-第07話- 誤解
次回更新は10月19日を予定しております。
――前日の夢のなかでは、シエラに剣道を教えその後寝たが、起きたら全身が筋肉痛になっていた。
昼間の内にもしかして、シエラは剣術を習ったから今筋肉痛なのか…?
「あたたた…」
俺はたった今、シエラの肉体が酷い筋肉痛に襲われているなかで目を覚ました。あいつ、昼間にどんだけ激しい練習すれば、こんな酷い筋肉痛になるんだよ…、腕とか上がらないぞこれ…
今日は、ジェフと先日交わした約束で、ポーラ講師による読書の授業があるから、寝てるわけにもいかずに痛む体を動かし、部屋を出た。
外はもう暗くなっており、同じように照明が無い部屋も真っ暗になっているので、先日と同じように俺は手探りで部屋を出て、廊下を歩みだした。
そう言えば、昨日の夜部屋に戻る時に、エレノアが立ったまま寝てたな…今日はいないよな…?と、そんなことを考えながら、廊下の角を曲がった先には誰もいなかった。
ちょっとだけ、いるかもしれないと期待した自分がバカだったとおもい、そのまま階段へと向かうために歩を進めようとした、――その時!
ふと、後ろから物音が聞こえたので、振り向くと…―――
そこには誰もいなかった…、気のせいだとおもいまた、歩くことにした。
「―――… … おはようございます。」
「… … …きゃああぁぁぁぁぁ!!」
薄暗い廊下で気配もなく近づき、いるかもしれないとおもった相手がいなくて、真後ろから現れるかとおもったら現れず、正面から現れるって!どんなホラーだよ!
「どうしましたお嬢様!!」と、一階から物凄い勢いでポーラが目にも止まらぬ速さでやってきた。
目の前では、オロオロと涙目になってるエレノアがいる。泣きたいのはこっちだよ!
「あっ… えっと… だいじょうぶ少し驚いただけだから。」
「エレ! 貴女は何をやっているのですか!!」
「大丈夫だから! ポーラ!エレノアは悪くないから!」
「ですがお嬢様!!」と、ポーラは声を張った。
普段は凛として、まるで『人形』のような無表情のポーラが凄い剣幕で、怒りを露わにエレノアを責める、その姿を見た俺は素直に驚いた。
「あらあら、どうしたのかしら?」と、一階から遅れてシビルがやってきた。
「あ、お母さま… えっと… 少し驚いて悲鳴を上げてしまったのです。」と、状況説明を簡潔に説明する俺。
「――――… …も… 申し訳ございません。」次いでエレノアも謝罪を述べた。
「そうなのぉー… エレも悪気があったわけではないのでしょ?」
シビルはこの、混沌とした状況をユックリと解くように中立に入り、場を治めていく。
「ですが奥様、エレノアがお嬢様に仇なす行動をとったのも事実」
「ポーラ、エレも謝って、シエラも大丈夫と言っているのだから、この件はここで御終いよ」
「しか…ぁ… … かしこまりました、奥様」
ポーラも、これ以上の追及は不敬になると感じたのか、引く形をとったようだ。正直、この騒ぎは無駄に驚いてしまった俺にも責任があるから、エレノアへの追及はこれ以上しないでほしい。
「エレノア、ごめんなさい。」と、俺もエレノアへ謝る。
「――――… … …滅相も御座いません… 私が… 後ろに居たのが悪かったので…」
「まぁまぁ、シエラも謝っているのだから、エレも大丈夫よ」と、いつものようにニコニコ顔でシビルはこの場を終わらせた。
しかし、驚いただけだが、ここまで大事になるとはおもってもいなかったので、正直びっくりした…。エレノアは非常に大人しい性格で、自己表現が苦手な感じだ…マリエットとは真逆な性格のようだ。
「そうえいば、そろそろお食事の時間ね!皆行きましょう」
「「はい、畏まりました」」と、ポーラとエレノア。
「シエラ、さぁ行きましょう」
俺はシビルに手を引かれながら、一階へと降りそのまま食堂へ向かうことになった。すでに食事の準備をマリエットが済ませていたようで、食卓には食事が並んでいた。
シビルはこの家の中では、いつもニコニコと表情を崩さず場を治めているが、もしシビルが怒ったら実はこういうタイプが一番怖いんだろうな、と俺はおもいながらポーラが引いた椅子へ座る。
昨日と同じように、俺とシビルが席に着いたのち、ポーラは二階の書斎で仕事をしているジェフを呼びにいった。先ほど、一緒に降りてきたエレノアはそのまま厨房のなかへ入っていったので、この場には俺とシビルとマリエットの三人だ。
マリエットは先ほど何が起こったか知らないが、何が起きたかは気になるようで、チラチラと俺の方を見てくる視線が、恥ずかしくて顔から火を噴きそうだ。
そんな風に、目線攻撃を浴びて待っていると、ジェフとポーラが食堂へと入ってきた。そして、ジェフは普段は空気が読める男を装っているが、こういう時に限っていらないことを言った。
「さっき、シエラが騒いだみたいだが何かあったのかい?」
「えーっとね… あなた… 後でそのお話はしましょう?」
シビルのアシストによって、この場でのシエラの面子は辛うじて守られた。
「…ん? んむ、そうだな。後で聞こう」
何とかこの場で暴露されずに済んだが、もしも、先ほどの出来事をこの場でいっていたなら、マリエットの性格からすれば、恐らく笑いを堪えきれず、それにポーラがまた修羅場を作り出すのが目に見えてる。
――微妙になった空気を、シビルは鮮やかに場の雰囲気を変えた。
「今日のご飯は、お肉なのね! お肉なんて久々ねぇ! これはどうしたのポーラ?」
「はい、村の狩人の者がキジを仕留めたとのことで、それを譲り受けて参りました。」
「ほぉキジか、立派な物をありがたい事だ。肉はまだ余りが在るのかい?」
「はい。まだ二羽ほど余りがあります。」
「では、それは使いの者達で食べなさい」
「そんな! 旦那様や奥様方と、私達が同じ物を頂くなど滅相もない!」
「まぁ! それが良いわね!せっかくなのだから皆で食べて!」
「皆良く働いてくれているし、これは日頃の感謝も込めてだ。」
俺はなんだか、ジェフがこの家の家長であることが嬉しくなった。配下の人たちにまで気配りをし、優しい性格で器も広い男が、シエラの父で本当によかった。
「かしこまりました、皆で分け頂きます。誠に有難うございます。」
ポーラの後ろで、マリエットが小さくガッツッポーズしているのが見える。俺はこの世界にきて、まだ日が浅いのだがこの世界で肉は贅沢品なのだろう。
「では、先ずは私たちが頂きましょう!」と、シビルは今日一番のニコニコ顔だ。
「あぁ、では頂こうか」
そして、祈りっぽいポーズを取った後に俺達は食事を始めた。
キジの肉はシンプルに香草と一緒にグリルをしたもので、先日の魚料理とは違い、塩気もしっかり聞いていて、皮はパリッと歯を楽しませ、噛めば肉の甘い油が舌の上で広がり、非常に奥深い旨みが口の中で踊った。
思わず心の中で、料理評論家張りのコメントがでるほどに美味い!!前世でもジビエ料理は食べたことがあったが、どれも血と獣臭がして、さほど好んで食べたいとおもう味ではなかったが、今日でた料理の味なら毎日でも食べたい。
それに転生してから食べた料理は、まだ昨日の料理だけだったので、異世界の食糧事情は良くないとばかりおもっていたが、ここまでの味が出せる文化があるのだから、決して文化の水準も低くないのではないかとおもわれる。
「おいしいぃーー!」と、俺は思わず声に出てしまった。
「うむ、これも狩人の者達へ感謝せねばならんな」
「ほんと、お肉は元から美味しいけど、エレが作るからさらに美味しくなるのよね~」
どうやら、この料理はエレノアが作ったようで、この味を出せる料理を作れるのだから相当な努力の末に、成り立っているのだろう。
「これは、エレノアが全てつくっているのですか?」
「そうよぉ~、この屋敷の料理は全てエレが担当しているの」
「この屋敷で、彼女がいなければここまで美味い料理は食べられないからな」
「そうなんですか…エレノアはすごいのですね!」
「あぁ、彼女の料理の腕は、王宮でも通用する腕をしているからな」
俺は先ほどの件も含め、エレノアに後で会って話したくなった。
そして、先ほどから眼に入れないようにしているが、部屋の隅で口を開けっ放しで涎を、大型犬のようにダラダラと垂らしているマリエットが、羨ましそうにこちらを見ているのがわかる。
それを、ポーラがこちらに聞こえないぐらいの小声で注意をしているが、数秒後にはまた口を開けて涎を垂らしている。
ほどなくして、食事も終り、家族はリビングで食後のお茶の時間を取ることに。
家族の食事が終わった後は、メイドの人たちが食事を取る時間になっているようで、ポーラがお茶の道具やらを運んだ後、暫くは家族だけの時間となる。
「今日はこの後、ポーラが読書を教える事になっていたな」
「シエラは偉いわねぇ~、お母さんはあまり読書は得意ではないから教えてあげられなくて残念だわ」
この世界での識字率がどの程度かはわからないが、貴族の妻であるシビルが苦手というなら、そこまで高くはないだろう。
しかし、メイドのポーラが読書ができるというのは不思議で、普通使用人で雇われる人間には読書を求められるようなことはないとおもうが…。
「ポーラはどこで読み書きを習ったんですか?」と、俺は気になったので聞いてみた。
「――彼女の出自は色々と複雑でな… …」
「そういえば、私もポーラのことは詳しくは知らないのだけど、彼方はご存知なのよね?」
と、ジェフは詳しく知っているようだが、シビルはポーラについて詳しく知らないようだ。
「うむ… まぁ元々は先代の連れて来た使用人なのだが、先代が幼い時から読書を教えたのだよ。」
「そうなの… 御義父様が…」
ここでシビルの様子が少し陰りを見せた。先代、御義父様と言う事は、シエラにとっては御爺ちゃんに当たる人物なのだろうが、何かあるのだろうか?
「私が、七歳の時にポーラがやってきてね。先代は非常に厳しい人だったので、ポーラには苦労をかけたろうね。」
「あたなは、それ以前のポーラはご存知ではないのですか?」
「あぁ、私もそれ以前の彼女がなにをして、どこにいたのかまでは知らない」
「聞いてみたりはしたのですか?」
「私も小さいころ、気になって何度か聞いたが、彼女は頑なに喋ろうとはしなかった。それに、色々と訳有りなようだったので深入りし過ぎるのも悪いと思ってな」
「御義父様は事情を知って連れてこられて、それを誰にも話さず… … という事ですね」
「うむ… 先代も急だったので、事情はもう彼女本人しか知る物はいないな」
どうやら、御爺ちゃんはこの世にはいないようで、ポーラの事情も闇の中。本人もそれを頑なに話そうとしないのだから、それなりの事情があるのだろう。
「まぁ、今はこの家で誰よりも働いてくれている。それに、私も幼いころからの馴染みだ」
「えぇ、ポーラは余り多く喋るほうではないけど、彼女に私もいつも助かっているわ」
俺はこの国の、獣人族の人数比率や立ち位置などはわからないが、この屋敷に限っただけで言えば唯一の獣人族なのだから、決して多いわけではないだろう。
「あぁ、彼女も含めてだが、この家にいる者は皆家族だ。私は家族を守る義務がり、いかなる場合でも私は家族を守り、裏切りはしない」
「えぇ、私はあなたのお嫁さんになれて本当に幸せよ。こんな家族思いの旦那様に可愛い娘までいて、これ以上私は幸せにはなれないわ」
この夫婦は、本当に絵に書いたような『良い夫婦』だ。俺の前世の家族がこんな家族だったなら、俺はきっと今とは違う前世での生き方をしてたのだろう。
そして、二人はソファーで俺を挟んで頭上で、イチャイチャとキスしだしている。こういう感覚は前世の日本人としては、オープン過ぎて恥ずかしい。
「あ… あの… 」と、耐えきれず俺は声を漏らす。
「っあ! あぁ! すまなかったシエラ。」
「ご…ごめんなさい! 私ったらつい!」
この分なら、近いうちに弟か妹がシエラにできるかもしれないと俺はおもった。
そんな家族団らんの時間も終り、この後はいよいよポーラの授業が始まるが、今日は非常に有意義に情報収集ができた。
まず、エレノアはこの家の料理を担当するメイドということ、それにシエラの御爺ちゃんの件をしれたことや、ポーラのことを少し知ることができた。
まだまだ、分からないことも多いものの、じょじょにではあるが情報も集まるにつれて、俺が後々この家族の役に立つための糧になってくれれば、御の字だ。
そんなことを考えていると、また頭上でジェフとシビルが見つめあい、今にもキスをしそうなほどに顔を近づけあっている。
そして、そんな空気をぶち壊す様に食堂の方から、リビングへとポーラがやってきた。
「お嬢様、お待たせいたしました。授業を始めましょう。」
10月16日 誤字修正致しました。