやめよう。今は、全速力で逃げるのに専念しなければ。
★・・・・・
「追い詰めたぞ、二人とも」
「お、追い詰められちゃったよ! ルーシア! どうしよう!?」
「……」
魔法闘技場から追いかけること数分。
ようやく追い詰めることが出来た。
辿り着いた先は、ウォルツの等身大像が見える公園だった。人間のウォルツは屋敷で肖像画で確認済みだ。
「早く、俺の姿を元に戻してもらおうか!」
「賢者なんでしょ! 自分でやったらいいじゃん!!」
「この姿だと、魔法にも限度ってものがあるんだ!」
エレナから離れ、ジェイク達と合流したウォルツが自分を早く戻せと叫ぶ。どうやら、ウォルツをこん姿にしたのはエルフェリアのようだ。
「追いかけてきたのは、二人だけなんだね」
「ああ。メアリスとネロには、闘技場に残って事態の収拾を頼んでおいた。そこの天使が、大会を最後にめちゃくちゃにしてくれたからな」
「ふーんだ」
追いかけてきたのは、ジェイクとユーカの二人だけ。
他の二人は、闘技場で事態の収拾に努めてもらっている。動くのであれば、少数で動いたほうがいいだろうと判断したためだ。
「さあ、今度こそ大人しく捕まってもらうよ!」
「それは出来ないよ。私達にはまだやることがあるからね。それに、ジェイク=オルフィスも自分からアダー様のところへ行きたいと思っているはずだよ」
「そーだそーだ! 私達を捕まえちゃったら、アダー様はすごーく怒っちゃうんだからね!」
創造神が怒る。
それは想像しただけで、恐ろしいことだ。だが、ここでただ逃がすわけにはいかない。なんとか情報を少しでも聞きださなければ。
ルーシアの言うとおり、自分からアダーのところへは辿り着きたい。だからこそ、いつ出会えるかわからない御使いの彼女達から情報を得たい。
「と言うわけで、逃げるためにあなた達にはこの子達と相手をしてもらうよ」
小袋から宝石のようなものを取り出した。
それを地面に投げ捨てると、魔法陣が展開。
急激に形を変え、巨大化する。
数にして三十はいる剣や槍を持った兵士達。公園で遊んでいた子供達や親は、その兵士の登場により悲鳴をあげ逃げていく。
それほど恐ろしいオーラを放っている。
本来ヘルムから見えるはずの顔が、闇。中身がないように見える。見えるのは、赤く光る二つの瞳のみ。
「くっ! こんな街中で!」
「この兵士達は、私が命じた命令を必ず実行する。その命令は……近くにいる人間達を襲え」
その命令通り、逃げていく子供や親を追いかけ兵士達が動き出す。
恐怖で転んでしまった子供。
それを助け起そうとする親。そこへ、兵士達の刃が振り下ろされる。
「させるか!」
剣を弾き、兵士を切り裂くジェイク。
「皆さん! 早く逃げてください! ここは私達がなんとかします!」
ユーカも魔法で兵士を撃退しつつ逃げ遅れた者達へと声をかける。ウォルツも小動物の身でありながらも、使用できる魔法で応戦していた。
「それじゃ、エルフェリアちゃんからも置き土産だよー! それー!!」
順調に倒していた兵士へエルフェリアが凶暴化するあの力を与えた。凶暴化した者の力は、ファルネアの街で知っている。
あれは、元々一般人だったからこその強さだったが。今回は、ただただ戦うだけに作り出されたかのような戦闘兵士が凶暴化している。
「ジェイク=オルフィス。これだけは言っておくよ」
兵士を撃退し、どんどん距離を詰めていく中で、光に包まれたルーシアは呟く。
「今回は、エルフェリアを逃がすためだけに来たけど……次会った時は、私の剣であなたを倒す」
「待て!!」
逃がすわけにはいかない。
地面を蹴り一気に距離を詰め切りかかる。が、ルーシアには届かなかった。その変わりに、何かを切り裂いた。
何か宝玉のようなものを。
それを見て、消える瞬間エルフェリアが声を上げる。
「あああ!! な、なんてことをしてくれたんだぁ!? それは―――」
しかし、最後まで言い終わる前に完全に姿を消してしまう。
「また逃がしてしまったか……」
「おお……おおお!!!」
また二人を逃がしてしまったことに悔やむジェイクだったが、気持ちを切り替え兵士の撃退に専念することにしたところに……ウォルツの声が響く。
どうしたんだ? と振り向くと。
「戻ったぞぉ!!」
いつの間にか人間の姿に戻り、兵士達を魔法で殲滅していくウォルツの姿がそこにあった。
ちなみに、六章はあまりジェイクが活躍できていませんでしたが。新章はジェイクが活躍する話にしようと思っています。