第九話
少女は逃げている。
二本の牙が生えた狼型の魔物から。必死に、腹の底から声を上げて。
「ひいいいッ!!」
「ユーカー! 逃げてばっかりじゃ、魔物は倒せないぞー!」
ユーカ=エルクラーク。
まだ冒険者となって間もない彼女は、世界中に生息している多種の魔物との戦いに慣れる為、ジェイク=オルフィスの指導の下奮闘している。
戦っている魔物は、初心者が最初に壁となるであろう魔物で《ウルフェン》と呼ぶ。
狼型の魔物だが、普通の狼とは違い二本だけ発達した牙が伸びている。
普段は集団で狩りをすることが多いが、こうして自然に生まれる時もあるのでまずウルフェンに慣れるには自然発生したのを狙うのが一番。
魔物はまだまだわからないことだらけの生物。
親から生まれる魔物もいれば、こうして自然発生する魔物も多い。いや、全ての魔物が自然発生できるのかもしれない。
どうして、倒せば素材や金を落とすのか。
どうして、経験値というものになり人々を強くする糧となるのか。
今、言えることは……魔物は、旅をするうえで必ず出会い、戦わなければならないということだ。
「わ、わかっています! で、でもこいつすごく素早くてですね!!」
「大丈夫だ! 今のユーカなら倒せる! 一瞬の隙を見つけて、魔法を叩き込むんだ!」
ユーカは、ジェイクの言葉を聞き「一瞬の隙……」と呟き、現代の魔法使いの形となった【魔機使い】の道具マジフォンを握り締め、右足にぐっと力を入れる。
急に横に跳んだことで、ウルフェンはそのまま真っ直ぐ進んでいってしまう。
ユーカの目には、ウルフェンの背中が見える。
今ならいける。
マジフォンに魔力を込め、魔法陣を展開。
「そこ!」
初級魔法のひとつである《フレア》を唱えた。
通常のフレアとは大きさが違い、丁度方向を変えようとしたウルフェンに見事直撃。火球は弾け、ウルフェンは青白い光の粒子――経験値となって、四散。
ふうっと呼吸を整えるユーカの体に吸い込まれていった。
「さっきのはいい動きだったぞ」
「は、はい! 自分でもあんな方向転換ができるなんてびっくりです! やっぱり、レベルが上がると身体能力も向上するんですね!」
レベルを持つ者達は、レベルが上がる毎にステータス。つまり、筋力や瞬発力などが向上し強くなっていく。今のユーカはレベルが6。先ほど倒したウルフェンはレベルが3だった。
倒せない敵じゃないとジェイクは判断し、周りにも他のウルフェンがいないことをわかってユーカに任せたのだ。
少しでも、ユーカに自信を持たせるために。
「だが、職種によって向上する能力値の差がある。俺の場合は剣士だから、接近タイプとして向上していく」
「私は、魔機使いですから遠距離タイプとして……あ、でも。普通の魔法使いよりは力や俊敏などもあがるんですよ」
職業などは、ステータスカードの職業欄から変更できるようになっている。本来はある程度の経験値を消費することで変更できるのだが、一番最初に選ぶ時は経験値が不要なのだ。
そして、途中で職業を変更してしまうとレベルが下がってしまう。
よく考えて、自分に見合った職業を選ぶのが重要だ。
「俺のステータスカードにも、知らないうちに魔機使いがあるけど……開放条件がマジフォンを手にしてからってあるな」
職業にも開放条件というものがある特殊職業がある。
今のジェイクは、マジフォンを所持していないので魔機使いにはなれない。
「あ、ちなみにお聞きしたいんですけど。ジェイクさんは剣士、ということですが。普通の剣士じゃないですよね?」
「ん? ああ、そうだ。俺がなったのは【闘剣士】っていう己の肉体を強化して戦う剣士なんだが……」
と、ジェイクの表情が変わった。
ユーカが、どうしたんですか? と心配そうに問いかけると頭を掻きながらこう告げる。
「改めて自分の職業を確認したら、闘剣士じゃなくなっていたんだ」
「え? もしかして、普通の剣士になっている、とかですか?」
職業がいつの間にか変わっていたなど聞いたことがない。
ユーカは驚きつつ、もう一度ジェイクに問いかけた。
「いや、今の俺の職業は」
青々とした晴天の下で、ジェイクは自分の職業をそっと答えた。
「―――【吸血剣士】」
新章スタートということで。
ちょっと蚊の要素を入れてみたり。まあ吸血って聞くと先に吸血鬼なんかを想像してしまうでしょうが……。