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-第04話- 黒い薔薇

 シエラは常にニコニコしながら、目的地への道中は楽しそうに最近の彼女の周りでおこったことを色々話してくれた。


 俺も幼女の脈絡の無い会話を聞きながら、最近のシエラの身の回りで起こった出来事を色々と質問をした。ジェフやシビルの様子など、お手伝いさん達のことも含めて色々と聞いてみた。


「それでね! それでね! ポーアとね! ジェイじぃがね! お父さまのお仕事のおてつだいでぴゅーん! っていくの!」

「ぴゅーんって、ははは! ジェイラスはそんな早く動かないだろぉ~」

「んーん! ぴゅーんなの!」


 適当な合図値でも満足そうに話し続けるシエラの年齢は、三歳らしいが子供よりも体力がある、俺の横を遅れず付いてくる。

 シエラは大人顔負けの体力もあり、日本語を話したり、その出自も色々と不明なことが多いが、俺はシエラにまったく不信感をいだくことはなかった。


 今のシエラの年齢が三歳ということは、俺が昨日まで赤ん坊のシエラとして送っていた日々との間に、時間の差も生じてるうえに、『シエラ』という人格を形成していた。

 俺はその『シエラ』の人格には心当たりがあった。昨日の夜に父と母の間で交わされた、会話の中の『昼間』に泣いている自分のことだ。


「それで、お父さんの仕事ってのは何してんだ?」と、他愛もない質問をシエラへしつつ、いろいろと思考を巡らせていった。

「お父さまはね! りょうしゅさまっておしごとだよ!」


 シエラの言っているのが間違いなければ、領主という職業らしいが、領主といえば地方自治を治めるような、貴族や豪族のことを指す者だと俺は認識しているが。


「お父さんは貴族か何かなのか?」

「うーん? たまにおうちに来る、おじちゃんたちが、りょうしゅさまって言ってた!」

「ははは! まっさかー!けど、それが本当ならすげぇな!」

「うん!」

「あ、そういやシエラは何で日本語喋れるんだ?お父さんも、お母さんも違う言葉喋ってたと思うんだけど?」


 シエラが先程から俺と交わしている言語は、出会ってからずっと日本語で俺と話しているが、シエラと日本の接点は無いはずだ。

 もしも、今朝までの生活のなかで、お喋りなシビルが日本のことを意図的に会話から外していたとは考えづらい。あの場所が日本だったのなら、少なからず日本人名や、日本の地域名が出てきてもいいはずだ。


「にほんご? んー? わかるからだよ?」

「まぁ何で分かるかなんて分からないよなー」


 三歳児に、なぜ言葉を理解しているか問う方が間違っていた。


 目的地の手前までやってやってきた。自転車のブレーキワイヤーが二本同時に千切れ、死へ向け助走を付けた坂が眼下に姿を現した。

 坂の終着点の階段下には、ボロボロになった自転車が転がっているのが小さく見える。さらにその横に黒い物体があった。


「セトだいじょぶ?」

「あ……あぁ、大丈夫だ」


 背中に冷ややかな感覚が伝わり、呼吸が乱れ、目の焦点が定まらない。あの事故の記憶が鮮明にフィードバックし、逃げ出したい気持ちになった。

 シエラはその表情を見て、俺を気遣うように心配の声をかけるが、シエラもこの場の雰囲気や俺の表情を見て辛そうだ。


「また、ザワザワでもやもやしてる」

「ごめん……すぐ持ち直す!!」


 俺は自分の頬を両手で『ッパシン』と力強く叩き、そして「よっし!」と自身を鼓舞した。

 その様子を横で見ていたシエラも、俺の真似をし『ペチン』と自分の両頬に小さな紅葉を作り、「よっし!」と少し涙目になる姿を見て、俺は少し心が癒された。


「セト、元気になった?」

「あぁ、ありがとうシエラ」


 俺の心が少し晴れたことを受け、シエラも先程の不安そうな表情から目に力が入った、その表情は三歳児のものとは思えないほどに勇猛だが、年齢に不相応な表情はどこか間の抜ける雰囲気だ。

 俺とシエラは並んで坂道を下り、自転車が転がっている場所へ向かい黒い物体の正体がなんなのかを知った。


 ――そこには、小さな『黒い薔薇』が一輪咲いていた。


「黒い薔薇…」と、俺はその薔薇が気になり手を伸ばす。

「これ触っちゃダメ」


 シエラが今までに無い強い口調で、薔薇に触ろうとした俺を制止し、真っ黒い薔薇を睨み付けていた。

 

「これ何か知ってるのか?」

「しぇーらわかんないけど、さわっちゃ、ッメ!」


 薔薇をよくよく見ると、道路のアスファルトを軽く捲り上げ歪な茨をまとい、自分の死の間際に見た真っ黒な茨に酷似していた。

 そして俺が考えていた、ここにある筈(・・・・・)の自分の死の痕跡は、自転車があるだけで血や自分の死体は見つからなかった。


 収穫は俺が思っていたほどなかったが、自転車の状況から『事故』は確かに起きた。と、確認できた。


「気味の悪い薔薇だな… ん? 今なんか動かなかったか?」


 その時、黒い薔薇は無風にもかかわらず、花の頭をこちらに向け動かし様子をうかがっているかのようだった。


「ねぇセト、もう行こう」と、シエラも不安そうな表情で、それに気づいた。

「あぁ、何かまずい感じがする」


 俺が後ずさりをし、去ろうとしたその時。――薔薇の根元のアスファルトが、ミシミシ音を立て始め、ヒビを生やしながらめくり上がった。

 その隙間からは、何本もの茨が触手のようにシエラへと向かい飛んできた。


「シエラ!!」


 俺はとっさに、シエラを庇うように抱え込むが、茨は勢いを落とさずそのまま上下左右から迫りくる。


 茨が到達するとおもった、その時、シエラの服のポケットから赤い光が漏れだし、そのまま光は勢いを瞬時にあげ辺りを真っ赤に染めあげた。


 ――全ての茨が阻まれた。


「っん!!」


 シエラは余りの唐突な出来事に茫然と立ち尽くし、俺はシエラを覆いかぶさるように抱きしめたまま、目を閉じ固まっていた。


「っう …っう …ひっく」


 腕の中でシエラは小刻みに震え、声を潤ませ今にも泣きだしそうになっている。


 俺は茨が一向にこちらにこないので、おそるおそる目を開けると自分たちを中心に、赤い半透明な被膜が茨の侵攻を阻止し、被膜にはびっしりと蔦が絡まっていた。


「うあぁあー! なんだこれ! どうなんてんだ!?」

「うっ… … おま… おまもり… がね… 」


 嗚咽しながら、涙を必死に堪え、頑張って説明してくれたシエラの答えは、どうやら『お守り』の効果でこうなっているらしい。

 茨は今も諦めずに赤い被膜を締上げていき、やがて『ッピキ!』と小さな亀裂が入る音が聞こえ、じょじょに『ミシミシ』と音を立て崩壊寸前といった状況だ。


「やばい! シエラ! お守りほかにないのか!?」

「ッひっく、これしかないの~……」


 被膜のヒビが広がり、ヒビの隙間を無理やり茨がこじ開けるようにゆっくりと被膜の内側へと侵入してきた。

 その様子を見て俺は、シエラを庇うために地面に伏して抱え込み、自分が犠牲になっても構わないと強く、強く願った。


 その瞬間、シエラの手から離れていたポーラ(白兎)がシエラに覆い被さる俺の背中の上に乗り、(キューーー!!)と鳴き声をあげた。


 兎って鳴くんだっけ!?


 そんな疑問もささいなもので、兎は次の瞬間には炎の塊となり、周囲の茨も被膜もろとも爆発的な勢いで閃光を発しながら燃やしはじめた。


「――――熱っつ… く… ない?」

「なに… …? セトどうしたの? なに? なに?」


 覆いかぶさって伏せているシエラには、周囲の状況は把握できず一部始終を見ていた俺は、兎が炎の塊になって燃えた光景を目撃した。

 白兎の炎は周囲の茨は焼いているが、シエラや俺には熱はまったくといっていいほど感じなかった。


「燃えてるな… これは助かったのか?」

「どうなってるの? ねぇ? しぇーらもみたい! セト! みーせーてー!」


 俺の下で外の様子がきになっているシエラと、呆けている俺だったが、シエラは俺の下からもぞもぞと、自力で這いでてきた。


「も… もう… … 大丈夫か?」

「すごーい! 燃えてる! すーごい! すーごい!」と、先ほどまでの怯えたきった様子は消え、シエラは飛び跳ねながら喜んでいる。


 するとシエラは、まだ炎が周囲で轟々うねる中で俺の手を引いた。


「セト、そろそろ帰ろ?」と、唐突に言うシエラ。

「帰るってどうやって帰るんだ?まだ周り燃えてるし危ないかもしれないぞ?」


 すると、シエラはお守りが入っていたポケットに、手を突っ込みゴソゴソとあさり出した。そして小さな古びた鍵を取り出した。


「あのね、お母さまがね! お家に帰る時にはね! 鍵を使って入るのよぉ~って言ってた!」

「まぁ、鍵使わないと扉は開けられないからな」と、そんな物で何が出来るのかと、俺は鍵を観察したが、いたって普通の鍵だ。

 そして、シエラは何もない空間に鍵を突き立てひねると、そこからどこか見覚えのある扉が出現した。


 俺は、現実離れし過ぎた光景を見過ぎて、感覚がマヒしているし、状況に付いていけず心底疲れていた。


 内心では、「もう、赤ん坊でも、大人でもいいから、平穏な暮らしに戻りたい」切に願った。


 シエラが扉を開くとその先には、俺がシエラとして半年とちょっとを過ごし、今朝、目を覚ますまでいたはずのシエラの部屋がそこに出現した。


「これは… シエラの部屋?」

「うん。けどしぇーらのへやじゃないけど、しぇーらのへや。」


 ただし、部屋の中は俺が記憶していた質素にベッドと、最低限の家具が置かれていた部屋では無く、新しく加わった家具や、縫ぐるみが沢山置かれ、木組みのおもちゃも転がっている部屋だった。


「こんな一杯物なんて無かったけど。」

「お父さまがもってきてくれるの!」


 部屋に逃げ込むよう入り、先ほどまでの業火を背に扉を閉じると、炎の燃える音も一切が聞こえなくなり、静まり返った部屋になった。


 俺は昨日まで自分が寝ていたはずの、寝台に腰を掛け部屋の中の様子を細かく観察す。細かく見れば、各所に元からあった物にも、少し変化があることが見て取れる。

 ベッドシーツは自分が知っているものよりも、皺や色合いが新しい物になっていたり、家具に見覚えのない傷が増えている。


「シエラの部屋じゃないって言ったけど、どういう意味だ?」

「んー?」


 小首を傾げ、愛らしい表情で分からない、と、言いたげにこちらを目で訴えるシエラ。


「えーっとだな、ここにシエラは住んでいないのか?」

「すんでるよ?寝るとくる方のお部屋だよ?」

「寝ると来る方の部屋ってことは、夢の中の部屋か?」

「そうなのかなー?」


 シエラ自身も良くわかっていないようだが、先ほどからの現実離れした光景が続き、今いる場所も夢だと願ってシエラに質問した。あんな、怖い思いも、動く植物も、燃える兎も現実でたまるか!


「じゃあどうやったら現実に帰れるんだ?」

「まだ、あさじゃないからおきちゃだめ!」

「起きれば帰れるのかー?」

「夜はね、怖いお化けでるから『良い子』にねないとダメなんだよ?」


 どうやら、まだシエラは起きるきはないようで、夜起きることを極端に怖がっているようにも感じた。


「そう言えば、シエラが起きると俺はどうなっちゃうんだ?」

「んー? よくわかんない。」


 俺は自分自身が本当にどうなっているか、不安に感じていた。

 

 もし、自分はシエラの夢の一部で、シエラが目覚めてしまえば消えてしまうんじゃないか?とか、逆に自分が見ている夢で、夢から覚めれば高熱を出した夜からの続きになるのではないか?っと数えればきりがないような、仮定の想定をしていた。


「だいじょうぶだよ?」


 俺の心の不安な状態、『ザワザワ』するを読み取ったのか、シエラは俺に問題はないと言った。


「ああごめん、またザワザワさせちゃったか。」

「んーん、だじょうぶ。」

「それで何が大丈夫なんだ?」

「んーっとね、しぇーらはセトでセトはしぇーらだから、ずっと一緒にいてあげるの!」


 幼女に慰められ本気で安心する大人、と、言うのも恥ずかしいが、俺はなぜか『ずっと一緒』の一言で不安や恐怖といった、不安定な気分から解放された。


「あぁ、有難うな――」

「セト、どこか痛いの?」


 『ずっと一緒』と、そのシエラの純真な優しさに触れ、俺は自分では気付かない内に涙を流していた。


「いや、シエラが良い子だから嬉しいんだ」

「うん! しぇーらいいこなの!」


 俺は、こんな本当に小さな子供に心配をかけさせ、泣いている自分がどうしようもなく不甲斐なくて、駄目な大人だと感じていた。

 シエラは俺が腰かけている寝台によじ登り、俺の頭に手をかざし優しく撫でてくれた。


「お母さまがね、さみしかったり、こわかったらヨシヨシしてあげなさいって!」

「あぁ、お母さんならそんな風に言いそうだな」


 ふと半年の付合いだが、そんな慈愛に満ちた行動をシビルは絶対にするのだろうと確信があった。それを裏付けるように、娘へと優しさは受け継がれていた。


 その後シエラとの会話で、シエラが連れていた炎になった白兎ポーラについて尋ねたが、シエラは俺の街のなかで、あの兎を見つけて勝手に名前を付けていたようだった。

 シエラ自身もあの街へ行ったのは初めてだったようで、どうやって行ったのかは不明だという。


 そんな、答え合わせのような会話や、日常の周りのことや『獣人族』のことを話していたらあっという間に空は白みだしてきた。

 ――もうすぐ夜明けの時間が近づいてきているのがわかった。


「もう、しばらくしたら目が覚めるのか?」

「うんー… 夢の中で寝るとねぇ… 朝にねなるのぉ…」


 シエラは年相応の愛らしい眠気に微睡む顔に成っており、頭を前後に振っていたので、シエラを寝台へと運び、布団を掛けて寝かしつけた。 

 俺にも強烈な眠気が襲ってきたので、そのまま床に寝ころび眠ることにした。

 

 大丈夫かなぁ…まぁ今更考えてもどうしようもないか――――

10月16日 誤字修正致しました。

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